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無限の世界  作者: 蒼風
一章「渡人」
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一章一話「無限の世界へ」(4)

渡人(わたりびと)か……」


 刀弥が説明を終えると、リアは第一声にそんな言葉を呟いた。


「渡人?」

「外の世界から何らかの方法でやってきた人たちのことを、私たちはそう呼んでるの」

「やっぱりここは、俺の知っている世界じゃないのか」


 彼女の口からそう言われたことで、ようやく刀弥は諦めがついたようだ。若干、固かった表情が和らいでいる。


「刀弥は、ここが自分のいた世界とは違う世界だと自覚してるんだね?」

「聞いたことない国だったし、その前にフォースレイとか言ってたしな。あれは何だったんだ?」

「あれは世界の名称」

「世界の名称? ここはそんなにいくつも世界があるのか?」


 場所を述べるくらいでいちいち世界名を付けるということは、そうしないとどこにいるのかわからないということだ。少なくても二つ以上の世界があることが前提になる。


 しかし、そう考えたとしても刀弥にすれば信じられないことだった。

別の世界に来たことすら彼にとっては驚くべきことなのに、その上、他にも世界があると言うのだから無理もないだろう。


「うん。ゲートって呼ばれている世界と世界を繋ぐものがあるんだけど、それを使って他の世界へ行き来することができるの」


 特に自慢する様子もなくリアが説明をしてくれた。

 その様子から、彼女たちにとってゲートとはあって当たり前の存在なんだということがわかる。


「そうして、ゲートで繋がった世界群のことを、私たちは無限世界インフィニティワールドって名付けてるの」

「無限世界……」


 小さな声で刀弥はその言葉を繰り返した。


「それでゲートの中には、ときたま出現してもすぐ閉じちゃう不安定なゲートがあるんだけど……」

「つまり、俺もそのケースの可能性が高いわけか」


 彼女の言う通りなら、公園で目の前に現れたあれが不安定なゲートなのだろう。


「うん。そうだね。それが渡人が生まれる大半の原因だから、まず間違いないと思うけど」


 よくある現象というよりも、誰もが知っている基本的な知識なようだ。

 複雑そうな表情でリアがそう説明する。


「一応、聞いておきたいんだが帰る方法とかはあるのか?」


 駄目元で聞いてみる刀弥。だが、答えは予想通り、否定だった。


「少なくても私は知らない。渡人は物語や詩とかにときたま登場するけど、大体が居つく終わりだったし……」

「……そうか」


 それを聞いて、刀弥は覚悟を決める。

 帰ることは事実上不可能。ならば、この世界で生きていくしかない。幸い会話ができるのでどうにかなるはずだ。


 そこまで考えたとき、ふと刀弥はその奇妙な事実に気が付いた。


「というか、よくよく考えたら何で言葉が通じるんだ?」

「あ、それはバベルの言のおかげ」


 そのことに疑問を覚える彼に対して、特に不思議そうな顔もせずにリアが理由を解説する。


「言葉や文字を理解する概念といえばいいのかな? 実際のところ私は自分の国の言葉で話してるんだけど、刀弥には自分の国の言葉で聞こえてるよね?」

「ああ」


 確かにその通りなので、刀弥は頷くしかない。


「相手の言葉を解読して自分にわかる言葉に変換するシステムって言うのかな? それがバベルの言なの」

「言葉のほうはわかったけど、文字はどうなるんだ? 相手の書いた文字が自分のわかる文字に変換されるのか?」


 その質問にリアが頷きを返す。


「ちなみに、相手の言葉や文字をそのまま聴きたいと思えばそのまま聴けるし、自分の言葉をそのまま伝えたいと思えばそれで伝わるから……」

「意味があるとは思えないが、とりあえず覚えてはおこう」


 利用するとしたら相手に言葉を教えたり、教わったりするときぐらいだろうとそんな思考が刀弥の頭を巡った。


