八章三話「救援」(9)
飛んできたヴィアンの射撃を大剣で弾くゲイウス。それによって生じた隙を見逃さずロアンが右側面へと回り込む。
敵の左脇を狙って右腕のフック。この攻撃は後ろに飛ばれた事で避けられた。
それを追うようにロアンは前に出ると続いて左ストレートを放つ。
左の拳が狙うのはゲイウスの腹。けれども、ゲイウスはその拳を左手で掴むことで受け止めそのまま右手だけでロアンに向けて大剣を右から左へと振り抜いた。
見た目からして重いを大剣を片手で振り回す事ができる事に驚愕するロアン。が、体の方は既に対応のために動いていた。
跳躍から両足を使った二度蹴り。左足は相手の腹に右足は左腕を掴む相手の左腕にそれぞれ見舞う。
腹を蹴られてゲイウスが怯みさらに追加の蹴りで掴んだ相手の左を腕を蹴りつけた事で相手の拘束が解けた。蹴りの反動でロアンとゲイウスとの距離が開いていく。
足の下を通り過ぎて行く大剣。それが向こうへと行く頃にはロアンの体は床の上を転がっている。
起き上がり拳の斬波で牽制。それを相手が大剣を盾にして防いだのを見てその大剣を足場にして跳躍する。
ロアンの跳躍先はゲイウスの背後。それに気付いたゲイウス急いで背後へと振り返ろうとした。だがその直前、彼は自分を狙うヴィアンの姿に気が付く。
放たれた射撃。この射撃に対してゲイウスは防御を選択できない。すれば旋回が止まり、その間にロアンが背後に着地して攻撃を見舞ってくるからだ。そうなると回避しか選択肢は残されていない。
反時計回りに身を回しながら左へと飛んだゲイウス。射撃は彼がかつていた場所を通過していく。
ゲイウスがロアンを視界に捉えた時、彼は丁度着地を終えた所だった。ロアンの位置は大剣の間合い内。この旋回を利用して大剣を振り抜けばロアンがゲイウスを捉えるより早く攻撃する事ができる。
故にゲイウスはそうした。体全体を使って身を回す事で回転の速度を上げていく。速度が上がれば大剣の到達時間が短くなるし威力も上がるからだ。
そうして速度の上がった大剣は荒波を突き進む船の如く大気を斬り裂きロアンに迫る。
と、その時ゲイウスは何かがぶつかる衝突音を聞いた。それと同時に旋回を始めたロアンの動きが一瞬早くなる。
何故、ロアンの旋回が一瞬早くなったのか。その答えを探して視界を巡らすゲイウス。しかし、彼は痕跡らしいものを見つけられなかった。
ロアンの旋回が早くなった理由。それはヴィアンの射撃が絡んでいた。旋回直前に気付いたあの射撃。正面から放たれたその射撃はゲイウスがいた場所を通過し、その先、ロアンの着地地点の傍を通り過ぎて行く軌道となっていた。故にロアンはその射撃を左手の手甲で受けたのだ。旋回の加速はその受けた時の反動。こうしてロアンは旋回の速度を上げたのである。
とはいえ、それでロアンが攻撃できるようになったのかといえばそうではない。確かに向きはゲイウスの方へと変わった。だが、両者の距離は大剣の間合いではあるが拳の間合いではないのだ。ロアンが攻撃をするつもりなら後二歩程近づく必要がある。けれども、その頃にはゲイウスの大剣がロアンの体を叩き斬る事だろう。斬波を放った所で同じことだ。相手の斬波も巻き込んで斬るだけである。
そのためゲイウスは行動の続行を選択する事にした。大剣は嵐の如くロアンに迫りその身を飲み込もうとする。
ロアンは動かない。彼は旋回を終えた後、前進する事も後退する事もせずに大剣を見据えていた。
そうして大剣が遂に必中の距離へと入る。腰上目掛け迫る巨大な刃。後はもう体が上下に絶たれる未来しか残されていないと思われる状況の中――唐突に大剣の嵐は鳴り止んでしまった。
全て止み静止した一瞬。その原因は大剣が止められたからである。
