三章二話「斬波」(4)
リリスがやってきたのは翌日の朝一番だった。
彼女の背後には巨大なゴーレムが立っている。これが昨日彼女の言っていたガーディちゃん二号なのだろう。
通りを歩く住人たちは皆不安そうな表情でリリスとそのゴーレムを見ていた。どうやら彼女の被害は街ではかなり有名らしい。皆、また街に被害をもたらさないか内心ヒヤヒヤしているのだろう。
そんな状況の中、突然リリスが驚くべきことを口にした。
「それじゃあ、早速始めましょうか」
「って、ここで始める気か!?」
さらりと出てきたそんな言葉に思わず刀弥は突っ込みを入れてしまった。あまりにも予想外過ぎたせいで、丁寧語にするのも忘れていたほどだ。
彼女の言葉は付近にいた街の人たちにもしっかり聞こえていたようで、皆驚愕の顔で彼女のほうを見つめていた。
「え? そのつもりだったんだけど」
何故、そんなことを言うのかというような顔でリリスが答えを返す。どうやら周囲に被害をもたらす可能性を全く考えていないらしい。
そんな相手の反応に刀弥は思わず嘆息してしまった。
「……昨日の草原でやりましょう。あそこなら最悪の事態になっても被害はありませんし」
とりあえず刀弥はそう提案してみる。すると、それを聞いて街の人々の間から感心の声が漏れてきた。
「まあ、それがいいなら」
彼の提案の意味をあまり深く考えていないのか、不思議そうな顔をしながらもリリスは彼の提案を了承し三人と一体は草原へと向かうことになった。
歩きながら優也は彼女の後ろを歩くゴーレムを見上げる。
大きさは前回の暴走ゴーレムよりも少し大きいくらいか。いろいろと装甲が増えているので、以前彼女が言っていた多重装甲のほうを採用したようだ。恐らく装甲と装甲の隙間を狙ったとしても仕込まれた装甲に阻まれてしまうだろう。
加えて、さらにいろいろと武装追加したらしい。胸部だけでなく肩部、背中にまで火気らしきものが搭載されていた。
――一体、なにと戦うつもりでこんなに武装を追加したんだ?
少なくても、ただの人間相手にここまで火力を充実させる意味はないはずだが……
ともかく草原で戦うことを選んだのは正解だったようだ。こんなのと街中で戦えば街の被害が計り知れないことになっていたに違いない。
「なに? 『ガーディちゃん二号』がそんなに気になるの?」
そんなことを考えていると、刀弥の視線に気が付いたリリスがニンマリと笑みを浮かべて訊ねてきた。
「一体、なんでまたこんな重武装にしたんですか? 今日の相手はたった一人の人間なんですけど……」
そんな彼の問いにリリスは次のように返事を返す。
「ん、もしかして死なないか心配してるの? ああ、安心して。一応、各武装は非殺傷設定にしてるから当たっても死なないから……たぶん」
「それじゃあ、安心できませんよ!!」
不安を感じて刀弥が叫ぶが、リリスはどこ吹く風とばかりに聞いていない。
それを見て彼は肩を落として溜息を吐いた。
「と、刀弥。元気出して」
そんな彼を見てリアが励ましてくる。
「ああ、ありがとう」
完全に復帰はできなかったが、それでも少しは元気はでてきた。
改めて刀弥は『ガーディちゃん二号』を観察し直す。
装甲や武装を追加したため、重量が増えたのだろう。足音がかなり大きい。加えてその分の巨体を支えるためか足もかなり太くなっている。
「っていうか、これだけ重くしたり武装を加えたりして動力機関の出力は足りるんですか?」
「ん? ああ、出力を上げたからね。まあ、おかげで稼働時間が短くなっちゃったけど。だけど、それも勝つためには致し方なし!!」
力を込めて叫ぶリリス。
その様子を刀弥は呆れた顔でリアは苦笑を浮かべて眺めるのであった……
――――――――――――****―――――――――――
草原に辿り着くとすぐさま刀弥は周囲を見渡した。
風に揺れる草以外は特に気になるものはない。どうやら大丈夫そうだ。
「それじゃあ、ここで始めますか」