「他に質問はある?」


 リアが笑みを浮かべながら顔を傾け、そう訊いてくる。


「そうだな……今は特にないな」


 腕を組んで少し思案した後に、刀弥はそう返事を返した。


「そっか。それじゃあ次は私からの提案なんだけど……刀弥、一緒に旅をしない?」

「え?」


 彼女からの予想外の提案に刀弥は驚いてしまう。


「だって、帰れない以上はここで暮らすしかないでしょ? 刀弥が構わないなら、一緒にいていろいろ教えてあげるよ」


 そう言って彼女は微笑む。


 確かにこれからどうするか、悩んでいたのは事実だ。右も左もわからない以上、リアからの提案は刀弥にすればまさに渡りに船。


 しかし、彼女からすれば余計な荷物が増えるだけでメリットなどないはずだ。

 故に、刀弥はその辺りのことについて聞いてみることにした。


「なんでまた、そんなことをしようと思ったんだ? リアにメリットなんてないだろ?」


 この疑問に彼女はあっさりと答える。


「あるよ。刀弥が住んでいた世界がどんなところか興味があるの。だから、ときどきでいいから刀弥の世界の話聞かせて」


 なるほど、と彼は納得した。その気持ちがなんとなくわかったからだ。


「……そんなに面白くないぞ?」

「どんな世界で、どういう生活を送ってるのかっていうのが知りたいだけだから、そんなに心配しなくてもいいと思うよ」


 確認するように訊ねる刀弥に、リアは笑みを返す。


「で、どうする?」

「……わかった。一緒に行こう」


 迷ったところで仕方ない。

 彼女がどんな人間かまだよくわからないが、これまでのやりとりから信用しても大丈夫だろうと判断する。


「それで、これからどうするんだ?」

「少し行けば町があるの。たぶん、今からなら夜までに……」


 そこでリアが言葉を切った。すぐさま彼女は周囲へと視線を巡らす。

 どうしたのだろうかと刀弥が不審に思っていると、突然、木々をかき分ける音と共に複数の男たちが二人を取り囲むような形で姿を現した。


 彼らは皆、毛皮のような服を着ており、その手には剣を握り締めている。

 ガラの悪い顔と汚い笑み、何よりリアの警戒度合いから刀弥は相手を敵と定めた。


「おお、この嬢ちゃん。綺麗じゃねぇか。こりゃ高く売れそうだ」

「ですね。兄貴」

「だけど、その前にしっかり楽しまないとな」


 男達は下品な話を交し合っている、それを聞いて刀弥は顔をしかめた。


 どうやら盗賊の類らしい。数は七人。一人で相手をするにはかなり厳しい状況だ。


 加えて刀弥には実戦の経験がない。真剣で試合をしたことはあるが、それでも怪我をしないように配慮された試合だ。命を掛けた戦いとはとても言えるものではない。

 一方の相手は、どう見てもそんな甘さを持ち合わせてる性格には見えない。

 剣の構え方から見て素人に違いないだろうが、その辺の意識の違いが戦いにどの程度影響を及ぼすかわからない以上、自分がかなり不利だと考えるべきだ。


 だが、だからこそ刀弥は覚悟を決める。

 自分たちの敗北によって、リアの身を晒す訳にはいかない。

 知り合ったばかりとは言え、自分に親切に応じてくれた相手が酷い目にあうのは刀弥としても許せることではないからだ。

 故に彼女を確実に守るため、相手を殺すことへの躊躇(ちゅうちょ)を一切切り捨てようと心に決める。


 そうしてまずはどうやって相手の剣を奪おうかと、考えていたときだった。

 突如、リアが周辺の盗賊たちに聞こえるように大きな声で警告を促したのだ。


「警告します。帰るのなら見逃します。ですけど、このまま刃を向けるのであれば抵抗させてもらいます」


 その警告を耳にした盗賊たちは、一旦互いに顔を見合わせると一斉に笑い出す。


「ぷはははは……ガキ二人で何ができるってんだ?」

「警告? それはこっちの台詞だ!!」

「小娘。お前のほうこそ大人しくしてるんだ!!」


 彼らは口々にそんなことを叫んだ。


「……そうですか」


 彼らの反応を聞いて、リアは残念そうな顔をする。だが、それも次の瞬間には真剣な眼差しに変わっていた。

