八章二話「開幕」(5)
一方、王都の戦いの方も新たな局面を迎えていた。
ドラインの自爆によって軍側の兵の多くが戦闘不能な状態へと陥ったのだ。
自爆の靄を受けて傷ついていく軍側の兵。しかし一方のレグイレム側は靄を受けても何の負傷も受けていない。
その理由は自前にドラインの積まれたウイルスの対抗薬を摂取していたためだ。これによりレグイレム側は靄を受けてもウイルスの被害を受けず自由に行動できるのだ。
そうしてレグイレム側が有利な状況で戦況が進む中……ようやく王城からの増援が到着した。
飛空船の後部ハッチから降りてくる兵達と移動砲車。
彼等は到着の旨を王都の司令部に伝えるとその司令部からの指示に従い行動を開始する。
通信によると他基地からの増援ももうすぐ到着する予定だそうだ。一番早いのはヒビスト基地から向かっている飛空船らしい。
そんなやり取りをしているとやがて各々は目的の場所へと到着した。
まず彼等の役割は自爆のせいで機能していない部隊への救援。部隊の一つが彼らがやっていた戦闘を引き継ぐともう別の部隊が負傷等で動けなくなった彼等を連れて戦場から離脱していく。
そうやって各地点の戦闘能力を回復させた後、反撃に入っていく増援の部隊達。靄の方も完全に晴れたおかげで自由に動き回れる。
負傷者などを連れて行った部隊も全員の搬送を終えるとすぐに戦闘へと参加。こうして戦況は軍側優勢へと傾き始めた――そんな時だ。
突如、王都の外周で戦闘をしていた部隊からの連絡が途絶えた。
途絶える直前、敵に増援がきたという通信が入っており司令部も新手が来のだとだけ考えそこに増援を送る。
だが、その増援も現場に到着した途端、連絡が途絶えた。
危機感を感じ取った司令。そのため今度は二部隊を送り込む。
連絡を受け現場へと急行する部隊。すると、そこには壮絶な戦いの痕跡が残っていた。
押し潰された遺体達、巨大な何かが落とされたと思われるいくつもの穴の痕、どういうわけかぺしゃんこになったゴーレムの残骸まである。
その光景に驚きつつ周囲の警戒を始める部隊。
「お、新たな獲物のおでましか」
すると、そんな彼等に話しかける声があった。その声に反応して部隊の兵達は声の方――近くにある家の屋根へと視線を向ける。
「よお、俺はレガルト・ビザン。死神第三部隊隊長さ」
そこには一人の男が立っていた。赤黄色のオールバックの髪。黒の上着を羽織っており中の服装は緑のシャツと紺藍色のズボン。左右には巨大な円柱状の物体がフワフワと空中に浮かんでおりその奇妙さが怪しげな不気味さを醸し出していた。
「悪いが仕事なんでな。死んでくれや」
慎重に伺う兵達に対し事も無げにそう告げるレガルトと名乗った男。直後、空中に浮いていた二つの円柱が底面を兵達の方へと向けたかと思うとすぐさま高速で兵達の元へと飛翔してきた。
落下するように飛んでくる円柱。遠目では把握できなかったが底面の直径は人の身長を丸々飲め込めるくらいの大きさがあり見た目からしても重そうである。
まともに受ければその質量に潰され圧死は確実。故に兵達は即座の反応で散開を始めた。すると、それに反応して円柱が追尾を始める。
円柱に狙われた二人はそのまま逃走。上後方からは己を押し潰さんと円柱が逃れようと必至で走り続けているが円柱の追尾性能は異常だ。一人が呆気なく押し潰された。
響き渡る重音。衝撃で大地がへこみ周辺がひび割れる。
一方、もう一人の方はというと当たるかどうかのタイミングで急加速したおかげでギリギリ円柱の底面から逃れた。しかし、地面を打った際に生じた衝撃波で体を吹き飛ばされ地面をバウンド。数回転がった後に止まったが起き上がる気配がない。どうやら気を失ってしまったようだ。
