八章二話「開幕」(4)
時間は少し巻き戻る……
ここはリーゼンオルグ城の発着場。現在、王都への味方の出撃が一段落つき、その後片付けをしている所である。
なにせ招集から出撃までを短時間でやらなければいけなかったのだ。自前に可能性があることで可能な限り準備をしていたのだが、それでも整備員達はフルスロットルで発着場内を走り回る羽目となった。
そうして慌ただしい時間は終わった現在。皆は後片付けをし、それが終わり次第休息をとっているという状態なのである。
「はあ、しんどかった~」
「だな~。正直、自分がどんな仕事をしていたかなんて全部思いだせね~」
「そこ!! こっちを手伝ってくれよ~」
「やなこった~」
とりあえず自分達がやる事が終わり一同の気は抜けている。まあ、それも仕方ないだろう。
基本的に彼らが忙しくなるのは出撃前と帰投後。なにせ事前準備にチェックに微調整に運び込みに搬出とやる事が多いのだ。その上それが数隻分もあるとなると一段落時は休みたくもなろう。
「まあ、とりあえず一休みしたら帰還時の準備もしなくちゃな」
「あ~~~。それを言うな~~」
この後、再び訪れる業務地獄を想像してそれぞれ嫌そうな顔を見せる一同。
と、そんな時だ。
「ん? ……なんだ?」
ふと、整備員の一人が何かに気が付いた。
「どうした?」
「いや、今向こうの森の茂みが動いたような気がしたんだが……」
指差す整備員。
それ受けて皆がそちらへと視線を向ける。彼が指差したのは発着場の向こう側に広がる森の一角だった。
王城と王都には森が横たわっており、両者は森を切り開いて作った道で繋がっている。
つまり、王城は周囲を森に囲まれているという事だ。
無論、森内にいる凶暴な獣は定期的に狩っているし獣避けも侵入者対策も施してある。
茂みが動いたという事は何かがいると考えるのが自然だが、この付近の森の狩りは少し前にやったばかりだし、侵入者なら厳戒に敷かれた監視装置に一つも引っかからずに来れるわけがない。
いずれも可能性は低い。故に気のせいか風のせいだと結論する整備員達。
だが、その考えは直後に現れたゴーレムの集団と武装兵の登場によって打ち砕かれた。
唐突に現れた敵の兵は整備員達を見つけるとすぐさま武器を構え射撃を始める。
可能性が低いと結論付けていた敵の登場に最初、整備員達は思わず凍りついていたのだが仲間が一人攻撃を受け倒れたのを見て氷解。すぐに我先にと逃げ出し始めたのだった。
その間に森の中から次々と武装兵達が姿を現し、その最後にルードが出てくる。
「おー。やってるやってる」
目前で繰り広げられている戦闘を呑気そうに眺めるルード。当たり前であるが、戦っている当人達は必至である。
と、警報が鳴り響いた。それと同時に奥の方から武装した軍の兵達がやってくる。
「きたきた。それじゃあ、僕も張り切っちゃおうかな」
それを見つけて指を弾くルード。直後、彼の背後に大量のゴーレムが虚空から出現した。
いきなりの膨大な数の出現に駆けつけてきた軍の兵達は一瞬怯んでしまう。
その間にゴーレム達は行動を開始。一気に軍の兵達の元まで接近した。
ゴーレム達の接近に反応して迎撃の射撃を放つ兵達。しかし、ゴーレム達はそれをくぐり抜けるとそのまま兵達に殴り掛かった。
殴られ吹き飛ばされた兵達は勢いのままに壁に激突。その衝撃で気を失ってしまう。
どうにか攻撃に対処した者達もいたが、そこへレグイレムの兵達が攻撃を放ってくる。
「くっ、引け」
このまま戦うのは不利だと悟った兵達は撤退を開始。牽制を入れながら無事な者が味方を回収するとすぐさまその場を後にした。
そんな彼等をレグイレムの兵の一部が追い掛けようとするがそこに隊長――以前、オルドラと会話していた幹部――が待ったをかける。
「落ちつけ!! 我々の目的を敵を倒すことではない。城内に侵入して情報を入手することだ。陣形を崩すんじゃない」
その一括で落ちつきを取り戻すレグイレムの兵達。
「目指すのは王城内にあるデータベース室。そこに目的のデータがあるはずだ。各自気を抜くな。ここは敵の本丸だ。当然向こうも全力で守りに来る」
そんな彼等に隊長がさらに警告を続けた時だった。
「言うまでもないことだ」
「そんなわかりきった事を言われてもね~」
唐突、ここにいる面々とは違う声が森の方から聞こえてきた。
その声に一同は声の方へと振り返る。
「ゲイウス様、ベリーヌ様。どうしてこちらに?」
「上の命令でね。暇ならお手伝いしてこいって」
「……だが、こいつが余計な寄り道をしたせいで連絡ができなかった上に作戦前に合流できなかった」
