二章二話「不安と信じる答え」(1)
「刀弥!! 後ろ!!」
その叫び声に、刀弥は我に返り慌てて後ろを振り返った。
振り返った視線の先、サソリのようなモンスターが刀弥に目掛けて尾を振り降ろしていた。回避は間に合わない。
尾はそのまま刀弥の左腕に刺さる――かに思えたその直後、大きな音が響き渡りそれと共にモンスターの尾が宙を舞った。
すぐさま刀弥はそのサソリのようなモンスターに接近。その頭部に刀の刃を突き立てた。
モンスターの体が大きく跳ね上がる。だが、刀弥は構わずそれを力尽くで抑えこんだ。
そうしてモンスターが動かなくなると刀弥は刀を引き抜き、背後から迫る新たなモンスターに水平切りを放つ。
斬られ後ろへと倒れていくモンスター。それを尻目に今度は右から襲いかかってくるモンスターの爪を刀の刃で弾く。
それから相手に懐まで潜り込むと振り上げで相手の胴体を切断。すぐさま膝を曲げて身を低くする。
直後、彼の頭上を大きな猫のようなモンスターが後ろから通り過ぎていった。
それに合わせて刀弥は背後へと飛ぶと、とりあえず手近なモンスターを斬りつける。
押し寄せる敵たちを躱しては斬り、弾いては突いてを繰り返す刀弥の姿は、見事としか言いようがない。
そんな最中、刀弥は他がどうなっているかと思い視線を巡らした。
リアは丁度、『アースランス』を発動させ周囲にいたモンスターを一掃しているところだった。
大地の槍群がリアを護るかのように周りに現れ、彼女に仇なすものたちを貫いていく。
大地の槍は矛という役割だけでなく、彼女への進行を阻む盾としての役割も全うしていた。
おかげで、モンスターたちは彼女に近づくことができない。
一刻、確保した安全。それを利用して、リアは新たな魔術式を構築する。
『ボルトハンマー』
彼女の敵に、雷の鉄槌が振り下ろされた。
膨大な雷のエネルギーによって、範囲内にいたモンスターたちはあっという間に感電死を迎える。
どうやら、リアのほうは大丈夫なようだ。
そのことに安堵しつつ、次にアレンのほうを見てみる。
彼は魔具の拳銃を使って、着実にモンスターたちを倒していた。
周りに気を配りつつ、敵としっかり距離をとって銃を撃つ。無茶はをしない堅実な対応だ。
そんな彼のもとに、一体のモンスターが突進してくる。
それに気が付いた彼は素早く拳銃をそのモンスターへと向け、引き金を何度も引く。
いくつもの赤き銃弾が銃口をより飛び出しモンスターに接触した瞬間、爆発を起こしていく。
何十発とダメージを与えたところで、彼に向かって突進しようとしていたモンスターの足が止まり、グラリと横に倒れた。そこにはもはや生気はない。
そんな彼に今度は三体のモンスターが襲い掛かる。さすがに、これは彼では対処しきれない。
だが、対するアレンは懐からある物を取り出すと、それを襲ってくるモンスターたちに投げつけた。
その途端、それは大爆発を起こし、襲いかかろうとしていたモンスターたちは爆発の炎に焼かれ焼死した。
アレンが投げつけたのは、彼自身の手によって作られた爆破効果を持った使い捨ての魔具だ。
彼はそれをもう一つ、今度は背後の集団に目掛けて放り投げる。
大きな音と巨大な炎が、その集団を飲み込むのが刀弥の位置からでも見ることができた。
最後に刀弥はシェナを見やる。
彼女は相も変わらず、踊るような動きでモンスターたちを倒していた。
雨のように次々と放つ透明な銃弾は、彼女を囲むモンスターたちを次々と撃ち抜いていく。
その猛攻にモンスターたちは為す術もない。
だが、その状況に一石を投じるモンスターが出現した。
硬い皮膚と人よりも少し大きな巨体。そんなモンスターがシェナに向かって突撃を繰り出してきのだ。
迎撃しようとシェナが銃の引き金を引くが、その攻撃は硬い皮膚によって阻まれてしまう。
地響きをたてながらシェナに迫るモンスター。
シェナはただ銃を撃つだけだ。一発、二発、三発、四発……
すると、八発ほど撃ったところでモンスターに変化があった。
モンスターがいきなり膝をついて倒れたのだ。走っていた勢いが残っていたせいで、モンスターは砂煙を巻き上げながら体を滑らせる。
理由はすぐにわかった。モンスターの右前足に銃傷がある。それが原因でモンスターはバランスを崩したのだ。
シェナはただ闇雲に撃っていた訳ではない。ひたすらモンスターの右前足を狙い、撃ち続けていたのだ。それも僅かな誤差もなく。
それがどれほどの難しいことなのかは、銃を扱ったことのない刀弥でもすぐにわかった。