そこへ追撃の一撃。抵抗のできない兵に逃れる術はない。そのまま円柱に潰されてしまった。
それを見届けた後に残りの兵を探し始めるレガルト。すると、彼らはこちらへと向かって接近を敢行していた。文字通り壁を地として……
「へえ、さっきの連中とはレベルが違う訳か」
その行動に驚きつつ喜ぶレガルト。すぐに彼は円柱に命令を送る。
円柱は主の命令を受け浮遊。上部の面を駆け登る兵の方へと向けると一気にそちらへと飛翔する。
当然、兵達も円柱の接近には気付いていた。兵の一人が腰から握りこぶしサイズの魔具を掴むと宙へと放り投げる。
直後、その魔具が爆発。閃光と音と様々なものをまき散らす事で周囲一体をかき乱した。それに合わせて兵達は散開する。
円柱はというと獲物が動いたことに気付いてないのか追うこともせずそのまま壁へと接近。轟音を響かせ壁を破砕した。
「やるね~。俺のゴーレムの攻撃を避けるとは……」
相手の対応に賞賛を送るレガルト。彼の言う通り二つの円柱の正体は飛行機関を備えたゴーレムなのである。
構造は四肢を持たず内部に搭載された飛行機関で動くシンプルなもので武装は内部に装備された重量増減の二種の術式回路のみ。だが、それで構わない。このゴーレムはその重装甲の本体を飛ばしインパクトの瞬間、重量を増大させることで強大な攻撃力を相手に叩きこむというコンセプトのもとに設計されたものだからだ。
言ってしまえばゴーレムの機能を持った武器。周囲情報はレグラムの五感をリンクしており彼が右手に巻いている腕輪の通信を経由して情報が送られるという仕組みとなっている。
先程のは閃光によってレガルトが相手を見失ってしまったために追尾に失敗。相手を追うことができず停止の命令もなかったためそのまま壁に突っ込んだのである。
とりあえずレガルトは円柱ゴーレムに帰還を指示。ゴーレムが動き出したのを直に確認するとバックステップ、ターン、ダッシュという流れで逃走を開始し接敵までの時間を稼ぐことを試みた。
軍の兵が壁を登り切った時、レガルトは隣の家屋へと飛び移るところ。すぐに射撃武器を装備した兵がレガルトに向けてっ攻撃を放つ。
レガルトはそれを大きく跳躍する事で回避。無事、隣の家屋へと飛び移った。
それを見て兵達が駆け出す。後方からは彼らを追走する円柱のゴーレム。足を止めている暇はない。
レガルトと同じように隣へと飛び移る。既にレガルトはさらに隣へと飛んでおり、このまま家屋を道として追いかけっこをする場合、高低のあるこの道は速度を出しづらいため追いつくのに時間が掛かってしまう。一方、後ろのゴーレムは飛んでいるので速度に関しては高低の影響を受けることはほとんどない。しいて上げれば高い建物時に高度を上げる必要があるくらいか。
ともかくこのままでは背後のゴーレムに追いつかれてしまう。そう考えた彼らは一計を案じることにした。
程なくしてその案が目に見える形で現れる。
突如、先を行くレガルトの眼前に軍の兵達が姿を現し射撃を放ってきたのだ。待ち伏せである。
これは追い掛ける兵達が司令部に打診したものだ。現在位置と方向から行き先を予想しそこに別部隊を待機させたのだ。
レガルトの武器は後方から追い掛ける部隊のさらに後ろにある。だが、レガルトに驚きはあっても焦っている様子はない。表情を楽しげなものに変えると滑るような足さばきで小刻みにジグザグ移動。その射撃をあっさりと回避していった。
この事態に待ち伏せた部隊は驚愕するがそれでも強敵には慣れたもの、すぐに近接装備の者達が盾になるべく前に並んだ。そして、レガルトが距離を詰めたのに合わせて接近を開始する。
