終章三話「持ち受ける存在」(11)
「この世界は本来は軍事拠点のために人工的に生み出された世界なんだ。派遣用の人工ゲートを向こうに設置してしまえば、後はここからそのゲートに兵力を送るだけ」
「そんな事ができるの?」
語り始めたルード。その途中でリアがふとした疑問をぶつけてきた。
その問いにルードは首肯で応える。
「うん。可能だったよ。僕らを生み出した勢力が存在した時代はゲートの繁栄期だったからね。全ての世界がゲートで繋がっていたよ。最も今じゃ大半のゲートはある災害でほとんどが閉じちゃったり世界そのものがなくなっちゃったりしちゃったけどね」
ニッコリと笑みを浮かべながらルードはそう言う。だが、刀弥達にしてみれば寝耳に水だ。そんな時代がかつてあったなど思いもしていなかった。
「ほえ~」
「そんな時代があったのか」
彼の告げた事実にそれぞれがそんなありきたりな感想しか返せない。
「僕達のところの勢力がいた世界もその災害で滅びの危機にさらされてね。それで彼らはこの世界を改造して種を残すためのシェルターにしたんだ」
その話に刀弥はなるほどと頷く。要するに彼らは世界よりも主の存続を優先させたという訳だ。感情的な面から感想を言えば酷いとか他も助けろという人もいるかもしれないが、理性的な面で考えれば滅びを前に自分達を優先するのは仕方のない事だともいえた。
けれども、ルードの話の通りならおかしな事がある。
「――ん? ちょっと待ってくれ。って事は何で今、この世界に誰も居ないんだ?」
そう、生き残るためにここに避難したという話が本当ならこの世界に人一人いないのはおかしな話となる。だが、実際刀弥達は誰とも会っていないし、人のいた痕跡すら見ていない。つまり、人がこの世界で暮らしているとはどうしても思えないのだ。
この疑問に対する答えの予想。それは『失敗』という二文字だったが、ルードの答えは違った。
「今はまだ眠っているからさ」
彼がそう言うと同時にユリアがディスプレイの一つに触れる。
直後、透明な床の下にあった箱群の一列が刀弥達のいる地表へと向かって昇り始めた。
やがて箱群は地表へと辿り着くと展開。地上一面に整列して並んでいく。
「覗いてごらん」
その言葉と同時に一番手近にあった箱の一部が開いた。
ルードに促されるまま箱の中を覗いてみると――
「…………人?」
箱の中には人が一人、瞳を閉じ眠っていた。
顔に表情はなく、漂う雰囲気にも生気を感じない。まるで葬儀で見る遺体のようだ。
「……これ、生きているのか?」
「一応、生きているよ。冷凍睡眠状態だけど」
刀弥の問いに即座にそう応じるルード。途端、刀弥は驚き箱から顔を上げてしまった。
「……何の……ため、に?」
「世界が自分達を受け入れるだけの状態になった時代を待つためです」
驚きのあまり途切れ途切れで繰り出した疑問。それに答えたのはユリアであった。
「僕達を生み出した人々はこう思ったのさ。この先、この災害を乗り越えたとしてももはや世界は僕達の知っている状態ではないと」
「恐らく世界は一からやり直す事となるでしょう」
「そうなると問題になってくるのは自分達の高度な文明になってくるわけだ」
最後のルードの言葉になるほどと相槌を打つ刀弥とリア。
その災害のせいでほとんどの世界は己の文明を失った。だが、ここにはその文明の技術と知識が残ったままの人々がいる。
素直に考えれば再び文明が蘇ると喜ぼうことができるだろう。だが、大半が低い文明レベルの中で一つだけ文明レベルが突出した存在がある場合、様々な歪みが生じる可能性があるのも確かだ。
わかりやすい可能性で言えば高い文明レベルを背景にした支配。他にも利権や恐怖、思想の差や理解、不理解からくるすれ違い等可能性をあげればきりがない。
「要するに災害から乗り切れたとしても今度は自分達が世界を脅かす存在である事に気が付いたという訳さ」
「それは彼らの本位ではありません。そこで彼らは待つことにしました。この無限世界が自分達の文明を理解できるだけ文明レベルになるのを……」
「あ、言っておくけどまだ今の文明レベルじゃまだ起こせないからね」
最後にルードがそんな忠告のような捕捉を入れる。恐らくルードの役割とはその判定のための情報収集なのだろう。そう考えると寄り道が多すぎる気もするが……
「……つまり、今存在が露見されるといろいろと厄介な事態が起こるだろうから、秘密にしたいって事か」
「まあ、確かにレグイレムのようにここの存在とかを知れば探し求める人達か一杯でてきそうだしね」
実際にそういう人物を見ているので、彼女達の言い分には十分納得できる。無論、だからといって口封じをされるのは勘弁願いたいが……
「まあ、理由はわかった。ここの事はラクロマの人達にも言わない。どこか別の場所に降り立ったという事にする」
「うんうん。それがいいかな~」
刀弥の返答に気を良くするルード。そんな彼にリアが質問する。
「ところでルードはどうやってここに来たの?」
「当然、人工ゲート装置を使ってだよ。最も君達が来たのと違ってまだ誰にも見つかっていない奴だけど」
どうやらそれを使ってここに帰ってきたらしい。
「戻るとしたら使えるのはそこだけなのか?」
「ううん、僕が遊びつい――じゃなかった。仕事ついでに遺跡巡りをしていくつかの人工ゲート装置は開けたから。だから、帰る際はある程度行き先は選べるよ」
その返答に刀弥は正直助かると思った。
帰るとしたらまずはラクロマに戻って自分達の無事を知らせる必要があるだろう。そうなるとできればそちらに近いほうがいい。
「じゃあ――ってどうしたんだ?」
そうしてルードに行き先を告げようとした刀弥。けれども、彼は自分達を見つめるユリアの視線に気が付きその行為を中断したのであった。
「ユリア、どうしたのさ?」
「まだ、何か用事?」
彼と同じようにユリアの視線に気が付いたルードとリアも彼女に問い掛ける。
「……いえ、少し思い立った事がありましたので」
二人の問いにユリアは一瞬、ルードを見てそう答えた。
その反応にルードは彼女が何を考えたのかすぐに理解する。
「ああ、なるほどね~。何? 僕一人じゃ信用できない?」
「お二人の話を聞けば当然です」
一方、彼女の視線の意味を理解できなかった刀弥とリアは彼女達の会話についていけず呆然としている最中だ。
「……それで、俺達にどういう用件なんだ?」
ともかくユリアの用件を確かめるべく刀弥が尋ねる。なんとなく、話しかけなければこのままユリアとルードとで永遠と言い合いが続くような予感を覚えたからだ。
刀弥の声にようやくユリアが本題を思い出す。
「――そうでした。申し訳ございません。実は事のついでにお二人に頼みたい事がございまして」
「頼みたい事? まあ、できる事なら構わないけど」
「うん」
彼女の返答に頷く刀弥とリア。実際、ユリアの頼みには興味がある。
一体、彼女は自分達に何をさせるつもりなのか。そう思いながらユリアの次の言葉を待つ二人。
「はい。実は――」
そんな二人に口を開くユリア。
そうして彼女は二人に自身の用件を伝えたのであった。
今回は珍しく会話の多い話でした。
さて、次回はいよいよ最終話【のつもり】となります。
ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございます。
どうぞもう少しの間、この話にお付き合いくださいませ。