一章一話「無限の世界へ」(3)
「あれ、紋乃に刀弥さん。こんなところでどうしたんですか?」
紋乃の買い物を終えた直後、二人を呼ぶ声が耳に入った。
声のほうへと振り向くと、そこには瓜二つの容姿をした少女たちが二人立っていた。
「梨絵、梨花」
「久しぶりだな。双葉姉妹」
紋乃は嬉しそうな、刀弥は、なつかしそうな声で少女たちに声を掛ける。
「刀弥さん、久しぶりです」
「……お久しぶりです」
片方の少女は明るく、もう片方の少女は静かに二人に挨拶をしてきた。
双葉梨絵と双葉梨花。先程の話に出てきた幼馴染の双子だ。明るいほうが姉の梨絵。静かなほうが妹の梨花だ。
刀弥から見れば一つ年下の妹みたいな存在で、同じ学校に通っている。紋乃とは同じクラスの友人らしい。
「元気そうだな」
「刀弥さんも元気そうで」
「……二人とも、買い物?」
挨拶もそこそこに梨花がそう問い掛けてきた。
「はい」
自慢するかのように紋乃が上機嫌に頷く。
「それなら丁度良かったです。私たち最近オープンしたお洋服屋に行こうと思ってたんですけど、よかったら一緒いきませんか?」
「え? それって皆が噂していたあそこですか!?」
興奮した様子で紋乃が反応するが、そこで母親の用件を思い出したようだ。表情が固まってしまう。
「全く……行って来いよ。母さんの買い物は俺が済ませて帰るから」
そんな彼女を見て刀弥は溜息を吐くと、そう言って助け舟を出すことにした。
「ですが……」
兄に用件を任せて、自分だけ楽しむということが心苦しいのだろう。
紋乃が困った様子で悩んでいた。
「気にするな。洋服屋なんて俺が言ってもつまらないだけだし。第一、俺が行っても荷物持ちにしかならない。そんな面倒を押し付けられるくらいなら、母さんの用事を済ませて先に帰ってるさ」
そうして刀弥はその場から去ろうとする。
「それじゃあな。あんまり遅くなるなよ。双葉姉妹もな」
「はい、また~」
「また」
梨花や梨絵の別れの言葉を聞きながら、刀弥はは母親の用件を終わらせるべく早足でスーパーへと向かうことにするのだった。
――――――――――――****―――――――――――
買い物を済ませた刀弥は帰途についていた。
メモを渡されたときに内容を確認してなかったので気が付かなかったが、量がかなり多い。
ひょっとしたら、紋乃と買い物に行くということで多めに頼んだのかもしれない。
「まあ、それはどうでもいいか」
少々重いが、きついというほどではない。その程度には体を鍛えている。
空を見上げてみると太陽は既に西に大きく傾いており、大きな雲の多かった空は今や雲ひとつない空へと変わっていた。
そんな空を見上げなら、刀弥は歩く。
ふと、刀弥は行きに紋乃と交わした会話を思い返した。
「『剣術で大暴れしたい』か……」
先のときに言ったように、刀弥はそんな思いを持ってはいない。ただ、少し、ほんの少し現状を残念に思う心があるのは確かだ。
剣術が用を成さない時代……
銃がその力を示す現在、どれだけ剣術を磨いたところでそれが必要とされることはもはやない。
そのことは、剣術が好きな者として残念に思っていた。
「はぁ、考えたところで無意味だな」
思いと共に大きく息を吐き出す。
そんなことを考えて現状が変わるわけではない。
それに、どれだけ意味のないところで自分が剣術を好きであることは事実だ。
ならばそれでいいじゃないかと、刀弥はそう結論をする。
ふと、正面を見ると、公園の入口が視界に入ってきた。
「……少し休むか」
そう呟くと、刀弥は公園へと向けて歩を進ませる。
肉体的にはまだ平気だ。
ただ、先程の考え事のせいか、気分が少し重かったので精神的に少し休憩をしたいと思っていたところではあったので丁度良かった。
そうして彼は公園の入口前に立つ。
そこは小さな公園だった。
遊び場はブランコとすべり台と砂場と僅かな上、その遊具すらも小さいという有様だ。そのせいなのか、夕方だというのに閑散としている。
寂しい公園だなと、刀弥は辺りを見回しながらそんなことを思った。
幸い、ベンチが一つだけだがあった。
そこで休もうと思い、彼は公園の中へと入っていく。
その時だった。
突然、刀弥の視界が真っ白に変わる。
――何だ?
