二章二話「不安と信じる答え」(3)
この町も基本的の他の町と同様だった。洞窟の中に建てられた街並みに、人口の太陽。ただ少し他の町と違うのはこの町では石炭を利用しているという点だ。
刀弥がそのことに気が付いたのは、トロッコ一杯に積まれたそれを発見したからだった。
「あれは何だ?」
ラーマスで見た鉱石と違う種類の鉱石に刀弥が疑問の声をあげる。
その疑問に他の三人が彼の視線の先を眺めた。
「ああ、石炭のことか」
答えを返したのアレン。彼は驚くでも珍しがるわけでもなく、ただ淡々と疑問の正体を口にした。
「石炭? こっちにもあるとは聞いてたけど……」
それはシェナに、自分の世界のことを話していたときのことだ。
刀弥の世界のエネルギー事情の説明をしていたときに、その話が出てきた。
それによると、石炭や石油を始め刀弥の世界で採れるいくつかの資源は無限世界でも採れるらしい。
事前に聞いていたこととはいえ、実際に自分の知っているものが目の前にあるというのは何というか感慨深い気分にさせられる。
辺りを見回してみると、それによって動いているであろう乗り物や機械がいくつか視界に入った。大半は蒸気機関で動いているようだ。
知っている物とはいえ、刀弥の世界では既に過ぎ去った文明ということもあり、やはり興味が出てくる。
再び歩き出した後も、そういう機械や乗り物の傍を通る度に刀弥の目はついついそちらへと目移りしてしまっていた。
そんな風に町を巡る一道。すると突然、シェナがアレンの袖を引っ張ってきた。
「アレン」
「なんだ?」
顔を彼女の方へ向けるアレン。その顔はどこか嫌そうな表情を見せている。
「あれがほしい」
シェナが指差す先、そこには縫いぐるみを取り扱う露店がたっていた。店には可愛らしいデザインの縫いぐるみが綺麗に並び立てられている。シェナの指はそのうちの一つに向けられていた。
「シェナ? ふ・ざ・け・る・な!!」
「ふざけてないわ」
笑みのまま、小さな声でアレンが怒鳴るが、シェナはケロリとしたまま彼に応じる。
「俺たちには、いらないものだろうが!!」
「私が欲しいからいるものよ」
ああ言えばこう言う。そんな二人のやり取りは次第にヒートアップ――主にアレンだけが熱くなって、シェナは平静だが――していき、その騒ぎを聞きつけ人が集まってきた。
さすがにこれ以上目立つのはまずいだろうと思い、刀弥は二人の間に割って入ることにする。
「アレン。人が集まってるから、そろそろ落ち着いたほうがいいぞ」
刀弥の一言にアレンは我に返り、慌てて周りを見た。
「いっそのこと、ジャンケンで決めるってのどうだ?」
「……わかった」
「それでいいわ」
これ以上、説得に手間取っても周囲と刀弥たちに迷惑だろう。
そう判断したのか、刀弥の提案にアレンが素直に頷いた。それを見てシェナも同じく了承する。
そうして始まった縫いぐるみを巡る戦いは、思いもつかぬ展開となった。
四十回連続引き分け。その激しい戦いに、周囲の人々さえ固唾を飲んで見守っていたほどだ。
そして四一回目。遂にその戦いにピリオドが打たれた。その結果、シェナが縫いぐるみを手にすることになった。
観客たちは――お店の人も含めて――祝福の拍手を送り、負けたアレンはうなだれる。そんな彼の肩に刀弥はそっと手を置くのであった。
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縫いぐるみを抱いてご機嫌なシェナが先頭を歩いている。時たま、縫いぐるみを顔の傍まで持ち上げては頬ずりしているのか、ポニーテールの後ろ髪が左右に揺れるのが見えた。どうやら、かなり気に入ったようだ。
一方、アレンは諦めがついたのか、溜息を吐きつつも上機嫌な彼女を喜ばしそうに見つめていた。
「シェナの奴、縫いぐるみが好きなのか?」
「可愛い物に目がないのほうが正しいな。小さいときもそういう生き物を見つけたら捕まえようとよく追いかけてたし……」
刀弥の問いに、アレンは肩をすくめる。
その姿がありありと想像できたので、刀弥は苦笑するしかない。
と、そこへ……
「あ、御免。ちょっと先行ってて」
今度はリアが近くにあった露店へと駆け出していった。
何だろうと刀弥が追いかけてみると、そこは絵を売っている露店だった。リアの瞳はその中のある絵に向けられている。
それは黄色い花が一杯に咲き乱れている絵だった。空は青々と澄んでおり、雲一つない。遠くの方には灰色の尖った山々がそびえ立っている。
