八章二話「開幕」(6)
何故か昨日の晩に投稿することができなくてやむなく仕事が終わってすぐの投稿です。
活動報告もエラーでお待たせして申し訳ございませんでした。
「ふぅ、終わった~」
敵を全て殺し終え一息つくレガルト。
軽い深呼吸と伸び。ついでに全身と足も伸ばし終えると彼は周囲を見渡す。
「さて、あいつらはと……お、あそこで派手にやってんな~」
そう言った直後、彼の眺めていた地点で爆発が起こった。
「あの様子なら割って入る必要はなさそうだな」
彼が言っているのは彼が率いる第三部隊の面々の戦況である。
王都に突入直後、彼は部下達に先行で入っている味方の援護を命令した。どうやら忠実に守っているらしい。
「じゃあ、他の面々はっと……」
とりあえず部下の状況を確かめることができたレガルトは援護の必要そうな味方を探し始める。
「ん?」
けれども、レガルトはその途中で奇妙なものを見つけた。
彼が見つけたのは屋根に登った動物。別に動物が珍しい訳ではない。ただ彼の記憶が確かならその動物は森に住む凶暴な獣で決して王都内で見ることができるようなものではなかった。
姿は言うなれば巨大なゴリラ。体色は赤く炎の熱によって生じた風で体毛が波を作っている。
具体的な大きさは人よりも二回り程の大きさ。そんな獣が複数程屋根の上を動き回っていた。
「なんだなんだ。どこからか侵入してきたのか」
予想外の乱入者を発見して驚きをそのまま口にしてしまうレガルト。
「そんな訳ないでしょ」
そんな彼の言葉を別の声が否定した。
声の主は女性で方角は自分の後方。先程まではそこに誰かの気配はなかったのはレガルトも記憶しているが、いつの間にか誰かの気配が存在していた。
すぐさま振り返るレガルト。それと同時に円柱のゴーレム達も彼の前へと盾となるべく移動を開始する。
「なに警戒してんのよ……私よ」
けれども、女性はそんな彼の行動を可笑しそうに笑った。そうしてそんな女性の顔を見てレガルトも警戒を解く。
「なんだ。あんたかよ」
女性はレガルトの知り合いだった。ショートボブの赤い髪と扇情的な真紅の服とスリットの入ったスカートが一体となった衣服。獲物は腰の後ろに留められている鞭。そして何よりも印象的なのは彼女が空を飛ぶ生き物に乗っていることだった。
全体的にトカゲに似た体躯に腕の代わりに生えたコウモリのような翼。竜という種族に属する飛竜と呼ばれる生物である。
「まさか、あんたも呼ばれてるとはな。死神第四部隊隊長カルリィ・レヴァントン」
「まあ、あんたと一緒で遅刻しちゃって王都に行くことにしたけどね」
レガルトの言葉にカルリィと呼ばれた女性は深く息を吐きながらそう応じる。
本来であれば二人はリーゼンオルグ城の作戦に参加するはずだったのだが、都合により間に合わなかった。そのため、二人は代わりに王都側の手伝いをする事にしたのだ。
「それとあいつらどうしたんだ?」
カルリィが跨る飛竜や奥の巨大なゴリラに視線を送りながら尋ねるレガルト。
そんな彼の疑問にカルリィは自慢気に答える。
「近くの山で確保したわ。私の力に掛かればあんな魔具に頼る必要ないしね」
「さすが第四部隊。部隊員を現地調達か」
死神第四部隊。それは少し特殊な部隊であった。その理由は部隊員がカルリィ一人だからである――一人であるにも関わらず隊長という肩書が与えられているのは他の部隊の隊長と同格である事を示すための配慮から――。
その上で部隊として成り立っているのは彼女の力によるものだ。
生物の精神支配。
人間よりも知能の低い生物限定であるが、彼女は魔術も魔具等も使わずに生物の精神を自在に操る事が可能なのだ。