いきなりの事態に、彼は反射的に手をかざした。
遮った手の隙間から眩しさが漏れる。どうやらこの白は光のようだ。
一体、何がこの光を生み出しているのか?
そんな疑問を考えている間にも光はその光量を増していく。
もはや手で遮っていても、目を開けていられないくらいだ。
そして、光に全身を包まれたと思った瞬間――
刀弥は、足元の地面の感触が消えたことに気付いた。
「え?」
何の前触れもなく地面の感触が消えたことに刀弥は驚く。
落ちるという感触はない。それは幸いなことなのかもしれないが、地面から離れたことなどない人からすれば浮いているという状態だけでも不安と恐怖が生まれてくる。
一体、何が起こったのか? どうしてこうなったのか?
そんなことを考えながら刀弥の意識は暗闇の中へと落ちていくのだった……
――――――――――――****―――――――――――
鳥の囀りが聞こえてくる。
「ん……」
その音に誘われるように、刀弥の意識は覚醒していった。
目を開けて最初に見たのは、緑色と水色。青々とした木々と空の色だ。
――ここは?
気だるさを感じながら、刀弥は己の記憶を探る。
そして公園で自分の身に起きたことをはたと思い出すと、その途端、彼はその身をガバっと起こした。
おかげで意識は完全に覚醒。目覚めた瞳で刀弥は辺りを見回す。
そこは森の中だった。
右を見ても、左を見ても、前を見ても、後ろを見ても森、森、森……
視界は木々や茂みによって遮られ、ほとんど遠くまで見ることはできない。
いきなり見知らぬ森の中にいるという事実に、刀弥は呆気にとられてしまう。
空を見上げると、天気は快晴で小さな雲が青の海を漂っていた。
陽の光は丁度いい温かさで、時折吹く風は心地良い、思わずまた眠りたくなるような環境だ。
しかし、今は眠気よりも驚きのほうが勝っている。
何故、自分がこんなところにいるのか。地面の感触が消えた以降の記憶がないため、何が起こってここにいるのかわからない。
――あれからどのくらい経ったんだ?
偶然にもそのことに気が付いた刀弥は携帯の時計を見て、そして驚いた。
携帯の時間は一九時を指していたのだ。しかし、上空の空はまだ昼だと言われても違和感のない明るさ。
何がどうなっているのかわからず、刀弥は混乱する。
ともかく現在位置を探ろうと、さらに携帯を操作するが返ってきたのは圏外という絶望。
その結果に刀弥はますます焦りを募らせてしまう。
これからどうするかと思案していた、そのときだった。
「どうしたの? 大丈夫?」
背後から見知らぬ声が聞こえてきた。
その声に振り返ると――
そこには一人の少女が立っていた。
見た目からして年齢は同年代。腰まで真っ直ぐ伸びた赤銅色の髪が印象的で、それが風になびいて揺れていた。ぱっちりと見開かれた瞳には瑠璃色が宿っており、顔立ちも綺麗に整っている。
間違いなく美少女と呼ばれる類の人物だった。
服装は上は白い服の上に緋色を基調とした上着を羽織っており、下は赤を基調としたチェックのスカートをはいている。右腰にはウエストバッグ。
何より目につくのは、彼女が両手で持っている碧の宝石のついた金色の杖だ。
杖の長さは少女の肩ぐらいまであり、先端はU字状になっている。宝石はそのU字の間に挟まるような形で取付けられていた。かなり凝った装飾だ。
周囲に立ち並ぶ木々が、風の音と共にざわめいていた。
刀弥は少女をじっと見つめている。