刀弥から見ても、それは見惚れる光景だった。
「これください」
リアは迷わずその絵を購入。受け取ったそれをスペーサーの中に収めていった。
「絵が好きなのか?」
「むしろ風景が好きって言ったほうがいいかな。絵以外にもオーシャルの中身を写した写真とかでも気に入ったのがあれば買っちゃうし」
アレンたちのところへ戻りつつ、二人はそんな会話をする。
「ってことは、さっきの奴以外にもいろいろ持ってるのか」
視線を彼女のスペーサーが入っているウエストバッグへと向ける。
「うん。機会があったら見る?」
「ああ」
他の世界に、どんな光景があるのかというのは刀弥としても興味があった。それが綺麗な風景なら尚更だ。迷わず刀弥は首を縦に振る。
そうして二人が、アレンたちに追いついたときだった。
ふと、刀弥が横のほうへと視線を動かす。すると、そこに小さな店があった。
身長の倍ほどもある大きな棚。その中には埋め尽くされるまで詰め込まれた本がずらりと並んでいた。棚の傍には、上の本をとるための梯子もある。
「本屋か」
その呟きと共に、刀弥はその店のほうへ歩いていった。
「刀弥?」
「悪い。すぐ戻る」
そう断りを入れて中に入ると、彼は手近な本を手にとる。読んでみると内容は誰かの手記のようだ。基準時間と共に手記の主の体験したことが書かれていた。
それを閉じて本棚に戻すと、今度はその隣の本を取り出して開いてみる。今度のは冒険記だった。両親を亡くし祖父のもとで剣の修業に明け暮れた少年が旅をしていろいろなトラブルを解決するという内容のものだ。読んでみると戦闘するシーンも多く刀弥好みの内容だ。
それを刀弥は購入することにした。
お金を払い店を出ると、店前で三人が待っていた。
「待たせた」
「ううん。そんなに時間経ってないし……」
「俺たちも、いろいろ買ってたしな」
「うん……」
リアは首を横に振り、アレンとシェナは互いに顔を見合わせてそんなことを言ってくる。
「刀弥は本が好きなの?」
「ああ。物語とかは好きだな」
そうやって刀弥は本の表紙を見せびらかすとその後、その本をスペーサーの中にしまい込む。
「それじゃあ、今度こそ宿屋に行こうか。まだ寄る所がある人はいないよね?」
その問い掛けに、誰も頷く者はいない。そうして彼らは、宿家探しを再開するのだった。
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「すいません。部屋空いてますか?」
宿屋に入ってすぐにリアが、元気な声でカウンターに向かって訊ねる。
「二人部屋なら、二つ空いてますよ」
「あ、じゃあ、それで」
そうして鍵を受け取ったリアが戻ってくると四人はそのまま、部屋へと向かう。
部屋に辿り着くと刀弥とアレン、リアとシェナに別れて部屋に入っていく――筈だった。
「……アレン」
部屋に入る直前、シェナが相棒の名前を呼んだ。その途端、アレンの体がピクリと大きく震える。
一体どうしたのだろうと刀弥とリアが二人の様子を見守っていると……
「私、アレンと一緒の部屋がいい」
唐突にシェナが、そんな衝撃的な発言をしてきた。
その発言に刀弥とリアは目を見開き、アレンのほうへ問いの視線を投げかける。
「え、え~っと、これはだな……」
アレンはどうにか刀弥たちに説明しようと口を開くのだが、上手い言葉が見つからないのか、しどろもどろになっている。
仕方なく、騒動の原因を作った本人に直接理由を訊ねることにした。
「シェナさんは、どうしてアレンさんと一緒の部屋がいいんですか?」
するとシェナはこう答える。
「アレンのほうが安心するから……」
なんてことない。ただ、単純に安心できる人の傍で眠りたかっただけらしい。
しかし、だからといってアレンとシェナを一緒の部屋になるのを刀弥は許す訳にはいかない。それは同時に刀弥とリアが、一緒の部屋に泊まることを意味しているからだ。
「だけどな――!?」
そうして刀弥が口を開こうとする。しかし、その口をいきなりリアに塞がれてしまった。
突然のことに驚く刀弥。だが、すぐさま彼はリアの意図に気が付いた。彼女はアレンとシェナを同じ部屋にしようと考えているのだ。
何を考えてるんだと思いながら、急いで刀弥はリアの拘束から逃れようと抵抗する。けれども、リアもまた抑えこむのに力を込めているのか中々逃れられない。
そうこうしているうちにリアはアレン達のほうを見ると、刀弥の予想通りの言葉を彼らに向けて発するのだった。