なんと、ロアンは左腕と左膝を使って大剣の刃を白刃取りしたのだ。上下から刃の腹を挟まれた大剣は目標へと迫る事ができず動きを止めることなってしまった。
無論、あれだけの大質量の大剣を完全に止める事はできない。事実、ロアンの足元には少しばかりの引きずられた跡が残っている。
だが、その結果大剣の刃がロアンに届くことはなくなった。
押すことも引くこともできなくなったゲイウス。そんな彼にヴィアンが銃口を向ける。
防御はできず避けるには大剣を手放すしかない状況。だが、手放せばゲイウスは攻撃手段を失いその攻撃力を大幅に低下させる事になってしまう。
一択しかない選択。ゲイウスは射撃を回避するために手を緩めようとして……その直前、ヴィアンの元に鞭剣が迫った。
ゲイウスへの射撃に集中していたヴィアンはこの攻撃に反応が遅れた。辛うじて直撃は避けたがそれでも肩口を負傷し床を転がる事となる。
攻撃の主は無論ベリーヌだった。ベリーヌはヴィアンがすぐには動けない事を確認するとすぐさまロアンに向けて鞭剣を振るう。
ロアンは左腕と左肘で大剣を止めている最中だ。避けるにはそれを離す必要がでてくる。防御や迎撃は体勢が不安定のため吹き飛ばされるのが落ちだろう。それはつまり鞭剣の対処をしようとすればゲイウスが自由になってしまうという事を意味していた。
迫る鞭剣。対するロアンは動かない事を選んだ。避けることも防御も迎撃もする事なく視線を鞭剣から離す。
この判断に怒りをにじませるベリーヌ。剣先の行き先が喉元であるにも関わらず彼が何の対処もしようとしなかったためだ。
鞭剣よりも大剣を抑えるを最優先にした。そう考えたとしたなら、それはつまりロアンが鞭剣の一撃に耐えられると判断したという事でもある。そのため、自身の攻撃が軽んじられたと考えたベリーヌが怒りをにじませたのだ。
飛んでいく鞭剣の剣先。その狙いは喉元に違わない。
そのまま己の判断ミスを後悔しながら死になさいと思いながらその結果を眺めようとするベリーヌ。しかし、その剣先は喉元に喰らいつく直前、飛んできた短剣によって狙いを阻まれたのであった。
あさっての方向へと飛んでいく剣先。既にベリーヌは短剣を飛ばした主がわかっている。
鞭剣を引き戻し防御。直後、二本の短剣が飛んでくる。
短剣を投げたのはレリッサだ。ベリーヌがロアンへと攻撃する直前まで彼女がベリーヌの相手をしていたのだが壁と床を使った反射攻撃によって背中から攻撃を受けたのだ。
幸い背中を傷つけられただけで傷はそれほど深くはなかったが、それでも復帰にするのに時間が掛かってしまった。
投げた短剣は鞭剣の盾によって防がれてしまう。残りの短剣の数は両手に持っている二本のみ。これがなくなればレリッサにもう武器はない。
ロアン達の方を見れば時間を掛け過ぎてしまったせいか、ゲイウスがロアンごと大剣を振り回し彼の拘束を振り解いていた。
力技にも程がある対応に驚きよりも感心の方が勝ってしまうレリッサ。ともかく彼女はベリーヌの方へと駆ける事にした。
彼女の接近に気が付いて鞭剣を放つベリーヌ。その攻撃をスライディングで潜り抜けてレリッサは一気に近づく。
飛び込みざまに振り下ろし。下がったところを突きで追い掛け、横に避けたのに合わせて横へと薙ぐ。
二刀の短剣を振り回して攻撃を次々と繋げていくレリッサ。絶え間ない攻撃にベリーヌは反撃の隙を見いだせない。そのまま防戦一方に陥っていく。
けれども、だからといって何もしていない訳ではない。どうにか耐えているうちに放っていた鞭剣を引き戻していた。そうして相手が突っ込んできたのに合わせて無造作に鞭剣を伸ばす。
構えから放った展開ではないので威力はない。だが、例えそうであっても剣先が当たれば怪我をする。それが瞳に迫っているなら尚更だ。