「待ってました!!」
それを聞いてリリスが張り切りだす。最も戦うのは彼女自身ではなく彼女の連れているガーディちゃん二号なのだが……
「さあ、ガーディちゃん二号。準備なさい」
その言葉と共にリリスに後ろに立っていたゴーレムが前に出た。
刀弥も腰の刀に手を掛け、いつでも始められる態勢だ。
そんな両者を見て、リアが両者の中間位置に立つ。
「それじゃあ、合図は私がするね」
その確認の問いに刀弥もリリスも共に頷く。
「それじゃあ…………始め!!」
そう言ってリアが開始の合図を宣言した。
その合図と同時に、ゴーレムの両肩、胸部、背中のハッチが一斉に展開。光弾が一気に放たれた。
この展開を予測していた刀弥は開始と同時に縮地で右に移動。彼が最初に立っていた場所は光弾の嵐によって跡形もなく吹き飛ばされた。
「本当に非殺傷設定にしてるのか?」
呆れにも似た疑問を呟くが、その声は爆発音でかき消されてしまう。
ともかく攻撃を回避した彼は縮地を使い一気にゴーレムの傍まで接近。抜刀の一撃放った。
狙った場所は装甲と装甲の隙間。
しかし、予想通り隙間には別の装甲が仕込まれており、それによって刀弥の刀は弾かれてしまう。
最も刀弥としてもそれを確認するための攻撃だったので、驚きはない。
すぐさま体勢を立て直すと、彼は回避のために後退を始める。直後、先程までいた場所に敵の光弾が殺到した。
光弾の爆発を抜け、回り込む刀弥。その僅かの間に彼は思考する。
確かに多重装甲のおかげで隙間を狙われるという弱点は消えた。だが、多重装甲はゴーレムにメリットだけをもたらしたという訳ではない。
その例の一つ目が装甲追加による重量の増加だ。重くなっているため動きの初速が遅く、静止するにも時間が掛かる。
つまり、制動性能が悪くなっているのだ。
二つ目は多重装甲によって可動部分の可動域が狭くなっていること。
特に足の範囲が狭くなっているのは大きい。
それはつまり、一度に動ける距離が減少していることを意味しているからだ。
先の二つの理由のおかげで刀弥は易々とゴーレムの背後をとることができていた。
だが、それだけで勝てるほど簡単ではない。その辺りをフォローするのが今回追加された武装だ。
特に背中の武装は一度上昇した後に落ちるように放たれるので、平面で見るなら三六〇度どこへでも撃つことができる。攻撃自体に死角はない。
その攻撃が再び放たれた。打ち上がった光弾が刀弥の元へと降り注ぐ。
すぐさま刀弥は走りだした。彼は光弾の雨を潜るように走り抜ける。
そうして光弾を突破した刀弥はゴーレムに接近。足元に近づくと、そこに目掛けて水平に刀を斬りつけた。
けれども、やはり装甲に阻まれてしまい攻撃が届くことはない。
そこへゴーレムが拳を振り下ろす。旋回と同時に右腕を大きく振っての攻撃だ。
動き出しの時点で気付いた刀弥はすぐさま後退して離脱。拳が地面に刺さったのを見計らって反転すると、それを足場にゴーレムの上半身へと駆け上る。
そうして登りきると同時に彼はゴーレムに向かって攻撃を見舞った。
刀による斬撃ではない。なんと彼は走りの勢いをのせて飛び上がると、ゴーレムの頭部目掛けて飛び蹴りを放ったのだ。
その勢いにゴーレムはたたらを踏んでしまうが、すぐにバランスを取り体勢を立て直す。
「あれじゃあ、崩れないか」
相手の転倒を狙っての攻撃だったが、思いの外相手のバランス制御は優秀だったらしい。
「と、なると……」
そう呟きながら刀弥は光弾を右へと飛んで避ける。
そうしてから彼はゴーレムの背後に回り込むと、そこから一気に距離を詰めた。
狙うは足首、穿つは渾身の突き。
風野流剣術『一突』
速度と腰のバネ。二つの力を乗せた突きがゴーレムの足首に繰り出される。
だが、結果は今までと同じ甲高い音を出すだけで装甲を貫くことはなかった。
しかし、構わず刀弥は同じ所に攻撃を続ける。今度は身を回しての水平斬り。無論。この攻撃も装甲に阻まれる。
