九章三話「そして拠点へ」(3)
敵を退けたロアン達の部隊はそのまま通路の奥へと向かう。
壊滅した敵部隊にとどめを刺すほど余裕がないからだ。
走りながら皆は軽い負傷の治療や銃弾やパックの補給をしていく。中には小腹が空いたからという理由で軽食をとっている者までいるくらいだ。
そんな中で刀弥はと言うと走りながら薄目状態となって精神を休ませていた。
張っていた気を抜き意識は走るために必要な分を残して後はまどろみの中へと沈めていく。
感覚としては水の中に沈んでいくような感覚だ。張っていた気を抜いているせいか意識は右へ左へと揺られるような錯覚を得るが、むしろそれが心地よくもっと浸りたいという気分にさせられる。
そんな中で体は走り続けている。足の裏の床の感触。薄目から得られる僅かな視界。響き渡る音。それらの情報から最低限の思考をして走る体を制御している。
呼吸は走る足音をリズムに深呼吸の形をとっていた。四歩で息を吸いさらに四歩で息を吐く。
そうやって精神面での休憩をとる刀弥。一方、リアはと言うと飲み物を口に含み水分補給をしていた。それが終わると次にポケットから緑色の薬丸を取り出して、それを口に含む。
彼女が口にしたのは地球世界で言うところの栄養補給の薬だった。疲れが出てきたのでその場しのぎのために使うことにしたのだ。
口に放り込んだ後再び飲み物を飲んで薬を飲み込むリア。後は時間が経てば効き目がでてくるだろう。
ちなみにヴィアンは使い捨ての冷却の魔具で目元を冷やしている最中で、ロアンはヴィアンの代わりに偵察用ゴーレムの映像を確認中。そしてレリッサは前回の戦闘の際にできた傷の治療をしているところだった。
そうして僅かばかりの平穏を有効活用する面々。
やがて、その時間にも終わりの時がやってきた。
ロアンが見ている偵察用ゴーレムの映像に敵部隊の姿が映ったのだ。
「来たぞ」
その一言ですぐさま皆が戦闘へと意識を切り替えていく。
持っていた物をすぐに元の場所に収め、皆武器を手にする。
刀弥もまたロアンの言葉ですぐに意識を引き戻し各感覚をチェックする。
手、問題なし。足はやはり動き続けているせいか若干重さを感じるが感覚でいえば支障を心配するほどではない。目は薄目でも閉じていたのがよかったのか先程まで感じていたまぶたの重みがなくなっていた。
やがて敵の一段が肉眼でも確認できる距離に迫ってくる。
今回の敵部隊は先程までとは違うを武装だ。ゴーレムは細身、あるいは背部に大型の翼やブースターと思わしきものつけてもばかりで、人の方もそのほとんどが全身を覆う機械的外観の鎧をつけている。違う者がいたとしてもそういった者達は細身のバイクにも似た乗り物に乗っていた。
「……この狭い通路で機動力重視の部隊を投入か」
「動きまわって撹乱するつもりね」
彼らの装備を一目見て戦略を推測するロアンとヴィアン。そうしてからロアンは皆に次のような事を告げてきた。
「全員。前方だけじゃなく全方位に注意しろ!! 散開してくるぞ!!」
直後、その通りの動きがきた。敵部隊が散り散りとなったのだ。壁や天井を足場にして上下左右に高速で動き回りながら接近してくる敵部隊。
当然、狙いをつける側は一苦労だ。無秩序に動く機動に翻弄されるのは当たり前。酷ければ別の敵に目が釣られたりその影に隠れたりたりして捕捉から逃げれてしまう。
結果、狙うことも億劫となり適当に射撃をばら撒く者達が続出する事となってしまったのだった。
当然、敵の実力も高い。自ら弾の軌道に飛び込む者など誰一人いないのでそんな射撃を当たる筈もない。
今も敵の一人が自身の軌道を弾の軌道から逃れるために身を捻――
ろうとしたところでロアンの拳の一撃を食らってしまった。
一撃を受けた敵が吹き飛びそれが複数の敵を巻き込む。
さらにはそれを避けようと軌道を変えた敵をヴィアンが密やかに狙い撃ち倒していく。
一方、レリッサはというと接近戦を仕掛けてくる敵を短剣二刀で迎撃していた。
迫ってくる攻撃を片方の短剣で捌き、即座にもう片方の短剣を敵に叩きこむ。
攻撃を捌く際に相手の体勢が崩れるように捌く方向を調整しているので、相手は即座に防御、回避に移ることができない。結果、短剣の刃を急所に受け倒れ伏す他なかったのだった。
敵が高速で動きまわっていることで敵味方の位置が激しき入れ替わり乱戦の様相を見せている戦場。そんな中、刀弥はリアの傍でリアの守りに入っていた。
