二章三話「襲撃」(1)
「あ~。ようやく昼ご飯か」
そう言ってテーブルに上半身を倒した刀弥が情けない声をあげた。
彼の隣にはリア、向かいの席にはシェナとアレンが座っている。
四人がいるのは町の食堂だ。
昼の少し前に四人は町に到着した。その足で宿屋の部屋をとり、それから適当な食堂に入って今に至る。
彼らの他にもたくさんの人々が食堂を利用していた。よく見ると、その多くは同じような服装をしている。
白い布地の生地を羽織るように着て腰から下、左右の布を重ねることで足元を隠している。その腰には細長い布地が巻かれており、布地が左右に開くことを防いでいた。
刀弥から見れば温泉とかにある浴衣のような格好だ。その格好は食堂の中だけでなく外でも見ることができた。
四人がいる町『セオン』は近くの山が火山ということもあって温泉が沸くらしい。そのため、町は温泉街となっていた。
結果、この町はこれまでの町と違い観光客がかなり多い。この町に来た時、四人はあまりの人の多さについ口を空けて呆然としてしまったほどだ。
恐らくラーマスからの客もかなりいるのだろう。
「今日の修行もご苦労様」
倒れる刀弥にリアが労いの言葉をかけてくる。
「全く、シェナとの修行は疲れるな」
身を起こしながら刀弥はそんな感想を漏らした。
「でも、俺が見た限り、この短期間でかなり進歩している気がするけど……」
そのアレンの台詞に同調するように、シェナが首を縦に振る。
「今日はほとんど、刀の間合いまで入られた。弾道の読みも確実に良くなってる」
「だけど、そこから先は駄目だっただろ?」
刀弥は記憶を巡らす。
確かに二人の言う通り、刀の間合いまで近づくことはできた。
しかし、そこから先、接近戦ですらシェナに刃を届かすことができなかったのだ。
こちらの攻撃は避けられたり拳銃で受け止められ、逆に相手の反撃に対処できずに倒されてしまう。そういう感じだ。
「なら、次はそこを頑張ればいいんじゃん」
「次って言っても、後一日ぐらいだぞ」
励ますリアに刀弥はそう返す。その一言でリアはようやくそのことに気がついた。
対遠距離用の修行を開始してから、三日が過ぎていた。
その間に町を一つ通り過ぎ、ここが最後の町。ここで一晩休み翌日、出発すれば昼過ぎにはラーマスに到着する予定だ。
そうなれば、目的地が違うシェナやアレンとは別れることになる。
「そっか……そういえばもうすぐなんだよね」
寂しそうな顔を浮かべるリア。
「お別れ、残念」
「何て言うか。寂しくなるな」
それを聞いて、アレンもシェナも同じような顔を浮かべた。
「そうだな。だからこそ、シェナ。明日は悔いのないように全力でやらせてもらうぞ
」
けれども、刀弥だけはそんな宣告をシェナに突き付けて口の端を弛める。
そんな彼の態度を見て、アレンが押し殺した笑い声を漏らしてしまった。
「だとさ、シェナ」
「それは私も一緒」
強気な声色でそう言い返すアレンのパートナー。こちらもやる気は十分のようだ。
どうやら最後の修行はかなり楽しいものになりそうだ、と刀弥は明日のことなのに今から待ち遠しくなってきた。
それはともかくとして最初の話題に刀弥は話を戻す。
「まあ、お互い動き回っている身だ、何かの拍子に会うって可能性もあるだろう」
「それは言えてるな」
刀弥の意見にアレンが同意した。
丁度その時だ。四人のもとに注文した料理が届いた。
刀弥にはご飯と味噌汁に似たものに加えて焼き魚が、リアにはステーキとスープ、シェナとアレンにはスパゲッティのようなものが目の前に置かれていく。
そうして運んできた人が去ったのに合わせて、四人は昼食を食べ始めた。
「そういえば、刀弥が言っていたことだけど……実は案外よくある話なんだよな」
「そうなの?」
それを聞いたのはシェナ。途端、アレンの表情が険しくなった。
「何でお前が聞くんだ?」
