二章三話「襲撃」(3)
刀弥は走りながら周囲を見渡した。
エアゲイルたちの姿はいくつか見えるが、今は相手している時間が惜しい。そのまま走り抜ける。
叫びの主はすぐに見つかった。エアゲイルたちがその人物に向けて、攻撃を放っていたからだ。
その人物は男性でエアゲイルたちの射撃をやり過ごすために建物の影に隠れていた。時折、少し頭を出してはエアゲイルたちの様子を伺っている。
刀弥の位置はエアゲイルたちの真後ろ。迷わず彼は接近した。
すれ違いざまにエアゲイルたちに一太刀浴びせながら、彼は群れの真ん中に飛び込む。先程のシェナと同じ狙いだ。
そうして相手の攻撃が少なくなったのを確認すると、そのまま周囲のエアゲイル達を斬り刻んでいった。
基本は相手に狙いをつけさせないように動き回り、発射口であるハサミ群をよく見て、射線上にのりそうになったらすぐさま移動。
攻撃は一撃離脱。可能な限り殺せる部分を狙い、無理なら相手の攻撃や移動を阻害できるところを狙う。極めて堅実な戦い方だ。
さらに反時計回りにエアゲイルたちを狩っていくことで、撃破の偏りをなくし出来る限り同士討ちになるように工夫も凝らした。
全てのハサミの射線を見極めれるかどうか多少不安もあったが、何とかこなせている。
シェナとの修行のおかげだ。
最初のほうは銃口を注視して何とか射線を読んでいた状態だったが、今では感覚で感じれるところまで上達することができた。それでもシェナ曰く『読みが粗い』とのことだが。
ともかく、その感覚が彼らの射線を教えてくれていた。それを頼りに刀弥はエアゲイル太刀を攻める。
胴を斬る、動く、足ごと斬り落とす、後ろへと飛ぶ、回りこんで刺す、繰り返される攻撃と移動。
時折、相手からの攻撃も飛んでくるが、射線上にいない以上当たることはない。
稀に当たりそうな攻撃もあるが、それ自体は事前に予測し、その部分に刀を動かすことで防いでいた。
と、刀弥は移動方向をいきなり反転させる。射線に身が重なるが、それも一瞬のこと。相手が撃とうとした時には、既に射線上にその姿はなかった。
そうして刀弥は相手に迫ると、足と足の隙間からエアゲイルの胴を斬り裂いた。
そしてバックステップで下がって移動を再開。縮地の連続移動でジグザグに進んで、別のエアゲイルの正面まで接近する。
刀弥に気が付いたエアゲイルがハサミを振ろうとするが、刀弥の左上から右下への振り下ろしのほうが早かった。顔を斬られ崩れ落ちるエアゲイル。
刀弥は振り下ろした勢いを利用して時計回りに旋回、離脱する。
群れの中にいるため、周囲はエアゲイルばかり。気を抜けばその瞬間、エアゲイルたちの餌食となってしまうだろう。
体中に走る緊張感。けれども、それが心地よくもあった。
久々の感覚だと刀弥は思う。少し前まではそれを感じている余裕もなかった。それほど自分自身が悩んでいたということでもある。
そうして最後のエアゲイルを切り倒す。それから刀弥は周囲を見渡した。
他にエアゲイルたちの姿は、どこにも見当たらない。
どうやらこの一帯は全て片付け終えたようだ。
「大丈夫か?」
溜息を一つ吐いた後、刀弥は男のほうへと振り返る。
「あ、ああ」
男は周囲が安全になったことを確認すると、恐る恐るといった様子で建物の影からでてきた。
そうして視線を巡らせながら急いで刀弥の傍まで走り寄ってくる。
「助かった。もう駄目かと思ってたところだったんだ」
「一人か?」
「もう一人いたんだが……」
徐々に尻すぼみになっていく男の返答。
その様子から刀弥はもう一人の末路を悟った。
その人物を救えなかったことに刀弥は無力感を感じてしまうが、そんなことより現在に意識を向けることのほうが大事だ。
「とにかく早く逃げるんだ」
「あんたは?」
男の問いに刀弥はきっぱりとこう答える。
「他にあんたみたいな連中がいないか。探してくる」
「正気か!? 向こうは結構な数がいるんだぞ」
信じられないという顔で男が驚いた。
