三章二話「斬波」(3)
そうして斬波の修行を始めて、かれこれ一四日ほどが経過した。
刀弥が今いるのはカイエルと戦ったあの草原だ。
彼はそこで斬波の修行をしていた。
刀弥は今、刀を両手に持って構えている。向かい側には岩があり、その上に拳ほどの大きさの石が載せられていた。
彼は今、斬波でそれを斬ろうとしているのだ。
まずは深呼吸して心を落ち着ける。そしてゆっくりと目を開けると彼は正面の目標を見据えた。
そして次の瞬間、刀弥は刀を大きく振り下ろした。
風切り音が草原を走る。
けれども、岩にあった石は断たれるどころか揺れることすらなかった。失敗したのだ。
「わかってはいたが、やはり難しいな」
そうこぼして彼は背伸びをする。
修行を始めて一四日が経過しているが、斬波に関して言えば進展らしい進展はなかった。
別に刀弥に才能がない訳ではない。
最初の日に聞いたカイエルの説明によると、最初の習得にはかなり時間が掛かるという話だ。ちなみにカイエルは三十日ほどで発動させるところまではいったそうだ。
刀弥自身、現状としてはまずは発動までは漕ぎ着けたいと考えている。そこからは旅をしながら自己流で鍛錬していく予定だ。
カイエルにもそのことを話してみたら、それがいいだろうと答えが返ってきた。リアのほうもそれで構わないそうだ。加えて焦る必要はないとも言われた。
その話を思い出して刀弥は苦笑する。リアが以前ファルセンで言った言葉が彼の頭の中に思い返されたからだ。
『改善に時間が掛かるならその間、その部分を私が埋めてあげる。私は魔術師、刀弥は剣士。私たち相性いいんだよ?』
『私たちは二人なんだから、一人だけで頑張る必要なんてないんだよ。必要なら頼ってもいいんだから……』
今回は素直にその言葉に甘えようと刀弥は考えていた。その分、この借りはどこかで返したいと思う。
そのリアは今、傍にいない。
彼女は現在、街の方に出かけている。彼女の発案で夕食をここで取ることにしたからだ。
自分の世界の屋外でもできる料理を振舞ってくれるらしい。正直言ってどんな料理か楽しみだ。
――それまでは斬波の修行だな。
まだ教えてもらった技術部分が再現しきれていないのが、失敗の原因であることまではわかる。
問題はどこをどうすれば成功まで行くことができるのかが、わかっていないことだ。
斬波で使う技術は刀弥の世界では全く思いつかなかった技術で行われている。そのせいかここをこうすれば成功するという当たりが予想できないのだ。
「……武術もまだまだ奥が深いな」
自然とそんな呟きが口から漏れる。
シェナの話を聞いた時からそんな感想は漠然と持っていた。だが、今回のカイエルを見てその感想がより鮮明になったのだ。
それは驚きでもあり、喜びでもあった。
当然だろう。剣術に思い入れを持っていた刀弥からすれば限界だと思っていた武術にはまだまだ上があったというのだから……
そうして刀弥は奮起して立ち上がると、修行を再会するために再び岩と向き合うことにしたのだった……
――――――――――――****―――――――――――
しばらく修行を続けていると、リアが帰ってきた。
「どう?」
その問いに刀弥は肩をすくめて答える。
「全然だな。まあ、気長にやるさ」
「そうそう。それでいいと思うよ」
笑顔でそう答えながら、リアはスペーサーから荷物を取り出していった。
「もう夕食を作るのか?」
時間としては夕方だが、夜まではまだ十分時間がある。
この時間から夕食を作るのは少し早すぎなのではないかとそう思った刀弥は首を傾げ彼女に訊ねた。
彼のその疑問にリアはこう答える。
「ちょっと、準備に時間が掛かるからね」
「ああ、なるほど」
そうして彼女はスペーサーから食器や調理道具なども取り出すと早速夕食の準備に取り掛かった。
そんな彼女を眺めながら刀弥は修行を続ける。
刀を振る刀弥と材料を切るリア。風を切る音とリズム良い音が青々とした草原に響き渡る。
その音を音楽にしながら、二人はそれぞれの作業に集中していった。
やがて、下ごしらえを終えたリアはそのまま調理へと移行。魔術も利用しながら順調に料理を続けていく。
一方の刀弥はというと相変わらず成果は表れていなかった。それでも、彼はめげることなく試行錯誤を繰り返していく。
見覚えのある顔がやってきたのはリアの料理が終盤に差し掛かって空が暗くなり始めた、そんな時だった。
「あ!! 本当にいた!!」
その声に二人は声の聞こえた方へと顔を向ける。
二人の視線の先、そこには一人の女性が二人の元へ歩いてくるところだった。確か暴走ゴーレムの持ち主で名前はリリス・カナルームという名のはずだ。
「おお!? しかも随分と豪勢な夕食を作ってるじゃない」
そのリリスはリアが料理を作っている事に気が付くと、驚き思わずヨダレを垂らしているところだった。