「それは私が知らないから。当たり前じゃない」
何を馬鹿なことを聞いているのかという眼つきでシェナが答える。
「何で一緒にいるお前が知らないんだよ!!」
「知らないからに決まってるわ」
これ以上続けると、間違いなくヒートアップする。
そう判断した刀弥は事態を収集させるため、すぐさま二人の会話に割り込むことにした。
「まあ、二人とも落ち着け。さすがに騒がしいと言ってもこれ以上は目立つぞ」
「……そうだな」
刀弥の静止に我に返ったアレンは周囲の喧騒を聞きながら席に座り直す。
「それで、アレンは何が言いたかったんだ?」
「え? ああ」
刀弥に促されアレンは先程、自分が自分が何を言おうとしていたのかを思い出そうと一瞬、視線を上に向ける。
そうして彼は内容を思い出すと、その話の続きを始めるため、えっと……と言って話を切り出したのだった。
「刀弥が『何かの拍子に会う』って言ってたけど、確かに俺たちも経験があるなって、それも結構な頻度で」
「そうなんですか?」
これにはリアが驚いて反応を返した。
「ああ、大体十度ぐらい記憶にあるな」
そう答えて、アレンはスパゲッティを口に運ぶ。
「思考が似てるのか、はたまた偶然なのか。旅先でばったりって感じでな」
「なるほど~」
食事を続けながら、刀弥とリアはアレンの話に真剣に耳を傾けていた。
一方シェナはというと、食事を終えスペーサーから取り出した縫いぐるみを相手に遊んでいた。アレンの話を聞く気はないようだ。
「そうなると、互いにそれまで何をしているのかとか、どこにいったのか、後は……」
そこまで言いかけてアレンが口を閉じてしまう。
刀弥とリアがどうしたのだろうと首を傾げて見つめていると、みるみるうちにアレンの顔が赤くなっていった。
「ま、まあそういう話をして同じ方向ならまた一緒に行ったり、違うならそこで別れたりって感じだな」
慌ててアレンが何かを誤魔化すかのように少し早口で説明していく。
どうやら何かの話を思い出して赤面してしまったらしい。
一体どういう内容だったのか気になるが、本人のために訊かないのがここでは正解だろう。
「それで、これからどうするの?」
そうして話が終わると、それを見計らってシェナが今後の予定を問い掛けてきた。
「折角だからいろいろ回ってみよ?」
「そうね。さっきも美味しそうなお店も見つけたし」
「シェナ。まだ食う気なのか……」
呆れてアレンが突っ込んでくるが、シェナは無視。
ともかく、昼食が終わった四人は町を回ることにしたのだった。
――――――――――――****―――――――――――
町は人々で賑わっていた。
町のあちこちで湯気が立ち上り、天井の岩が白で霞んでしまっている。
動き回っていると、ところどころに川のようなものがあった。そこから湯気がでていることから温泉なのだろう。
温泉の川とは面白いと思いながら刀弥は小さな橋を渡っていた。橋の向こうでは人々が靴を脱ぎ、川辺から温泉の川に足を浸けているのが見える。
「あ、私もやってみよ♪」
「じゃあ、私も」
女性陣二人が、その光景を見て橋の向こうへと走りだす。
一方の刀弥とアレンはというと女性陣二人を視界に収めつつも、ゆっくりとした足取りで彼女たちの後を追いかけることにした。
川辺にやってきたリアとシェナはすぐさま靴と靴下を脱ぐと川辺に座り、その足を湯気が揺らめく川へと沈めていく。
「はぁ~、暖か~い」
「ポカポカ」
それぞれが述べる感想を聞いて刀弥が苦笑したのは、丁度、二人の後ろまで追いついた時だった。
「うっかり、川に落ちるなよ」
「そんな間抜けなことしないよ」
刀弥の忠告にリアが振り返って答える。
「刀弥も浸かってみたら? 気持ちいいよ」
「じゃあ、そうするか」
実際、刀弥も興味はあった。
リアの隣に座り彼女たちと同じように靴と靴下を脱ぐと、己の素足を川の中へと浸けていく。
