終章一話「流れ着いた者達」(1)
さて、新しい終章の始まりです。
皆様どうぞお楽しみください。
そこは静かな場所だった。
辺りは霧に満たされ何も見えないが、僅かに木々の緑と建築物のものらしい灰色が見える。
けれども、それだけだ。
音はほとんどなく聞こえるものといったら風の音や水の流れる音ばかりで生き物が動く音や息遣いは全く聞こえない。
生命の存在しない世界。そこはそれを体現したような場所だった。
だが、今この世界にはその異物が存在している。その内の二人は木々の生い茂る一角で横になって気を失っていた。
一人は黒髪の少年。彼は左側を下にした姿勢で横倒れになっている。
呼吸に乱れはない。どちらかというと気を失っているよりも眠っているに近い状態だ。
と、その時、風野刀弥に動きがあった。
口から僅かに声が漏れ、閉じていたまぶたが僅かに動いたのだ。
そうしてから少ししてまぶたを開けて意識を覚醒させる刀弥。それから彼は自分の周囲を見渡したのだった。
目に入ったのは木々とその奥に見える建造物。当然、知らない場所であり、先程までいたところでもない。
何故? 疑問と共に刀弥は覚えている直前の状況を思い出そうとする。
確か自分はレグイレムの拠点で戦っていたはずだ。それがどうしてこんな場所にいるのか?
気を失っている間に何かあったのか。だが、周囲にロアン達の姿は――
と、ここで刀弥はようやく傍にもう一人見知った顔が横になっているのに気が付く。
腰まで綺麗に伸びた赤銅色の長い髪。顔立ちも端正でとても綺麗な容貌の少女。傍には碧の宝石の付いた金色の杖が転がっている。
彼女は刀弥の旅仲間、リア・リンスレット。どうやら彼女もこちらに来てしまったらしい。
健やかに眠っているその寝顔を見てふと、想像が働きかけるがそれをこらえて彼女を揺すり起こす。
「……ん」
ほどなくして彼女は目を覚ました。
細目の状態で身を起こし、そうしてから目を擦る。
やがて、意識も完全に目覚めた彼女はようやく現状を思い出したようだ。慌てた様子で辺りを見回し始めた。
「と、刀弥。ロアン達はどうしたの? と、いうかここはどこ?」
「それについては俺が知りたいくらいだ」
それから質問を始めるリア。それに対して刀弥は肩をすくめてそう答えた。
「確かレグイレムが盗んだ装置ってゲートを作る装置だったんだよね?」
「ああ、それがどうやら唐突に動作したみたいだな」
レグナエルの反応を見るに装置のあの反応は彼にも想定外だったのは容易に想像がつく。要するに何らかの原因で故障してしまったのだろう。
「……そうなるとここはそのゲートの先か」
可能性は高い。なにせ見知らぬ場所に至るの最も身近な可能性はそれなのだ。もし、そうならばここが見知らぬ場所なのにも納得がいく。
「どうする?」
「とりあえず出口を探すしかないだろうな」
まさか、一方通行という事はないだろう。入ってこれる以上、出るための方法はあるはずだ。
普通に考えればやってきた近辺にあってもおかしくはないのだが、先程周囲を見る限りそれらしいものは見えない。恐らくイレギュラーな飛び方をしたせいだろう。そうなると自力で探索して見つけ出すしかない。
「動けるか」
「うん、大丈夫」
そう言って立ち上がるリア。動きに淀みはないのでどうやら本当に大丈夫らしい。
「それじゃあ、いこ」
「ああ」
そうして周囲の探索を始めた二人。
ゲート装置は意外にも二人が倒れていた場所の近くで見つかった。ただし、停止している状態で。
「……これ、どうやって起動させるんだ?」
そんな疑問を口にしながら装置の周囲を調べ回る刀弥。しかし、スイッチらしきものは見当たらない。
「別のところで制御しているのかな?」
「……可能性はありそうだな。そうなると……」
そう言って刀弥は装置から伸びている光の灯っていないラインの行く先を視線で追う。
ラインは途中で曲がっているせいで先は見えないが、どうやらどこかへと繋がっているのは確かなようだ。
「とりあえずこれに沿っていってみるか」
「賛成」
こうして二人はラインを辿ることにしたのだった。
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「それにしても……人の姿がどこにもないね」
ラインに沿って歩きながら進む刀弥とリア。その最中、リアがふと、気づいた事を口にする。
「そうだな。と、いうよりも生き物の気配がないという感じではあるな」
その意見に刀弥も同意しながら周囲へと視線を巡らせる。
物音は水の音と風の音、それらによって生じたものを除けば自分達の足音だけだ。
静寂といっていいはずの状況。普通なら何となく落ち着く気分にもなるだろう。
けれども、どういう訳か二人共落ち着いた気分になる事ができないでいた。
なんというか、ズレというか齟齬というかそういう何かが少し違うという違和が二人の感覚をくすぐっているのだ。
その理由は二人が周囲に何の存在もない状況に初めて陥ったからである。
無論、周囲に人のいない状況など二人は幾度も経験済みだ。が、しかしその場合でも傍には鳥や獣や虫といった何かしらの存在があり、その気配を二人は無意識ではあるが知覚していた。つまり、実感はしていないが二人共いつも何かしらの存在を感じていたのだ。
しかし、今回はその気配すらない。その結果、無意識が感じ取った違和を二人が慣れる事ができずそれ故に落ち着く事ができないでいるのであった。
「しかし、元々はなんなんだろうな」
そんな落ち着かなさを紛らわすために刀弥は新たな話題を切り出す。
彼が行っているのは自分達がいる場所の事だ。
どういうところなのか。木々に紛れていくつか人工物が見える事からもここ一帯が何らかの施設であるのは間違いないだろう。
問題は何の目的で建設したかだ。
「公園って訳でもないよね。その割には景観壊している人工物が多いし」
「というよりも不思議なのは未だに人工物と自然が綺麗に区切りされているという点だな」
自分達が進む道を眺めながらそう応じる刀弥。
そう彼の言う通り、道には雑草の類が一切見当たらないのだ。普通、人がいなくなれば整備が止まるので道に雑草が生えてきてもおかしくないはず……だが、今見える道にはそんなものどこにも生えている様子はない。むしろ、つい最近整備したかのように道は綺麗だった。
そしてそれは何も道だけの話ではない。周囲の建築物全てに当てはまっていた。
「材料に植物が寄り付かない物質でも使っているのかな?」
リアが零す呟き。その言葉に実際はどうなのだろうかという感想を抱きながら周囲へと視線を巡らす刀弥。
他に気になったものといえば道幅と広場らしきスペースが妙に広いという点だ。
道幅はだいたい8人分、広場に至ってはそれよりも遥かに広いという有り様である。
なんのためにこれほどの広さが必要だったのか。その事についてさらに考えを深めようとしていたそんな時であった。
突然、遠くの方から激しい戦闘音が響いてきた。
それが戦闘音だと気付いたのは音の中に木々の倒れる音や何かが爆発する音が混じっていたからだ。
自分達以外にも誰かがいる。それも戦闘が生じる事態付きでだ。
リアのほうを見ると彼女は頷きを返してくる。
ならば、後は決まっている。行くだけだ。
そうして二人は走りだした少しでも早く現場へと到着できる事を願いながら……