八章三話「救援」(14)
王都に大きな閃光が上がった。
突然、上がった閃光にラクロマの軍達は驚き、ほとんどがその閃光へと目を向ける。
一方、レグイレム側はと言うと閃光が上がったのを確認した途端、撤退を開始。それぞれが特定の地点へと集まるとそこに飛空船が舞い降りてきた。
飛空船は着地することなくホバリング。その状態のままハッチを開くとレグイレムの兵達はすぐさまそのハッチから中へと乗り込んでいき、そうしてそれらが終わると浮上、一部は王城へと向かい残りは王都から離れ始めた。
無論、軍も黙って見送るつもりはない。指示を飛ばしそれぞれに動ける飛空船を向かわせる。
けれども、その追撃も間に入った新手の妨害によって中断。かくして二箇所とも取り逃がす結果となったのだった。
ルードが閃光に気が付いたのはロレットによって通路へと吹き飛ばされて少し経った時だ。
唐突、王城まで届いた閃光の光に軍側はもちろんルードも驚くが、直後には作戦の事前説明時に連絡の説明としてあの閃光を見たのを思い出す。
選考の内容は『撤収』。つまり、引き上げるという合図である。
この合図にルード、ベリーヌ、ゲイウスは驚愕した。本来であればこの閃光は王城に攻めている自分達が目的を達した――あるいは不可能と判断した際に――使うはずのものだからだ。だが、今閃光の下にあるのは王都。つまり、本来閃光が上がるはずのない地点である。
なんらかの間違いか。まず最初に頭に浮かんだのはそんな可能性。しかし、その可能性は王城に近づいていくる音によって否定されてしまう。
『どうする?』とゲイウスやベリーヌに視線を投げかけるルード。笑みも混ざったので相手から見たら挑発しているようにも見えるかもしれないがルードにそんな意図はない。ただ、『作戦は未達成だけど帰るのつもりなの?』と言っているだけである。
そんな視線に対して二人は悔しげながらも頷きを返す。それが答えだった。
「残念。ここまでか」
そうこぼしてルードはゴーレムを召喚。彼らにロレットとその他の大勢の足止めを任せると残りのゴーレムで負傷者を回収して開いた穴から屋根へと脱出。そのまま王都側の方へと駆けていった。それにベリーヌやゲイウス、動ける者達が着いていく。
彼らが王城の端に辿り着くのと飛空船がやってきたのは同時だった。
飛空船は到着前にハッチを開放。それをルード達の方に向けるとそこにルード達が飛び移っていく。
やがて、全員が飛空船に乗り終えると飛空船はハッチを閉鎖。上昇を開始し王城から離脱していったのであった。
「……それで一体、何があったの?」
飛空船が安全な場所まで逃れたのを確認して、ルードは開口一番にオルドラにそう尋ねた。
彼の後ろにはゲイウスやベリーヌの姿もおり、その視線は彼の問いと同じ疑問の色を見せている。
「何がとは?」
「はははははははは……とぼけないでほしいな~。あの閃光はどういう事なのかって聞いているんだよ。確かにあれが撤収の合図だというのは聞いてたけど、あの信号を渡されたのは僕達の時点で僕達が決めると思ってたんだけどな~」
今回の作戦の目的は王城のデータベースに辿り着きデータを入手する事。ならば、続行可能か不可能かを決められるのはその場にいる面々である事になる。間違っても王都という事は有り得ない。
「……レグナエル様からの直接の命令だ。俺に拒否権があると思うか?」
だが、オルドラは怯むことも焦る事もなく淡々とその理由を答えた。
彼が返した意外な返事。その内容にゲイウスとベリーヌは目を見開く。
「……誰だっけ?」
一方、ルードは出てきた人物名が誰なのかわからず首を傾げるしかなかった。
「…………前にも言ったはずだ。我々の組織のボスだと」
「……おお!!」
その返しにポンと手を打つルード。それでようやく思い出したらしい。
「とにかく彼から直接の連絡で撤収の命令が来た。だから、我々がもしものための閃光弾で合図を送った」
「……ふ~ん。なるほどね~……ところでその組織のボスがどうして撤収の命令を出したの? その辺何か聞いてないのかな?」
王都から閃光が出た理由はわかった。けれども、今度はそのボスが何故この作戦に直接口を出してきたのかという新たなが疑問が出てきた訳だ。