 その顔で彼女は盗賊たちに叫ぶ。


「では、全力で抵抗させてもらいます」


 その直後、彼女の周囲にいくつもの炎の珠が出現した。これに刀弥と盗賊たちは驚く。


「くそ!? この女、魔術師か!!」


 その叫びと共に盗賊たちは動き出し、炎の珠は彼らに向かって飛翔していった。


 着弾した炎の珠は爆発。付近にいた盗賊二人が爆発の炎に飲まれた。


 爆発に飲まれた彼らは、炎をまとい叫び声を上げながら倒れていく。


 予想外の成り行きに刀弥は呆然としてしまっていた。だが、すぐさま気持ちを切り替えると手近な盗賊のもとへと走っていく。


 刀弥の接近に気が付いた盗賊は、彼を殺そうと斬りかかる。

 だが、遅い。悠々とその斬撃を左ステップで避けると、がら空きの顎にアッパーを入れる。


 ややカウンター気味に入ったアッパーに相手は脳震盪を起こし、剣を落としながら崩れ落ちていった。


 それを横目に見ながら刀弥は剣を拾う。日本刀よりも重い剣に多少戸惑いつつも彼はそのまま別の盗賊たちのもとへと駆け抜ける。


 剣を持った刀弥が近づいてくるのを見て、盗賊たちが彼を迎え撃とうと取り囲む動きを見せた。


 リアの炎の珠で二人、脳震盪で一人。残っているのは四人。

 そのうち、刀弥の背後にいた盗賊が彼の背に剣を振り下ろそうとする。


 しかし、振り向いた刀弥が剣で斬りつけるほうが早かった。

 振り向きざまに体の回転を利用した水平斬り。

 手に伝わる嫌な感触と共に、胴を斬られた相手が血飛沫をあげて倒れこんでいく。


――これで俺も人殺しか。


 倒れていく相手を見つめながら、刀弥はそんなことを冷静に考えていた。


 戸惑うかと思っていたが、心は予想以上に平静だ。そのことに少なからず彼は驚く。

 ともかく、これでもう引き返すことはできなくなった。ならば、後は進むだけだ。


 その意志と共に、彼は他の盗賊のもとへと駆けていく。


 先の動きから相手が只者でないと感じたのか、明らかに盗賊たちは怯えた様子を見せていた。

 刀弥の接近に、彼らは及び腰で迎え撃とうとする。


 けれども無論、そんな状態で刀弥の動きに対応できるはずもない。

 案の定、地を強く蹴って急接近する刀弥に相手は反応できなかった。


 風野流剣術『疾風(しっぷう)


 すれ違いざまに速度の乗った一閃が、相手の脇腹(わきばら)を裂く。


「ぐぁ!?」


 声を漏らし相手は脇腹を抑えるが、溢れ出る血を止めることはできない。そのまま膝から崩れ落ちていく。


――後、二人。


 崩れ落ちる相手に見向きもせず、刀弥は残り二人となった盗賊たちに視線を向ける。


 既に彼らは共に動き出していた。どうやら、二人同時に攻撃するつもりらしい。


 さすがに一斉に襲われては対処は難しい。

 故に刀弥はそうならないように、自分の身を二人の直線上の位置に置く。

 こうすれば二人同時に相手をすることはない。

 後ろの相手がこちらに剣を届かせるためには一旦、味方を避けて回りこむ必要があるためだ。

 その間に片方を倒すことができれば、晴れて一対一。


 既に刀弥は相手に近づき剣を振っている。狙いは左から右の斜め気味の振り上げだ。

 しかし、この剣戟を相手はなんとか剣で防いだ。


 急いで剣を引きつつも、己の身を先程と同じように回りこんでくる相手から届かない位置に移動させる。

 もう一人の仲間は、今、戦っている相手を避けるために逆時計回りに回り込んでいた。

 そのため、刀弥もまた逆時計回りに移動する。


 そうして今度は突きを放った。だが、相手はそれを左へ逸らす。

 どうやら守りに入り、仲間と共に一斉に襲うつもりのようだ。


 今、剣は左に逸らされている。このままでは右に回れない。一度、後ろへ下がる必要がある。

 だが、それは相手に間を与えることを意味していた。そうなれば相手は後ろに引いて仲間との位置取りを調節するはずだ。

 かといって、このままではやはり、二人同時に相手をすることになる。


――どうする?


