八章三話「救援」(3)
リアが先制攻撃に選んだのは炎弾の群れだった。
炎弾の群れは一旦、放物線を描いて上空へと上がった後に降下。獣達の群れへと降り注いだ。
視界の向こうで咲き誇る炎の花々。その成果を眺めながらリアは新たな魔術式を構築。次の瞬間、炎の砲撃が轟音をあげて赤い花畑を穿った。
炎の向こうでは獣の断末魔がいくつも聞こえてくるがリアは無視。さらに新たな魔術式の構築を始める。
と、その時、炎の中から飛竜が飛び出してきた。
飛び出した飛竜は速度を上げながらリアに迫ってくる。
対しリアは標的を飛竜に絞り魔術を発動。次の瞬間、風の矢群が生み出され、それが一斉に放たれた。
飛竜を取り囲むように撃たれた風の矢を、しかし飛竜は身を回すように避けながら進んでいく。
速度は落ちていない。全ての矢の軌道を読み切り最低限の挙動で動くことによって速度への意識を維持したまま回避行動をとったのだ。そうやって飛竜はリアの風の矢群の一斉射を突破する。
それを見てリアはならばと雷の鉄槌を行使。飛竜の速度に対し範囲の面で対抗することにした。
飛竜がいるのは鉄槌の中央、やや後方。時間的にはどこへ逃げても同じ時間が掛かる地点だ。
普通なら逃れるのが困難な地点。だが、相手が相手である。故にリアは油断することなく魔術式の構築を開始。飛竜側の次の行動に備える。
だが、飛竜は体をやや上方に向けてエアブレーキを掛けるとそのまま他の事をするでもなくあっさりと雷の打撃に飲み込まれた。
あっさりと落とされた相手に拍子抜けするリア。ともかく彼女は次の標的として炎から飛び出てきたグランボを選択する。
選んだ魔術はまたも風の矢。放たれた風の矢はそれぞれ思い思いの軌跡を描き、そうして最後はグランボ達への着弾によって締めを括った。
絶命したグランボを確認して、これで終わったと気を抜くリア。だが、それが彼女の油断となった。
突如、彼女目掛けて何かが飛来する。気を抜いていたリアは反応が遅れてしまい避ける事もできない。けれども、なんとか腕を動かした事でギリギリ杖で受けることには成功した。
衝撃が腕に伝わりその衝撃に堪らず杖を手放してしまうリア。杖は軽く縦に回転を描きながら数度バウンド。やがてリアから少し離れた所で静止したのだった。
すぐにでも杖を取りに行きたいリアだが、それよりも先に先の事、攻撃を気にしなければならない。彼女は攻撃が飛んできた方へと首を向ける。
「あら、あなたは報告にあった敵対者の一人ね」
攻撃の主は女性だった。赤い髪に真紅の衣服、カルリィだ。
「始めまして。死神第四部隊隊長、カルリィ・レヴァントンよ。ああ、そっちの挨拶は別にいいわよ。どうせすぐにお別れだし」
その言葉でリアは相手がかなりの強者である事を理解した。
思い出すのは以前、戦ったオランド・レグルスの事だ。第二部隊隊長と名乗っていた彼はかなりの強敵だった。ならば、第四部隊隊長と名乗った目の前の女性の実力もまたあれと同等と考えるべきである。気を抜いていい相手ではない。
そうなると先程の戦闘終了の判断は失敗だったという事になる。飛竜を落とした事で相手を倒したと思い込んでしまったのが致命的な判断ミスだ。
恐らく飛竜が見せたエアブレーキの際、飛竜の背を足場に後方へと飛び魔術の範囲から逃れたのだろう。その後は建物の向こうから横へと回り込み手に持っている鞭でリアを狙った。相手に倒したと思わせることで隙を作らせる。なかなかに考えられた手法だった。
リアは杖との距離を確認する。自身と杖との距離は大体八歩分程。すぐに取れる距離ではない。
魔術にとって杖とは魔術の精度や負担軽減、魔術式の構築速度を上げるといった術者を補助する道具である。なくても魔術を行使することは可能であるが、持っている時よりもいろいろと魔術の性能が悪くなるのだ。
それ故にできれば杖を回収したいところであるが、そうなると相手の攻撃を一度どうにか凌ぐ必要がでてくる。
