三章一話「観光」(2)
「……町も遺跡なんだな」
それが町を見た刀弥の最初に出てきた言葉だった。
刀弥の目の前にはエルゲスという町の光景が広がっていた。
町のほとんどは紺色の建物で、人々はそんな建物の中で生活していた。稀に木や別の材質を用いたと思われる家なども見られるが、それは極少数だ。
床も同じ素材なのか、紺色の床が一面に広がっている。
「うん。ゲートのあったラーネスみたいに、新しく町を作ったところのほうがこの世界では少数らしいよ。大半は調査済みの遺跡を拡張するような形で町にしてるんだって」
「へー」
そんな言葉を漏らしながら刀弥は床を見る。そこには紺色の床があった。この床がある範囲が遺跡のあった場所なのだろう。
そんなことを考えながら彼は視線を正面へと戻す。
すると、目の前を奇妙な物が通りすぎていった。
人ではない。それほど大きくないので当然だ。大体、刀弥の腰くらいの高さだろうか。
体は紺色でそれが光沢を放っていた。全体的に体が大きく手足が短い。顔と思わしき部分には大きなレンズのような一つ目が付いていた。
「なんだ? あれ」
何気なく出てきたそんな言葉。そんな彼の疑問にリアが応える。
「ゴーレムだね。一般的な定義としては体内に動力を貯める機関と思考する機関を有する人工物がそれになるかな。動力がマナでもそれ以外でも名称は変わらないよ」
つまり、鳥や猫の姿をしていても、その機関があるならゴーレムと呼ばれるわけだ。
目の前のゴーレムは積み重ねた本を両手に持って歩いていた。察するに、お使いでも頼まれたのだろう。
「凄いな。こんな物もあるのか」
「リアフォーネの遺跡はゴーレムが守護者として警備してたみたいだよ。今のはその技術を使って作った奴かな?」
そのゴーレムは少しの間まっすぐに進むと、やがて曲がり角を曲って見えなくなってしまった。
それを見送って再び二人は歩き始める。
町中を歩いていると、兵士と思わしき鎧を着た人達がところどころに立っていた。
それぞれ建物の入口などに立っていることから重要施設を守っているのだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、隣にいたリアが何かを見つけたのか突然、走りだした。
彼女の行く先、そこには露店があった。露店にはワートの時と同じく絵や写真が並んでいる。おかげで刀弥はすぐに事情を理解できた。
程なくしてリアが戻ってくる。
「また買ったのか?」
さすがに今回は刀弥も呆れ気味だ。
「だって~」
そんな彼の反応にリアが何か言い訳しようとするが、その口を刀弥は人差し指で抑えこむ。
「言い訳は別にいい。それよりも……」
宿屋を早く見つけようと言いかけたところで、刀弥の言葉が止まった。
リアがどうしたのかと思い、彼の視線の先を見てみると、そこには本屋らしき店がある。
「悪い。寄り道していいか?」
「いいよ。私ばかり買い物してたし」
リアがそう返答し、二人は本屋へと入っていった。
店自体はそれほど広くはない。けれども、肝心の本は三つの棚の両面にびっしりと収まっていた。
刀弥はその中から好みの本があるか確かめるために、抜いては読んで戻すという作業を何度も繰り返す。
その間、リアは適当に本を物色していた。
やがて刀弥が二つの本を持ってカウンターに向かっていく。
刀弥が本を買い終え、それをスペーサーに入れたのを見計らってリアが彼の傍まで寄ってきた。
「待たせたな」
「ううん。全然」
そうして二人は宿屋探しを再開するために、本屋から出ていくのだった。
――――――――――――****―――――――――――
二人が見つけた宿屋は遺跡の建物を利用したものでなく、後から建てた建物だった。
白い壁と木の床。刀弥の感覚ではありふれた建物だ。
そんな光景に刀弥はわけもなく落ち着いてしまった。紺色の建物や床が異質な物に見えるせいか、どことなく落ち着かなかったのも理由としてはあるのだろう。
カウンターに行くと店の主人が二人を出迎えた。
「すいません。部屋は空いてますか?」
「二人部屋なら空いてるよ。他は満杯だ」
打てば響くように、すぐさま主人が返事を返してきた。
「どうする?」
「……ここにしよう」