危険から身を守るために反射的に攻撃のために構えていた左腕が上がる。甲高い音。その音と共に鞭剣の剣先が逸れていくが、それは同時に攻撃の繋がりが耐えたという事だ。
それを見逃さずすぐさま剣先を戻しながら接近したベリーヌは蹴りを放つ。まだ接近が止まっておらず左右の短剣も振り戻せなかったレリッサはその蹴りを喰らうしかない。
蹴り飛ばされ一気に開く両者の距離。それと同時にベリーヌが鞭剣を振りかぶる。
喉元に突き刺さろうとした剣先をどうにか右の短剣で弾くレリッサ。そして着地と同時に攻撃の阻止のため、左の短剣を投じると再び接近すべく床を強く踏みしめた。
飛んできた短剣を避けようとするベリーヌ。だが、そこへ背後からヴィアンの射撃が飛んでくる。
回避先を読んだ攻撃が三連発。舌打ちと共に僅かな思考を行ったベリーヌは結局動かず短剣を防ぐことにした。
飛翔してくる短剣は剣先をベリーヌに向けたまま真っ直ぐ飛んでくる。そんな短剣に向かって右手を伸ばすベリーヌ。直後、短剣がベリーヌの右手の突き刺さった。
手を貫き剣先が覗くその穴から滴り落ちる血。当然、激痛もある。だが、ベリーヌはその激痛堪えながら左手を振るう。既に相手は目前まで迫っているからだ。
鞭剣で防ぐと予想していたレリッサは攻撃のために右の短剣を構えていた。その短剣に向かって鞭剣の剣先が伸びる。
接触。刃同士がぶつかり合いその衝撃でレリッサは残り一本しかない短剣を取り落としてしまった。
攻撃手段を失うという予想外の事態にレリッサは一瞬硬直してしまう。ベリーヌはそれを見逃さない。すかさず追撃の右足蹴りを放った。
蹴りの衝撃でたたらを踏むレリッサ。最早彼女にベリーヌと対抗する術は存在しない。そのままベリーヌは戻した鞭剣でレリッサにトドメの一撃を加えようとした。
しかしその時、何かが弾かれた音が響く。
音が聞こえたのは背後。嫌な予感を感じベリーヌは攻撃を続行しつつも背後へと視線を向ける。
まず最初に見えたのはヴィアンの姿だった。彼女はベリーヌの方を向いており、腕の状態からどうやら射撃を放ったようだ。
けれども、射撃はベリーヌへと向けて撃たれてはいない。もし撃たれていればベリーヌがその殺気や兆候に反射的に気付くからだ。
故にヴィアンの射撃の目標はベリーヌではない。では、何を狙ったのだと思った時である。彼の傍を通り過ぎていく物があった。
それはベリーヌが鞭剣でレリッサから手放させた短剣。ヴィアンはそれを射撃で弾いたのだ。弾かれた短剣は放物線を描いてベリーヌを通り過ぎレリッサの傍へと飛んでいく。
レリッサはそれをキャッチ。その短剣で鞭剣を弾くとそのまま構えながら一気に距離を縮めた。
一閃。レリッサの短剣がベリーヌの左腕に傷を作る。
傷口は深い。腕に力を入れようとしても十分に力が入らない程である。
仕方なくレリッサから距離を取ろうとするベリーヌ。そこへ何かが通路の壁を突き破って飛んできた。
風と砂埃が通路を走り、一気に視界が悪くなる通路。
ベリーヌはそんな状況にも関わらずどうにか飛んできたものの正体を確かめようとし、やがてそれがルードである事に気が付いた。
「いやはや、まいった。まさか、あの守りを打ち破ってくるとはね」
どうやらかの『極の槍兵』に一撃を入れられたらしい。視界が晴れてよく見てみると左肩から先が完全に消失している。
「正直、こんな姿になるとは予想もしてなかったよ。いや~、油断大敵だね~」
明らかな重傷。にも関わらず当の本人はというと呑気に相手を褒め称えている真っ最中だ。まるで重傷の痛みを感じていないかのようだ。いや、あるいは本当に痛みを感じていないのかもしれない。
と、その時である。王都の方で一筋の閃光が音を響かせ浮かび上がった。