二章二話「不安と信じる答え」(2)
翌日の朝……
いつものように刀弥は剣術の修行をしていた。
傍には、一緒に見張りの番をしているリアが座り込んで彼の修行風景を見学している。
本日は素振り。風を斬る音が、何度も洞窟内に響き渡る。
反響するその音を耳にしながら、刀弥はただ一心不乱に刀を振り続けていた。まるで己の内にある不安を振り払うかのように……
己の剣術が銃に敵わないのではないか。
そんな不安が刀弥の中で日に日に大きくなっていた。
先日の戦闘で動きが鈍ったり注意が散漫になっていたのもそれが原因だ。
刀弥の世界では銃の誕生と発展と共に剣はその存在意義を失い、徐々にその姿を消していった。
それ故に、彼の中には剣が銃に劣っているのではという考えが密かにあった。
何度も否定しようとしたが、否定しても時間が経てばまた浮かび上がってくる。まるで切ればまた生えてくる植物のように……
そして、シェナたちと出会ったことでその不安が一気に膨れ現在の状態になったのだ。
特に高い技術を持つシェナは刀弥にとっては決して超えられない壁のように見えていた。
そんな精神状態では彼の意識が体を動かすことに集中することなどできるはずもない。当然のように体の動きは悪くなる。それは今の素振りも同様だ。
体が重く感じる、息がすぐに上がる、何より集中を維持できない。
いつも通りに振っているだけのはずなの、進歩どころか後退しているように感じてしまう。
その事実に内心焦りどうにかしようと力を入れるが、それがさらに動きを悪くするという悪循環に刀弥は陥ってしまっていた。
「刀弥。大丈夫?」
彼の顔色が悪いことに気が付いたリアが立ち上がり近寄ってくる。その声に刀弥は我に返った。
「あ、ああ……」
そう返事をしながら刀弥は汗を拭う。心なしか、いつもより汗の量が多い。
「……心に不安がある」
そこに突然、刀弥でもリアでもない声が響いた。
声のほうへと振り返ると、そこには寝ているはずのシェナが目を開けて体を起こしているところだった。
「起きていたのか」
「さっき、起きた」
そう告げながら彼女は起き上がる。
「刀弥に不安があるって言っていたけど……」
「不安が彼の心を縛っている。だから、体も心の影響を受けて動きが悪くなっている。私にはそんな風に見えるわ」
その指摘に刀弥は一瞬、シェナに自分の不安を知られてしまっているのではないかと勘ぐってしまった。
実際そんなはずはない。恐らく、彼女の指摘はこれまでの経験や感からくる推測だろう。彼の心の中のことまで彼女が知っているはずがない。
だが、それでも刀弥は何とも言えない冷たい感覚を全身で感じていた。
「……刀弥」
彼女の言葉を聞いて、リアが刀弥のほうへと顔を向ける。その視線に思わず刀弥は目を逸らしてしまった。
「……それじゃあもうすぐ時間だし、アレンさんを起こして朝食の準備をしよっか」
彼の態度を見てリアは溜息を一つ吐くと、アレンを起こすために立ち上がろうとした。
「それは私がやる」
しかし、シェナがそう言ってリアよりも先にアレンを起こしに行ってしまう。
「それじゃあ、シェナさんお願いします」
そんな彼女にリアは苦笑しつつ、アレンを任せる。
そんな様子を刀弥は申し訳なさそうに眺めているだけだった。
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アレンを起こし朝食を食べ終わると、四人は先へと進むことにした。
「だけど、何て言うか……こう洞窟の中ばかりだと外の光景を眺めたくなるな」
歩いている最中、アレンがそんなことを言ってくる。
確かに彼の言う通り、洞窟の壁や天井ばかりを見続けていると、外つまり雪や山々の光景を無性に見たくなってくる。
「次の町までの我慢だ。それも、もう時期だ」
「それは、わかってるんだけどな……」
そう答えながら、アレンは洞窟の先を見据える。
「アレン。町に着いたら……」
「わかった、わかった。何でも好きなもの食べればいい」
町というワードに反応してシェナが何か言おうとする。しかし、内容を察したアレンが先に返事を返してしまった。おかげでシェナは最後まで言えずじまい。
