二章三話「襲撃」(7)
薄明かりが騒ぎの終えた町々を静かに照らしていた。
あちこちの温泉からは湯気が立ち上り、岩盤の天井を白に染めていく。
それは四人がいる河原も同様だ。
河原では刀弥とシェナが武器を持って互いに向かい合っていた。それをリアとアレンが斜面に腰かけて眺めている。
よく見ると刀弥は以前と少し違う衣服を着ていた。
ズボンは黒緑色。素材は柔らかそうだが、足元の口が少し広いのが特徴だ。
一方の靴は黒色で履き口部分が大きく開いたタイプ。ちなみに靴下も新しくなっている。
どちらも、フォレストウルフを倒した町で刀弥たちが購入しておいた物だ。非常用ということで安めのものを選んでおり、着てみた感想として若干不満が残っている。
とはいえ、元のズボンや靴は左足部分が裂かれてしまっている以上、これで我慢する他はなかった。
「とりあえず『エンクロージャーウォール』を発動させたから、周囲に被害が行くことはないかな」
「助かった。リア」
二人に対してそんな説明を入れるリアに刀弥は礼を言う。
リアが展開した『エンクロージャーウォール』は本来、攻撃を遮る力場で全方位を囲む防御を目的とした魔術だ。
しかし、範囲を広くしその中に対戦者を入れることで、周囲に被害が及ばないようにするバトルフィールドとして活用することもできる。
おかげで、刀弥とシェナは何の気兼ねもなく戦うことができる訳だ。
「じゃあ、刀弥は準備はいい?」
「ああ、いつでもいい」
シェナの問いに刀弥が構え、返事を返す。
「それじゃあ、始めましょ」
その瞬間、シェナの腕が上がり、いくつもの銃弾が刀弥に向けて放たれた。
即座に縮地で左へと移動。銃弾の範囲から逃れる。
だが、刀弥の後をシェナの銃口が追いかけてきた。
刀弥は反時計回りに回りこむような形で、シェナに近づこうとする。
しかし、近づくよりも先にシェナの射線が刀弥に追いついた。
刀弥の行き先に射線を先回りさせた上で引き金を引く。
銃弾が真っ直ぐ飛び、その線上に刀弥が飛び込んだ。
けれど、刀弥は構えていた刀を僅かに動かし防御。と、同時に走る速度を緩め、先回りされた射線から逃れようとする。
攻撃を止めたシェナは銃口を動かし刀弥を追う。
銃弾を撃ってないので反動がない分、撃ちながら動かすよりも動きは遥かに速い。加えて撃ちことに意識を回す必要がないので、かなり繊細に銃口を合わせる事ができるのだ。
今までの修行の時は基本、撃ちっぱなしだったのは刀弥に射線を把握させるためと同時に射線の移動速度を刀弥の能力に合わせるためだったのだろう。
どうやら今回は本当に本気で戦っているようだ。それを嬉しく思いつつ、刀弥はどう対処するかを考える。
射線から逃げ続けるのは、もはや難しい。となると撃たれた瞬間、それに合わせて射線から逃れることで攻撃を回避するしか方法はない。
判断は一瞬、すぐに刀弥は決断を実行に移した。
それまでやっていた回り込みを刀弥は中断すると、今度は一直線にシェナのほうへと突っ込んだのだ。
当然、刀弥に射線を合わせたシェナが連続で射撃を放ってくる。
けれど、刀弥は引き金を引く直前の僅かな指の動きを見極め、発射と同時に射線から外れ次々と攻撃を回避する。
まだ巨大なエアゲイルとの戦いで見せた領域には至ってはいない。
それでも、現状の力でシェナの発射タイミングを見極めることはできた。そのことに刀弥は内心安堵する。
刀弥の新たな動きに、シェナはもちろん見学していたリアやアレンも目を見開いた。
すぐさまシェナは発射の頻度を多くして攻撃の数を増やす。しかし、それでも刀弥は彼女の攻撃を避け続けた。
そうして、その攻撃と回避の果てに両者の距離が最初の半分を切った。
と、同時にシェナが刀弥から距離をとろうと、後ろへと飛んだ。
どうやら逃げながら撃つつもりのようだ。
動きながらの射撃は体の揺れや動かすことに意識が向く分、射線が揺れ乱れやすい。仮に安定させるとしても時間が掛かるだろう。
つまり、今がチャンスだという事だ。
しかし、代わりに向こうも後ろへと下がっていくのが問題だ。何故なら、その分追いつくまでに時間が掛かるからだ。下手をすれば逆に距離を離されてしまう可能性もある。
刀弥からすれば距離を離されるわけにはいかない。故に逃がさないとばかりに刀弥は前進の速度を上げようとした。
しかし、飛んでくる銃弾が彼の侵攻を阻んだ。
必然的に刀弥は回避と防御に集中せざるをえず結局、前進の速度を上げることができなかった。
