二章三話「襲撃」(2)
四人が施設の外に出た直後だった。
突然、激しい轟音が町中に響き渡った。
耳を壊すような凄まじい音に窓やドアが揺れる。
音源を確かめるために周囲を見渡してみると、町を覆う壁の一角が砂煙を上げて崩れているのが見えた。
「一体、何?」
「どうなってるんだ?」
リアやアレンも含め、町に人たち皆が呆然とその光景を眺めている。
壁の崩落は大なり小なりの岩々を生み、それがさらに周囲の壁も巻き込んでいく。
崩落の連鎖だ。地面に落ちた岩は大きな音をたてて次々と砕け、割れていった。
その凄まじい音に思わず現場付近にいた者たちは耳を塞いでしまう。
やがて、音は小さくなっていき最終的には崩落も収まっていった。
耳を塞いでいた者たちは恐る恐るといった感じで耳から手を離すと、未だ砂煙渦巻く崩落現場へと視線を向ける。それは離れた所にいた人々も同様だ。
中には勇敢にも、ゆっくりとその砂煙に近づいていく者たちまでいた。
彼らは見えぬ砂煙の向こうをよく見ようと、目を凝らす。
と、その時、彼らのうち一人が何かの影を捉えた。
「何かいるぞ!!」
その叫びに、他の者たちは近づくのをやめて砂煙が止むのを待つ。
そうして、砂煙が晴れていく。
おかげで彼らは砂煙に隠れていた者達の姿を見ることが出来た。
それはサソリような生き物だった。黒い体と左右にある合計六つの足に二つのハサミ。けれども、尾はない。故にサソリのような生き物だ。
そんな生き物がゾロゾロと壁の割れ目から姿を現し始めた。
「エアゲイルだー!!」
一番先頭にいた男が叫び一目散に逃げ始める。それを見て周囲の者達がすぐさま続いた。
遠目から眺めていた者達は近づいていった者達が一斉に逃げ出すのを見て不安を感じ、つられるように逃げ始める。それを見てさらに遠くの者達が……といった感じで不安は次々と伝播していく。
混乱が混乱を呼び、町中がパニックに陥っていった。
人々は我が身可愛さにただ必死に走り、他のことなど目もくれない。途中、誰かとぶつかろうが踏もうがお構いなしだ。
そんな状況の中、刀弥たちは細い路地裏に集まっていた。
通りには人々が溢れており、あのまま通りにいては人の河に流されてはぐれてしまうと判断したからだ。
「で、どうする?」
今いる場所が安全であることを確かめてからアレンが刀弥とリアに問いかける。
彼の問い掛けに二人は顔を見合わせた。
「どうするって言われてもな」
「だよね」
現状の選択肢としては逃げる、戦うの二つがある。
一番安全なのは逃げることだが、隣町へ続く洞窟は現状どう考えても混んでいるだろに違いない。また、洞窟の外へ逃げるのも手だが外の環境が厳しい以上寿命を伸ばすという効果しかない。
つまり、簡単に言うと逃げるのは難しい。
「まあ、逃げれないなら戦うしかない」
「だね」
「まあ、そうだよな」
故に二人の出した答えは当然の結果だった。
二人の意見にアレンが諦めたように同意する。
「ところでシェナさんは?」
「そういえば、いないな」
リアの問いに、刀弥はようやく彼女の姿がいないことに気が付いた。
ここに集まった時、シェナの姿は確かにあった。だが、今はいない。それはつまり……
「あの馬鹿……」
悪態を吐いてアレンが通りに飛び出す。その後に刀弥とリアが続いた。
通りは今も人の姿があるが、先程と比べると遥かにマシだ。
その間を彼らは縫うように逆走する。
「……いた」
刀弥の見つめる先、そこには桜色の尻尾が確かにあった。
尻尾は人々の隙間を的確に見極め効率良く進んでいた。そのため、両者の距離は徐々にだが離されていく。
「まずい。離されてるぞ」
「くそ!!」
アレンの叫びが虚しく響く。何とかして追いつきたいが、その思いとは裏腹に両者の距離は遠くなっていき……
そして遂に、三人はシェナの姿を見失った。
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シェナは逃げる人々の流れに逆らうように走っていた。
路地裏に集まろうとした時、シェナは偶然それを見てしまったのだ。
彼女が見たのは小さな足で必死に逃げる幼い兄妹達の姿だった。
あの速度では、すぐにエアゲイルたちに追いつかれてしまう。だからシェナはアレンたちの話を聞かずにそのまま通りに飛び出してしまった。
彼女の中にある思いはただ一つ。助けたいという思いだ。
銃の腕を磨いている内に、彼女はいろいろな人を助けていった。
