三章二話「斬波」(1)
三章二話これより開始です。
どうぞお楽しみください。
暴走ゴーレムの右腕を破壊して逸した男の名前はカイエルというらしい。
とりあえず相手が名乗ったということで、刀弥たちも名乗り返すことにした。
「風野刀弥です」
「リア・リンスレットと言います」
「よろしく。なんにしても助かったよ。被害が拡大する前に止めることができたのは君たちのおかげだ」
そう言ってカイエルは氷漬けとなった暴走ゴーレムのほうを見る。
「ですけど、そのせいで一人の女の子を危険な目に合わせました」
あれは自分の油断だと刀弥は思っている。気を抜かず相手の動作をしっかりと見ていれば、何かしらの対処はできたはずだ。
「まあ、そんなに責めるな」
そんな彼にカイエルが肩を叩いて励ました。
「実を言えば私自身、君たちが戦っている間にここには着いていた。ただ下手に割り込むとややこしくなりそうだったので様子を見ていたが、なにかあればフォローするつもりではあったんだ。つまり、多少のことならどうにかなっていたんだ。そう思えば少しは気を楽にしてくれるかな?」
とはいえ、刀弥が油断していた事実は変わらない。そのことを考えるとあまり明るくはなれなかった。
表情の変わらない刀弥を見てカイエルが肩をすくめる。と、その時だ。
駆ける足音と共に一際大きな声が彼らの耳に届いた。
「ああ!? 私のガーディちゃんが!!」
その声に刀弥もリアもカイエルも声のほうへと振り向く。振り向きざま、カイエルの表情が呆れの顔になっているのに刀弥は気が付いたが、それがどういう意味を持っているのか彼にはわからなかった。
大声の主は女性だった。
髪は空色のサイドポニー、瞳は青色で丸縁の眼鏡をかけている。服装は白衣と灰色のタイトスカート。なんというか、研究者だという雰囲気が見てすぐわかるような人物だった。
「むう。装甲と装甲の隙間を斬られてる。これじゃあ重装甲にする意味が無いわね。多重装甲で隙間を作らないようにするか? あるいはいっそ、硬さを捨てて機動力に走るという手も……」
「その前に暴走しないゴーレムを作って下さい。博士」
呆れた表情のカイエルが女性に話し掛ける。
その途端、女性がピタリと動きを止めた。そして恐る恐るといった様子でカイエルの方へと顔を向ける。
「あ、カイエルさん……」
「全く……これで何度目ですか? 今回は被害はそれほどでもありませんでしたが、これだけ続くとさすがに私も笑ってはいられませんよ」
「う……すみません」
そう言って彼女は頭を下げる。
その様子を刀弥とリアは傍から見ていた。
どうやら彼女があの暴走ゴーレムの持ち主のようだ。しかも、先の会話によると何度か同じようなことをやらかしているらしい。
「それとこの二人にも謝ってください。あなたの後始末をしてくれたのは彼らですので」
「……はい。すみませんでした。いろいろ手間を掛けさせてしまったようで……」
再び頭を下げる彼女。それに対し刀弥とリアはどう返せばいいのか悩んでしまった。
「彼女の名前はリリス・カナルーム。この街に住む研究者だ。博士、彼らは風野刀弥とリア・リンスレット。旅行者……で、いいのかな?」
「あ、はい。それで問題ありません」
その問いにリアが笑顔で返事を返す。
「なんにしても博士。後で部下をよこしますので、今回の暴走の原因しっかりまとめておいてください」
「……わかりました」
リリスの顔は若干涙目だ。まあ、どう考えても自業自得なので刀弥もフォローする気にはなれなかった。
「そういえばカイエルさんに聞きたいことがあるんですけど、よろしいでしょうか?」
そうして話が一段落した所で、刀弥はずっと気になっていたことについてカイエルに聞いてみることにしたのだった。
「ん? なんだね?」
刀弥の問いにカイエルは質問の続きを促す。
「先程の右腕への攻撃はどうやったのか気になって……そのレイピア、魔具なんですか?」
言葉と共にカイエルの持つレイピアに視線を向ける刀弥。その視線を追ってカイエルもリアもレイピアを見る。
「なるほど。それが聞きたいことか。残念ながらこれは魔具ではなく普通のレイピアだ。特別な能力などなにも持ってはいないよ」
「じゃあ、先程の攻撃はどうやって?」
その返事に刀弥はさらに質問を重ねる。心なしかその声には興奮の色が混ざっているように聴こえた。
「ああ、それはちょっとした技を使ったんだよ。私の知り合いの間では『斬波』と呼んでいるんだが、空気中の物質に剣や拳などの威力を全て伝えそれを飛ばす技なんだ」
「なるほど」
それを聞いて刀弥は頷くとしばらくの間、考え込む。
「刀弥?」
そんな彼の様子を不思議に思い、リアが声を掛けてきた。
すると、それまで考え込んでいた刀弥は顔を上げてリアのほうを見ると、突然次のようなことを言ってきた。
「なあ、リア。少し我儘をしてもいいか?」
「えっと……我儘?」
疑問を返すリアだったが、刀弥の目がカイエルに向かうのを見て彼の我儘の内容を瞬時に理解する。
「……ああ、そういうことか。いいよ、別に。さっきも言ったけど予定もないし」
「助かる」
感謝の言葉を彼女に述べて、刀弥はカイエルのほうへと向き直った。
そして次のような頼みごとを彼に願い出る。
「カイエルさん。できればその技を教えてくれないでしょうか?」
ぴしっと足と揃え、手を体の横に置いて頭を下げる刀弥。その仕草からかなりの真剣さが伺えた。
それはカイエルも感じ取ったらしく、自然と彼の顔が真顔に変わっていく。
「……理由を尋ねてもいいかね?」
そう聞いてくると彼はまっすぐ刀弥を見据えてきた。
その視線に刀弥は一瞬、たじろいでしまう。だが、すぐに気持ちを切り替えるとカイエルを見つめ返しこう答えた。
「強くなりたいからです。守りたい人を守れるように……」
カイエルが用いた技。あれを取得することができれば、戦いにおいてかなり有利になるはずだ。
単純に遠距離からの攻撃を得られるだけではない。迎撃、牽制、連携、反撃。思いつくだけでも様々な戦術の幅が増える。
どんな相手がいるのかわからない世界の旅である以上、出来うる限り選択肢は増やしておきたいのだ。
刀弥の言葉にカイエルはしばらくの間黙考。やがて目を開き刀弥のほうへと視線を戻すと、彼の頼みに対してこう返してきた。
「ふむ。君の思いは分かった。だが、あの技はかなり難しく取得は簡単ではないぞ? それでも構わないかね?」
「はい」
迷いのない即答。そのことにカイエルは気分を良くする。
「わかった。まずは取得できるかどうかを確認するために、実力を確かめさせてもらおうか」
「わかりました」
まずはチャンスを掴んだといったところか。この機会を逃さぬようにしないとと刀弥は気分を引き締める。
「まあ、ともかく先にこの件からだな。二人には、まだいくつか聞きたいことがあるから本部まで同行してもらっても構わないだろうか?」
「構いません」
「はい」
刀弥とリアはそれぞれそう答えて頷いた。
「博士はまっすぐ家に帰って暴走の原因をしっかりまとめておいてくださいね」
「わかりました~」
消沈した声でそう答えると、リリスはとぼとぼと歩き始める。若干、足取りが重いのは叱られてへこんでいるせいだろう。
「それじゃあ、私たちも行くとしようか」
そうしてカイエルが歩き出し、その後を刀弥とリアが付いて行くのであった。