二章三話「襲撃」(4)
風の如く少女が舞い、桜色の髪がその軌跡を描いた。
風の礫が敵に貫き永久の眠りを与える。
そうやってシェナは町中を駆け巡りながら、エアゲイル達を倒していた。
右、左、前。彼女が進む度にエアゲイル達の死体が作られていく。
無論、相手も反撃してくるが、それらの攻撃がシェナを捉えることはない。逆に彼女の攻撃は確実に彼らを捉えていた。
これでは、どれだけ相手に数があっても意味を成さないだろう。
そうやって彼女が順調にエアゲイルたちを蹂躙していた――その時だった。
建物の角から飛び出し右へ視線を向けた瞬間、そいつはいた。
人一人を楽々挟めそうな、巨大な二つのハサミ。子供の体なら丸呑みできそうな大きな口。そして巨大な体。
巨大なエアゲイルの姿がそこにはあった。
鋭い視線を感じ、反射的にシャナは来た道のほうへと振り返って跳躍。
直後、爆発としか言えないような大きな音が、彼女の背後から響いてきた。
前転の要領で転がりながら、シェナは後ろへと振り返る。
すると、先程まで彼女が立った場所に巨大な穴ができていた。まず間違いなく、先のエアゲイルが撃ったものだろう。
こいつは危険だとシェナの感が告げていた。このエアゲイルを放っておけば、間違いなく他の人間に被害を及ぼすだろう。
だからこそ、そうなる前に自分の手で撃破すべきだと彼女は判断を下す。
丁度、相手もシェナをターゲットに選んだらしく、ゆっくりとだが重い足音がこちらに近づいてきているのが聞こえていた。
狙うは相手の頭が建物の角から見えた瞬間だ。その瞬間、頭部に接近して至近距離から左右の六連同時射撃を見舞う。
遠慮はいらない。ただ全力を持って相手を倒す。
そして、敵の頭が視界に映った瞬間、シェナは駆け出した。
迷いはいらない。怯える必要もない。ただ一秒でも早く辿り着く。それができれば全ての問題は解決するのだから……
そうして彼女は巨大なエアゲイルの至近距離にまで近づいた。
手を伸ばせば、外殻に触れれるほどの距離だ。
迷わず彼女は両の拳銃をその外殻に押し付けて引き金を引いた。
一瞬の内に左右の拳銃から六発の銃弾が放たれ、それが巨大なエアゲイルの外殻を貫く――ことはなかった。
貫くことができなかった銃弾は力の逃げ場を得ることができず銃口内で暴れまわり……結果、銀の拳銃はシェナの手から離れ宙を舞ってしまった。
二つの拳銃はクルクルと回りながら、放物線を描いて飛んでいく。銀のボディが太陽変わりの光を反射しキラキラと煌めいていた。
予想外の事態にシェナは反射的に拳銃の軌跡を目で追ってしまう。
数秒にも満たないよそ見、それが隙となった。
次の瞬間、エアゲイルの左のハサミがシェナに迫った。
即座にバックステップで反応するが、完全には避けきれずハサミの外側で腹を殴打。その威力で彼女の身が吹き飛ばされた。
地面を何度かバウンドして、ようやく動きが止まる。
息が苦しい。腹に痛い。
だが、シェナはそんな体を無理矢理起こして飛ぶ。そうしないと危険だからだ。
その予測通り、彼女がいた場所で爆発が巻き起こった。爆発の正体は巨大なエアゲイルの放った射撃だ。
どうやらあの巨大なエアゲイルが放つ射撃は、かなり威力が高いようだ。直撃を一発でももらえば、ただでは済まないだろう。
巨大なエアゲイルは、そのまま彼女を始末しようと何度も攻撃を撃ってくる。シェナはただ避けることしかできない。
現在、彼女がとれる手段は二つ。
一つは、手放してしまった拳銃を取りに行くこと。どこに飛んでいったかは目で追っていたので場所は大体見当がついている。設計上、あの程度で壊れるほど柔な武器でもない。
問題はこの攻撃を対処して、拳銃を取りに行かなければならないことだ。不幸というべきか、拳銃は巨大なエアゲイルのハサミで狙える範囲に落ちていた。拾おうと足を止めればその瞬間、奴に狙われてしまうだろう。
もう一つはテスト運用中の銃を使うことだ。何度か既にテストはしているので基本的な性能は大まかにだが把握していた。あの威力ならあの固い外殻も楽々破壊することができるだろう。
こちらの問題は、銃の安定性とスペーサーから展開するために多少時間が必要なことだ。後者は建物の影に隠れて展開すればいいだけの話だが、前者はかなりの問題だ。