少し悩んだ後、刀弥はそう返答した。それに、リアが僅かばかり目を見開く。
「ご、誤解するな!? ……正直、ここが一番落ち着きそうな気がして他のところに行きたくないだけの理由だ」
そんな彼女の反応に慌てて刀弥がその理由を答えた。
なるほどとばかりにリアが頷く。そうして彼女は早速その部屋をとることにした。
鍵を受け取り、二人は部屋へと向かう。
中に入ってみると、素朴な感じの部屋が二人を出迎えた。
白い壁と木の床。窓の外には紺色の町並みが広がっている。
「明日はどうするんだ?」
そんな情景をひとしきり眺めた後、刀弥がリアのほうへと振り返って訊ねる。
「明日はリアクスっていう遺跡に行こうと思ってる」
「また遺跡か」
呆れた声を出す刀弥。けれども、その顔は少し笑っていた。
どんなところかは聞かない。そのほうが楽しみが増えるだろうと思ったからだ。
「あ、そうだ。リア」
「なに?」
と、ここで刀弥はある事を思い出し突然、リアの名前を呼んだ。
呼ばれたリアが応答を返す。
「明日の朝。稽古に付き合ってくれないか?」
「いいよ。対魔術師の修行?」
「そんなところだな。人によるんだろうけど、少しでも慣れておきたいから頼む」
刀弥が思い出した事。それは対魔術師用の修行だった。
刀弥にとっては全く未知の術。これまではモンスターとの戦いが多かったが、最初に出会った盗賊のような連中だって旅を続ければ出会うだろう。その中には魔術師だっているかもしれない。
そんな者達と戦えるように刀弥としてもある程度、魔術師との戦闘に慣れておきたかった。
もちろん、使う魔術が人によって変わる以上、リアで通じた戦い方が他の魔術師に通じるとは限らないだろう。
ただ、魔術師の戦い方とて、いくつかのパターンに分けることは可能だろうし魔術特有の特徴もあるはずだ。彼女と稽古することで、なにかしらの成果は必ずあるはずだと刀弥は考えている。
「手法はシェナさんがやっていた感じのほうがいい?」
「できればそのほうがいいけど、無理か?」
その確認の問いにリアは首を横に振って答えた。
「ううん。学院にいたときに非殺傷設定の魔術式をいくつか組んでるから、それを使えば大丈夫かな」
「なら、頼む」
それを聞いて刀弥は少し安堵の顔を見せる。
「うん。任せて……ところでさ、お腹も空いてきたし、そろそろ晩御飯を食べに行かない?」
と、話が一段落した所でリアが晩御飯の話を振ってきた。
確かに彼女の言う通り、刀弥のお腹もまた空腹を訴えている。
「そうだな。俺もお腹が空いてきたし外で何か食べるか」
宿屋には食堂もあったが、折角なので外で何か食べたいと思ったのだ。
「刀弥はどんなのがいい?」
「できたら、この世界ならではのものを食べてみたいな」
どこか余裕のある笑みを見せる刀弥。
それにリアが笑みで応え、二人は晩御飯を食べるために部屋を後にするのだった。
――――――――――――****―――――――――――
鳥の囀りが朝の到来を知らせ、日差しが地平線より登り始めた。
紺色の壁や床が日を浴びて眩しく煌めき、その輝きが光を隅々にまで行き渡らせる。
そんな目覚めを迎えた町の外。そこに二人の人間が向かい合っていた。
刀弥とリアだ。二人は武器を構えていた。昨日、刀弥の言っていた稽古をするためだ。
「それじゃあ、いくよ」
「ああ、いいぞ」
そんなやり取りを交わした後、リアが『フレイムボール』で炎の珠をいくつも生み出す。
「一応、非殺傷用に魔術式は組んでるけど当たれば痛かったりするから、刀弥は頑張って対処してね」
「善処はする」
「じゃあ、いくよ」
その言葉を合図に炎の珠の群れが刀弥のもとへと迫った。
すぐに左へと飛ぶ刀弥。だがその直後、炎の珠の群れが右と左、二手に別れて曲がる。
「飛ばす方向は別にまっすぐだけじゃないのか」
「構築した魔術式にもよるけど、無茶な軌道じゃない限りは、事前に軌道を設定することはできるよ」
今回の場合、刀弥が避けることを予期して事前に曲がるように軌道を設定していたということだろう。ただ、どっちの方向かまでは予測出来なかったので右、左とそれぞれ二つに別けることにしたようだ。
ともかく今は対処に集中する。