 刀弥が判断を迷わせた。そのときだった。


「伏せて!!」


 聞こえた叫びに反射的に刀弥は身を伏せる。


 伏せた刀弥の向こう、そこには複数の風の矢群を従えたリアの姿があった。


 盗賊たちがそれを認識した瞬間、風の矢群がリアの命令に従い一斉に放たれる。

 二人の盗賊を倒さんと一斉に殺到する風の矢群。

 この攻撃を受けて一人は体を貫かれ、もう一人は右腕を撃ちぬかれた。


 体を貫かれた盗賊は絶命し地面と倒れていく。

 それを見たもう一人の盗賊が腰を抜かし、撃ち抜かれた右腕を抱えながら脇目も振らずに逃げ帰っていった。


 刀弥もリアも、それを追うようなことはしない。

 二人の目的はこの場から助かることであって、盗賊たちを殲滅(せんめつ)することではないからだ。


 そうして戦いは終わった……



      ――――――――――――****―――――――――――



 その後、刀弥の攻撃で気を失っていた盗賊が目を覚ました。

 彼は周囲の惨状から自分たちが負けたことを知ると、途端に一目散に逃げ出していく。


 後に残ったのは刀弥とリアと五人の死体のみ。


 やがて、盗賊の姿が見えなくなると、安心したとばかりに刀弥は大きく息を吐いた。

 だが、その途端、彼の体が震え始める。

 慌てて刀弥が震えを止めようと体に力を入れるが、震えが止まる様子はない。


 そのうち震えは手に持つ剣にも伝わり、金属の擦れる小さな音が何度も刀弥の耳に響き渡る。


 そして次の瞬間、いきなり刀弥の平衡感覚が消失した。


 ぐらりと崩れていく刀弥の体。

 慌ててバランスをとって刀弥は倒れるのを防ぐが、気を抜けばあっという間に倒れてしまうような状態だ。


 気が付けば呼吸も荒くなっている。息苦しい。まるで胸が締め付けられているかのようだ。


 日中であるにも関わらず寒気も感じている。

 どうしてこんな状態になっているのかわからず、刀弥は戸惑ってしまっていた。


「刀弥、大丈夫?」


 そんな刀弥にリアが走り寄ってくる。その表情に怯えや苦しみはない。


「心配するな。ちょっと、足を滑らしただけだ」


 そのことに安堵しながら、刀弥はそう言って気丈に振る舞おうとした。


「本当に? そんな風に見えないけど……」


 けれども、リアは納得しない。かなり心配そうな表情で刀弥のことを見ている。


 何故、彼女はこんなにも心配しているのだろうか。刀弥はそのことが気になり尋ねてみる。


「一体、なんでそんなに心配しているんだ?」


 すると、彼女は少し迷った後、おずおずといった様子で口を開いた。


「だって、刀弥凄い苦しそうだよ。汗もかなりかいてるし……」


 そうして彼女の視線が剣のほうに向けられる。

 つられてそちらのほうへと目をやると、相変わらず剣は小さな音をたてて震えていた。


「手……震えてるよ?」

「大丈夫だ。実戦は初めてだったから、少し緊張しただけだ」


 誤魔化すように刀弥はそう答える。だが、それは失言だった。


「実戦は初めてって……それじゃあ……」


 その言葉に刀弥は己のミスに悟るが時既に遅し、リアがさらに詰め寄ってくる。


「ねえ、それって人を殺したことに苦しんでるってことじゃないの?」

「そんなことない!!」


 慌てて大きな声で否定する刀弥。まるでそうであってほしいと願っているかのように……


「斬ったときには何も感じなかった。だから、それは違うはずだ」


 そう言いながら彼は思い返す。確かにあのとき、自分は何も感じなかった。

 剣を通じて伝わる柔らかい肉の感触、溢れ出す血の鮮やかさ、そして、死への恐怖から怯えや苦しみを浮かべる相手の顔。それらを目にしても何も――


「……え?」


 そのとき、刀弥の視界が大きく揺れる。

 気が付いたときには彼は地面に膝をついていた。


 急いで起き上がろうとするが、膝に力が入らない。よく見ると膝が僅かに震えている。


「どうして……」


 思わず漏れてしまったそんな疑問。

 その疑問にリアが答えた。

「何も感じなかった訳じゃないと思うよ。ただそのときは生きることに精一杯で、そんなことを考えている余裕がなかっただけ」


 そう言って彼女は刀弥の目の前に屈み込むと、彼に言い聞かせるように言葉を続ける。


「戦いが終わって余裕が戻ったことでようやく刀弥の心が、人を殺したという事実を受け止めたんだと思う。体が震えているのもそのせい」


 笑みを浮かべて手を差し出してくる彼女。その手を刀弥は掴んだ。


「だから、刀弥は自分を偽らず、しっかりそのことを受け止めるべきだよ」


 彼女が刀弥を引き上げ、ようやく彼は立ち上がる。


 けれど、勢いがつき過ぎた。まだ平衡感覚の戻っていない刀弥は前のめりに倒れそうになる。

 そんな彼を受け止め支えるリア。

 そのまま彼女は刀弥の体を己の腕で優しく抱きしめる。


「リ、リア?」


 予想外に出来事に刀弥は戸惑うしかない。


「誰だって、初めて人を殺すのは怖いよ。私もそうだったもの」


 しかし、リアは構わず話を続ける。


「だから、隠さなくていいよ。辛いなら辛いって言って、悲しいなら泣いて、だって……」