敵味方が入り乱れるこの状況では先読み軌道や範囲系の魔術は使えない。味方に当たる可能性があるからだ。
そうなるとリアのとれる選択肢は炎弾や風の矢を数を絞って狙い撃つぐらいなのだが、そもそも魔術自体が隙を晒しやすい行動なのである。全方位、しかも付近に敵がいる状況で魔術を使おうものなら相手に攻撃してくださいと言っているようなものだ。おかげで彼女は反撃も身を守る事もできないでいた。そんな彼女を刀弥が守っているのだ。
今もリアが杖で防いだ敵を斬波で斬りつける。それが終わると今度は彼女を背後から狙おうとしている敵へと接近して一突き。そこから一旦刀を手放して体を半回転させると直後、真上から敵の斬撃が襲いかかってきた。
襲ってきた敵の攻撃を回転によって背中越しに回避した刀弥は回転の勢いを利用し肘打ち。相手を吹き飛ばすとそのまま回転を継続して刀を回収する。
後は防御と反撃、攻撃による王手の繰り返しだ。リアへの攻撃を防ぎ崩した後に斬る。攻撃を連続で叩き込み相手が崩れたところでとどめを刺す。
自身を狙うものに関しては回避からの反撃を基本としそれが無理なら防御、反撃というのが基本戦術だ。
とにかく一度の戦闘の時間を長くしない。長くなりそうであれば吹き飛ばすなり重要部位を傷つけるなどして終了に持っていく。特に王手狙いの連続攻撃は下手をすれば時間を掛け過ぎてしまう。倒すのに時間が掛かるのであれば倒せなくても撤退するするだけの傷を与えることで戦闘を終わらせる。相手とて死にたくはないだろう。加えていえばここは彼らの陣地だ。撤退すれば助かる可能性は高く上手くすればすぐに復帰することも可能である。
結果、刀弥の狙い通り深手を追った敵達はそれ以上の戦闘を継続することなく一時撤退。彼の目論見通り短時間での戦闘終了と数減らしの成果に繋がっていくのであった。
「いまだ!!」
やがて敵の数がある程度減ってきたところでロアンの合図をきっかけに部隊は敵を振り切ろうと突破を敢行する。
戦力が減り動き回っていたことで疲れの色がでていた敵部隊はこれに追従しきれない。
結局、彼らはロアン達の部隊を止める事ができず離れていく背を悔しげに眺めることしかできなかったのであった。
最も、ロアン達の部隊も余裕があるという訳ではない。むしろ、度重なる戦いで疲労も積み重なっており状態としては満身創痍一歩手前にも近い状態であった。
それでもどうにか振りきれる程度の元気があったのは作戦を必ず成功させるという維持にも似た強い意志とゴール目前の追い込みにも似た力の振り絞りができたからだ。
とはいえ、誰も後はゴールに辿り着くだけとは思っていない。
こういうものは得てして最後の砦が存在するもの。ましてやレグイレムのほとんどの戦力がここに集中しているのだ。最強の戦力が最後に待ち構えていても不思議ではない。
故にここにいる誰もがこの先、これまでの中で一番難しい戦いが待ち受けているという事を確信していたのだった。
やがて、大きな扉が見えてくる。
大きな資材も入れることのできる搬入用のゲートだ。よく見ると天井に逆さになって張り付いている小さな何かの存在があった。どうやらあれが先行させていた偵察用ゴーレムらしい。
偵察用ゴーレムがそこにいるのはゲートの先に入れなかったからだろう。入ろうとすれば扉が音をたてて開き侵入に気が付かれる。故にここで断念したわけだ。
恐らく扉の先は最大の敵が待ち構えているだろう。自然と刀弥の体に力が入っていく。
ロアンが皆を見渡す。見えるのは真剣な表情を浮かべてゲートを見つめる皆の顔立ち。そんな覚悟を決めた彼らの顔を見てロアンは改めて作戦を必ず成功させると心の中で誓う。
そうしてゲートの前に辿り着いた一同。
ヴィアンがゲートを操作をする危機にハッキングを掛けてみると意外な事にゲートの開閉システムにロックが掛けられていない事が判明した。
ロアンの顔を見て確認をとると彼は強く首を縦に振り、開くよう指示する。
それを受けてゲートを開けるヴィアン。間もなくしてゲートが開かれた。
軋むような音をたてて開いていくゲート。一同はその音とゲートの向こうの景色を眺めながらゲートの向こうへと入っていく。
しばらくしてゲートが完全に開いて音が止む。その頃には一同全員がゲートの向こうの部屋へと入っていたのであった。