「いいじゃない。そのおかげで連中の妨害ができた上に飛空船も調達できたんだし」
森から現れたのは二人の男性だった。
一人は男であるにも関わらず化粧を施した所謂オカマ調の人物。紫の髪に白に近い肌の化粧。上着もズボンも黄色調一色で唯一中のシャツだけが白色だ。武器なのだろう。左手にはパーツ状に分解された刃に鋼糸を通した鞭のような剣がしなった状態で握られている。
もう一人の男性は寡黙そうな男だった。黒いマントで全身を覆っており獲物は見えない。ただ、マントから漏れたズボンの裾や襟などからこちらも上着とズボンが黒の一色で染まっているのが予想できた。
「死神第五部隊隊長ベリーヌ・ロイス。ただいま到着っと」
「同じく死神第六部隊隊長ゲイウス・ボルギヌス。これよりそちらの作戦に参加する」
その言葉と同時。二人の背後から新たな兵達が姿を現す。彼等の部下だ。
「……聞いた話では別の作戦が終了した第三と第四も参加するはずだが……」
「我々は見ていません」
「……遅刻かしら?」
「君が言ったら駄目なんじゃないかな?」
最後のベリーヌの台詞に思わずツッコミを入れるルード。それでようやく二人はルードの存在に気が付いた。
「お前がルード・ネリマオットか」
「うん。そうだよ。よろしく~」
そう言って手を差し出すルードにゲイウスもまた手を出し二人は握手を交わす。
「……それで指揮はどのようにすればよろしいでしょうか?」
そんな二人に隊長が問い掛けを放ってくる。
確かに彼にしてみれば気になる点だろう。なにせそこが発揮しなければ彼はもちろん部下も誰の命令を優先すればいいかわからなくなるからだ。これからの事を考えるとその点だけははっきりさせておかなければならない。
「とりあえず指揮は当初の予定通りお前がとれ。我々もそれに従うし必要なら助言する」
「了解致しました」
ゲイウスの返事に隊長は敬礼で応じた。
「……指揮官の対応じゃないわよね」
「しっ!! それを言っちゃ駄目」
そんな対応にベリーヌとルードが小声で意見を交わし合う。
「それで……ここからはどうするつもりだ」
そうして指揮の話が決まった所でゲイウスは次の話を持ちだした。
目標と作戦内容はレグイレムの本部それも初期のほうで決まっており、ここに来る前にゲイウスも作戦内容は知っているはず。にも関わらず作戦の流れを問うたのは周りに周知徹底させるためだろう。
「このまま発着場側の入口からリーゼンオルグ城へと突入を果たします。敵に対しては突破を優先。既に森の監視装置経由で警備システムに別の仲間が妨害を働いていますので警備システムはその能力を十分に発揮できないはずです」
「……そうなると厄介なのは近衛と『極の槍兵』か」
極の槍兵とは王の命令でのみ動く一人の兵の渾名だ。その名の通り槍を極めた武人でその強さは絶大である。
「……私達が来なかったらどうするつもりだったのよ?」
「当初、部隊を王へと向かう部隊とデータベース室に向かう部隊とに分けて極の槍兵を王の護衛として固定させるつもりでした。最も、ルード様が参加なさってからは彼が相手してくださるという話になってますが……」
「これ程の強敵『千針の剣手』以来だからね。折角だからその実力確かめてみたくてさ」
隊長の説明に無邪気な声で相槌を打つルードだが、その声色の中に強敵と戦えることを喜ぶ歓喜が混じっていることに全員が気付いている。
「そ、そう」
それを不気味に感じながらも納得するベリーヌ。彼とてルードの噂ぐらい幾度も耳にしているしその情報も手にしている。ならば、その実力を疑うことはないはずである。
「では、極の槍兵は彼に任せ、近衛は我々が相手しよう」
「お願いします」
こうして段取りが整い彼等は入口へと向かう。
入口は扉が閉まっており厳重なロックが掛かっているが、兵の一人が扉付近にある端末に機器を取り付け操作するとロックは簡単に解除された。
恐らく扉の向こうには多数の兵が待ち構えているはずだ。しかし、そんな事ぐらい彼等とて想定済みであった。
兵の一人が扉の前に何らかの魔具を設置する。それが終わったのを確認して扉を僅かに開く別の兵。
そうして程なくして魔具から煙のようなものが噴出。それは扉の隙間を通って中へと入っていく。
その直後、扉の向こう側が慌ただしくなった。煙の効能は目と鼻と肌を強烈に刺激するという効能。それによって待ち構えていた兵達が混乱しているのだ。
混乱する音を合図に突入を開始するレグイレム。
こうしてリーゼンオルグ城内の戦いが始まったのであった。