 一呼吸の間、それだけの時間をおいて彼女は刀弥にその一言を告げたのだった。


「私たち、これから仲間になるんだもの」


 抱きしめられているため彼女の顔を見えない。だけど、間違いなく今、彼女は優しく微笑んでいるだろう。

 気が付けば震えはなくなっていた。寒気もどこかに消えている。

 今、彼にあるのはどこか安らぐような暖かな気持ちだった。


「……ありがとう」


――彼女を助けれて本当によかった。


 礼の言葉を口をしながら、刀弥は純粋なその思いを心の中で呟く。


 震える刀弥をリアが優しく諭し、支えてくれた。彼女のお陰で刀弥は己を偽らず苦しまずに済んだ。

 そんな彼女を助けることができた。そのことに刀弥は思わず安堵してしまったのだ。


 そうこうしているうちに、彼の鼻をリアの匂いがくすぐった。

 それで刀弥は自分たちがかなり密着している状態だということを思い出す。


 体に感じる柔らかな感触。思わず刀弥はこのままでいたいと思ってしまうが、それをなんとか理性で振り払う。


「リ、リア!? も、もういいぞ」


 うわずった声で刀弥がそう叫び、ようやく彼は彼女から開放されたのだった。



      ――――――――――――****―――――――――――



「刀弥。顔赤いよ?」

「気にするな。もう平気だ」


 こちらの顔を覗き込んでくるリアにどぎまぎしつつも、何とか刀弥は平常心を取り戻していた。


「そう? ならいいけど」


 そう言って少し離れるリア。

 そのことに刀弥は心中、残念がる。と、同時に先程の感触を思い出してしまった。


 慌ててそれを忘れようと必死になる刀弥。

 だが、それ故に彼は気付かなかった。リアもまた若干、頬を赤く染めていたことに……


 ようやく二人が元に戻ったのは、それから少し経ってからだった。


「……そういえばさっきのあれは何だ?」


 突然、なにかを思い出したのか刀弥がリアに問い掛ける。


「あれ?」


 なんのことかわからず首を傾げて尋ね返すリア。


「炎の珠を出したり、風の矢みたいなのを放った奴のことだ。あいつらはリアのことを魔術師とか言ってたけど」

「ああ、魔術のこと?」


 それで納得したらしい。何度も頷きながらリアが答えを返した。

 対し刀弥は彼女が口にしたワードに首をひねる。


「魔術?」

「うん。マナを使った現象操作を行う技術のことなの。あ、マナっていうのはあらゆる世界に存在する人や動物や植物、大地、大気、水といったものが作り出す目に見えないエネルギーのことで、無限世界じゃ、大半の世界の文明がこれを動力にしているの」

「だけど、そんなに使ってマナ不足とかにならないのか?」


 自分の世界で起こっているエネルギー資源事情を思い出し、ついそんなことを聞いてしまった。


「大丈夫。サイクル以上のマナを消費し続けなければ尽きることはないし、そういうのは大規模な奴だけ。皆が使う小規模な奴は、自身の体内で生成されているマナを使うの。ちなみにそういった道具のことを私たちは魔具(まぐ)と呼んでるの」

「皆って、俺でも使えるのか?」

「使えるよ。後で魔具や魔術、試しにやってみようか?」


 そう言ってリアは、服の内側から何かを取り出した。

 どうやらそれはペンダントのようで、透明な紺碧色(こんぺきいろ)の宝石が首から伸びた糸にぶら下がっている。


「それは?」

「これはオーシャルっていって、周囲の静止した風景を立体的に保存して、再生もしてくれる魔具なの」


 自分の世界でいうデジタルカメラの立体保存版みたいなものかと、そんな感想を抱きながら刀弥は彼女が持つそれを眺める。


「っと、そろそろ出発しようか。盗賊のせいで時間食っちゃったし」

「そうだな。そういえば、町から先はどうするか決まってるのか?」

「その町にゲートがあって、そこから次の世界に行こうと思ってるんだけど、その前に刀弥の分の道具とかを揃えないとね」


 何気なく出てきた疑問にリアがそう答えた。

 だが、その言葉に刀弥は自分が今一銭も持っていないことを思い出す。


「……金はどうする?」

「心配しないで、余裕はあるから」


 安心させるように笑みを見せる彼女。その答えに刀弥は申し訳ない気持ちで一杯になってしまった。


「悪い」

「気にしない。ともかく行こう。困ったことがあれば、そのとき考えればいいし」


 そう言ってリアが励ましてくる。

「……そうだな」


 その言葉に頷く刀弥。

 そうしてリアが歩き始め、その後を追うように刀弥もまた歩みを進ませる。


 こうして二人の新しい生活が始まったのであった……




           一話終了

07/05

 表現を少し修正。

07/24

 できる限り同一表現を修正。

09/12

 戦闘直後のやり取りをかなり変更。本当は無自覚の恐怖(人を殺したことへの)という感じの演出をしたかったので……

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ただいま一章で名前だけがでた高峰麗華のショートストーリーを掲載中。01月05日:更新:零話終了
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