八章三話「救援」(13)
地響きと轟音が天井と壁の岩を震わせる。
振動によって欠片を零していく岩壁。そうしてそれが止んだ時、レグナエルの目前には開かれた壁とその先の光景があった。
壁の向こうは扉だ。けれども、その材質は自然のものでもなければラクロマでよく用いられているものでもない。
光沢を放ち綺麗に角張っている以上、加工されたものは明らかだ。だが、このような素材、ラクロマのどこに行っても使われていないことをここにいる者達は知っている。
「これがラクロマが秘匿し続けていたものの正体ですか」
表情も声色も変えないまま主に確認をとるレナス。
「その通りだ。この遺跡はラクロマと二の世界エンデがゲートで結ばれるよりもさらに前――全ての世界がゲートによって完全に結ばれていた時代に造られた遺跡だ」
その問いに彼女の主は応えた。彼の応えを聞いて後ろに控えていた部隊の面々は驚愕し次に奥の景色に感嘆する。
「遥か昔の時代だ。全ての世界はゲートによって繋がれていた。知識や技術、人や物にさらには情報。様々なものが世界間を行き交いあい世界は一つの文明として成長し続けていた。しかし、その文明は一つの強大な災害によってあっけなく滅んでしまう」
そこまで言った後、レグナエルは歩き始める。それに気付いて後を追いかけていくレナス達。
「ゲートが乱れ閉じ、いくらかの世界はそのまま消滅すら至った大災害。当然ながらほとんどの世界は荒廃してしまった。その恐ろしさは当時の文明の遺跡がほとんど見られない事からも伺える」
その言葉に絶句する部隊の面々。ただ一人レナスだけは表情も感情も変えない。
「現在、この文明の存在に気が付いている国家は極少数だ。まあ、無理もない。なにせ痕跡がほとんど見つからない文明だからな。痕跡がないなら存在したとすら思わないのも仕方ないだろう。我々がこの文明の存在を知り得たのも偶然の産物だしな」
それはとある世界で秘密基地を建造がてらに見つけられたものだった。
レグナエルが来た時には侵入者排除の仕掛けはあらかた片付けられていたが、報告ではかなりの被害がでたそうだ。
強力な兵器に今の時代よりも遥かに高度な技術が使われた形跡のある文明の遺跡。
すぐさまレグナエルはこの遺跡の存在をレグイレム内にも秘匿する事にした。外部に漏れるのを防ぐためだ。当時からレグイレムは各国家から危険対象として認定されており、仲間が捕まったりするのは日常茶飯事だ。そのため、レグイレム内全員が知っている情報については時間差はあれど敵対国家も知る事となってしまう。
遺跡の存在を知れば敵国家としては――自国の発展、レグイレムの妨害などの多数の動機があるがいずれにしても――是が非でもこの秘密基地を襲撃し遺跡を奪還しようとするだろう。
「ともかく私はその文明の存在を知り、その力を手に入れようと思った」
「で、では、ここの襲撃もその力を手に入れるため……」
レグナエルが口にした野望に思わず一人の部下が思わず口を挟む。
その事にレナスが口を慎めとばかりに睨むため振り返ろうとしたがが、それよりも先にレグナエルがその言葉に応答を返えした。
「半分正解だが、ここに来た主目的ではそれではない。そもそも持ち出せるものは既に別のところに運んでしまっているだろう」
「では、一体何を主目的に?」
新たに生まれた疑問。その疑問をレナスが代表して口にする。
その問いを聞いてレグナエルは思わず笑みを浮かべ、それからこう答えた。
「持ち出せるものはもう残っていない。ならば、残っているのは持ち出せないものだ」
「つまり、レグナエル様の目的はその持ち出せないものを手に入れるという事ですか? しかし、どうやって手に入れるつもりなのですか? 持ち出せないから軍もここに置いたままなのでしょう?」
当然の疑問である。
ラクロマの軍が運べないものをこの人数で運べるわけがない。ここにいる面々はかなり鍛えられており実力も高いが、それは戦闘に限定すればの話。通常の荷運びぐらいならどうにかなるが、大掛かりな荷物――それも恐らく専門的な技術や知識が必要とされるようなもの――となるとさすがにお手上げである。
そんな彼らの指摘にレグナエルはこう応じた。
「こいつを使う」
そう言ってレグナエルが掲げたのは黒い宝石の付いた腕輪である。
「それは?」
「我々が確保している遺跡から回収したものだ。効力はスペーサーと同じ。だが、問題はその容量。実験によると二〇〇体ものゴーレムを一度に収めることができたらしい。これならどうにか持ち出せるだろう」
その返答に納得の頷きを返す面々。その間に彼らは遺跡の中へと入っていく。