操られる数は相手の知能等によって変わるがレガルトの記憶では一般的な肉食生物なら三十体は余裕で操っているのを目撃した事がある。
「今回はその飛竜と『あれ』が部下か?」
屋根の動きまわる巨大なゴリラ似の生物を指差して『あれ』と言うレガルト。
「正式名称はグランボよ。そうね。あれ三十五体とこの子が今の私の部下よ」
そんな彼の問いにカルリィは余裕のある笑みを浮かべて答えた。
「どこで揃えたんだよ」
「飛竜はゲート付近の山でグランボは王都付近の森で」
「……なんか間に合わせで調達したって感じだな」
「気のせいよ」
レガルトの指摘にカルリィはただ一言だけ返すが、たった一言しか言わなかったのが逆にレガルトにとっては怪しく見えた。
「ともかく私達は私達でしっかりやるわよ」
「わーってるよ。遅刻分ぐらいは返上したいしな」
と、そんなやり取りをしている時だった。
遠くの方からこちらに向けて近づいてくる集団が見えた。
「新手か」
それを見つけて動き出そうとするレガルト。しかし、そんな彼をカルリィが止めた。
「私がやるわ。丁度、この子達の動きも確かめたいと思ってたしね」
「おいおい、そんな部下で大丈夫なのかよ」
カルリィが告げた台詞にレガルトは思わず突っ込みを入れるが、当の彼女は『大丈夫、大丈夫』と気楽に返すだけ。
「まあ、最悪肉体と脳のリミッターを切って暴れさせればどうにかなるでしょ……時間が切れたら動かなくなっちゃうけど」
「……相変わらず部下に重労働を強いらせる奴だなあんたは。あんたの下に付くくらいなら死ンだ方がマシだな」
「勝手に言ってなさい」
そうしてカルリィは飛竜に指示を飛ばして敵の方へと飛んでいく。
「ほら、あんた達出番だよ!!」
それと同時にグランボ達に声を掛けるのも忘れない。カルリィの指示を受け彼女の元に集まっていくグランボ達。
「それじゃあ……いくよ!!」
そうしてカルリィの叫びと同時にグランボ達が駆け出した。
「!? 隊長前方よりグランボの群れが……」
「馬鹿な!? 何故、こんな時に……」
想像もしていなかった凶暴な獣の登場に驚く部隊の面々。しかし、全員体はしっかりと迎撃の体勢をとっている。
「迎撃!!」
その言葉と同時に部隊は迎撃を開始した。近接武装の者達が前へと駆け射撃武装の者
達はその場から射撃を敢行する。
飛んでくる射撃をグランボ達は屋根から飛び降りる事で回避。さらに窓や屋根の縁に手を掛けることで落下の軽減や側面からの接近を試みた。
相手の対応に近接武装の面々は一旦射撃部隊の元へと引き下がる。そうしてから彼らを守るように取り囲むとまもなく家屋の側面から飛び掛ってきたグランボ達に対し迎撃の攻撃を放ち始めた。
斬撃や刺突、打撃を受け宙へと落とされるグランボ達。さすがに身体能力の高い獣といえど高いところからの落下はかなり堪えるらしい。衝撃の雄叫びの後、しばらく動き出す様子を見せない。とはいえ、僅かに動いているので死んではいないようだ。
そうやってグランボ達に抵抗している兵達だが、さすがにグランボたちの数が多い。
最初こそどうにか迎撃していたが次第に数に押され一体、二体と迎撃に失敗し反撃を受けてしまう。
迎撃を突破したグランボ達はその勢いのまま射撃武装の者達に突入。見た目の巨体通りのパワーを発揮し彼らにぶつかったり殴ったりした。
無論、射撃武装の者達もただやられている訳ではない。その武装での格闘戦の心得は受けているし場合によっては武装を放棄し短剣などの携帯近接武装を取り出し対応していた。
「やっぱり、一筋縄じゃいかないわね~」
そんな様子を飛竜の上から見下ろすカルリィ。彼女は今、戦闘地点上空にいた。飛竜が戦闘地点を中心にゆっくりと周回しているのだ。
