九章三話「そして拠点へ」(9)
ロアンへと迫るレナスの短剣。その接近にロアンが気付いたのはヴィアンの警告が耳に届いた時だった。振り返った時には既に目前ともいえる距離まで迫っている。
行く先にあるのは心臓。刺されば死を免れるのは難しいだろう。
最早、体を動かす余裕もない。それでも彼は生きるために死力を尽くす。
走るために振っていた腕の勢いを使い体を回そうとするロアン。そうする事で僅かでも心臓を短剣から逃そうとしたのだ。とはいえ、それで稼げる距離は誤差の範囲。やはり、決定的に逃れるには程遠い。
そうこうしている間にも投じられた短剣は狙い違わずロアンの心臓へと迫り――
そうしてロアンはその身に短剣を受ける事となったのだった。
走った激痛に顔をしかめるロアン。しかし、激痛の場所が予想していた場所とは違う。
疑問と当時に痛みで閉じた目を見開くと、そこには――
投じられた短剣とは違う見慣れた短剣が左肩に突き刺さっていたのだった。
その事に驚き短剣の持ち主――レリッサの方を見ると彼女は右肩に怪我を負って立っている。ロアンの記憶が確かならそんな怪我、先程まではなかった。
つまり、彼女は射撃の迎撃を中断して短剣を投げ本来防ぐはずだった射撃を体を盾にして防いだのだ。
ロアンの視線に気付いたレリッサが笑みを返してくる。『さっさと終わらせなさい』という声なき言葉と共に。
それでロアンの意識が駆けていた時の状態に戻った。
すぐさま制御装置に視線を戻し彼は再び走り始める。その際、視界の端に刀弥がレナスに斬りかかるのが見えた。
それを背後の最後の光景としてロアンは一気に速度を上げていく。ラストスパートだ。
後ろからはこちらを妨害しようといくつもの射撃音が聞こえるが、同時に仲間がそれを妨害、防ぐ音も聞こえる。
それらを耳に入れ背後をの仲間を信頼しながらロアンは制御装置へと迫っていった。
と、最中に悪寒。飛ぶように左へと飛ぶとそこに黒い球体が出現した。レグナエルの魔術攻撃だ。
どうやら妨害者の妨害をするリアへの攻撃は諦めたらしい。即座に崩せないと見てこちらに攻撃を飛ばすことにしたのだろう。
一方、背後も疎かにはしない。味方の援護があるとはいえ全てをどうにかできるわけではないのだ。
迫る攻撃を身を動かすことで回避していく。体を傾け、身を回し、走るリズムを変える。そうすることで弾道から外れ風弾は彼の傍を通りぬ得ていく事となる。
後は速度を意識するだけだ。可能な限り速度を落とさず真っ直ぐに進む。それだけの事を意識して駆けていくロアン。
もう制御装置は目前である。
必死なのだろう。敵からの妨害の数がさらに増えるがロアンもまたもう少しという事で最後の力を振り絞っている。当たらない。
そうして遂にロアンは制御装置に手が届く距離まで辿り着いた。
すぐさま彼は拳を構え放つ。
速度をそのまま威力に転化して放たれた拳。
それは真っ直ぐ制御装置に向かって伸びていき、そして――
――遂に拳がその制御装置を割り砕いたのであった。
砕け破片となっていく制御装置だったもの。途端、そのせいかがすぐに現れ始める。室内にあった機器が動作を止めたのだ。
光が消えたり僅かになっていた音が止んだりとその反応はいろいろではあるが、共通しているのは以降何の反応も返していないという点だ。
また、当然施設内の光源も止まる。たちまち周囲は暗闇となり破壊されたことにショックを受けているレグイレムの部下達はその変化に戸惑うのだった。
制御装置を破壊した事によりここでの主目的を果たしたロアン達。可能であれば奪われた遺跡設備も回収したいが自分達の状態を考えるとそんな余裕がないのが現状だ。
ここは大人しく引き上げるべきだ。そう考えロアンがそれを声に出そうとして口を開きかけた――その時だ。
突然、奪われた遺跡設備が動き出した。
驚くロアン。ここでようやくレグイレムが奪った遺跡設備を直しているという事に気が付く。