そんな状況ではあるが、それでも両者の距離は徐々にだが確実に縮まっていく。
そして遂に刀弥は己の間合いまでシェナに接近することに成功した。
接敵と同時に刀弥は突きを放つ。狙いはシェナの右肩。
けれども、この攻撃をシェナは右の拳銃で防ぐと、そのまま腕を外へと動かし刀弥のバランスを崩した。
そうした上で彼女は左の拳銃で刀弥を仕留めようとする。
だが、ここまでの流れは刀弥も想定内。外に運ばれていく刀から左手を放すと、それを左の拳銃へと伸ばし銃口を己の外へと向けさせる。
そうしてから左足を前に出して相手の足を踏もうとした。相手を逃さぬためだ。
咄嗟の判断でシェナはバックステップ。下がりながらも両の拳銃を中へと戻し、刀弥へと狙いを定めようとする。
と、その時、刀弥の身が前へと崩れ落ちた。左足の力を抜いたことで支えを失った体が前方へと倒れたためだ。
突然のことにシェナは驚き戸惑ってしまうが、すぐに気を引き締め直し狙いを補正する。
けれども、倒れていく刀弥はそのまま己の体重で左足を曲げると、その左足を使って強く踏み込み相手に急接近。速度を乗せた一撃を放つ。
風野流剣術『疾風』
刃の狙う先は彼女の足元。右から左への水平の一閃だ。
刀弥の攻撃に気が付いたシェナは、すぐさま右へと飛んで疾風から逃れた。
そして、左の拳銃で技終了直後の刀弥を狙い撃つ。
しかし、それは刀弥も予測済みの展開だ。右足を軸に振り抜いた勢いを利用して反時計回りに身を回し、刀の刃で銃弾を防ぐ。
視界の先、シェナの右の拳銃も刀弥を捉えようと動いていた。
それを見て刀弥は動く。狙う場所はシェナの背後だ。
回転した力を利用して左足を強く踏み込み『縮地』を繰り出す。
行き先に気付いたシェナが急ぎ体ごとを見を回そうとするが、刀弥の到着のほうが僅かに早い。
ただ、問題は刀が今、刀弥の体の左側にあるという事だ。シェナの位置は刀弥の右側。今から振り抜いてはシェナの旋回が間に合ってしまう。
けれども、方法はあった。故に刀弥はその選択肢を繰り出す。
刀弥が選択した攻撃。それは右肘による打撃だった。
鈍い音が響き、シェナが一瞬呼吸を止めてしまう。
さらにその衝撃で彼女の体が僅かに離れた。そこに片手の刀による一撃が襲いかかる。
高峰流剣術『連爪』
格闘術と剣術を融合させた高峰流。連爪は持ち手側の肘打ちから片手による斬撃へと繋げる二連攻撃の剣技だ。
とはいえ、刀弥自身、この攻撃を連爪とは思っていない。本来、この技はもっと短い時間で繋げなければいけない。そこまでいって、ようやく技と呼べる領域だ。
見よう見まねで行った刀弥ではそこまで行くことはできない。
だが、この状況では有効の攻撃手段だと判断した。
そしてその判断通り、刀はシェナの左脇とへと迫り――
当たる直前にその刃をピタリと止めるのであった。
――――――――――――****―――――――――――
「私の負け」
残念という顔を浮かべて、シェナが勝負の結果を告げる。
「それでもどうにかって感じだけどな」
それに刀を収めながら、刀弥が答えた。
少し疲れたのか息が乱れている。
「お疲れ、刀弥」
「残念だったな、シェナ」
そこにリアとアレンが歩み寄ってきた。
「ようやく勝てたね」
リアは刀弥の傍までやってくると、そう言って刀弥の勝利を喜ぶ。
「まあな」
「途中、今までと違った動きをしてたけど、あれはいつ覚えんたんだ?」
アレンが言っているのは間合いに近づく途中、一直線にシェナに突っ込んだ時のことだろう。
「大きなほうのエアゲイルとの戦闘のときにな」
「なるほどな。それを使って倒したわけだ」
納得するアレン。
一方のリアは呆れ顔だ。
「もう本当に無茶ばっかりしてるんだから」
「それはもう諦めるしかないわ」
そんなリアの肩にシェナが手を置く。
「シェナ。それは遠まわしに俺にも諦めろと言いたのか?」
彼女の言葉を聞いて、アレンがジト目でシェナに訊ねた。
「どうしてそうなるの?」
不思議そうにシェナが首を傾げる。どうやら本当にわかっていないらしい。
「えっと、そんなことより早く出発しませんか?」
「……そうだな」
慌てて間に入ってくるリア。
それにアレンは溜息混じりに頷いた。どうやらこれ以上言ったところで無意味だろうと判断したようだ。
予定ではこのままラーマスへ出発して、昼頃に到着する運びとなっている。
ラーマスに到着したらすぐに刀弥のメイン用のズボンと靴を買うつもりだ。
