九章二話「森林戦」(3)
ロアンの風弾によって倒れたゲイウス。その様を眺めながら刀弥は地面に足をつけた。
彼が先程行ったのは大剣の切断。刀と大剣が接触すると同時に斬波の足場を生み出し空中で自分自身を支えると大剣の腹側から刀で大剣を斬りつけたのだ。真横から斬る形なので真っ向から力のぶつかり合いになる事はなく、それ故に刀が折れる事はなかった。
とはいえ簡単な事ではない。横から斬るという事は動く大剣に刀の刃を合わせるだけでなく引く際にその速度を上回ってなければならないからだ。
刀は当てるだけでは斬ることができない。刃をものに当て引いてようやく斬ることができるのだ。
刀弥は刀を引く際、全身を回転させた。本当なら身を後ろにも下げたかったがそうなると未だ前進中の乗り物と衝突するタイミングを早めてしまう。故に今回は後退はしなかった。
地面に接地すると同時に刀弥は右へと飛ぶ。武器を壊し隙を晒した以上、背後の仲間がその隙を見逃すはずがない。それに今は横に逃れないと自分の身が危険でもある。
背後の乗り物は現在も前進中。もしその場に居続けたら自分がその乗り物に轢かれる事になるからだ。だから刀弥は右へと大きく跳躍して乗り物の進路から逃れる事にした。
背後を通り過ぎていった乗り物は刀弥を拾うために少しして停止。ドアが開くと中からレリッサが早く乗れとばかりに顔を覗かせてくる。
それに刀弥は足早に向かうことで応答とすると刀弥が乗り物に乗るのと同時に乗り物は再び動き出した。
刀弥が周囲を見てみるとどうやら味方は多くがまだ無事のようだ。乗り物が壊された組もいるがそれらは席の空いている他の味方が回収を終えている。
そんな状況に心の中でほっとする刀弥。とはいえ、まだ油断はできない。なにせ戦いはまだ続いているのだ。
統制のとれた俊敏な獣達が枝を飛び移って近づいてくるのが見える。それと共に茂みの向こうから乗り物に乗った敵兵達の姿が現れた。加えてそれと一緒に巨大ゴーレムの姿もある。
再び現れた敵部隊に身構える襲撃部隊の面々。そうして両者が攻撃の射程範囲に入ろうというその時――
突如、敵部隊が爆撃を見舞われた。
上る火柱。巻き上がる土煙。それが幾度も敵部隊のいる一帯で繰り返される。
その光景に一瞬呆然とした刀弥。だが、すぐに上空を飛ぶ影に気が付き視線を上げる。
空を飛んでいたのは細長い胴体に翼を生やした銀色の乗り物だ。胴体部分は車輪を取っ払ったバイクのような形状をしており前タイヤにあたる位置の部分まで前部分が伸びている。翼はコウモリの翼のような形状で先の胴体部分と合わせてみると、その姿はまるで物語に出てくる飛竜ようであった。
銀色の乗り物は森林のすぐ上を低空で飛行して移動している。そして敵の上空を通り過ぎる直前、何かの魔具を投下しそのまま通り過ぎていった。投下されたのは爆発の力を持った使い捨てタイプの魔具のようだ。条件式か時限式かはわからない。けれども、高速で飛行しているにも関わらず敵の真上に投下できるというのはパイロットの腕がかなりいいという証拠である。
次々と響く爆発。それに伴い昇る土煙の数も増えていく。
敵も新たに現れた空を飛べる乗り物を駆る一団に驚いているようだ。心なしか攻撃の密度もまた弱まっていた。
それをチャンスと見てヴィアンは乗り物の速度を上げる。それを見て他の仲間達の乗り物も速度を上げた。
木々のように立つ敵の横を右へ左へと避けながら敵の森を突き進む乗り物。敵がようやく我に帰った時には大半が敵の森林の半分を切ったところだ。
慌てて攻撃を放とうとするが、そのタイミングで再び爆撃が襲ってくる。