「あの……よかった一緒に食べますか?」
そんな彼女を見てリアがリリスを夕食に誘う。
「え!? いいの?」
リアの誘いにリリスは嬉しそうな表情のまま確認の問いを返してきた。
「はい。一応、量は多めに用意してるので大丈夫です」
「じゃあ、喜んでご一緒しちゃおっかな」
笑みを見せてリアがそう返答する。すると、その返答にリリスは笑みを浮かべながら席に着いた。
「夕食はもうすぐでできます。だから刀弥、そろそろ切り上げてくれる?」
「ああ、わかった」
それを聞いて刀弥は修行を切り上げて席に着く。
「それじゃあ、盛り付けるね」
そう言ってリアは自分が作った料理を皿やお椀に盛り付けていった。
たれに浸けた野菜や肉を焼いたものやそのタレで作った煮込み料理など、多種多様な料理が刀弥の目の前に並べられていく。
いい匂いと色とりどりの料理に刀弥は自然と空腹感を自覚した。
「美味そうだな」
「いくつかの材料は別の材料で変わりにしてるけど、美味しいはずだよ」
そんなことを言いながらリアはリリスの前にも料理を置ていく。
やがて夕食の準備が整った。
「それじゃあ、食べようか」
「んじゃ、いただきま~す」
「いただきます」
そうして早速、三人は夕食を食べ始める。
「美味し~い」
最初に感想を口にしたのはリリスだった。
その言葉の通り、彼女は美味しそうな表情で次々と料理を食べていく。
それは刀弥も同じだ。特にタレにつけて焼いた肉と野菜の味は彼的に好みど真ん中だった。
「確かに上手い。特にタレにつけて焼いた肉や野菜とかいい感じだな。どうやって作ったんだ? そういえば何か魔術とかも使ってたな。その辺も関係あるのか?」
「それはひ・み・つ。何にしてもこれだけ好評なら作ったかいがあったかな。どう刀弥、元気でた?」
元気出たかどうかを刀弥に訊ねるリア。
その一言で刀弥は何故、彼女が手料理を振舞ったのか、その理由に気が付いた。進展のない刀弥のためにリアは彼女なりに元気づけようとしたのだ。
「本当に借りを作りっぱなしだな。そのうち返せないくらい膨れそうな気がしてきた」
「気にしない。仲間なんだからこんなの当たり前だよ」
「仲間と言うより恋人がしそうな行動な気がするけど……」
そんな二人の会話に突然リリスが割って入ってくる。
彼女の指摘に二人は慌ててしまい、互いに顔を赤くしてしまった。
「そ、そういえばはなにか用があってここに来たんじゃないんですか?」
顔が赤くなった事を誤魔化すために刀弥はリリスに用件を訊ねる。
ここに来た時の最初の台詞。あれは誰かに刀弥のことを聞いた上でなければ出ない。
恐らく、刀弥達に何か用事があってカイエルに居場所を尋ねたのだろう。
彼の問いでリリスはようやく本来の用件を思い出したらしい。両手をポンと叩いた。
「ああ!? そうだった。すっかり忘れてた。二人に用事があったんだった」
「なんですか?」
その言葉にリアは首を傾げる。
「うん。実はね。二人にもう一度ガーディちゃんと戦ってもらいたいのよ」
「ガーディちゃんってあの暴走したゴーレムのことですよね?」
確認するように訊く刀弥。
「もちろん♪」
それにリリスが笑顔で返事を返した。その返答に思わず刀弥は天を仰いでしまう。
「理由を訊いてもいいですか?」
もはや投げやり気味の声で刀弥が理由を訊いた。
「無論、この間のリベンジよ!! あれから改良に改良を重ねたんだから」
当然とばかりにリリスは胸を張って答える。
しかし、何故か刀弥は彼女のそんな態度に胸中、不安を覚えてしまった。
「始めて会った時、カイエルさんが言ってましたが、リリスさんって結構ゴーレムを暴走させていますよね? 今度は大丈夫なんですか?」
「もちろんに決まってるじゃない!!」
それは『何故そんな事を問うのか?』と暗に言っているじゃないかとばかりの強気な返事だった。
けれどもどうしてだろうか。彼女が自信満々に言えば言うほど刀弥の中の不安がどんどんと大きくなっていく。
「ちなみにその台詞。過去に何度か言いましたか?」
「さあ、そんなの覚えていないわ」
考える素振りも見せなかった。
間違いない。刀弥は心の中で断言する。
この人は過去の失敗からなにも学ぼうとしないタイプの人間だ。
と、いうことはその新しいガーディちゃんもまた暴走する可能性は十分あり得る。
一瞬、断ろうかとも思ったが、よく考えれば既に完成している以上、暴走は時間の問題だ。
ならば、ここは挑戦を受けることでさっさと破壊するのが最善かもしれない。
「あ、もちろんこっちからの依頼だから報酬は出すわよ」
さらに報酬まで出るのだから断る理由もないだろう。
修行のほうは煮詰まっている状態だ。気分替えに違うことをするのもいいかもしれないとそんな思考が刀弥の頭に浮かぶ。