さすがに非常用のズボンや靴のまま旅をする気は刀弥にもない。
それからすぐにシェナたちは出立。つまり向こうに着いて、刀弥のズボンや靴を購入したらすぐにお別れということになるのだ。
「それじゃあ、さっさと行くか」
刀弥のその言葉に他の三人が頷く。
そうして四人はラーマスに向かうべく、急ぎその場を後にするのだった。
――――――――――――****―――――――――――
四人がラーマスに到着したのは、彼らの予想通り昼頃だった。
そのまま四人はその足で服屋へと向かい、刀弥のズボンや靴を購入。
それが終わるとすぐに四人は店を後にしたのだった。
「満足できるのがあってよかったな」
服屋を出てすぐに先頭を歩いていたアレンが刀弥の方へと振り返る。
「そうだな」
彼の感想に刀弥は頷き、己の足元へと目を向けた。
脛の中間辺りまで伸びた黒いブーツと黒いズボン。
特にズボンは前のズボンと比べて使われている素材がかなり違っていた。
前のズボンはデニム素材だったため少々固めだったが、今着ているズボンはかなり柔らかく動きやすい。
着心地は落ち着かないが、それは単に着慣れていないせいだ。時期に慣れるだろう。
「でも、本当によかったの? 前のズボンや靴を手放しちゃって」
一方、店を出たリアは納得しきれないという表情を浮かべていた。
彼女の言う通り、刀弥は前のズボンや靴をもう使えないということで手放すことにしたのだ。
最初は捨てるつもりだったのだが、偶然その話を聞いていた店の人がズボンや靴の素材に興味を持っていたこともあって話し合いの結果、その店に売るということで決着がついた。
どうやらリアはそのことが不満なようだ。
「使えないものを持っていたも仕方ないだろ?」
「でも、あれは数少ない刀弥の世界の物なんでしょ? そんな簡単に捨てちゃっていい物なの?」
やり切れないといった様子でリアが必死に問う。
その言葉でようやく刀弥は彼女がなにを気にしているのか理解した。
彼は頬を緩めて、リアを話し掛ける。
「気にするな。物は他にもあるしな。第一、あのズボンにそれほど思い入れもない」
刀弥がこの世界に来た時に持っていたのは衣服を除けば、財布、携帯電話とストラップとなっているお守り。そして直前に買ったライトノベル。それらはスペーサーの中に入っている。
そういう意味では自分の世界と繋がる物品はまだ残っているのだ。
「それに衣服に関しては消耗品だし、その覚悟は前々からしてたってのもあるしな」
今回のような戦闘で破れるときもあれば、使いすぎで布地が薄くなって破れることもある。それは物として避けては通れないことだ。
故にそうなった際は、捨てようと刀弥は心に決めていた。
「そうなんだ。じゃあ、これ以上言ってもしょうがないね」
刀弥のその言葉にリアは肩をすくめる。どうやら納得しれくれたらしい。
「それじゃあ、俺たちもこの辺でお別れだな」
「いいのか? 向こうの出入口まで見送らなくても」
そんな刀弥の問いにアレンが首を振る。
「大丈夫だ。そっちだってまだやることはあるんだろうし。それじゃあな」
「じゃあね、刀弥、リア」
「シェナさん、アレンさん、ここまでありがとうございました」
「元気でな」
そうやって別れを交わし、アレンとシェナは去っていった。
残されたのは刀弥とリアの二人のみ。
「行っちゃったね」
「そうだな」
二人を見送った後、リアが呟き刀弥がそれに相槌を返す。
「とりあえず、昼飯を食べて、それから両替とかいろいろ準備をしないとな」
「うん」
そうすれば、後はゲートを通ってリアフォーネに行くだけだ。
「リアが自信を持つ根拠。楽しみにしてるからな」
「それはこっちの台詞。刀弥の顔がどうなるか楽しみなんだから」
そう言い合って、二人は互いに笑みを浮かべる。
そうして二人は昼ご飯を食べるべく、どこか良さそうな店を探し始めるのであった。
三話終了
二章終了
ようやく2章3話が終了し、2章も終りを迎えました。
さて、次の3章に向けてまたプロットを作っていきたいところです。
その間にまたまたというべきか改稿作業もしていくつもりです。
実を言えば気になった文章があったら、細々と修正とかは入れてたりします。
「ここはこう書いたほうがいいんじゃないか?」とか考えちゃって文章とは難しものだと実感します。
ともかくこれから続きますのでどうぞ応援よろしくお願いします。
11/12
瞬歩を縮地に変更