終章二話「立ちはだかる存在」(1)
「とりあえずこれで一休みできるな」
リアの魔術で壊した建物の一角。そこから崩れ落ちた瓦礫によって埋まった通路を眺めながら刀弥はそんな言葉を漏らすした。
「だね~。はあ~。しんどかった~」
そんな彼の言葉にリアは同意しつつ膝をつき崩れ落ちる。ここまで幾度もゴーレムと戦い魔術を行使していたために肉体的に精神的にもクタクタだったのだ。
「確かにここまでずっと動き回ってたからな」
さすがに数の暴力はキツイなとそんな感想を頭の中で思い浮かべながら刀弥も座り込む。
座ってみると床はひんやりと冷たい感触を返してきた。火照った体にその冷たさは心地いい。
しばらくの間、その冷たさを堪能する刀弥。ふと、隣を見るとリアもまたその冷たさに浸っている最中であった。刀弥の視線に気が付き笑みを返してくる。
そんな彼女の応答に同じく笑みを返しつつ刀弥はこれからの事を考えていた。
とりあえず体が休まった後はリアの砲撃で瓦礫事ゴーレム達を吹き飛ばしそこから突破するという流れまでは決まっている。考えるべきはそこから先のルートと行くための方針だ。
どうやら向こうもリアの探知の範囲を掴んだらしく少し前からゴーレムの集団を避けたと思ったらさらに多くのゴーレム達が道の先で待ち構えていたという展開が幾度かあった。恐らく囮を探知させ探知がきた後に探知範囲外に待機させていた本命を一気に動かしているのだ。
こうなってくると今までの方法は使えない。新たな方法を編み出したとしてもある程度経てばまた対策をたてられてしまうだろう。加えていえば次は休める保証はない。
と、なれば理想は次の行動で一気に目的に達することだが、これまでの事を考えるとそう上手く行くはずがない。そもそも今考えた理想は休む前にも思い浮かべていたはずである。つまり、この考え方のままでは先の二の舞いになってしまう可能性があるという事だ。別案を考えるかもっと具体的に詰めるしかない。
まず考えるのは風の砲撃で突破した後の立ち回りだ。先の立ち回りの対策をされている以上、同じ手は使えない。別の手を考える必要がでてくる。
だが、探知が使えないとなると今後の戦闘確率が上昇してくるのは間違いない。
できれば探知を残すか別の発見手段があればいいんだがと考える刀弥。
探知が使えなくなるのはそれで手に入れた情報の信頼性が失われているためだ。手に入れた情報が役に立たないなら使う意味がない。
が、本当にそうなのだろうかとふと刀弥は思う。
手に入った情報は確かに偽りの情報だ。けれども、それが偽りとわかっているならその偽りの情報から本当の情報を読み解くことができるのではないか。
それから刀弥は少し思案する。考えるのは過去の情報と実際のゴーレムの展開。そこから向こうの考え方を推測しようというのだ。
そこからわかるのは向こうがこちらの目的地を把握しているという事だ。で、なければあの策はできない。
ならば、後はそれを前提として組み込み囮の位置から本命のルートと数を推測すればいい。
囮を見て自分達がこう動くルートを相手は想定している事を想定する。言葉にするとややこしいが要は裏をかいてきた相手のさらに裏をかこうとしているというだけだ。
とはいえ、この手がずっと続くはずがない。何度か読みから外れればすぐに向こうも気が付くだろう。そうなれば向こうはさらに裏をかこうとする。
「……心理戦だな」
誰にでもなく一人呟く刀弥。その呟きにリアが反応を示すが、刀弥はなんでもない気にするなと答えると再び休息に意識を傾ける。
それを確認して再び思案にふける刀弥。
要するにこれはどちらが相手の思考を読みきり目的を達せるかの勝負だ。そして勝つための鍵はどれだけ早く相手の変化に気が付けるかに掛かっている。
理想なのは行動を予知し事前に対策が済んでいる事。そうすれば自分達への負担は最小限で済む。逆には気付くのに遅れれば遅れるほど自分達の負担は増えていく訳だ。
