三章二話「斬波」(2)
そうして刀弥たちは街の外にいた。
あれから本部に辿り着いた二人は暴走のゴーレムの件についてカイエルからいくつか質問を受けた。
正直に答えていると二人に関する要件はあっという間に終わり、カイエルから先にここに行っててくれと簡単な地図を渡された。それが今二人のいる場所だ。
見るからに草原のど真ん中で街から適度に離れている。ここなら誰かを巻き込むこともないだろう。
既に空は赤に染まっている。おかげの漂う雲もその影響を受けてやや赤みを帯びていた。
そうやってしばらく待っていると、カイエルがこちらにやってくる姿が刀弥の目に止まった。
「悪い。待たせたね」
「いえ、お仕事もあるのにわざわざ付き合ってもらっているので、謝るとしたらこちらです」
そんな言葉を一通り交わし、両者は位置につく。リアはそんな二人から距離を置いて遠くから眺めていた。
そうしてカイエルがレイピアを抜き、刀弥は刀の取っ手に手をのせた。
「抜かないのかね?」
刀弥の構えにカイエルが疑問を飛ばす。
「これが自分の構えなので」
「そうか」
刀弥がそう返すとカイエルは納得し、それ以上は何も言わなかった。
「それでは始めるとしようか。いつでも掛かってきてくれたまえ」
笑みを浮かべ左手で手招きするカイエル。しかし、刀弥は動こうとはしない。
彼の中の感が迂闊に動くなと警告を促してきたのだ。
一見、飄々した態度を見せているが、相手は間違いなく強者だ。
選択を間違えればあっという間に負けてしまうだろう。しかしだからといってこのまま相手の攻めを待っていても刀弥が押し切られるだけだ。
思考は一瞬、それだけの時間を持って刀弥は駆け出した。
狙うは短期決戦。自身の動きを見切られる前に一気に決着を付ける腹だ。
故に刀弥の最初の動きは己の身を前に崩すことから始まった。
やり方としては前に出していた右足の膝の力を抜くだけだ。それだけで体は前へと傾いていく。傾いていく際に力を抜いた右足は前へと押し出す。
重力を利用しているため、この動きに動き出しはない。そのため相手は感知できず反応が遅れてしまいやすいのだ。
だが、それで稼げるのは一歩分だ。それでは相手には届かない。
なので、刀弥は二歩目を踏み出す事にした。
使うのは押し出した右足。己の体重によって膝は曲がっている。それを使って刀弥は地を踏み込む。
風野流剣術『疾風』
現状、刀弥が出せる最大の速度と振りをカイエルに向かって放つ。
移動先はカイエルの右側、狙いは彼の足下だ。
そこなら彼のレイピアも届かない。
けれども、刀弥は気を抜かない。もし相手が刀弥の想定したレベル通りの実力ならば、この攻撃を対処してくる可能性は十分にあり得るからだ。
そしてその直後、刀弥の想定した通りの事が起こった。
カイエルが選択したのは回避だった。上へと跳躍することで刀弥の攻撃を飛び越えたのだ。
刀弥の攻撃は空を切り、そのまま両者はすれ違う。けれど、カイエルの行動はそれだけでは終わらない。
なんとカイエルは身を回し刀弥のほうへと振り返ると同時にその勢いを利用した突きを繰り出してきた。
当然、すれ違い離れ始めていた刀弥にそのレイピアは届かない。しかし、刀弥はレイピアの剣先から大気の揺らぎが放たれたのを見た。
先の暴走ゴーレムで見せた斬波という攻撃だ。
刀弥は左足が地面に付いたと同時にバランスを右へと無理やり傾ける。それを持って彼はカイエルの攻撃を避けたのだ。
そのまま転がって起き上がろうとする刀弥。その時、彼の左足に痛みが走った。無理にバランスを崩したせいで左足を捻ってしまったようだ。そのまま、痛みを堪えて彼は起き上がろうとする。
そこにカイエルが接近してきた。
近づいてきた彼は突きのラッシュを見舞ってくる。
速い。そう思えるほどの連続攻撃だ。咄嗟の判断で刀弥は後ろへの縮地を使い、一気にレイピアの間合いから逃れる。
その速度にカイエルが驚く顔を見せた。が、それもすぐに平静に戻り遠距離からの突きを刀弥に目掛けて飛ばしてきた。
それを避けた刀弥は再び地を強く踏みしめ縮地。カイエルに接近しようとする。だが、そこにカイエルの攻撃が飛んできた。