男の驚きは当然だろう。これだけの数に襲われている状況なのだ。他者にまで気を回す余裕など普通あるはずがない。
「その正気じゃない判断のおかげで、あんたは助かったんだけどな」
男の驚きに対して、刀弥はそんな台詞を返す。
それを言われてしまうと男としても黙るしかない。
「それじゃあ、気を付けろよ」
それを見計らって、刀弥は走りだす。男の呼び止める声が聴こえたが、聞こえない振りをしてそのまま刀弥は走り去った。
走っている最中、いくつもの戦いの音を耳に捉えることができた。見知っている音だけでなく聞きなれない音もそこにはある。
どうやら、自分たち以外にも同じようなことをしている人たちがいるらしい。
その事実に若干、頬が緩んでしまうが、すぐに刀弥は気を引き締め直す。
と、そこへエアゲイルに取り囲まれた女性剣士の姿が目に入った。どうやら少し女性剣士が不利のようだ。
刀を構え直した刀弥は彼女を助けるため己の走る速度を速めることにするのだった。
――――――――――――****―――――――――――
火球が爆ぜる。爆風が外殻を砕き、熱がその身を焼く。
そうしてできた六つのエアゲイルの死体。
だが、リアはそれに目もくれない。すぐさま新たな魔術式を構築する。
見据える先にいるのは別のエアゲイルたち。
放たれる空気の弾丸。彼女はそれを己の魔術で防いだ。
『ウォールストーム』
突然発生した竜巻の壁が相手の風弾をかき消した。
竜巻の中にいるリアはこの間に別の魔術式を構築、竜巻の解除と共に発動させる。
『ボルトハンマー』
雷の鉄槌を持って、彼女は先のエアゲイル達を叩き潰す。
光と音が咲き乱れ全てを飲み込んだ。
やがて、雷が止むとリアは周囲を見回す。
周囲にはエアゲイル達の姿はない。どうやら安全の確保はできたようだ。
「……うん、大丈夫かな。もう出てきてもいいよ」
そうして安全を確かめると、彼女は建物の影に向かって声を掛けた。
すると、建物の影から四人の子供達が姿を見せた。
年齢はバラバラのようだが、皆仲良く手を繋いでいる。
「それじゃあ、今の内に安全な場所に移動しようか」
微笑みながら語りかけるリア。それに対する返事として子供達は一斉に頷いた。
リアが先導し、その後ろを子供たちが付いて行く形で五人は町の中を進む。
辺りにエアゲイルの姿はない。一気に進むなら今がチャンスだ。
「走るよ」
そう考えたリアが子供達にそう指示すると、五人は一斉に走り出した。
遠くのほうで、いくつかの戦闘音が聞こえる。誰かが戦っているのだ。
ふいに刀弥のことが頭に浮かんだ。彼は大丈夫だろうか。
シェナとの訓練のおかげで、対遠距離戦は十分積んでいるので心配はないはずだが、それでも不安が込み上げてくる。
頼りになるパートナーであるのは間違いないが、必要であれば無茶をするところもある。その点が不安の原因だ。特にこういう状況であれば彼は尚更無茶をするだろう。
そんなことを考えながら、リアは子供たちを引き連れていた。
背後から人のものではない足音が複数聞こえてきたのは、そんな時だ。
「次の建物の影に隠れて」
リアの指示に従い子供達は建物の影に隠れた。それを確認しながら彼女は魔術式を構築、背後へと振り返る。
ほぼ同時、彼女のもとに空気の弾丸が飛んできた。だが、それは想定内だ。
『アースランス』
地より大地の槍群が出現し、その攻撃を防いだ。そのまま槍群は次々と姿を現しながら、追いかけてきたエアゲイルたちを刺し貫いていく。
けれども、リアはまだ気を抜かない。足音はまだ消えていないからだ。
「!? そこ!!」
音を頼りにリアはエアアローを飛ばし、建物の影から飛び出してきたエアゲイル達を串刺しにする。
耳を澄ましてみると、足音はもう聞こえない。どうやら今ので付近にいたエアゲイル達は全部倒したようだ。
そのことにリアは安堵を漏らすと、再び子供達を呼んで急いで彼らを安全な場所まで連れて行くことにするのだった。
――――――――――――****―――――――――――
「全く!!」
アレンは引き金を引きながら、悪態を漏らしていた。