倒れたモンスターは動けないまでもまだ生きていた。何とか起き上がろうと、もがき続けている様子だ。
そんなモンスターにシェナが近づき、その銃口をその頭部に合わせる。そして、彼女は躊躇うことなくその引き金を三度引いた。
響く音は一発。けれども、それは余りにも早すぎて一発にしか聴こえなかったせいだ。
なんと、彼女は三発の銃弾を一瞬にして連射したのだ。
至近距離で三発も同じ箇所に撃たれれば、さすがに固い皮膚も防ぎきれなかったらしい。弾は皮膚を貫きモンスターに死の宣告を下した。
力を失いゆっくりと頭を下ろすモンスター。それを見て刀弥は思う。
――相変わらず、凄い技量だな。
銃という武器だけでは、こうはいかないだろう。そこに彼女の技量が加わって始めてあれだけの戦果を生み出しているのだ。それはこれまでの戦いを見ていれば、嫌でもわかる。
そんなシェナの戦いを刀弥は複雑な表情で見ていた。自分の周囲の警戒を怠るほどに……
「刀弥!!」
誰が叫んだのか、わからない。
だが、そんなことを考えている暇は刀弥にはなかった。今、彼の頭は体中に伝わる激痛を堪えるので精一杯だったからだ。
突然の痛みと共に地面の感触が刀弥の足元から消える。その直後、彼の視界が高速で移り変わっていった。
そうして次に感じたのは体を引きずられる痛み。痛みは背中や太股など、体の後ろの部分から伝わってきた。
やがて、痛みが収まる。響く痛みを抑えながら刀弥はゆっくりと起き上がった。
どうやら攻撃を受けて吹き飛ばされたらしい。彼は最後に立っていた場所からかなり離れた場所に倒れていた。
立ち上がりながら彼は自分が立っていた場所を見据える。そこには刀弥はここに飛ばした本人が立っていた。
刀弥を飛ばしたのは、トカゲの姿をしたモンスターだった。けれど、その姿は以前火球を放っていた奴とは少し違う。
一番の差異はその尻尾の大きさだ。全長の半分くらいがその大きな尻尾で占められているのだ。大方、あの尻尾に打たれたのだろうと刀弥は予測をつける。
体を一つ一つ確認していく。右腕が大きく痛むが、それ以外は大したことはない。
大丈夫だと結論を下して、刀弥は相手に視線を戻す。
すると相手は尻尾をしならせながら、刀弥に向けて近づいてくるのが見えた。
刀弥は、それを迎え撃つ形で身構える。
そして両者の距離が体二つ分ほどになった時、双方が動いた。
トカゲのモンスターは己の体ごと大きく回し、刀弥に向けて尻尾を叩きつけるように振り回してきた。尻尾が長いこともあって、そのリーチは刀弥よりも長い。
一方の刀弥は『縮地』を使い、一気に己の間合いまで急接近する。
迫りくるモンスターの尻尾。けれど、それが届くよりも刀弥が間合いに入るほうが早かった。
胴を狙った振り下ろし。抵抗する術のない相手はそのまま、胴を断たれる。
切り口から血が漏れ、断たれた体と共に地面へと落ちていく。
そうして新たな敵を探すために、刀弥は辺りを見回す。
けれども、もはやモンスターの姿はどこにもなかった。どうやら、刀弥が倒したのが最後らしい。
「ああー!! 終わった!!」
アレンの歓喜の声が刀弥の耳に届いた。
それを聞きながら、刀弥は己の刀を鞘へと収めていくのであった。
「刀弥!? 大丈夫?」
そんな刀弥のもとへ、リアが心配そうな表情で駆けつける。息を切らせているあたり、かなり急いで来たようだ。
「右腕が痛むが、問題ない。大丈夫だ」
左手で右腕を触りながら、刀弥はそう答えた。
実際、彼の衣服に血が浮き出ているところはない。その事実にリアは安堵する。
だが、すぐさまその顔が疑問に変わった。
「でも、どうしたの? 二回も危ないところがあったし、そもそも今日は動きもあんまり良くなかったよね?」
その途端、刀弥は苦虫を噛み潰したような顔つきになった。
その指摘は刀弥も十分自覚していた。二度にも渡る余所見と考え事による周囲への不注意。それが危険を招いた原因だ。
「私も同じことを思った。なんて言うか、元気がない」
そこにシェナがやってくる。その顔は無表情だが、若干心配の声が混ざっているように聞こえるのは気のせいではないだろう。
「まあ、そういうときもあるさ。それよりもさっきはすまない。助かった」
何でもないという風に装いながら、話を変えようと先程助けてくれたことへの礼を述べる。
最初の窮地のことだ。あのとき、シェナが一瞬で複数の銃弾を撃ってサソリのモンスターの尾を切り離したのだ。
「気にしないで。それじゃあ」
