八章三話「救援」(1)
これより三話の開始です。どうぞよろしくお願いします。
「あれが、王都『レイムナラット』か」
王城より少し離れた所にある都を見てそんな感想を呟く刀弥。
彼らは今王城リーゼンオルグ城上空にいた。彼らの乗る飛空船がその上空を旋回しながら降下しているからだ。
「リーゼンオルグ城には俺とヴィアン、レリッサの隊が行く。お前達は王都の方を頼む」
流れとしては急いで駆けつける必要のある王城でロアン達を降ろした後、王都へと行く手筈となっている。
そうして飛空船が王城ギリギリまで近づくと甲板から飛び降りていくロアン達。それが終わると飛空船はすぐに王城を後にした。
向かうのは目と鼻の先にある王都。到着までそれ程時間も掛からないだろう。
王都へと入る方法はロアン達と同じで飛空船から飛び降りるという方法だ。リアは魔術で刀弥は斬波の床を用いて地上へと着地するつもりなのである。
ふと、視線を王都から離す刀弥。王都は王城側の森を除けば周囲を草原で囲まれた場所であり、少し放れた所には河がある。河と整備された道の交差点には巨大な橋が掛けられており、現在その橋の周辺には王都から脱出してきたであろう市民達の姿で溢れかえっていた。
今度は王城の方へと視線を向ける。
王城は戦闘の影響だろうか、あちらこちらで火の手らしき煙が浮かび上がっていた。ただ火までは見えないのでそこまで派手な火事ではないのだろう。
先に飛び降りたロアン達の姿が思い浮かぶがそれを頭を振って振り解く。彼らがあそこに飛び込んだのはあの火の手をこれ以上、増やさないためだ。あれを見て心配していては彼らに失礼である。
そうして王城から視線を外し再び王都へと戻そうとした時だ。
ふと、視界の端に人影が森へと入っていくのが見えた、ような気がした。
慌てて視線を戻してみるがそこに見えたと思った影の姿はない。
気のせいか。真っ先に浮かんだのはその可能性だった。何せ一瞬の事である。森だから木の陰がたまたまそういう風に見えてしまったという事も有り得るはずだ。
もう一度確認してみる。やはり、人影の姿はない。念のため森の方も見てみるが木々が邪魔で木々の向こうまでは見る事ができなかった。が、それでも人がいる様子はなさそうだ。
存在を証明する証拠がない以上、自身の勘違いの確率が高い。そもそも、人影がいたからなんだというのだ。人影の移動方向は王城や王都がある方向とは反対の向きだった。
つまり、王都や王城の脅威となる可能性は低い訳である。
「……とりあえず忘れるか」
そう結論づけて思考をクリアにする事にした刀弥。気持ちとしてはまだ尾を引いているが、それも戦闘に入るまでだ。一度意識がそちらへと入ればその『気になる事』は完全に頭の片隅の片隅、端っこの方に押しやれる事になるだろう。
「どうしたの?」
様子のおかしい事に気が付いたらしい。リアが刀弥にそう尋ねてくる。
「いや、なんでもない」
それに首を振って答えつつ刀弥は視線を王都へと戻した。
王都は相変わらずどこかもかしこも火の手が上がっている。時折、大きな爆発も起こっており、それに反応するように逃げ惑う小さな影が視界には写っていた。
少し視界を上に上げると見えるのは
「そろそろだな」
飛空船は既に王都の端に入っている。それに合わせて高度を下げていく飛空船。
そうして事前にロアン達から聴いていた広間の上を飛空船が通過しようとしたのに合わせて二人は飛空船の甲板から飛び降りた。
飛び降りると同時に刀弥は足元に斬波の足場を形成して、リアは風の魔術で己を受け止めるようにして落下を速度を軽減して降りていく。
地面に無事着地。辺りを見回すと周囲には想像以上の地獄絵図が広がっていた。上空からだと火煙と屋根部分しか見えなかったためにわかりづらかったが、なかなかにひどい状況だ。
穴だらけの家屋、崩れた店、燃えカスとなった残骸、時折人の死体も否が応でも視界に入る。
自分達のかつての戦争もこんな感じだったのだろうか。ふと、そんな思いが頭の中に浮かぶが、それも何かが近づいてくる音で掻き消える。
音は重さと響きのあるもの。まず人の体格では出せない音だ。
故に刀弥達は足音の主を敵だと想定。体を音のした方へと向けて身構えた。
音が聞こえたのは今にも崩れそうな燃えクズとなった家屋の向こう。足音は徐々に近づいきており時期に角から姿を現すのは想像に難くない。
彼らの方針としては姿を確認しもし敵なら仕掛けるという流れを考えている。音の主は敵の可能性が高いが、だかといってそれが絶対とは言い切れない。そのため、どうしても確認する必要があったのだ。