縮地は一歩の移動距離を伸ばす移動だ。そのため一度踏み出せば地に足を付けるまで止まることも方向を変えることもできない。それをわかった上での攻撃だ。
反射的に刀弥は刀で防ぐ。
そうして地面に足を付けば、カイエルとの距離は目前だ。
飛び込み刀弥は水平に斬りかかる。
カイエルはその攻撃を伏せることで躱し、レイピアを突いてきた。
狙いは左肩。即座の反応で刀弥は後ろへと下がりレイピアの範囲から離れようとする。
しかし、そのレイピアから突きの斬波が放たれた。
後退を予測していたのだろう。刀の防御は間に合わない。
そのまま突きの斬波は刀弥の左肩にぶつかるのだった。
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「大丈夫かい? 一応、威力は抑えたから肩を貫いたということはないはずだが……」
戦いが終わり、カイエルが刀弥に歩み寄ってきた。
「はい。大丈夫です」
そう返事を返しながら刀弥は立ち上がる。
確かに彼の言う通り、痛みこそあるものの刀弥の左肩に怪我はない。
それを確認すると刀弥はある方向へと視線を向けた。
「だから、リアも慌てて走ってこなくていいぞ」
その言葉に走り寄ってきたリアが足を緩める。
「全くお前は心配しすぎだ」
「あはは……でもやっぱり、いろいろと心配しちゃうんだよね。刀弥って危なっかしいから」
呆れる刀弥にリアがそう弁明してきた。
そんな彼女の話を聞いて刀弥は内心嬉しくなってしまう。
「まあ、心配してくれるのは嬉しいんだが時たまオーバーじゃないかってくらい反応するからな」
「あ、ひどーい。あれは実際に怪我を負った刀弥が悪いんじゃない」
照れ隠しについそんなことを言ってしまい、それを聞いてリアがむくれてしまった。
そんな二人のやり取りを見てカイエルが笑い声を漏らす。その声に二人はようやくカイエルの存在を思い出した。
「あ、すみません」
「いやいや、気にしないでくれ。私も中々初々しいものを見れて面白かったし」
自分たちのやり取りをそんな風に言われ、二人は自然と顔を赤くしてしまう。
「で、だ。先程の応酬を見る限り、問題ないだろう。約束通り斬波のこと、しっかり教えてあげよう」
「ありがとうございます」
それを聞いて頭を下げる刀弥。そんな彼を眺めながらリアもまた自分のことのように喜ぶ。
「ただ、先に言っておきたいことがある」
けれどもその直後、カイエルが真剣な顔で言葉を放ってきた。
その雰囲気に思わず刀弥とリアも真剣な表情を作る。
「我々の本分は間合い内の接近戦だ。故にこの技はそれを助けるための補助程度のものだと思っていてくれたまえ。これを得たところで、遠距離戦では魔術師やそういった魔具使いのほうが有利であることに変わりはない。そのことは忘れるな」
「わかりました」
カイエルが先に言っておきたかった事。それは斬波に対する注意だった。
確かに彼の言う通り、バリエーションでは魔術師には叶わないだろうし、遠距離の魔具使いに対しても己が主に戦う領域の分、基本的に向こうが上手になるだろう。
その注意を刀弥は真摯に受け止める。
「まあ、先の戦いを見る限りでは大丈夫だと思うが一応な」
そう言ったときにはカイエルの表情はいつもの柔らかな顔に戻っていた。
その変わりの早さに刀弥とリアは少しの間呆然としてしまう。
「あ、後、私も仕事があるので基本的な部分は教えるが、基本は自主練になってしまう。そのことは理解しておいてくれ」
「わかった」
申し訳なさそうに告げるカイエルに刀弥は頷きながらそう答えた。
仕事が忙しい中で教えてもらえるだけ御の字なのだ。それだけでも十分感謝すべきだろう。
「まあ、今日は疲れただろうから、明日ここに来てくれ。時間も時間だしな」
言われて空を見ると、既に夕日が沈んでおり紺色の景色が空を染め始めていた。
「わかりました」
「では戻ろうか」
それを合図に刀弥たちは街へと戻っていく。
そんな彼らを夜空の星々がそっと見下ろしていたのだった。
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