最初はなんとなしだったのだが、そのうち感謝されるのが嬉しくなり、もっと皆の力になりたいと考えるようになった。それは旅に出てからも変わらない。
アレンが大事なのは当たり前だが、場合によっては誰かを助けるという思いのほうが勝つときもある。今がそれだ。
そうしてシェナは人の波から抜けだした。
目的の二人は、すぐに見つけた。その傍にエアゲイルがいるのも。
迷わずシェナは拳銃を引き抜きその引き金を引いった。
銃口から透明な弾丸が飛び出し、エアゲイルの頭部を貫く。
崩れ落ちるエアゲイル。その間にシェナは子供たちの盾になるかのように前にでた。
「行って」
ただ短いその一言に兄妹は頷き、急いでこの場から離れようと再び走り始める。
逃げる獲物。エアゲイル達は逃さないとばかりに追おうとする。だが、シェナの銃弾がそれを阻んだ。
仕方なく兄妹を諦め、獲物をシェナへと切り替えるエアゲイル達。
彼らは左右のハサミを開き、それをシェナへと向けた。
その行動にシェナは疑問を持つが、次の瞬間その理由が判明する。
何と、エアゲイルたちのハサミから射撃が放たれたからだ。
咄嗟に飛んでその攻撃を避けると、反撃に射撃を撃ち返す。
見えた弾丸はシェナの拳銃と同じ透明。どうやら空気を圧縮して弾丸として放つ器官を彼らは持っているらしい。
ともかくエアゲイル達の数を減らそうと、シェナは左右の拳銃を撃ち続ける。
そうしながら彼女は敵の射撃をかいくぐると、エアゲイル達の群れの中へと入り込んだ。
周囲に敵がいるというのは中々の恐怖だがメリットもある。普通、この状況では同士討ちを恐れた相手が攻撃の頻度を落とすのだ。
エアゲイルたちもそれを判断できるだけの知能を持っていたようで、射撃の頻度が目に見えて減少した。
それを好機と捉え、彼女は一気に反撃に入る。
そうして次の瞬間、戦場に弾丸の花が咲いた。
花の中心にいるのはシェナだ。花びらの正体は彼女が放つ、いくつもの銃弾。
前、後ろ、右、左、両手の拳銃を四方八方に動かしながら、シェナはただひたすらに引き金を引き続ける。
時に腕を振り回し、時に体を傾け、時に踊るように身を回しながら黙々と彼女は周囲のエアゲイルたちを撃ち倒していった。
そして銃音が止んだ。
音が止んだ時、その場に立っていたのはシェナただ一人。エアゲイル達はというと彼女の周囲で皆静かに横たわっていた。
ふと、先程の兄妹の事が思い浮かび、シェナは彼らが去った方を凝視する。彼女が見つめる先、そこには人の姿はどこにもない。
無事に逃げ果せたのならいいのだけどと、そんなことを彼女は考えてしまう。
と、その時、新たな足音が背後から聴こえてきた。
とりあえずその心配を頭の片隅に置き、シェナは背後を振り返る。
すると、そこには新たなエアゲイル達の姿があった。
拳銃を構えるシェナ。
エアゲイル達は銃口と言うべきそのハサミをシェナに向ける。そして……
突然、飛んできた風の矢に貫かれた。
それが『エアアロー』と呼ばれる魔術だということはシェナも知っている。
問題はこれを誰が放ったのかということだが、その点に関してはおおよその見当はついていた。
「シェナさん。大丈夫ですか?」
その予想通り、彼女の知り合いが駆けつけてくれたのだ。
「大丈夫。リア、助けてくれてありがとう」
リアに礼を言った後、シェナはその隣に立つアレンへと視線を向ける。
「全くお前は……」
「ごめん」
呆れを含んだその声に対して、シェナはただ一言そう謝った。
「お前が助けた兄妹なら、そのまま逃げていったから安心していいぞ」
アレンが返した言葉はただそれだけだった。
だが、それを聴いてシェナは安堵の表情を浮かべる。
と、その時だ。
人々の叫び声があちこちから聞こえてきた。まず間違いなくエアゲイルに襲われたのだ。
「どうする?」
刀弥の問いにリアが答える。
「一旦、別れて行動しかないかな。じゃないと助けきれないし」
「本当はあまり良い提案じゃないんだけどな」
リアの提案に悩む顔を見せるアレン。
その意見に刀弥は内心で頷く。
確かに彼の言う通り、分散はかなりリスクが高い。同時に複数の箇所に向かえる代わりに、たった一人で敵集団と戦わなければいけないからだ。
しかし、叫び声は四箇所以上から聞こえている。固まって動いていては間違いなく時間が掛かり、助けられない人達が出てしまう。
「時間がないな。分散でやろう」
「わかった。でも無茶はするなよ」
「うん」
「気を付けて」
そう言葉を交わすと四人は一斉に別々の場所に向かうのだった。