「あ~、これは確かに気持ちいいな」
「でしょ?」
湯の温度は熱すぎず丁度いい。自然と力が抜けて、足がダラリと下がってしまう。
リアの向こう側を見てみると、アレンも同じようにシェナの横で足を浸けているところだった。
「ねえ、刀弥。温泉に浸かると疲れがとれるなんて話を聞くけど、どう?」
「足を浸けただけじゃ、わからないだろ」
彼女の問いに刀弥は苦笑顔で応える。
「それじゃあ、今晩が温泉に浸かった後、感想を聞かせてよ」
「そういえば、俺たちが泊まる宿屋にもあるんだっけ?」
宿屋の看板に書いてあった内容を思い出す刀弥。
少し夜が楽しみになり、思わず笑みをこぼしてしまう。
「……うわぁ。刀弥、目が嬉しそう。そんなに温泉が楽しみなの?」
けれども、彼の顔を見てリアが非難するような視線を向けてきた。
「リア、何で怒ってるんだ? 温泉に入るだけだろ?」
訳がわからず、とりあえず刀弥はその理由を聞いてみることにした。
「え? ……もしかして刀弥、看板ちゃんと見てないの?」
そんな彼の問い掛けにリアが目を丸くする。
どういうことだと、その疑問を口にしようとした時――
「刀弥、リア。そろそろ行こうか」
アレンの声が聴こえてきた。
そちらを見てみると、アレンもシェナも既に上がって靴を履き終えた状態だった。
「「わかった」」
声を揃えて応えると、二人は川から足を抜いて靴下、靴と履いていく。
そして二人がそれらを終えると、シェナの先導のもと四人は歩き始めた。
次に足を止めたのはある屋台の前だった。
木と思わしき素材でできた屋台の向こう、店の人が丸の穴の空いた鉄板の上で何かを焼いている。
一瞬、たこ焼きを連想した刀弥だが、看板にはこう書かれていた。
『肉焼き』と……
「何の肉だ?」
看板を見て最初に浮かんだ刀弥の感想はそれだった。
「あそこにいる牛です」
彼の疑問に店の人がある方向を指差す。
店の人が指さす向こう、確かに牛の姿があった。
こちらの視線に気がついたのか、牛は顔を上げて刀弥を見返してくる。
「あれが中身なのか」
そう呟きながら刀弥は今も焼かれている球体の食べ物へと視線を戻した。
「いかがいたしますか?」
営業スマイルで訊ねてくる店員。
折角なので刀弥は食べてみることにした。
「じゃあ、六つで」
「私も同じ」
刀弥とシェナがそれぞれ注文する。
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
そうして少し待った後、肉焼きはできた。
見た目はたこ焼きのような球体で、その上にソースとゴマのようなもののトッピングが施されている。
それらが六つ入ったパックのようなものを受け取り、四人は再び歩き始めた。
「ほら」
「ありがとう」
六つのうちの一つをリアに差し出すと、リアは礼を言ってそれを受け取った。
そうして二人は肉焼きを口の中に入れる。
辛めのソースとトッピングが口の中を刺激し、噛み砕いた肉から漏れる油がそれらと混ざる。その味は甘辛いと表現すべきだろう。
「ん~」
隣ではリアが目を瞑ってそんなリアクションを見せていた。かなり美味しかったようだ。
「もう一個♪」
食べ終えた瞬間、そんなことを言って刀弥が持っているパックから、さらに一個摘んで口へと運ぶ。
元々、三個、三個で分けるつもりだったので刀弥は何も言わない。
「一個上げたからもう駄目」
「別にいいだろ。もう一個ぐらい」
前のほうでは、シェナとアレンが肉焼きを巡って言い争っていた。
買ったのがシェナである以上、彼女がルールだ。で、ある以上刀弥は干渉する気はないのでほうっておく。
次に彼らが目をつけたのは、ある遊具施設だった。
施設はスライド式のドアのようで、それが全開で開け放たれている。そのため、多少離れていても施設の中の様子を伺うことができた。