オルドラはその辺の事情はなんとなく推測できていたが、内容がないようなので部外者のルードに話す訳にはいかない。特に今回は折角の気分良く暴れていた所に横槍が入って不機嫌な状態ときている。言えばトラブルに成る可能性が高く、それ故に話す事が得策であるとは言えなかった。
「さあな。俺も聞いてみたが教えてはくれなかった」
「……へ~、そっかー」
それっきりルードは黙ってしまう。チラリとゲイウスとベリーヌの方は見ると二人はどこか不満そうな色は滲ませているものの納得の表情を浮かべていた。どうやらボスの名前がかなり効いているようだ。この様子ではもう抗議をすることないだろう。
やれやれと言った感じで息を吐くルード。結局彼は自力で疑問を解くことにした。と言っても大体の予想はつく。
要はこの作戦自体が囮だったという事だ。本命の作戦が別に存在しそこへの救助を断つためにこの王都、王城襲撃があったという訳である。
別にその事についてルードが怒りを覚えることはない。自身が部外者である以上、扱いがそれ相応なのは仕方がない。ルード自身もそれを承知しているし、時によってはその立場を利用して好き勝手もやっている。だったら、その立場故に隠し事や利用される事については仕方がないと考えているのだ。
が、それとは別に相手の隠している事に対する好奇心はやはり湧いて出てくる。特に今回のような大きな騒動が囮であるなら尚更だ。何故ならそういうケースの場合、本命はそれ以上の規模であることが多いからだ。
どうやって探っていくかその手法について考えを巡らせるルード。
とりあえず今まで彼が立ち寄った施設にその手の情報がないのは確かだ。なにせルード自身がその目で――密かに――確かめたのだから。そうなると後は誰かの口を割らせるか情報のありそうな場所へ行くしか――。
否。と、ここでルードはふとある可能性に思い至った。厳重に秘密にされた情報。注意を引く相手がこの世界を統べるラクロマであった事。そして、王都、王城を囮にした以上、得られるのはそれ以上の価値がある所。その場所にルードは心当たりがあったのだ。
「……あ~、ひょっとすると遊んでいる場合じゃなくなるかもな~」
一人小さくそんな愚痴をこぼすルード。無論、彼のそんな独り言を聞き咎めた者など誰一人いない。
オルドラ達はオルドラ達でこの後の予定について話し込んでいるし、他の人達も疲労困憊で独り言など聞き取る余裕などない状態だ。
現在、彼らを乗せた飛空船はラクロマ内にある秘密基地へと向けて航行している最中。以降については指示次第となるだろう。と言ってもルードがそれに付き合う必要はない。
必要ならここで降りてもいいのだ。
「――うん、そうするか」
行動方針を決めてルードは頷く。そうして彼は飛空船の貨物室へと向かおうとした。
「おい、馬鹿。何をする気だ?」
そんな彼の行動に気が付き急ぎ近づいてくるオルドラ。
「いや、僕はこの辺で下船しようかなと思って」
「……相変わらず唐突なだ」
ルードの返事は相変わらず唐突な内容だった。そんな彼にオルドラは怒るでもなくただため息を吐いて応じる。
「いや~、ちょっとやりたい事ができてね」
「……わかっているとは思うが、お前もラクロマにマークされているのだぞ?」
つまり、そんな危険な状況の中でやらなければいけない事なのかと問い掛けているのだ。
彼の問いにルードの返答はこうだった。
「それが?」
「……おい。ハッチを開けろ。早くしないと自分で壊して出て行かねかねないぞ」
返事に対する反応もないままハッチの開放を命じるオルドラ。彼の返答に呆れ過ぎて言葉を返す気力すら失せてしまったのだ。
彼の指示を受けて部下が貨物室のハッチを開く。
「それじゃ~。お世話になりました~」
そう言い残して彼は貨物室へと降りていく。後はハッチから飛び降りてその後は好き勝手に動きまわる事だろう。腕を失っている状態であるが、彼ならラクロマの軍相手でも生き残れるであろうし……
「やれやれ。ようやく静かになるな」
ルードが去って少し経った後、そんな一言を呟くオルドラ。
こうしてルードはレグイレムと別行動をとることになったのであった。