相手が持っている獲物は鞭。速く痛い武器だが基本的には一撃で死ぬような武器ではない。だがあれが魔具である場合は問題である。魔具ならばその効力次第で一撃死も有り得るので絶対に避けなければならないからだ。
「あらあら~? もしかしてまだどうにかする気でいる?」
と、そんな考え事リアの視線に気が付いたのかカルリィが声を掛けてくる。
笑みを浮かべながらの疑問の声に気味悪さを感じ恐れを抱いてしまうリア。けれども、どうにか勇気を奮い起こした事でなんとかその感情を霧散させることに成功した。
そうしてチラリと鞭の方へとリアは視線を動かす。
ともかく相手の鞭が魔具がそうでないかどちらであろうと避けたほうがいいのは確かだ。鞭の動きに合わせて回避した後、杖を取りに行く。それがリアにとって理想的な流れだった。
鞭を警戒しながらジワリと距離をとろうとするリア。が、そんな彼女の動きを見ていきなりカルリィが笑い出す。
「ふふふ……なるほどね。私の鞭を警戒してるんだ」
「それが何?」
一体、何故そんなに可笑しいのかわからないリアとしてはそう言うしかない。
確かに鞭を警戒していることに気が付かれてしまったがリアとしてもこの警戒はすぐに気が付かれるものだという事はとうにわかっていた。なにせ、他に警戒すべきものはなにもないのだ。ならば、相手にしてみればリアが何を警戒しているのかはすぐにわかってしまうだろう。しかし、すぐにわかるからこそリアだって見抜かれるのは想定の内だ。
だからこそ、リアの目にはそんな事でわざわざ笑うカルリィがとても奇妙に見えたのだった。
「……甘いわね」
ひとしきり笑った後、そう呟くカルリィ。直後、リアの頭上に影が降り注いだ。
影の正体はグランボ達だった。どうやらあの攻撃を生き残った連中をひっそりと回りこませていたらしい。
建物の屋上から飛び降りて襲い掛かってくるグランボ達。鞭しか警戒していなかったリアはこの事態にすぐに対応できない。
そのままグランボの叩きを受けることになってしまった。
獣が持つ凶暴なパワーを受けて飛ばされてしまうリアの体。それを追ってグランボ達が飛び跳ねながら集団で駆けていく。
飛ばされ地面を転がることとなったリアはどうにか起き上がるとグランボ達に向かって魔術を行使。大量の炎弾をカルリィとグランボ達へ向かってばら撒いた。
迎撃のために急いで放ったためか炎弾の狙いは甘く、そのせいで当たったのは少数の炎弾のみ。他の炎弾はというと目標へ当たる事なく地面へと接触。その結果、各地で爆発が起こり土煙があちこちで巻き上がるという事態となった。
この爆発の音と衝撃に驚き一瞬、動きを止めてしまうグランボ達。少数とはいえ同胞がこの攻撃にやられた事も無関係ではないだろう。
その僅かな時間の間に広がっていく土煙。現在、その土煙はかなりの広域へと広がっていた。
「ちっ、そういう事ね」
この事態に至ってようやくカルリィはリアの狙いが攻撃ではなく目眩ましと牽制であった事に気が付く。
とりあえずは不意を突いた魔術攻撃を警戒するカルリィだが、リア本人はというとこの隙に杖の回収を行っていた。
杖の元まで駆け拾い上げるリア。彼女は拾い上げた杖を軽く触って破損状況を確かめてみる。
先端、柄、末端。どうやらどこも破損した所はなさそうだ。
その事に安堵しつつリアは一旦、距離をとる。
敵の方が数が多い上に距離が近い以上、リアに有利な点はない。なら、この距離、この場所に拘る理由はないのだ。彼女の得意な距離、場所で戦えばいい。
そうしてやってきたのは少し離れた場所にある家屋の屋上。
魔術式を構築する。土煙が晴れ始めているおかげで土煙の中に僅かな影が見えていた。これなら攻撃を放てる。
放たれたのは風の矢群。それが影達へと集中して降り注がれる。
この攻撃で敵は自身の位置を絞ってくるだろう。後は狙い通りに事を運べるかどうかだ。
大きく深呼吸をして意識をより強く持つリア。
そうして彼女は勝負を付けるために二撃目の準備へと入ったのだった。