とはいえ、この事態はレグナエルも想定外だ。どうやら妙なところで修理が止まった事でゲート装置が暴走状態になってしまったらしい。
「くっ!? なんという事だ」
あまりの展開にそう漏らすしかない。
そうこうしている間にゲート装置はその発光を強くしていく。発光しているのはそれまで淡く光っていた場所であり既に光は暗闇の室内一面を見渡せるほど強くなっている。誰が見てもマズイ状況だ。
が、両者とも動けない。レグイレムの方は単にレグナエルの判断待ちだが、ロアンたちの方はそもそもあの装置が何なのかすら知らないのだ。わからない故にどうすべきなのかが決めきれない。
と、次の瞬間、柱の中央の空間に小さな光の球体が出現する。
「ゲート!?」
それを見て世界を結ぶゲートを連想し驚く刀弥。
驚いているのは彼だけではない。
「まさか、人工的にゲートを作る装置!?」
「……それで狙ったわけね」
目の前の現象に他の面々もそれぞれ驚きを作っている。
そうこうしているうちに光の球体はその規模を拡大。徐々に大きくなっていく。
だが、それも一時の間。不意に光の球体は映像の乱れのように己の形を一瞬グニャリと変えると次の瞬間、割れるように砕け散った。
「砕けた!?」
砕け散った光の球体はそれぞれが破片となって周囲へと拡散する。
自分達の方に向かって飛んでくる光の破片。それに危険な予感を覚えたロアン、ヴィアン、レリッサは回避を選択した。
彼らの反応を見て部下達も同様の行動を取る。
だが、刀弥はそれができなかった。というのも彼らの中で彼はゲート装置から一番近い位置にいたからだ。
砕けた事に驚き近づいてきた光の破片に反応しきれずその軌道から逃れることができなかった。
光の破片に飲まれた刀弥はその場から消滅。影も形も痕跡すら残すことなく皆の視界から消え去ってしまった。
「刀弥!?」
彼の消失に驚き思考が止まってしまうリア。そのせいで彼女もまた光の破片に飲まれてしまう。
「刀弥!! リア!!」
二人が消えたのを見てレリッサが叫ぶが当然、返事はない。聞こえるのはレグイレム側の騒然だけだ。
「ん?」
そこでようやくロアンはレグナエル側の部下達が未だに混乱している事に気が付いた。そしてそれを見て疑問する。何故、まだ混乱から回復していないのかと……
向こうにはこの組織をまとめているレグナエルがいるのだ。加えていえば彼はあの装置が何なのかを知っている。ならば、完全ではないにしても即座にある程度の対応を指示できるはずなのだ。
なのにそんな動きもないまま無為に時間を消費している。これは……と思ったところでロアンの頭にある可能性が思い浮かんだ。
急いで彼はそれを確かめるために周囲を見渡してみる。
いない。レグナエルとレナス、その両名の姿がないのだ。
恐らく彼らもまた先の光の破片に飲まれたのだろう。レナスは刀弥と同様、近い位置にいたしレグナエルは動ける人間ではない。
光明が見えてきた。向こうがトップを失い混乱しているのなら脱出できる可能性は高い。たが、ロアンには気になる事があった。
先の光の破片。あれはゲートの破片だ。ならば、あの破片に飲み込まれた者達はどうなるのか。そして、そもそもあのゲートの行き先がどこだったのかだ。
「ロアン!!」
「――っ。目的は達した。脱出するぞ」
そこへ飛んでくるヴィアンの声。
それでロアンは思考を放り出し今後の方針を言葉にした。
刀弥達の事は気になるが、現状何もできないのだ。ならば、今はできる事を注力するしかない。
そうして撤退を始めるロアン達。レグイレム側はというと彼らの動きには気付いているようだが、どう対応するか決めきれない。
そうしてロアン達は道中多少の妨害はあったものの拠点から脱出したのであった。刀弥とリアの二人を置いて……
三話終了
九章終了
はい。という事でかなり唐突というかいろいろと気になる点は多いでしょうが、九章はこれにて終了です。
次回は最終章。またいつも通り一週間練ってそれから執筆という流れとなります。