中には九つのテーブルがあった。縦に三つ横に三つと並べられたテーブルの両端にはそれぞれ人が立っている。
彼らの左右それぞれの手には扇のようなラケットが握られており、彼らの間を卓球ボールくらいの大きさのボールが三つ両者の間を行き交っていた。
気のせいかボールが左右からテーブルの外に出ようとすると、まるで壁にでもぶつかったように跳ね返りテーブル内に戻っている。
両者はそのボールを左右のラケットを使って打ち返していた。
「おもしろそう……」
「私たちもやってみようか」
白熱するそれらを眺めて、シェナとリアは興味を持ったようだ。
彼女たちにせがまれて四人は中に入ると、丁度空いたところを使うことにしたのだった。
――――――――――――****―――――――――――
ルールは三つのボールのうち、一つでも相手の後ろにある線を通過させれば一点。テーブルの左右には壁が設定されており、ぶつかればボールは跳ね返る。ボールは左右に持っているラケットで打ち返すというシンプルなルールだった。
テーブルは中央に白い線が引かれているだけの簡単なもの。全体の色はグリーンだ。
最初に始めたのは、やる気満々のリアとシェナ。ただ展開はシェナの一方的なものだった。
基本的に三つのボールをそれぞれ別の軌道で放つことで、結果、リアが全てに対応しきれず一つを返し漏らすというくり返し。結局、リアは一点も取れずに敗北した。
次にやったのは刀弥とアレン。これは純粋に身体能力差が出て刀弥の圧勝。
そして、その勢いのまま刀弥とシェナの勝者同士の対決が行われた。
この対戦、序盤は刀弥が完全に押していた。二つのボールでシェナを誘導して三つ目のボールを届かないところに放つ、そういう戦い方だ。
この戦術にシェナは苦戦。中盤で何とか対応策と共に刀弥の戦術を取得し追い上げようとするが、それを見越していた刀弥の攻撃封じと心理戦によって、結局十対六で刀弥の勝利で終わったのだった。
「刀弥。対応が早すぎ」
ゲームが終わった後、どこか恨めしそうにシェナがそんな言葉を刀弥にぶつけてくる。
「なんていうか、一人だけゲームのコツをわかってた感じだったね」
「確かに」
それに同意するかのようにリアが言葉を紡ぎ、それにアレンが相槌を打った。
「まあ、リアとシェナの対戦を見てたから、それで大体の勝手はわかったからな」
基本的に二つのボールで相手を崩し、三つ目のボールで決める。それがこのゲームの基本的なな戦い方だ。
「でも、コツを掴むのが早すぎだったと思うよ。さっきの対戦、シェナさんが完全に置いてけぼりを食らってた感じだったし」
「刀弥のプレーを見て、どうにか対応できるようになった途端、別の戦い方をされた。ちょっと悔しかった」
リアの言葉に頷くように、シェナが先程の対戦の感想をこぼす。少し頬を膨らませているところを見ると本当に悔しかったらしい。
「まあ、そこは戦略だからな」
「つまり、予定通りだった……」
ジト目でシェナが睨みつけてくる。
どうやら刀弥の言葉を聞いて、余計に腹がたったようだ。
「そう言われてもな。それが戦いだしな」
目を逸らしながら頬をかく刀弥。
「……刀弥、明日の修行楽しみにしておいて」
「シェナ、修行に私怨を混ぜるな」
恨みがましく告げるシェナに、すかさずアレンが後ろからはたいた。
途端に小気味いい音が施設内に響く。
「アレン、痛い」
「そんなこと言ってないで、ほらいくぞ」
頭を押さえるシェナ。その腕をアレンがとると、そのまま引っ張るように施設の外へとつれ出していった。
刀弥とリアは笑みを交わしながら、その後を追う。
そうして四人は施設を後にしたのだった。
お待たせしました。
ようやく二章三話を投稿することができました。
一応、見直しはやってるのですが、見落としている可能性も否定しきれません。誤字脱字など気づいたことがあればお教えください。