けれども、二人に確認するチャンスは訪れなかった。突如、ボロボロな壁の向こうから射撃が飛んできたためだ。
壁を抜けて飛んでくるそれを反射的に左右へと飛んで避ける二人。回避を終えるとリアが魔術式を構築して風の矢を発射。風の矢は壁を貫きその向こうにいるはずの相手を穿っ――たなかった。再び反撃の射撃が飛んできためだ。それも風の矢が貫いた穴の上方から。
どうやら相手は上へと跳躍して攻撃を回避したようだ。攻撃を受けたリアが射撃を回避していくのを横目に見ながら刀弥は刀を構え突きの斬波を敵の落下予想地点へと放つ。
今度のは直撃した。最初に何かが破砕される音が響き、次に固い物が次々と地面にぶつかる音が壁の音が返ってくる。
念のため壁の裏を覗いてみるとそこには確かに破壊され残骸と化したゴーレムの末路があった。
それを確認してリアに合図を送ると二人は駆け出す。
戦いの形跡が残る町中。いけどもいけども建物は傷だらけのものばかりで無事な建物がほとんど存在しない。
遠くから響く戦いの音。時折、建物が崩れる音や悲鳴がこちらまで届いてきており、その度に痛ましい気分になってしまう。
と――
進行方向先で一際大きな重音が響いてきた。音に遅れて振動までやってくる程だ。だが、音の先にその音に相応しい巨大物の存在は見えない。
「いってみるか」
「うん」
音に驚き足を止めてしまっていた二人だが、そんな応答をした後再び走りだそうとする。
そんな時だ。突如、凶暴な獣の雄叫びとともに巨大なゴリラに似た生物が五体、側面の建物から姿を現した。グランボだ。
「獣!?」
「どっかから入り込んだのか」
グランボの事。第四部隊の事を知らない刀弥達は当然、いきなりの生物の出現に野生の生物が戦場に紛れ込んだと思い込む。
一方のグランボ達は新たな獲物を見つけた事で喜悦。鳴き声を響かせ発見の報を仲間達に知らせると、鳴き声が鳴り止むのを待つことなく跳躍し二人に襲い掛かった。
獣という想定外の登場に驚いた二人だが、当然、その獣が襲ってくるという事態は見かけた瞬間から可能性として想定に入っていた。そのため、二人は彼らの襲撃に対して反射にも近い反応で対応の動きに入る。
刀弥は跳躍、リアは魔術式の構築。その結果、一体のグランボが胴を切られもう一体のグランボは火球に飲まれ焼かれる事となった。
だが、最初の鳴き声の知らせによって他のグランボ達が集まりだしている。
自分達のもとに近づいてくる多数の獣の気配。それを察知した刀弥は迎撃の体勢をとろうとするが――
「先に行って」
そんな彼の行動をリアがそう言って止めさせた。
「相手が多数なら私の魔術で一掃できるし、向こうも気になるでしょ? だから、ここ任せて」
その言葉に刀弥は少しの間黙考する。
確かに彼女の言う通り、最初に聞こえた重音は気になるし獣程度で彼女が遅れをとるとは思えない。別れてもすぐに合流できるだろう。
「わかった」
方針が決まると刀弥はそれだけを告げて先へと進む。片方がその場から去っていくのを見て反射的にそれを追い掛けようとするグランボ達。しかし――
「させない!!」
直後、飛んできた風の矢群の牽制によって彼を追うことは叶わなくなった。矢を避けるためにグランボ達は後方へと跳躍。無事回避には成功するがその時には獲物は遠い位置。最早、去った方は諦めるしかない。
仕方なくグランボ達は手近な獲物へとターゲットを絞る。
そのターゲットとなったリアはというと、既に新たな魔術式の構築に入っていた。
「これで!!」
発動したのは雷の鉄槌。雷の鉄槌はグランボ達を飲み込むとそのまま大地を穿ち巨大なクレーターを作り出す。
飲み込まれたグランボ達は雷とその圧力によって死亡。その結果を見てリアは安堵のため息を吐くが新たな気配に気づきを気を引き締め直す。
気配のした方向を見るとそこには多数の蠢く影が見えた。影の中には飛翔している影が一つある。
「……飛竜?」
影をよく観察してその正体に見当をつけるリア。どうしてあの獣の中に飛竜がいるのかと疑問がでてくるが、その疑問は飛竜の背に人が乗っている事に気付いて氷解する。ここでようやくリアはあの獣達が操られていたのだということに思い至ったのだ。
敵であるならば軍側にこれ以上、被害を与える前に倒さなければならない。
そう決意し再度魔術式の構築を始めるリア。
そうして彼女は敵に対して先制攻撃を加えたのであった。