先の話通りなら軌道設定は基本的に事前に行う必要があるらしい。ならば、彼女の狙いを読み切れれば、後はその読みから脱するだけで軌道から逃れることは可能になるということだ。
恐らく、炎の珠の軌道変更はこれ以上ないと考えていいだろう。
故に刀弥は炎の珠の群れへと飛び込んだ。
炎の珠の間は人がどうにか通り抜けるだけの隙間がある。そこに刀弥は己の体を入り込ませたのだ。
そうして炎の珠を通り抜けた刀弥。
そんな彼に今度は『エアアロー』が飛んできた。
さすがに風というだけあって速度は速い。飛んでくる風の矢の数は九本。それが刀弥を包みこむような軌道でやってくる。
「フレイムボールと違って軌道の変更が緩くないか?」
それを見抜き刀弥は矢群の中央に飛び込んだ。
浅いカーブの軌道で飛んでくる風の矢は彼を捉えることができずに次々と彼の横を通り過ぎていく。
「それがその『エアアロー』の軌道の限界って言えばいいのかな? さっきも言ったよね。『無茶な軌道じゃない限りは』って」
「……ああ、そういうことか」
つまり可能な軌道は構築した魔術式によって異なるということだ。
その辺も上手く見極めれるようになれば、魔術師との戦いが楽になりそうだなと刀弥はそんなことを考える。
「っということでちょっと注意点」
そう言うと同時にリアは再び風の矢を放ってきた。
しかし、気のせいだろうか先程よりも遅い。
飛んでくるのは左から右への浅い横カーブを描いた軌道。狙いは刀弥は左側。
そのため、刀弥は右前へと飛び込むように動いた。だが、そんな彼の行動を予測してたかのように風の矢が急激にその軌道を変える。
「な!?」
これには刀弥も驚いた。
先程のエアアローはこんな軌道をとっていなかった。リアも言っていたはずだ。『それがその『エアアロー』の……』
そこまで思い出して刀弥はあることに気が付く。とはいえ、まずは目の前の事態に対処するのが先決だ。
風の矢は刀弥の目前まで近づいてきている。右や左に飛ぶ暇はない。
だからこそ、刀弥は後ろへと倒れることを選んだ。
風の矢群は刀弥の腰よりも上、胸の辺りの高さを飛んでいる。結果、倒れていく刀弥の目前を風の矢が次々と通り過ぎ去っていく形となった。
地面に倒れたと同時に受身をとり、すぐさま刀弥は起き上がる。そして、先程の疑問を解決するため、確認の問いをリアへと投げるのだった。
「なあ、リア。ひょっとして魔術の名称って近似の現象なら全てその名称に一括りされてるのか?」
その確認は正解だったらしい。それを聞いてリアが笑みを返す。
「そうだね。魔術式の内容問わず、ある程度近似の現象ならその名称で一括りにされてるの。一つ一つに名称つけてたら面倒だから。まあ、人によっては独自の名称を使ってたりするけど。だから、同じ『エアアロー』でもその魔術式によって多少の違いがあるの」
先程のもそういうことなのだろう。最初の『エアアロー』を普通の『エアアロー』とするなら、二度目の奴は速度を落として代わりに深い軌道をとれるように魔術式を弄ったものなのだろう。
一つを見極めたと思って油断していたら、足元をすくわれるぞというリアからの警告だ。これには感謝しないといけない。
「ほら、次いくよ」
そう思っていると、既にリアが次の魔術を起こしていた。
今度は雷の球体が単体で現れる。
『ボルトシューター』
雷の球状にして放つ魔術だ。
「この系統は私、あまり得意じゃないんだけど……」
独り言とも言える小さな声でリアがそうこぼす。その直後、雷の球体が刀弥に向かって放たれた。
今までのことを考えると、フレイムボールやエアアローと同じなんてことはまずないはずだ。
なにが起こるのか、その球体に集中しながら、ともかく攻撃から逃れるために刀弥は右へと飛ぶのだった。
すると、彼の後を追うように雷の球体も右へとその進路を変える。
刀弥の動き読んでリアが事前に軌道を設定していた可能性もあり得るが、それだと最初のフレイムボールと同じだ。
もしやと思い、刀弥は再び右へと飛ぶ――と見せかけて左へと飛んだ。
そうすると、雷の球体は右へと行こうとしたが、刀弥が左へ飛んだのに合わせて急いで左へと向きを変えた。
ちらりとリアのほうを見ると、彼女は慌てた顔を浮かべながらじっと刀弥のことを凝視している。