「そういうことなら、アレンさんとシェナさんで一緒の部屋に止まってください。久々に二人っきりで話したいこともあるでしょうし……」
「え、いや、でも……」
彼女の提案に迷うアレン。だが、その間にも話はどんどん進んでいく。
「リア、ありがとう」
「いえいえ」
アレンを置いて女性二人の間で決められていく新たな部屋割り。こうなると元の部屋割りに戻すのは難しいだろう。
結局、男性二人は共に溜息を吐いて彼女たちの決定を受け入れるしかなかったのであった。
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「全くお前は……」
男女一組ずつに別れた後、自分たちの部屋に入ったアレンはぶつぶつと文句を漏らしながらベッドに腰掛けた。
ベッドに横になっているシェナはそれを耳に入れるだけで反応は返さない。どうせじきに収まることはこれまでの付き合いで既にわかっていることだからだ。
「あれ、絶対誤解されてるぞ」
その意味についてシェナは少し考える。そうして出てきた結論は別に構わないというものだった。
「別に構わない」
「いや、お前なぁ」
呆れるアレン。だが、シェナとしては本当にどうでもよかった。
大事なのは自分とアレンが互いにどう思っているのかのその一点のみ。他の人が自分たちのことどう見ていようと彼女にしてみれば関係ないのだ。
「ああ!! もういい」
突然、叫んで座り込むアレン。彼は座り込むと同時にスペーサーから以前製作していた魔具を取り出した。
恐らく以前の製作の続きをするつもりなのだろう。
そんな彼の作業をシェナは起き上がって眺めることにした。
「どうなの?」
どうなのとは、もちろんその魔具の製作の進捗状況のことである。
「もう少しで形にはなるな。そこから先はテストと調整の繰り返しだ」
作業を続けながら、アレンがシェナの問いに答えた。
大抵、ほとんどの道具は設計、製作、テストと調整をえて完成する。現在はその製作を終えようとしている段階だということだ。
「明日までは完了させたいところなんだが……徹夜になりそうだな」
そう呟きながら時間を確認するアレン。その表情はどこか楽しそうだ。
「……アレン。頑張って」
無茶をしないでとはシェナは言わない。彼はシェナのためにできる範囲の限りで精一杯頑張っているのだ。
自分のためにそこまでしてくれる。その事がシェナにとっては嬉しかった。
だから、心配はしない。その代わりに彼が頑張った分だけ自分がそれに報いる。そうシェナは心に決めていた。
「ああ、できたらテストは頼むな。使ってみた感想も」
「わかってる」
彼が作り、自分が使う。自分が彼を守り、彼が自分を支える。それが二人の関係だ。今までも、そしてこれからもずっと変わることのない自分たちの関係。
「……アレン」
唐突にシェナがアレンの名前を呼んだ。それと同時に彼女はベッドから降りて立ち上がる。
「何だ?」
名前を呼ばれ、アレンが首だけシェナのほうへと振り返った。
視線が外れているにも関わらず作業の手が止まる様子はない。その辺は既に手馴れているということなのだろう。
「これからもずっと一緒……」
そう言ってシェナは膝を曲げて高さをアレンに合わせると、そのまま後ろから彼に抱きついた。
一緒にいるのが当たり前の関係。それがシェナが望む彼との関係だった。
愛や好きというものがどういうものなのか、彼女にはよくわからない。
けれども、これだけは、はっきりしてる。アレンとはずっと一緒にいたい。それだけは嘘偽りない彼女の本心だった。
「何を言ってんだ? 当たり前だろ」
彼女の行為にアレンは特に驚いた様子もない。ただいつも通りの声色でそう返すと、再び視線を作業している手元へと戻した。
それを聞いてシェナは嬉しそうな顔を浮かべる。
そして彼女はおもむろに体を離すとそのままゆっくりと立ち上がった。
「刀弥たちに、アレンは篭もるって伝えてくる。ついでに夕食何か持ってきてもらえるものがないか見てくる」
「ああ、悪い頼む」
アレンの言葉にシェナは頷きを返す。
そうして彼女は部屋から出ると雑音が中に入ってこないように己が開けたドアをゆっくりと閉めるのだった。
――――――――――――****―――――――――――
刀弥たちの部屋へと向かうシェナの足音がアレンの耳に届く。
「全くあいつが、そんなことをしようとするなんて……今夜は雪でも降るかな。ってここは常に雪が降ってるんだったな」
そんなことを呟きながら、アレンは作業を続けていた。