シェナはそれだけ言うと、アレンのほうへと歩いていった。
「凄いよね。シェナさん」
離れていく彼女の背中を眺めながら、リアがポツリと漏らす。
「そうだな。三発の弾丸をほぼ同時に撃ったり同じ箇所にほとんど誤差もなしに狙い撃つなんて、俺の世界じゃ物語上ぐらいでしかありえないな」
それだけ、彼女がやったことは人間離れしているということだ。刀弥としては、まさに夢かと疑いたくなるほどの技量だ。
「私たちも、彼女くらい強くならないとね」
「何だ。リアは人外を目指してるのか?」
意外という顔つきを浮かべて刀弥が冗談を返した。
彼の一言に、リアは顔を膨らませる。
「もう、刀弥の意地悪」
「ははは……悪い」
軽い笑い声を出しながら、刀弥は謝る。
丁度そのとき、アレンたちが二人のところへ近づいてきた。
「それじゃあ、さっさと行こう。いつまでもここでじっとしているわけにもいかないしな」
「……そうだな」
また、モンスターの集団と戦うのは刀弥も御免被る。
そのため、四人は簡単な処置を済ませると急いでその場から離れていくのであった。
――――――――――――****―――――――――――
「アレン。私、それよりもこっちが食べたい」
「だ・か・ら!! 駄目だって言ってるだろ!! これ高いんだぞ!?」
その日の夕方。夕食の準備をしている最中、洞窟内にアレンの怒号が反響した。
そんなやり取りを横目に刀弥とリアは自分たちの夕食の準備に取り掛かっている。
アレンの怒号の理由はシェナの我侭だ。どうやらシェナの大好物はかなり高価なものらしい。
おかげで、アレンは中々それを使おうとせず、それがシェナには不満だったようだ。
毎日、懲りもせず彼女は『食べたい』とせがんでいた。
「今日はどうなるかな?」
「一昨日はアレンが根負け。昨日はシェナが諦めた。微妙なところだな」
刀弥が言っているのは、これまでの戦績だ。
アレンたちと出会ってから三日が経過していた。おかげで、彼らが大体どんな人間かわかってきた。
戦いにおいて凄まじい実力を持つシェナ。だが、その実態は戦い以外のことになると全く駄目と言っていい程の駄目人間だった。
アレンが皿を並べろと言えば、何故か鍋を並べる。彼女曰く、皿も鍋も食べ物を入れるものだと言うことだ。
他にはアレンから聴いた話だが、この歳で一人で着替えることもできないらしい。
しかし、そうなるとアレンが着替えさせることになるわけで……
それを聞いたとき、リアが非難するような視線を向け、慌ててアレンが弁解するという珍しい事態になったのは記憶に新しい。
その点以外にも、基本的に彼女は何でもかんでもアレンに頼る癖があるようだ。それを彼への甘えと見るか、堕落と見るかは人次第だろう。
そんなことをしているうちに、夕食が出来上がった。
アレンたちのほうを見てみると、どうやら今日はアレンの勝利で決着がついたようだ。アレンが調理した夕食を盛っている傍ら、シェナがどこか不満そうにそれを見ている。
そして準備が整うと、四人は夕食を食べ始めた。
刀弥とリアは豆と芋のスープだった。
スプーンですくって、それを口に運ぶ。
スープの甘さが口に広がり、まるでスープの暖かさが体中に伝わってくるようだった。一口で食べられる芋と豆の大きさも丁度良く、食べやすい。
一方、アレンたちの夕食は、小魚の盛り合わせとパンだった。
黙々とそれを食べるアレンと、未だに不満顔のシェナが随分と対照的だ。
「シェナはまだ怒ってるのか?」
「気にするな。いつものことだ」
刀弥の問いにアレンが即答する。もはや、彼女を相手にするつもりもないようだ。
ある意味、それが正しい対処かもしれないなと刀弥は思った。
全部の我侭に付き合ってたら、彼も身がもたないだろう。きっと、旅の最中もこんな感じのことを何度も繰り返してきたに違いない。
やがて、食事が終わり刀弥とリアは就寝に入る。今日の見張りはシェナとアレンが前半で刀弥とリアが後半になっている。
明日は予定通りなら、町に辿り着く予定だ。食料の買い足しに散策、やることは一杯ある。ならば、早く休んで明日のための体力を確保するべきだろう。
「じゃあ、見張り頼む」
「ああ」
「おやすみ。刀弥、リア」
アレンとシェナの返事を聞きながら刀弥は瞼を閉じると、すぐに眠りの中へと落ちていくのであった。
ようやく二章二話の開始です。
主人公の悩みとその答えを上手く表現出来ればなと思っています。
では、また次回で……
08/18
文章表現の修正
11/12
文章を若干修正
瞬歩を縮地に変更