「後、カイエルさんから伝言。『気分を変えるには丁度いいだろう。是非、受けてみたらどうだ? 私もそのほうがいろいろ助かる』って言ってたわ」
どうやらカイエルのほうも同じ事を考えていたらしい。
危惧している点まで同じだったことに刀弥はつい苦笑してしまった。
「わかりました。明日でいいのでしょうか?」
「ええ、明日迎えに行くわ。どこに泊まってるのか教えてもらっていいかしら?」
「それじゃあ、今日はこれで帰りますのでその時に」
本来であれば、夕食後も修行を続けているのだが明日のこともある。早めに切り上げて休むべきだろう。
「リア、片付けでなにか手伝えることはないか」
立ち上がりがてら、刀弥はリアにそんな事を尋ねる。
料理は全てリアに任せてしまった。だからこそ、その分の借りを返そうと思ったのだ。
けれども、それに対しリアは首を横に振って応える。
「食器洗いとかは魔術でやるから、特にはないかな」
「そうか」
それを聞いて刀弥は少し気落ちしてしまった。
そういう理由なら仕方ないのだが、ただそれでも刀弥的には残念という思いが心の中に浮かんでしまう。
そんな彼の心情に気付いたのだろう。リアが言葉を続けこう言ってくる。
「代わりにというか。宿屋に戻ったらマッサージとかお願いしていいかな?」
「ああ、いろいろと世話になってるからな。それくらい全然構わないぞ」
いろいろと助けられている身としては、むしろそれぐらいお安い御用だ。
「うん、じゃあお願い」
そう言うと彼女は後片付けを始めた。
手の空いてしまった刀弥は手持ち無沙汰だ。そこで片付けが終わるまで、リリスと会話をすることにした。
「リリスさんってお仕事はなにをしてるんですか?」
「え? ああ、遺跡の研究よ」
問われたリリスは刀弥の方へ視線を向けつつそう答えた。
その返答に刀弥は目を丸くする。
暴走ゴーレムの件で、てっきりゴーレムに関係する仕事をしていると人だと思い込んでいたからだ。
「もしかしてゴーレム関係の研究者だと思った? まあ、遺跡研究だからその辺も含まれているといえば含まれているけど。でも、私の仕事はそれも含めた遺跡の文明技術、及びその歴史の解明なの。ちなみにゴーレムの開発は私の趣味」
「趣味であの規模ですか……」
どうやら実力だけならかなり優秀な人間らしい。その分、反省がないおかげで近隣の被害も増大しているのだろうが……
ともかく刀弥は彼女の仕事について少し考えてみることにした。
文明技術と歴史の解明。確かにこの世界の謎について知ろうとすればそういうことを知る必要がでてくるだろう。
技術を知ることで彼らの力を知り、歴史を知ることで彼等の生活を知る。そうして得た推測の情報からさらに新たな情報を推測する。
そうやってこの世界の謎を解明していくのだろう。
そういう意味ではこの世界に合った仕事だといえた。
「なにかわかっていることはあるんですか? もちろん教えれる範囲で結構ですので」
刀弥としても少し興味がある。だからこそ、そんな質問を口に出してしまった。
「それじゃあ、とりあえず教えられる範囲で答えちゃおっかな」
彼の問いにリリスはそう応じると、リアフォーネについての説明を始めるのだった。
「刀弥君は、この世界の遺跡の動力が何かわかる?」
「動力ですか?」
問われ刀弥は考えてみる。
最初に浮かんだのは一般的と言われるマナだった。だが、この問いの雰囲気からしてそれは違うようだ。
と、なると刀弥の頭で思いつけるのは化石燃料や風、地熱、川の流れ、太陽光などの自分の世界にあった動力だけだ。
放ったらかしの状態で長年動くなら燃料的なものはまず候補から消える。川の流れもダムみたいな遺跡について、なにも言われていなかったことから存在しないのだろう。故にこれも消える。
残るのは風、太陽、地熱。この中で安定的なのは地熱だ。
そのため、刀弥はそれを解答とすることにした。
「地熱ですか?」
彼の答えにリリスは目を見開く。どうやら正解だったようだ。
「よくわかったわね。その通りよ。各遺跡にはかなり地下深くまで伸びた部分があってそこには地熱を利用した発電機関が搭載されているの。遺跡はそれを利用して動いているというわけ」
と、いうことは、この世界は自分の世界と同じ電気を主動力としている訳だ。
意外なところで共通点があった事に刀弥は驚きと同時に嬉しさを感じてしまう。
「ってことはこの世界で作られているゴーレムも電気を動力にしてるんですか?」
「そうね。遺跡の電力を設備を使って補給している感じね」
「そうなんだ。面白い話だね。刀弥」
そこに後片付けの終えたリアがやってきた。
どうやら後片付けをしながらもしっかり話を聞いていたらしい。
「それじゃあ行くか」
「うん。リリスさん、帰りにもさっきの話の続き聞かせてください」
「いいわよ」
そうして三人はこの世界についての話に耳を傾けながら、宿屋へと向かうために足を進ませるのだった。