作業に熱中しながらアレンはふと、過去を思い返す。それは二人が旅立つ少し前の話だった。
その頃はまだ自分がいろんな世界を回るなんて夢にも思わず、ただ普通の生活をしていくものとばかり思っていた時だった。
そんなある日、シェナが自分に話があると言ってきたのだ。
常日頃から高い実力を持てど、何を考えているかわからない幼馴染が話があるという事態にアレンが驚いたのは言うまでもない。
興味本位もあって、アレンは彼女の話を聞いてみることにした。まさか、その話が自分の人生に大きな影響を与えるとは思いもしないで……
そうして彼女が話してきたのは、いろんな世界を巡る旅をしようと思っていること、その旅にアレンも一緒に行かないかという内容だった。
当然、アレンは当惑した。彼女が旅に出ようという話にもビックリしたが、何よりその旅に自分も誘われたということに彼は意表をつかれたのだ。
何故、自分を誘うのかとアレンはシェナに尋ねた。彼女の実力なら、いろんな世界を旅することは不可能ではないだろう。だが、自分がいては足手まといを増やすことになり、リスクだけが増える。彼女だってそれはわかっているはずだ。
その疑問の答えはシンプルだった。アレンがいないと、何もできないからだそうだ。これにはアレンも脱力した。けれども、考えてみれば当たり前だ。
戦闘能力こそ高いが、それ以外下手すれば一般常識すら疎い彼女を散々アレンがフォローしてきた。彼女が一人で行ったところで、その部分で問題が生じる可能性は十分あり得るだろう。
そのことに呆れると共に、彼女が自分を必要してくれるという事実にアレンはつい喜びを感じてしまった。
時間を貰い、いろいろ悩んだ末に出した返事はイエス。その返事にシェナは嬉し泣きまでして喜んだのは言うまでもない。
そうして今……
いろいろと大変な事もあったが、アレンとしては楽しい日々を過ごしていた。
シェナの方面では結構苦労しているが、もはやここまでくると諦めるしかない。
長い付き合いだ。これからも溜息を吐きたくなるような事態を自ら巻き起こしていくのだろう。
けれども、そんなシェナとこれからも一緒にいたい。そんな思いをアレンは抱いていた。
ふと、アレンは手を止めて自分が制作している魔具を見下ろす。
シェナに誘われ悩み抜いたあの時、一つだけ己に誓ったことがあった。余りにも恥ずかしすぎる内容でシェナにも語ったことはない。
だけども、アレンがその誓いを忘れたことはこれまで一瞬たりともなかった。
――いつか必ずこの誓いを果たす……
その思いを彼はずっと胸に刻んでいた。
――そういえば、シェナの銃の定期チェック。もうじきだな……
思いがけず思い出したその事。
シェナの銃は彼女の使い方に対応できるようアレンの手によってチューンナップされ、ているので、そう簡単に壊れることはない。だが、それでも通常の使い方と比べると部品が磨耗する頻度は高く、部品交換の回数も多い。
もし戦闘中に銃が壊れれば、その瞬間シェナは追い詰められてしまうだろう。
そうならないように定期的にチェックしているのだが、その定期日がもう時期だということだ。
最近、かなりの数のモンスターと戦っているので、銃はかなり磨耗しているはずだ。今回はやらないという選択肢はない。
「やることが多いな」
一旦、体を伸ばすアレン。次に体を捻ってみると、関節の鳴る音があちこちから聞こえた。
「さあてと、続きを始めるか」
そうして彼は製作の続きを始める。
それから少しして、シェナが夕食を運んできた。どうやら自分の分も持ってきたようで夕食は久しぶりに二人っきりで食べることになった。
その後、シェナは風呂に入って眠りにつく。だが、アレンは眠ることなく、そのまま作業を続けていた。
明かりはついたままの上、作業の音も抑えているが多少漏れている。だが、シェナが起きる気配はない。
以前からこういうことは度々やっていたので、シェナのほうも慣れてしまっているのだ。おかげでアレンの方も気にせず作業を続けることが出来た。
さすがに刀弥と同じ部屋だった場合、こんなことはできなかっただろう。その点では彼女の我儘に感謝するしかない。
結局、アレンの作業は朝方まで続くのであった。
本来ならもうちょっと短くなるはずが、少し話を加えたらかなりのボリュームになりました……
おかげで、シーンを一つずらすことになりました。
08/18
文章表現の修正
12/06
文末の修正と文章の修正。
特に部屋に入った後のアレンとシェナのシーンを何とかアレン視点とシェナ視点に分けました。