彼の攻撃を受け、エアゲイルが一体倒れる。
周囲には誰もおらず、漏らす声も小さい。そのため誰にも聴かれることはない。もっとも、だからこそ彼はそんな独り言を漏らしていたのだが……
「あいつはいつもいつも……」
走り込み建物の影に飛び込むようにして隠れるアレン。直後、彼のいた場所を無色の弾群が通り過ぎていった。
すぐさま、銃口を向けて反撃。いくつもの爆発が起こり三体のエアゲイル達がその爆発を受けて沈黙した。
「こっちが、どれだけ大変な目にあってるのかわかってるのか!!」
さらに懐から爆破の魔具を取り出して、投げつける。
目標は建物の向こう側。エアゲイルの足音がそこから聞こえたからだ。
爆発音が響き、それと同時にアレンは建物の影から飛び出す。
そうしてT字路に飛び出した瞬間、アレンは右側の通路にエアゲイル達の姿を見つけた。既にハサミはこちらを向いている状態だ。
「やばっ!?」
迷わず、正面の家のドアを体当たりで破って攻撃を回避。
攻撃が止んだのを確認すると、即座に爆破の魔具をドアから放り投げる。
爆破の魔具は壁にぶつかって跳ね返り、相手の傍に落ちて直後、爆発。耳をつんざく音共に風が巻き起こった。
爆発が収まったあと、アレンはゆっくりと顔を入り口から出して外の様子を伺う。
視線の先、爆発に飲まれたエアゲイルたちの死体を認めると、彼は周囲を警戒しながら家から出てきた。
遠くから戦いの音が聞こえている。誰かが戦っているのだろう。
最初はシェナや刀弥たちかと思ったが、音に聞き覚えはない。どうやら誰かを救おうとする物好きは自分達だけではなかったらしい。
「これで多少は楽になるな」
そんな感想がこぼれ、多少気が楽になった。
シェナのほうは大丈夫だろう。心配していないと言えば嘘になるが、彼女の実力を疑ったことはない。
それよりも自分の心配だ。彼女と違って自分はそれほど強くない。下手すればその瞬間、死ぬ可能性だってあり得る。
アレンとしても死ぬつもりはない。死ねばシェナが哀しむからだ。そのためシェナほどではないが、それなりに戦い方は学んできていた。
アレンが心掛けている戦い方は、まず自分の身を安全な場所に置くという事だ。
四人の中で一番弱いのは自分だとアレンは自負している。
シェナのように広い視野を持っている訳ではない。刀弥のように動き回れる訳でもない。リアのように多数の魔術を扱いこなせている訳でもない。
そんなアレンが戦いの場で足手まといにならないようになるためには相手に守ってもらう必要がない状態になる必要がある。それ故の戦い方だ。
安全な場所にいるなら、味方は彼を守る必要がなく自由に動き回れる。
そうやって彼はこれまで戦ってきた。
「……また来たか」
少し考え事に気をとられていたせいだろう。
気が付けば、またエアゲイルたちの足音がこちらに近づいてきていた。
「さて、どうしたものか……」
アレンは少し考え込む。
彼がこの辺りで戦っていたのには理由がある。
この辺りにやって来たのは叫び声を聞いたからだ。行ってみると、そこにはエアゲイル達から逃げている一団の姿があった。
彼らを助けるために、アレンはエアゲイル達の注意を自分へと向けさせることにした。
試みは成功。ほとんどのエアゲイル達を引きつけることができた。恐らくその一団も逃げ延びているはずだ。
そのため、新たに来るエアゲイル達と戦う理由はない。だが……
「出入口に近いんだよな」
そう、アレンが今いる場所は出入口の洞窟に近い。時間を考えれば、出入口はまだ人で混み合っているはずだ。
ここでエアゲイル達を通してしまえば、そんな人々のところに彼らが殺到することになってしまう。
さすがにそれはまずいだろうとアレンは考えていた。
「仕方ない」
そう呟いて彼は懐から新たな爆破の魔具を取り出すと、彼らを奇襲するため、近くの建物の影に隠れることにするのだった。
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