少女もまた刀弥をじっと見つめていた。
「えーと、意識はある?」
こちらが反応しなかったのを訝しんだのだろう。心配そうな声で少女がそう訊いてきた。
「え? ああ……」
彼女に見惚れていた刀弥は、その一言で我に返った。
見惚れていたことが恥ずかしくて、ついついばつの悪い顔になってしまう刀弥。
しかし、彼女は気にせず言葉を続ける。
「一体、何があったの?」
その言葉に、刀弥はどう答えたものか迷ってしまった。
自分自身も何が起こったのか全くわからず、混乱しているのだ。そう聞かれてもどう答えたらいいのかわからない。
「あ、もしかして警戒しちゃったかな? 大丈夫。怪しい人じゃないから」
そんな風に刀弥が迷っていると、少女は答えない理由をそんな風に勘違いしてしまったようだ。
「私はリア・リンスレットっていうの。よろしくね」
刀弥の返事も聞かずに彼女は自身の名前を名乗った。
――やはり、日本人じゃなかったか。
日本人離れした容姿だったのでひょっとしたらと思っていたが、案の定そうだったようだ。
とりあえず刀弥も名乗り返すことにする。
「よろしく。風野刀弥だ」
「風野刀弥……変わった名前だね」
刀弥の名前を聞いて、リアがそんな感想を返してきた。
その感想に刀弥は疑問を得る。
ここが日本ならこんな名前、嫌になるほど聞くはずだ。しかし、彼女は変わった名前だと言った。
一瞬、何となく嫌な可能性が刀弥の頭をよぎる。
「悪いんだけど、ここがどこかわかるか? 気が付いたらこんなところにいて、場所がわからないんだ」
その思考を頭を振って振り払うと、ともかく情報を集めようと刀弥は場所を訊ねることにした。
疑問は後だ。場所さえわかれば、最悪海外でも帰ることはできるはずだと心の中で自分を励まして……
しかし、事態は悪い方向で刀弥の想像通りだった。
「ここはフォースレイのエセドニア王国内にある東側の森だよ」
――どこだ!? そこは!!
全く聞き覚えのない国名、地名に刀弥は思わず心の中で叫んでしまう。
しかし、これで刀弥は確信した。
何となくそんな気はしていた。ただ気のせいだと思いたかった。
――ここは、俺の知っている世界とは違う世界だ。
その事実に刀弥は思わず膝をついてしまう。
「え? ちょっと、どうしたの?」
予想外の反応にリアは驚き、刀弥に声を掛ける。
「ははは……」
しかし刀弥は放心状態になっており、もはやリアの声も耳に届いていないようだった。
「うわぁ、ちょっとまずいかも……」
事態を重く見た彼女は、ある決心をすると彼の背後に回り……
「えい」
両手で持っていた杖で、彼の頭を殴った。
鈍い音が響き、刀弥はそのまま前のめりに倒れる。
「ん……」
やがて、殴られた箇所を撫でながら刀弥が起き上がった。
「ごめん。痛かった?」
リアが申し訳なさそうに謝って、刀弥に近付いてくる。
「ああ……」
殴られた痛みで正気に戻った刀弥は、そう言いながら首を左右へと振る。
頭の後ろが少し痛いがそれ以外は問題ない。どうやら大丈夫のようだ。
「一体、何があったの?」
刀弥の無事を確認すると早速、リアが心配そうに訊ねてきた。
――一人で溜め込んでも仕方ないか。
ここは打ち明けて相談したほうがいろいろとわかるかもしれない。
そう考えた刀弥は、自身の身に起こったことを簡潔に彼女に説明することにしたのだった。
07/05
文章表現を修正。
07/24
できる限り同一表現の修正を実行。