まず最初の一人がレガルトに向けて剣を振るった。レガルトは無手で武器も遥か後方だ。距離も十分に詰まっており最早避けられる状態ではない。
しかし、その剣がレガルトを斬り裂く事はなかった。何故ならレガルトは無手の手を振るい振り下ろされた剣を別の軌道へと変えたかと思うと直後に空いた反対の手で手刀を作りそれで兵の喉を突き破ったからだ。
傷口から血を流し崩れ落ちていく兵。無手の敵を相手にあっさりと味方がやられたのを見て他の者達は目を見開くが動きを止める愚か者はいない。近接武装の者達は取り囲むように半月状に展開しその隙間から射撃の者達が攻撃を狙う。
対してレガルトは先程の姿勢のままだ。相手の位置だけ確認して動かない。
そうして兵達が一斉に攻撃。全員同時にレガルトへと斬りかかった。
レガルトへと迫ってくる刃群。例え防いだ所で直後、隙間から射撃を狙われる。背後には追いかけてくる敵もいる。
状況は詰みにも近い状況。だが、ここでようやくレガルトが動く。けれども、それは右手を手刀にして一閃するという余りにも無謀な行動だった。
剣の刃と肉の刃。加えて数も兵達の方が多い。普通に考えれば手を断たれた上に斬り伏せられる未来しかない。
しかし、その未来は訪れなかった。代わりに全ての剣の刀身が宙を舞う。レガルトの手刀が相手の剣を全て一閃のもとに断ったのだ。
有り得ない結果に今度こそ驚愕し動きを止めてしまう近接武装の者達。そんな彼らを援護しようと後方の射撃武装の者達が射撃を放つ。
レガルトを後ろから追いかけていた部隊も彼らを援護しようと射撃武装持ちの者達が攻撃を構えようとするがそこに円柱のゴーレムが一体加速し飛んできた。
接近に反応して避ける部隊。しかし、ゴーレムの飛翔の目的は彼らへの攻撃ではない。
一方、レガルトはこの間にバク転し銃撃を回避。彼が着地姿勢に入ろうとところで円柱のゴーレムがやってきた事で一瞬そこに着地してさらに後ろへと飛ぶ。
円柱のゴーレムはそのまま近接武装の者達へと激突。文字通り彼らをその重量と速度で破壊もしくは吹き飛ばした。そうしてそのままゴーレムは射撃武装の者達の方へと飛んでいく。
射撃武装の者達はゴーレムに任せレガルトは追撃してきていた部隊の方へと向き直り即座に移動。
瞬間移動と見間違えるくらいの刹那の接近に兵達は反応しきれない。次の瞬間、射撃武装の兵の一人が手刀で喉を一突きにされた。そのままレガルトは次の標的へと刹那に移動する。
ここでようやく兵達は反応。近接武装の者が背後からレガルトへと斬りかかった。
しかし、その結果は当人の空中浮遊となってしまう。レガルトによって捌かれさらに投げられたためだ。
宙を漂うこととなった彼は直後、上へと向けられた視界でもう一体の円柱ゴーレムの落下に気が付く。
轟音。それで彼の死が決まった。円柱のゴーレムは兵へとぶつかりそのまま足場である屋根を貫通していく。
衝撃で崩れる家屋。そこにいた兵達は急いでそこから離れようとする。
だが、そこへレガルトが接近。一人を崩れる家屋へと放り投げもう一人を宙へと飛ばした。
崩れ不安定な足場であるにも関わらずしっかりした足取りで走り投げるレガルト。宙を舞った兵は当然、下から飛んできたゴーレムの一撃を喰らう事となる。
後はもうその繰り返しだ。無手で相手を殺すか投げてゴーレムに潰させるか。その二種の攻撃によって部隊は全滅。一方、別の円柱のゴーレムと戦っていた射撃武装の者達も足場の家屋を潰され動きを乱された所を攻撃され同じく全滅。
こうして一人の死神は五つの部隊全てを殺し尽くしたのであった。