二章二話「不安と信じる答え」(5)
暖の温もりを感じながら、刀弥は町で買った本を読んでいた。アレンは向かい側でシェナの拳銃を分解している最中だ。
分解された拳銃をざっと見た感じ、かなり細かなパーツがいくつも組み合わさってできているようだ。その数は一目見ただけで刀弥が数えるのを諦めたほどだ。
「魔具の銃って結構、細かなパーツで構成されてるんだな」
本からアレンの作業に視線を移した刀弥が、そんな感想を口に出した。
「その辺は魔具によって違うだろうけど、俺たちの世界じゃこれぐらいは普通だな」
「なるほどな……」
一つ一つパーツを摘んで目の前まで持ってきては、目を細めてパーツを様々な角度からチェックするアレン。それが終わると、見ていたパーツを右か左の陣地に分けて置いていく。恐らく、交換する必要があるかどうかで分けているのだろう。
「いつもシェナの拳銃のチェックは、アレンがやってるのか?」
「ああ、あいつはあんなんだしな……」
そう言ってアレンはチラッと一瞬、寝ているシェナを見る。
確かにシェナにこんな細々な作業が、できるとは刀弥も思わない。
ただ口にするのは、はばかられたので刀弥は答えの代わりに苦笑を浮かべるに留めた。
「全く……普段はこんな感じなのに、戦いになると凄いとしか言えないくらい強いんだからな……」
溜息混じりに愚痴を零すアレン。だが、その顔には羨望の感情が見える。
ふと、初めてあったとき、彼の口調に嘆きの色があったときの言葉が刀弥の頭の中に蘇った。
『そういうこと。こう見えても俺より力はあるからな』
もしかしたら……という考えが刀弥の頭をよぎる。それを確かめるために、彼はその疑問を口にすることにした。
それは本来、訊ねるべきではない疑問。けれども、今の刀弥にとってはどうしても聞いておきたい事だった。
「……なあ、アレン……アレンはシェナの実力に嫉妬しているのか?」
その途端、アレンの手が止まった。
周囲が静まり返り、洞窟を通り抜ける風の音が二人の傍を通り抜けていく。
「……ないと言えば嘘になるな」
数十秒の沈黙の後、作業を再開したアレンが閉じていた口を開いた。
まるで今まで溜め込んでいたものを吐き出すかのように、彼は己の思いを次々と言葉へと変えていく。
「あいつが銃に興味を持ったのは、俺が作った凄い簡単な魔具の銃をプレゼントしたときだった。あいつ、凄く喜んで毎日、練習場で撃ってたのを今でも覚えてる……」
懐かしむような声で、彼は話を続ける。
「ずっと飽きもせず練習を続けて、気が付いたときにはあんなに強くなってた。男としては複雑だったな。もっとも、きっかけが俺のプレゼントだから嫌かと聞かれたら嬉しくはあるんだけどな……」
そう言って、彼は乾いた笑いを見せた。
「正確に言えば、嫉妬というよりも羨ましさだな。俺もあんなに強かったらなって思うことはある。そうしたら俺もあいつと肩を並べられるのにってな……だけど、まあ最近はそれとは別に、こうも思っているんだ」
そこでアレンは、大きく息を吸い込んで間を作る。
刀弥は、彼が告げるであろう新たな言葉をただじっと待つだけだ。
そうして、アレンはその言葉を刀弥に語った。
「今まで俺は、あいつの得意なことに羨ましいって思ってた。でも、あいつにだってできないことはある。そう考えたら、さっきの悩みなんて馬鹿らしくなってな」
それが彼の出した答えだった。あまりにも当たり前で、だけどだからこそ見落としがちな答え。
「確かにあいつの銃は凄い。だけど、代わりにあいつはそれ以外のことが全くと言っていいほど駄目だ。下手したら、それが理由で酷い目にあうかもしれないくらい」
力強く公言するアレン。刀弥はただ黙って聞いているだけだ。
「だから、俺はその部分であいつを助けるさ。生活や魔具の製作や調整。少なくてもその部分で、俺はあいつの支えになれてるのは確かだからな」
「だが、それは他の誰もができることだ。お前じゃなくても……」
あまり言っていいことではないと思ったが、それでも刀弥はそのことを指摘せずにはいられなかった。
彼が言った部分は別にアレンでなくてもいいはずだ。確かにシェナは戦い以外の部分は駄目だが、そのフォローはアレンだけができることではない。
その指摘は、アレンにとって予想通りの反応だったらしい。彼は怒る様子は見せず、逆に微笑んでいた。
