八章二話「開幕」(3)
王都は炎の迷宮と化していた。
建物が燃え続けた事で火が隣家に燃え移りそのせいで建物自体が炎の壁と化しているからだ。
炎の壁はあちこちにありそれらはさらに燃え広がってその規模を大きくしていく。時にはその壁が崩れ障害物となったかと思うと時には火の粉となって新たな炎の壁となる。
数と勢いと規模を増して王都を飲み込んでいく業火。そんな中を人々は逃げ惑っていた。
彼らが逃げているのは己の命を脅かすものからだ。
一つは広がり続ける死の靄。大型の生物ドラインから発生されるそれはその生物を中心に広がっており、必然人々はそれから遠くに離れるように逃げる形となる。
そして逃げるもう一つは戦場そのものだ。軍とレグイレムの応酬は時に流れ弾や巻き込みという形となって人々を飲み込む。近くにいれば死ぬ可能性が高い。ならば戦場から離れようとするのが当然である。
そして戦況はというと現在は軍が不利という形で推移していた。
奇襲を受けて陣形は崩壊。今は各個がそれぞれの判断で臨機応変に動いている。それを何とかしようと司令部はいろいろな指示を送るが思うようにいかない。
一つは奇襲を受けたことによる混乱からまだ立ち直っていない事。あちこちから飛んでくる攻撃に加えドラインの靄から逃れなければならないので立ち直る間がなかったのだ。
もう一つは戦力負け。なにせルードの手によって大量のゴーレムが王都に出現したのだ。本来であれば戦力は軍側が勝ってるはずなのだがルードの助力によってその戦力が逆転してしまっている。結果、軍が劣勢に陥り被害が拡大しているのだ。
「大通りまで後退だ!! そこで陣形を組んで対応するぞ!!」
「くそ、数が多すぎる。飛空船からどうにかできないか?」
「狙撃兵!! 飛空船に近づくゴーレムがいるぞ!! 撃ち落とせ!!」
それでも軍の兵達は必死に戦う。自分達が負ければ王都がこのラクロマという国家が大ダメージを受けることを理解しているからだ。
生きるために撤退しながらも彼等は皆、勝つために知恵を巡らし持てる力を全て用いて立ち回っている。
追走してくるゴーレムを振りきって地上へと援護射撃を行う飛空船。かと思えば撃墜された船体で地上のゴーレムをひいていく飛空船もあった。
移動砲車は兵の援護を受けて後退し兵の壁の後ろから彼等を支援する砲撃を放つ。
時には人のいない民家をわざと崩して障害物とする時もあった。また、ある時は通路確保のために障害物を吹き飛ばす時もあった。
「広場までの通路を確保したぞ。荷物を運べ!!」
「急いで薬屋の道まで戻ってこい。そこまで来てくれれば援護できる」
「東側のパン屋前通りで負傷者二。誰か行ける奴はいないのか!?」
劣勢は今も変わりない。だが、負けられない以上、撤退という選択肢はないのだ。
レグイレムの兵達に対応しつつ彼等はドラインへと向けるための部隊を編成していく。
『どうにか三隻。こちらに回せないか?』
『とにかく後退しろ。それから部隊を分ける』
『空いた分のフォローは地上から狙撃兵で対応させます』
戦力をどうにかやりくりして徐々にドライン用の部隊を集めていく軍。無論、この間も戦闘は続いている。
そうして王都の三割近くが瓦礫に変わった頃、ようやくドライン用の部隊の編成が完了した。
「よし、では行くぞ!!」
その言葉に通信用の魔具から一斉に返事が返ってくる。それを合図に部隊は行動を開始した。
飛空船と移動砲車が靄の外から砲撃を始める。その攻撃を受けてたちまち傷を作るドライン。すぐさまドラインは反撃の衝撃を口から放つ。
しかし、距離をとっている上にこれまでに何度も放たれた攻撃だ。
事前動作の段階で攻撃を察知していた彼等は余裕を持ってこの遠距離攻撃を回避した。そうして再び砲撃を始める。
無論、レグイレム側も黙ってみている訳ではない。ドラインへと部隊が向かったのを見て妨害しようとする。
だが、今回はその妨害に味方が割り込んだ。射撃で攻撃を妨げたり盾となって部隊への攻撃を防いだのだ。
空でもドラインへと攻撃を放っている飛空船への攻撃を別の飛空船が防いでいる。その構図は地上と同様だ。
味方の支援を受けて部隊はドラインへの砲撃をさらに激しくしていく。
痛みを感じているのかドラインが咆哮をあげた。そうして再び衝撃波を放つが、これもやはり軍側は回避してしまった。