向こうどの程度の知能なのかはわからないが、心理戦は天秤が変化しやすい。それは油断できない面もあるという事だが逆を言えば劣勢を取り返すチャンスも多いという事でもある。
「――と、時間か」
気が付けばそこそこの時間が経過していた。体を確認してみる。万全とはいえないが、それでも先程まで比べれば好調である。どうやらしっかり休むことができたらしい。
「リア。そっちは休めたか?」
リアの方も尋ねてみる。
「うん。こっちもバッチリ」
すると、リアは元気に立ち上がり笑みを浮かべてそう答えてきた。どうやら彼女も十分休めたようだ。声色や仕草からもそれが伺える。
その反応に満足して笑みで応じた刀弥は彼女の同じく己の身を立ち上がらせた。
軽く伸びをして腕を振り回す。やはり、問題はないようだ。
そうしているうちにリアが瓦礫に向かって身構える。
そんな彼女に刀弥は自分の考えを伝えるとリアは頷き一つで了承。風の砲撃を瓦礫へとぶち込んだ。
建物が衝撃で揺れその衝撃で吹き飛ばされなかった残骸が崩れ落ちていく。
目の前にはポッカリと空いた穴。その向こうには幾体ものゴーレムの残骸が転がっている。
けれども、刀弥達はその事を確認する事なく既に駆け出していた。敵はもう動き出している。ならば、後は速さがものいうだけだ。
リアを抱え最初から全力疾走。なにせ、ここで出遅れてしまえば致命的だ。敵の壁と波に周囲に覆われてしまう事になってしまう。
そうならないためにはそうなる前にその領域を突破するしかない。
刀弥は現状を把握し、この先を予測する。
このままの速度ならば突破は可能。そうなると問題はこの先だ。
向こうとて突破されるのはわかっているだろう。むしろ、最初から予定に組み込んでいる可能性のほうが高い。
で、あるなら相手はどうするか。
「――当然、出口に備えを置くだろうな」
その言葉と同時に二人は領域の外に出る。
直後、二人の元に多数の射撃が飛んできた。
放ったの囲っていたゴーレム達のうち砲撃の範囲外にいた連中。ゴーレム達は『向こうが砲撃を砲撃を放ったのならすぐにその出口に向けて銃口を構え標的が見えた同時に射撃を開始せよ』という命令を既に受けていたのだ。
それ故に砲撃直後には既に銃口を砲撃によって空けられた穴の出口へとセット。そして刀弥達が穴から出てくると同時に射撃を開始したのだった。
迫ってくる幾多の射撃に、しかし、刀弥は視線を向けない。代わりというように視線を向けているのは抱えられていたリアだ。
そして直後、二人と射撃の間に竜巻が壁となって出現した。
その竜巻に阻まれ銃弾は次々とその軌道を変えていく。
竜巻に飲まれるものもあれば軌道を逸らされたものもいくつもある。
結果、ゴーレム達の射撃は一つとして刀弥達に届くことはなかった。
その間に二人はその場から離脱。包囲していたゴーレム達を置いていきその場をさって行ったのだった。
「後ろはどうだ?」
幾ばくか走った後、刀弥がリアにそう尋ねる。
「…………大丈夫。追ってくる気配はないかな」
その問いに笑みで応じるリア。彼女は先程まで魔術で周囲を探知していたのだ。
「そうか」
彼女の確約をもらい走る速度を緩めていく刀弥。そして、足を止めるとリアを抱えていた手を離し彼女を降ろしたのだった。
「いけるか?」
「うん。いつでもいいよ」
そんな応答をしながら再び走りだす二人。と、その時である。
「? 地面が……」
ふと、刀弥は地面が僅かに揺れている事に気が付いた。
彼の呟きを受けてリアもまたその揺れを知覚する。
二人が気付いた揺れは徐々に大きくなっている。気のせいでなければ足音のようなものまで聞こえてくる始末だ。
「近づいてきているな」
ここまでくれば何が起こっているのか刀弥もすぐに理解できる。そして、その予感を証明するかのように足音は二人の元に近づいてき……
そうして二人の目の前に巨大なゴーレムが姿を現したのであった。