おかげで、この魔術のことが少しわかった。
「これは発動後も操作できるタイプか」
「正解。そういう風に魔術式が組まれてるの。ただ、操作に集中しないといけないから結構大変なの。私じゃ一個でも無防備になりやすいし……」
つまり扱いの難しい魔術ということだろう。
ともかく、この攻撃に対処しなければならないが、雷なので斬って破壊するという選択肢は有り得ない。と、なると……
その思考と共に刀弥は足元から小石を拾うと、なんとそれをリアのほうへと投げつけた。
「え?」
思わずそんな声を漏らして、慌てて小石を避けるリア。その隙を突いて刀弥は雷の球体の横を突破した。
思った通り、他のことに意識を大きく取られると操作ができないらしい。後は視界を奪うなどの方法もありだろう。見たところ、操作はリアの視覚が頼りのようだ。
リアは雷の球体の操作を諦め、新たな魔術式を構築している。どうやら雷の球体で追いかけても間に合わないと判断しようだ。
リアが新たに発動した魔術。それは以前フォレストウルフたちと戦ったときに自分たちを守ってくれたあの魔術だった。
『ウォールストーム』
リアの周囲に竜巻の壁が現れ刀弥の侵攻を遮る。
フォレストウルフがどうなったかを知っている刀弥としては、足を止めてそれを眺めるしかない。
「魔術式によっては発動中、体内で生成されているマナを常に供給できるように組んでいる魔術もあるの。その場合マナ切れで消えることはないから……」
「術者の精神力次第ってことか」
「そういうこと」
刀弥の返事にリアが笑みを浮かべて頷いた。
だが、そうなると九ティム――約三〇分程――ぐらいはこの状態が続くことになる。しかも気を抜くこともできない。気を抜けばその瞬間、リアが『ウォールストーム』を解いて攻めてくるだろう。
もっとも、三〇分近くずっとこの状態はまずないだろう。そうなれば不利なのは精神的に弱ったリアなのだから、必ずどこかで隙を突いて攻めてくるはずだ。
とはいえ、リアが攻めてくるとしたら、それは彼女が有利になる状況だろうから主導権は以前、彼女が持っているままだと言える。
それが嫌ならなんとかして刀弥から攻めないといけないが、残念ながら刀弥にこの竜巻を突破できる力も術もない。
そうなると残るのは竜巻が切れた瞬間を狙うことだけ。攻撃を誘うという手も浮かんだが、それだけでは弱い。他にないものかと刀弥は考え込む。
竜巻の高さはおよそ刀弥の身長の三、四人分。近くに高い木もないので上から飛び込むという手も使えない。
「……穴を掘って下からなんてのは無理だしな」
そう呟きながら刀弥は地面を見る。と、刀弥の目に小さな小石が映った。
それを見て刀弥は先程の雷の球体での対処を思い出す。あの時は小石を投げて意識を雷の球体の操作から逸らした。
今回はそちらの効果は薄いだろうが、攻撃手段としては有効的かもしれない。
「やってみるか」
そうして彼は適当な石を拾うと、それを空高く目掛けて投げつけた。
石は放物線を描きながら、高くまで上がっていく。そうして頂点まで辿り着くと後は重力に引かれ下へと落ちていった。落ちた先にあるのは竜巻の縦穴。
「痛っ!?」
石は見事にリアに当たったらしい。竜巻の中から声が返ってきた。
その調子で刀弥は石を何度も投げ続ける。
「ちょ、ちょっと、刀弥。痛い、痛いって」
「と、言ってもこれでも一応攻撃だからな」
一つ一つのダメージは微々たるものだろう。とはいえ、それを何度も食らえば、さすがにまずいだろうし、もう少し大きな石ならかなり効くはずだ。
「~~!! わかった。降参。降参」
その言葉と共に『ウォールストーム』が解かれ、そこから頭をさすったリアが姿を現した。
「刀弥の意地悪」
「仕方ないだろ。あれしか手がなかったんだから」
恨みがましい目を向けてくるリアに刀弥がそう弁明する。
「……まあ、そうかもしれないけど」
理解はするが感情は別ということなのだろう。まあ、それは仕方がない。
「まあ、今日はこれで終了だな」
「そうだね」
遠出もする以上、これ以上の疲れを残すのは避けたほうがいいだろう。
「とりあえず汗を流して出発かな?」
「そうだな」
そうして二人は汗を流すために、自分達が泊まる宿屋へと戻ることにしたのだった。