場合によっては不具合を起こし、さらにシェナを追い詰めることに繋がるからだ。
危険を承知で銃を取りに行くか、アレンの作った銃を信頼するか。どちらにするか。
シェナは即座に決断した。
彼女は建物の影へと急いで走る。彼女の選択は後者だった。と、いうよりも彼女にとってその選択肢が当然だった。
これが他の人物が制作した銃であれば違っただろうが、この銃を作ったのはアレンだ。ならば不安に思う必要などない。
本人が聞けば呆れるだろうが、知った事ではない。
信頼するパートナーが一生懸命に作った物だ。自分が信頼しないでどうするというのだ。そんな思いが彼女の中にはあった。
建物に影に飛び込むと、そこから彼女はさらに奥へと入り込む。そして二度程曲がり角を曲がって安全を確認すると、彼女はスペーサーからその銃を取り出すことにした。
巨大な銃がゆっくりとその身を彼女の前に晒していく。
白と金のカラーリングが施された巨大な銃身。その大きさから、銃というよりも砲という言葉のほうがしっくりくる。そのせいかアレンや刀弥はこれの事を『砲銃』と呼んでいた。
シェナはその砲銃のグリップを右手でしっかりと握る。
拳銃と違いずっしりと来る重量感。拳銃のように振り回すのは中々難しいが、撃つだけなら何ら問題はない。グリップもしっかり手に馴染んでいる。
大事なパートナーが自分のために作ってくれた物。その事実を思い出す度にシェナの心の中で嬉しさが込み上げてくるが、とりあえず今はそれを抑えこむ。
ともかく相手の位置を探るため、彼女は耳を澄ませた。
巨大なエアゲイルの足音は右後ろから右へと真っ直ぐ移動していた。丁度、右側に通りに出る道がある。
ならば、やることは一つ。先程と同じように相手が頭部を見せた瞬間、この砲銃を放つだけだ。この砲銃なら、この距離からでも十分仕留めれるだけの威力もある。近づく必要すらない。
故にシェナは構えた。構えは右腕を前にした半身の姿勢。バランスを取るために少し足を広げておく。
音は徐々に大きくなっている。確実に近づいてきている証拠だ。
足音が一歩また一歩と近づくにつれ、シェナの感覚がどんどん鋭敏になっていく。
敵の到達まで三呼吸。
相手は警戒しているようだ。足音のリズムが若干固い。警戒で力が入っていると考えるべきだろう。
敵の到達まで二呼吸。
警戒しているせいか、相手は左右に顔を動かしているらしい。足音の位置が微妙に左右に動いている。
敵の到達まで一呼吸。
どうやらハサミは若干、引き気味に上げられていると思われる。一番前の足音が、他と比べて若干弱い。重心が少し後ろに下がっている証拠だ。至近距離で見つけた場合、ハサミを突くように降ろすつもりなのだろう。
そして到達。
遂に巨大なエアゲイルの頭がシェナの視界に現れた。そのタイミングでシェナは躊躇うことなく引き金を引く。
放たれたのは嵐だった。雷が先行し、その後を風が雷の軌跡を包みこむように追いかける。それらが通り抜けた後に残るのは、多数のスパークと暴風のみ。まさに嵐の砲撃と言えるだろう。
嵐の砲撃が向かう先には巨大なエアゲイルの頭部がある。狙いは正確だ。
そのまま嵐の砲撃は巨大なエアゲイルの頭部と衝突し――
そのまま、その頭部を撃ち貫いた。
破壊は頭部だけでは済まなかった。吹き荒れる暴風が、嵐によって生み出された穴を瞬く間に広げていく。
嵐の砲撃は巨大なエアゲイルの頭部を抜けた後も向こう側にあった建物を更に貫通。己の気が済むまで、ただひたすら真っ直ぐに飛んでいったのであった。
頭部を失ったエアゲイルの体は力を失い、ただ崩れ落ちていくのみ。
そんな巨大なエアゲイルの死体をシェナは一瞥すると、すぐに拳銃の落ちている場所へと向かった。
拳銃を拾い念のため試し撃ちをしてみる。特に問題なく拳銃は動作した。
そのことに安堵しつつ、シェナは砲銃をスペーサーの中へと戻していく。
その時、遠くほうで大きな音がいくつも響いた。
その音はシェナも聞き覚えのあるものだった。故にシェナはすぐに事態を把握する。
「もう一体!?」
そう、音の正体は巨大なエアゲイルの放つ射撃音。
その事実にシェナは驚愕し、急いで走りだす。
射撃が放たれているということは、誰かがあれと戦っているということだ。
間に合ってと心の中で祈りながら、彼女は全速力で音の聴こえたほうへと急ぐのだった。