「まあ、確かにな。だけどそれでもいいんじゃないか? 誰もが皆、特別なわけじゃないんだから。第一、あいつならこう言うんじゃないか? 『アレンのほうがいい』って……」
シェナを真似たアレンのその言葉に、刀弥は思わず吹き出してしまった。確かに彼女なら、そう言いそうな気がしたからだ。
「それなら、確かにアレンだからこそ、できることになるのかもしれないな」
他の誰でもできること。だけど、それを受ける人物が受け入れているのはたった一人。ならば、その者しか彼女を支えることはできない。そういうことだ。
「俺は、そこまで特別に拘ろうとは思わないけどな。ただ、あいつの力になれれば……俺としてはそれで満足だし」
最後のほう、恥ずかしそうにアレンはそう口にする。それがおかしくてつい刀弥は笑ってしまった。
「笑うな。本当に恥ずかしいのはこれからなんだから……」
「……悪い。それで、本当に恥ずかしいことってのは?」
ようやく笑うのをやめて、刀弥は続きを促す。
「旅にはあいつに誘われて行くことにしたんだが、そのときに密かに誓ったことがあるんだ」
「誓ったこと? なんだ?」
「諦めずに魔具の技術を磨いていって……いつかあいつにとって最高の武器を作ってみせるって」
それがあの日、自分を必要としてくれた彼女に対してアレンが誓ったことだった。
彼女と一緒にいるためには、それくらいの事をしないといけないような思いが当時、彼の中にはあったのだ。
いろいろと悟った現在、その誓いに当時ほどの強い思い入れはない。けれども、その誓いは己の目標として、今なお彼の心に残り続けている。
現在、作っている魔具もその一環だ。まだ最高にはほど遠いが、それでも確実に一歩ずつ進歩しているとアレンはそう思っている。
「こんな答えでいいか?」
「むしろ、十分すぎだ。悪いな、変なことを聞いて。おかげで助かった」
いろいろな話が聞けて、刀弥としては十分満足のいく話だった。
不躾な質問をしたことを刀弥が謝り、アレンが両手で制する。
そうして二人の話は、終わりを告げたのだった。
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翌日の朝、皆と少し離れたところで刀弥は素振りをしていた。
今の時間帯の見張りはリアとシェナ。刀弥はまだ寝ていてもいい時間帯だが、剣術の修行もあるのでいつもこの時間で起きてしまっている。
虚空相手に剣を振りながら刀弥が思案するのは、昨日のアレンとの会話だ。
シェナの実力に羨望を感じながらも、自分のできることを見つけそれをやっていこうとしているアレン。
――あいつの力になれれば……か……
それこそが彼の原動力なのだろう。それがあるからこそ、彼は頑張り続けられる。
――なんだかんだと言って、互いが互いを必要としているんだな。
シェナはその辺を自覚しているのだろう。素直な性格なので、それがあの態度になっている訳だ。
なんとなく微笑ましく思い、ついつい刀弥の顔がほころぶ。
「刀弥? どうしたの?」
そんな時、意外な人物の声が刀弥の耳に入った。
素振りをやめて、彼は振り返る。
そこには、やはりというかシェナが立っていた。
「いや、なんでもない。そういうシェナこそ、どうしてここに来たんだ?」
自らアレンの傍から離れて自分のところにやってきたという事態に、刀弥は不思議に思い首を傾げる。
「刀弥に訊きたいことがあったから……」
「俺に? 何だ?」
シェナが質問とは珍しいと思いながら、刀弥はその内容について訊ねてみる事にした。
「刀弥はどうして剣の腕を磨いているの?」
その問い掛けに刀弥は少し考え込む。
「どうして……か」
幼少より剣術を教わっていた刀弥にとって剣術はごく身近なものだった。竹刀を振り足を鍛え、他の人たちと手合わせをする。
そんな日々が彼にとって当たり前であり、同時に飽きることのない楽しい日々でもあった。
「……そうだな。楽しいからだな」
負けないために剣術を磨き、勝っては喜ぶ。リベンジを叫ばれてはそれを受けることで負けたくない思いを強くし、その思いがより一層の努力となる。
そうやって自身の成長を実感すると嬉しくなって、もっと上を目指そうと修行に熱中していく。そんな繰り返しだ。
「楽しい……」
刀弥の返答を聞いて、リアは小さな声でその言葉を反芻する。
この問いがシェナにとってどういう意味があるのか刀弥にはわからない。けれども、彼女にとっては何か意味があるのだろう。