けれども、好きなものを食べていいと許しが出たせいか、彼女の表情はご機嫌だ。
それがおかしくて、刀弥もリアもつい笑ってしまった。
「そういえば二人は同郷とは聞いたけど、具体的にはどんな関係なんだ?」
「え? ああ、幼馴染だ」
刀弥の問いに、アレンがそう返す。
「ってことは……随分と苦労したんだな……」
その様がありありと目に浮かび、つい刀弥はアレンに同情の目を向けてしまった。
「それを、否定できないのが残念だ」
彼の意見に、アレンはうなだれる。
「よしよし」
そんな彼の頭をシェナが撫でるが、どう考えても逆効果にしかならないだろうと刀弥は思った。
「……一緒に旅をしてどれくらい経つんだ?」
「かれこれ、基準時間で二年近くは経つだろうな。二人は?」
「俺は基準時間なら一二日だな」
「私は半年と少しです」
アレンの質問に、刀弥とリアがそれぞれそう返答する。
「そうなんだ。それで?」
「旅をしている間、どんなことがあったのかと思って……」
続いての刀弥の質問に、アレンはしばし考えるそぶりを見せる。
「いろいろあったな……大半は彼女が勝手に首を突っ込んだのが原因で巻き込まれたものばかりだけど……」
目を細めたアレンがシェナのほうを見るが、彼女は視線を合わせようとせず、あさっての方向へ目を向けている。
「まあ、何となくそんな感じの旅になるんじゃないかという予感は、一緒に行くと決めたときからあったからいいんだけどな」
どうやら、とっくの昔にその辺のことは覚悟して――あるいは諦めて――いたらしい。
「なるほど……やっぱり昔からそんな感じだったのか」
最早、刀弥としては苦笑するしかなかった。
「ああ、何て言うか……鋭いのか鈍いのか、俺でもときどきわからなくなることがある」
頭を掻きつつ、アレンが吐息を漏らす。
「シェナは、自分のことをどう思ってるんだ?」
試しに刀弥は訊いてみることにした。
刀弥の質問にシェナは、少し考えこむ仕草をする。
「……考えたことない」
しかし、結局返ってきた返事はそれだった。
「お前なぁ……一体、さっきの考え込んだ仕草は何だったんだ? 考えてたんじゃないのか?」
その返事に、アレンが呆れ返ってしまう。
彼の問いに対して、シェナはこう答えた。
「思い出そうとしただけ」
「思い出そうとしても無意味だということは、俺が保証してやる。もしお前が自己評価をしているなら、こんな状態にはなっていないはずだからな」
そのアレンの言い分に、思わず刀弥もリアも納得してしまう。
「……確かに」
「……あはは」
「……アレン。酷い」
シェナはアレンの言い分にいじけてしまうが、さすがにそこは慣れた者。アレンは怯む様子を見せない。
「酷いのはお前だ!! 毎回、毎回……お前は勝手に首を突っ込んではトラブルを起こして……お前の尻拭いをいっつも俺がしてるんだぞ!!」
悲痛な叫びが、洞窟内に広がっていく。
その叫びに、シェナも目を丸くして驚いてしまった。
「……ごめん」
さすがに少し反省したのか、彼女は目を伏せて謝ってくる。
それでアレンも少しは溜飲を下げたようだ。
「まあ、それでいいか。それで許してやる。ほら、行くぞ」
大きく息を吐いてシェナを許すアレン。
それを聞いて、それまで目を伏せていたシェナはパッと顔を明るくし、いきなり跳び込むようにアレンに抱きついてきた。
「アレン。大好き!!」
「お、おま!? な、何を突然、い、言ってるんだ。ほ、他の人がい、いるんだぞ!? ってか、離れろ!!」
突然のシェナの告白にアレンは仰天し、顔を赤くしながらも何とか彼女を振りほどこうともがく。だが、彼女のほうが腕力が強いので振りほどくことができるはずもない。
そんな二人を刀弥とリアは、後ろから眺めて互いに笑みを交わし合っていた。
そんなことがあったりしたが彼らは何事もなく歩を進め、町に辿り着いたのは昼を過ぎたあたりだった。
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文章表現の修正
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文末を少し修正