中に入った途端、レグナエルとレナスを除く一同が絶句する光景が広がっていた。なんと、遺跡の中が外観と矛盾した広さをもっていたからだ。
彼らがいるのはどうやら通路のようなのだが、その通路が広すぎる。道幅だけで外から遺跡の大きさの半分程もあるのだ。ざっと見た感じ巨大なゴーレムでも余裕で横に並べる事ができる広さである。
光を降り注がせる天井はかなり高い位置にあり、手を伸ばそうがジャンプしようが、果てはものを投げようが届く気がしない。
そんな膨大な空間を呆然と見渡す第零部隊の兵達。そんな彼らの様子を見てレグナエルは満足気な笑みを周囲に気付かれないように浮かべた。そうしてから彼は歩みを進める。
進む足に淀みはなくいつの間に彼の眼前には半透明のウインドウが浮かび上がっている。どうやって入手したのか、どうやら映しだされているのはこの遺跡の地図情報らしい。それを頼りに一同は遺跡の中を進んでいく。
天井と壁、床の一部が時折淡い明暗を繰り返す通路。それはこの遺跡が今も稼働しているという事を示しているのだが、それにしては侵入者に対する反応がない。恐らくらラクロマの軍が警備システムを止めたか、戦力を全滅させたのだろう。
「……しかし、持ち出せないものとはどのような兵器なのですか?」
そんな中を歩きながら部下が新たな疑問をぶつけてくる。彼の問いはここにいる皆が抱いているものだろう。
その事を内心で苦笑しながらレグナエルはしかし、首を横に振って答えた。
「勘違いがあるようだな。私の最終地点はここではない」
「……は? どういう事でございますか?」
訳が分からず尋ね返す部下。その驚きの表情はレナス以外は皆同様であった。
そんな彼らの反応にレグナエルは微笑みを返すと次に疑問への回答をする。
「ここにあるのは兵器ではない。装置だ。それもとある人工世界に行くためのゲート装置だ」
「「!?」」
その回答に息を呑む一同。レナスでさえ目を細め興味を持つ有り様だ。
「かの文明は人工的な世界やゲートすら作れる技術を持っていたというのですか!?」
「我々が見つけた遺跡から解析した情報に書かれていた。極狭い領域な上かなりの資材と労力が掛かるようではあるが可能だったらしい。その人工世界は言ってしまえば基地の役割を担っていたようだ。兵器の製造施設に兵達が暮らすための住居設備に食料の自給自足。完全にその世界単体だけでも活動し続けられるように設計されていたようだ。そして有事の際はゲート装置を用いて兵力を送り敵と戦ったという訳だ。ゲート装置さえ事前に配置しておけば距離や世界を無視してすぐに部隊を送る事のできるというのはなかなかに便利そうではあるな」
例えば強力な部隊が一隊あったとしよう。どれだけ強力であろうと一つしかない以上、物理的にかなりの距離が離れている二箇所へと同時に急行する事はできない。距離が離れているため、片方を早期に片付けもう片方へと向かうというのも難しい。
けれども、ゲート装置があるなら後半の『片方を早期に片付けもう片方へと向かう』という手段をとることが可能になるのだ。これは物理的な距離だけでなく世界を隔てていても構わないのである。防衛や補給がかなりやりやすくなるだろう。そうでなくて任意の世界の任意の場所へ行くことを可能とする技術だ。これが復活すればこの無現世界の社会が大きく流動する事は間違いない。
無論、レグイレムとしても確保できればいいことずくめだ。人員の派遣や補給に脱出や密入。悪用する方法はいろいろと考えられる。
「…………」
考えれば考える程広がる可能性。その可能性に部下達は想像を巡らせる。が、ふとある可能性が頭の中に思い浮かんだ。
「で、ですが、その装置は今も正常に稼働するのでしょうか?」
そうなのである。ほとんどの文明が消え去ってしまった大災害。そこからどうにか消滅を免れたが、だからこそ五体満足で済んでいるはずがないのだ。良くて故障。最悪は完全破壊していてもおかしくない。
その不安に対してレグナエルはこう答える。
「残念ながら故障はしている……が、我々の遺跡で設計情報が見つかっているので直す事は可能なのだ。一から製造する事まではまだ無理だがね」
「そ、そうなのですか」
とりあえずここで空振りになる事だけはない事を知り安堵する部下達。そうこうしているうちに一同は遺跡の最奥までやってきた。
目前には巨大な扉。レグナエルがそこに立つと扉は横へとスライドして開いていく。
徐々に見えてくる最奥の光景。その光景に部下達は目を見開く。違うのは無表情のレナスと歓喜の表情を浮かべているレグナエルだ。
「ああ!! 見つけたぞ。あれがゲート装置だ」
そうしてレグナエルは今回の作戦の目的を達成したのであった。