「そう言うシェナこそ、どうして銃を磨こうと思ったんだ?」
この問いの答え自体はアレンとのやり取りで大方、想像がついている。それでも尋ねたのは本人の口から直接確かめたいと思ったからだ。
無論、シェナの返事は彼の予想通りのものだった。
「アレンが、銃をプレゼントしてくれたから。それが嬉しくて、だから上手く使えるようになりたかった……」
「それで、あの成果か」
彼女に聞こえないように刀弥はポツリと漏らす。愛は偉大だという感想が頭に浮かんだ。
「まあ、何にしてもシェナは凄いな。あれだけの動き、広い視野がないととてもできるものじゃない」
「そう言う刀弥だって、かなり速い。私じゃあんな風に動き回ることなんてできない」
シェナから賞賛の言葉に思わず刀弥は失笑してしまう。
「褒めてくれるのは嬉しいけど、銃相手だと勝つことすら難しいのが現実だ」
あまり場が重くならないように軽口で刀弥が返す。けれど、彼の言葉にシェナが首を斜めにした。
「何故、勝てないと思うの?」
「……間合いから仕掛けられたら、反撃できないから防戦一方。近づこうにも、数任せに撃たれたらそれも難しい。そもそもシェナの銃弾並みの速度の場合、当たる軌道で撃たれた時点で反応できないからそれで詰むんだ」
両手を上げて考えられる問題点を次々と挙げていく刀弥。
正直言えばシェナにそういうことを話すのは刀弥にとって口惜しい思いがあった。
何せ当の銃使いに自分の弱点を晒しているのだから当然といえば当然だろう。
しかし、刀弥の挙げた点に対してシェナは答えは簡潔だった。
「それは、それは刀弥の努力が足りないだけ」
その簡潔な返答に刀弥は愕然とする。
「努力が足りないって……ふざけるな!!」
これまでの自分の必死の模索が否定されたみたいに聞こえ、思わず刀弥は激昂してしまった。
「これでも、どうにかできないかといろいろと手段を考えてみた。だが、これ以上どうしようも……」
その勢いのままシェナに掴みかかる刀弥。
けれども、シェナが表情を変えることはなかった。彼女はただ淡々と己の意見を刀弥へとぶつけていく。
「本当に全部? 銃口、相手の視線や能力からの弾の軌道の予測。殺気や気配、動作から発射のタイミングを読むこと。そういうのも?」
「え、いや、それは……」
それはさすがに思いつかなかった。その指摘に逆に刀弥が面食らってしまう。
「反応できないなら、反応できるように鍛えればいい」
「無茶を言うな。銃弾に反応できる奴なんている訳ないだろう」
途方も無い話だとばかりに刀弥は呆れ返ってしまう。けれども、彼女の言葉は続いた。
「それはあなたが、限界をそこに設定しているから。確かに刀弥の世界じゃそうだったかもしれない。だけど、ここはあなたの世界じゃない。私は、そういうことをやってのける人を何度か見てきた。中には斬撃を飛ばす人さえいたわ」
「なんだと?」
その一言に刀弥は絶句せざるをえない。
「どうして? どうして自分の力を信じられないの?」
「それは……」
その問いに刀弥は言いよどんでしまう。
「自分の力を信じられるのなら、どんなことがあっても諦めることなんてない。ただひたすら磨くだけ。私がそうだった。弾を弾くくらい硬い敵なら、僅かなズレもなく同じ所に狙い続ける術を。接近してくる相手に対抗するために銃を使った格闘術を。そうやって私は今までやってきた」
そうしていくうちに彼女は今の高みに辿り着いたのだろう。
「…………」
刀弥は何も言わない。いや、言えなかった。確かに彼女の言う通り、自分自身が己の剣術を信じきれていない部分があったのは事実だからだ。
「刀弥なら自分の力を信じれば、きっともっと上へと昇れる」
「アレンは違うのか?」
今までのやられていたせいか、ついそんな意地悪を返してしまった。
「アレンと刀弥じゃ行く先が違うから。刀弥は私と同じ方向」
「なるほど」
アレンの目指す先は技術分野だ。そちら方面に詳しくないシェナではアレンの可能性はわからないと言いたい訳だ。
「……それじゃあ、そろそろアレンを起こす時間だから」
「ああ、いろいろ意見をくれて助かった」
「それは私も同じ」
そうして彼女はアレンのもとへと戻っていく。そんな彼女の後ろ姿を刀弥はただ黙って見送るのだった。
08/18
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