けれども、だからといって軍が有利というわけではない。この間にもドラインへと攻撃を行っている部隊を守っている部隊は消耗していっている。
徐々に削られ数を減らしていく護衛の部隊。これが壊滅すれば今度は攻撃している部隊が狙われる事になる。
ドラインは噴出する靄のせいで接近できず、その靄も兵の大半の射撃兵装――あるいは魔術――以上の範囲まで拡大していっているという現状だ。もし、飛空船や移動砲車がなくなればドラインへ攻撃する手段がなくなり、増援が来るまでドラインを止める術を失ってしまう事となるだろう。それは被害が今以上に甚大になる事を意味している。
「敵に部隊への攻撃を許すな!! 失敗したら顔見知りを多く失う事になるぞ!!」
「くそー!! 未来の嫁を失ってたまるか!!」
「いねえのに叫んでるじゃねえよ!!」
怒号と叫び、時たま軽口を交わしながら射撃を敢行する兵達。空では飛空船が飛び回るゴーレムや飛空船を追い払う。
幸いな事は敵の空の戦力のほとんどがゴーレムであるという点だ。砲撃の直撃を一発受けるだけで落ちるというのはありがたい。とはいえ、ゴーレムの中には飛空船でも一撃で落とすだけの火力を有する個体もいる。油断はできない。
そのため、飛空船の最優先目標は火力のあるゴーレムとなった。そうする事で動き回らせドライン用の部隊への狙い撃ちを抑えようというのだ。
その狙い通り重火器を装備したゴーレムは四方から攻撃をさらされた事でドライン用の部隊を狙うことができなくなる。
自衛のために己を狙う飛空船へと砲口を向けるゴーレム達。おかげでゴーレム用の部隊へと飛んでいく攻撃が目に見えて少なくなった。
その隙を作った味方に感謝しながらドライン用の部隊はその火力を一点に集中させていく。
狙うのは行動を司り恐らく制御装置が積まれていると思われる頭部だ。そこさえ潰れればドラインは動かなくなり靄の脅威も時期に消える事となるだろう。そうなれば地上の兵達に対する脅威が消えるばかりでなく制限されていた戦場をより広く使うこともできるようになる。
地の利は軍側にある以上、それを上手く使うことで数にある程度対抗する事も可能。対抗できるようになれば増援が来るまで十分に持ち堪える事だってできる。
『まだ、ずれてるぞ!! もう少し攻撃を中央に寄せろ!!』
『処理のリソースをできるだけ照準システムに回してくれ』
それ故に攻撃手達も自然と攻撃に熱が入っていく。
攻撃を嫌がった体を大きく振って砲撃から逃れようとするが、攻撃手達の経験から逃れることが出来ない。その動きを追い掛けるように攻撃のラインも変わっていった。
そうしていることしばらく、遂に攻撃の一つがドラインの表面を貫き脳へと至る事に成功する。
一瞬のうちに砲撃の熱で焼き尽くされたドラインの脳。故に痛みを感じる暇もない。
断末魔も足掻きもない最後。ドラインはピクッと大きく跳ねるように体を震わせた後その動きを静止。周囲は一気に静寂へと巻き戻った。
再び動き出すことはないかと注視する一同。さすがに交戦中の者はそういう訳にはいかないが、隠れている者、休んでいた者など偶然手が開いていた者達は皆ドラインの方を見ている。
そうして時間が少し経ち、いつまで経っても動かないドラインを見てドラインを倒したのだと喜ぼうとした時だ。
唐突にドラインが爆発を起こした。
体内に溜め込まれていたのか爆発の風に乗って靄が爆発地点を中心に急速に全域へと広がっていく。前兆も予告もないいきなりの爆発に即座に対応できる者はいない。結果、多くの兵がこの靄に飲み込まれる事となった。
味方すら巻き込んだ自爆攻撃。これによって多くの兵がウイルスに感染した。幸い吹き散らされた事で濃度が低かったのか流れだした血の量は少なく死に至った者は少ない。だが、このまま血を流し続ければやはり死に至ることに変わりはない。それは空にあった飛空船も同様だ。巻き上がった靄によって飛空船の乗組員が感染し操縦者を失った飛空船が次々と地上へと墜落を始めていく。
感染による混乱が巻き起こる中、どういう訳か同様に巻き込まれたはずのレグイレム側には被害はない。弱っている様子もなくレグイレムの兵達は攻撃を加えていく。
一番の問題を片付けたはずにも関わらず以前状況は不利なまま。
こうして戦いは劣勢の状態で次の局面を迎えたのであった。