戦闘は既に乱戦の様相へと変化していた。敵味方入り乱れ迂闊に射撃することもできない。
一方のグランボ達側はただ目の前の敵に襲いかかるだけだ。知能の低い獣なのだから当たり前の行動だがそれ故に行動の判断が早い。迷うことなく目前の獲物に襲い掛かっていく。
一体、二体なら耐えられる兵達も三体、四体同時はさすがに対応しきれなかった。その巨体によって押し倒されると後はされるがまま。そうやって倒されていった。
だが、グランボ達も無傷ではない。当然、兵達の反撃を受けて絶命したものもいる。
知能が低いため死角の有利といった知恵をもっていないためだ。そのため、無駄な損耗も発生していた。
「ん~。被害は与えたけどこれ以上、やられるのも困りものね」
敵はここにいる分だけではない。その気になれば補充することもできない事はないが、グランボ達を手に入れた地点は王都からはそこそこ離れている。時間も手間も掛かるのがネックだった。
「しょうがないわね……ほら、出番よ」
仕方なくカルリィは跨っている飛竜に指示を与える。彼女の指示を受けた飛竜は首を敵へと向けるとその口をパクリと開きそこから炎を吐き出す。
吐き出された炎は剣を振り回していた兵を飲み込んだ。炎の熱さに絶叫を上げながら兵が倒れていく。それで他の者達は上空の飛竜の存在に気が付いた。
すぐさま槍を持った兵が飛竜に飛び乗ってくる。位置は尾側。当然、火炎を吐ける場所ではないし振り落とそうとしても間に合わないだろう。
「あら」
一方、カルリィはそんな兵を目を細め面白そうに眺めていた。微笑によって歪められた唇はどこか禍々しくも蠱惑的。
一瞬、その表情に兵は見惚れてしまうが、それでもすぐに意識を取り戻し槍を突き込もうとする。
しかし、それよりも早くカルリィが鞭を振るった。腰の後ろに手を運びそこから鞭を抜きながら放つという早業。
これによって鞭の先が槍の穂先に絡まった。カルリィはその状態で鞭を引きを相手を引き寄せると左足で回し蹴りを放ち相手を飛竜から蹴落とす。
上空から地面への頭からの落下。結末は見なくても明らかだった。仲間の最後を見送ることなく兵達はグランボ達と闘いながらカルリィへと挑んでいく。
けれども、カルリィはそんね兵達を鞭と飛竜を手繰って倒していった。
尾を叩きつけさせたり鞭で絞め殺したりあるいは火炎で焼き殺したり。無論、そうやって乱した隙を命令を受けたグランボ達が襲い掛かる。
カルリィの実力と統制、そして獣達の数の暴力。それが死神第四部隊の力だった。
やがて第四部隊の殲滅が終了する。
「相変わらず荒々しい戦い方だね~」
「そう言うあんたなんかゴーレムぶつけるだけの大味な戦い方じゃない」
話しかけてきたレガルトに嫌味で返すカルリィ。
「まあ、この調子でお互いお仕事頑張るとしますか。今頃城の方も盛り上がってるんだろうし」
「残念ね。いけなくて」
そんな応酬をした後にカルリィは飛竜を手繰り高度を上げていく。どうやら次の敵を探しに行くようだ。
「んじゃあ、俺も真面目に行きますか。お前らもさぼるなよ!!」
それを見送った後にレガルトは部下に発破を掛ける。
彼の言葉に部下達が叫び声で応じるとレガルトは満足気に頷き、そうしてゴーレムを引き連れ家屋伝いに駆けていった。
その最中にレガルトはリーゼンオルグ城がある方へと視線を向ける。
「さてさて、向こうはどんな事になってるやら」
呟いた独り言は風に乗って消えていく。
後に残るのは獲物を見つけた狩人の顔だ。
彼を追い越し円柱のゴーレムが飛翔していく。
こうしてレガルトは新たな敵との交戦に入ったのだった。