「無駄よ。ガーディちゃん二号の装甲にはかなり頑丈な素材を使ってるから、切断しようと思ったら何百回と斬りかからないといけないわよ」
余裕だろうか。リリスがそんな忠告をしてきた。
確かに彼女の言う通り、今のままだと斬るまでにかなりの回数を要するだろう。けれども、他に手がないのならやるしかない。
それに決して無謀な挑戦というわけでもないのだ。
装甲の突破こそできていないものの、逆に相手の攻撃に対してはしっかり対処ができている。十分勝算のある戦い方だ。
「じゃあ、言葉通り何百回と斬ってみるか」
「……正気?」
そんな刀弥の応答にリリスが疑うような眼差しを向けてきた。
「他に方法がないのならやってやるさ」
そう言って刀弥は笑みを浮かべる。
そうして彼は刀を構え直すと、刀を振るうため再びゴーレムのほうへと駆け出していくのであった。
――――――――――――****―――――――――――
「……まさか、本当に有言実行するとは……」
そう言ってリリスが呆れた顔を見せる。
彼女の視線の先には片足を斬られ、うつ伏せに倒れた彼女のゴーレムの姿があった。
ゴーレムは動かない。思考機関が壊れたのだから当然だろう。
ゴーレムは片足以外にも頭部と背中に傷を負っていた。どちらも刀傷の痕で、その傷口から傷ついた中身を見ることができる。
どちらも刀弥の手によって付けられた傷だ。
「合わせて三〇〇回以上の攻撃。よくやる気になったわね」
「ゴーレムが遅いおかげで攻撃の薄いところに移動するのは楽でしたから。背中の兵装も打ち上げれば発射方向の再設定ができないのがわかれば避けるのは簡単でしたし」
「攻撃を避け続けられる自信があったからこその戦い方という訳ね。参ったわ……」
そんな感想を漏らしながらリリスは視線を刀弥の方へと戻す。
刀弥はと言うと岩場に腰下ろして水を飲んでいた。
やはり、疲れているのだろう。あれからそれなりに時間が経っているにも関わらず、呼吸が若干乱れている。
まあ、無理もない。何百回と攻撃と回避を繰り返したのだ。誰だって疲れもするだろう。
そんな彼のもとにリアが近寄ってきた。
「お疲れ様。なんて言うか……かなり強引な手段だったね」
「確かにそうかもしれないな」
「……認めちゃうんだ」
そう答える刀弥にリアは苦笑いを返す。
そんなやり取りをしている二人の元へリリスは向かうことにした。
傍までやってくると、彼女は両手を上げて降参のポーズを示す。
「完敗ね。まさか、多重装甲のデメリットを利用されるとは思わなかったわ。あ~やっぱり、機動力を上げたほうがよかったのかな」
「そのときはそのときで戦い方を変えるだけですよ」
リリスの言葉に刀弥がそう応える。
それを聞いて彼女は大きく溜息を吐いた。
「まあ、今回は相手を褒めるべきか。あなたもそう思うでしょ?」
そう言ってリリスはリアに問い掛ける。
彼女の問い掛けにリアは大きく頷いた。
「私もそう思います」
「別に褒められる程のことじゃないだろ?」
彼女たちの称賛に刀弥がそう謙遜する。
褒められてくすぐったいのだろう。リリスが目を合わそうとしても、すぐに視線を逸らしてしまうのがその証拠だ。
「十分凄いと思うわよ。普通はあんな強引な手、ゴーレム相手にやろうなんて思わないだろうし」
「それよりも、それができると判断した刀弥の判断力と分析力が凄いと私は思うかな」
己の感想をそれぞれ口にするリリスとリア。
「だから、刀弥は自信を持っていいと思うよ」
「そ、そうか?」
それを聞いて刀弥の頬が若干赤くなる。そんな彼の様子を見てついリアは笑いを漏らしてしまった。
そんなやり取りをリリスは目を細めて眺める。
「まあ、ともかく今日はありがとね~。報酬は明日家に案内するから、そのときに渡すね」
「え? ああ、わかりました」
そうしてその日は解散となるのだった。
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