爆撃が直撃し吹き飛ぶ者もいればその爆撃の爆発のせいで視界が遮られて攻撃できない者もいる。
悔し紛れに上空を飛ぶ銀色の乗り物に射撃を放つも者もいるが、相手が速すぎるせいで当たらない。むしろ、それが原因で爆撃のターゲットにされるという事態が起こっていた。
そんな中、ヴィアンが操る刀弥達の乗り物は敵の陣営のほとんどを抜けていた。残すはファーブアルのみ。
だが、そのファーブアルがやっかいだ。枝伝いに飛び移って移動しているため射撃の狙いはつけづらい上に恐ろしく連携が上手い。
今もリアとロアン、レリッサの攻撃を三体が引きつけた後、死角から別の一体が仕掛けるという連携を行ってくる。
だが、その攻撃を刀弥が許さなかった。直前になって死角の存在に気が付いた彼はそこから攻撃が来ると予期し急いでフォローに入ったのだ。襲い掛かる爪を刀を使って外へと弾く。
それによって体勢の崩れたファーブアル。後はがら空きとなった胴体に返す刀を叩きこむだけだ。
胴体に刀の刃が入りそこから血を吹き出すファーブアル。そこから先は地面をバウンドするだけだの運命だ。もちろん、乗り物に乗っている刀弥がその光景を肉眼で見ることはない。ただ斬った時の感触からファーブアルは死んだというのは確信していた。
と、そこへ頭上から一〇体ものファーブアルが襲い掛かってくる。
それに反応して迎撃に動く刀弥達。とはいえ、敵の方が数が多い。リアが火球の群れでどうにか数を稼いでくれたがそれでも三体は迎撃を突破し爪を振るってきた。リアが左肩と頭部、ロアンが右手に怪我を負う。
「きゃう!?」
「くっ」
爪を受けてバランスを崩すリアとロアン。特にロアンは後ろにレリッサがいた事もあって転倒の際に彼女を巻き込んでしまっている。
そのまま乗り物上に乗った三体。そのままリア、ヴィアン、ロアンに向って牙を突き立てようとする。
ロアンは装備していた手甲で防御。手を口の中に突っ込ませる事で体を庇う事に成功した。ヴィアンはレリッサが辛うじて投げた短剣のおかげで危機を脱している。
そして、リアの方はいうと刀弥が彼女を庇った事で負傷を避ける事ができていた。ただ代わりに刀弥が負傷することになったが……
「っ!?」
傷を負ったのは左腕の上腕。そこにファーブアルの牙が深く突き刺さっている。
一瞬、痛みで顔をしかめる刀弥だが、それでもそれを意思で振り払いファーブアルに向って刀を振るう。
鮮血。それでリアを襲おうとしたファーブアルは絶命した。後は蹴飛ばして乗り物から振り落とす。
顔を上げればさらにファーブアルの群れ。どうやら戦力を集中して自分達の所を確実に落とすつもりのようだ。
「この動き……きっと、あの人が操ってるんだ」
そんなファーブアルの動きを見て、以前戦ったカルリィの事を思い出すリア。
「知ってる奴なのか」
「王都で会った敵。あの時も獣を操っていた」
ならば、その可能性が高いだろう。
刀弥は軽く辺りを見回してみる。だが、見えるのは生い茂った木々ばかりでそれらしい人影はどこにも見つからない。
「どこにいるんだ?」
「動きから見て俺達の事を見ているのは間違いないんだがな」
刀弥の呟いた言葉に反応するロアン。
確かにロアンの言う通り、ファーブアルの仕掛ける動きは随時細かく変わっている。これはこちらを見てなければできない事だ。
「どうするんだ? あの様子だとほっといた方が厄介な気がするけど」
ファーブアルの動きを眺めつつそんな問いを仲間に放つ刀弥。すると、そんな彼の問いにヴィアンが応える。
「……そうね。それじゃあ、こういうのはどうかしら」
そうしてからヴィアンは皆に己の計略を話したのであった。