八章一話「王都を目指して」(10)
小柄なゴーレムの自爆によって揺れる船体。
「状況は!?」
そんな中でバージンが船員の船の状態を確認する。
彼の問いを受けて急いで船体のチェックを始める船員。その顔は不安と緊張に満ちておりそれ故にこの結果がどれほど重要なのかを否が応でも理解させられてしまう。
「……船体にダメージはなし。副機関は無事。主機関は……軽傷となっております」
「どの程度だ?」
「出力は九〇%まで低下。反応から見て速度は落ちますが航行の続行は可能です」
「九〇%か……」
その返事を聞いてバージンは思案を始める。
まず考えるのはこのまま進んだ場合の到着時刻と修理によった場合の到着時刻。要としては落ちた速度分の時間が寄り道と修理に掛かるよりも短いかどうかだ。
短いならばこのまま行ったほうが早いし逆に長いなら修理に寄ったほうがいい。
そうして少しばかりの検討の結果、彼はこのまま進んだ方が早いと結論付けた。
だが、出力が落ちたせいで当初の到着時刻よりも遅れることは避けられない。そういった意味では相手の妨害はある程度成功してしまったと言ってもいいだろう。
バージンは船内放送のスイッチをオンにして船内にいるロアン達に現状を報告する。
「……現状報告。本船は敵の自爆攻撃により主機関にダメージを受けたが損傷は軽微。繰り返す。損傷は軽微。故に本船は若干の遅れを伴う事になるがこのまま航行を続行する。以上である」
だが、後悔や反省をしている暇はない。今必要なのは少しでも早く王都に到着することだ。反省をしている暇があるならばその思考力を時間短くするための思考に割くべきである。
「主機関の損傷具合を再確認。可能な限り修理をして速度の低下を回復させろ」
「了解」
「それと窓に非常用シャッターを降ろすんだ。このままでは落ち着かないからな」
現在、船橋の窓はゴーレム――正確にはそれを迎撃しようとしたロアン――によって破壊されている。
飛行中に生じる風は風除けの機能が働いて飛空船一帯には入ってこないが、船橋に何かがいつでも入ってこられる状態というのは心理的にも警戒的な意味でも放っておくことはできない状態だ。そのため、バージンは船員に窓を塞ぐ指示を出す。
彼の指示に船員が頷き直後に窓にシャッターが降ろされる。
シャッターによって外の様子が見えなくなった……と、思いきやすぐにシャッターに外の映像が映された。ただ映像の一部に黒ずんでいる所がある。
「一箇所、映像がおかしい所があるがカメラが故障しているのか?」
「……どうやらそのようです。原因は不明ですが……」
「全く……こんな時に」
船員の返答に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるバージン。少しばかりの熟考の後彼は決断を下す。
「まあいい。とりあえずレーダーの監視を怠るな。それと今以上に速度を出せる方法がないか全員考えておくんだ」
とりあえず危機は去った。再び敵が妨害を仕掛けてくる可能性は低いだろう――それならば戦力を集中させたほうが効率がいい――。そう判断し視界が悪くても問題ないと考えたバージン。
ともかく今からやるべきは速度に関しての事と後は戦闘の後始末だろう。
飛空船の損小度合いは主機関と映像の件以外は問題ない。と、なれば後は戦闘員の治療だ。
戦った彼等に治療を施し王都到着までに万全な状態へと回復させる。弱っている彼等を戦地に送り出しては増援の意味がない。そのために必要な事の一つとしてバージンはある場所へと通信を繋ぐ。
「食堂。悪いが軽食と飲み物を用意しておいてくれ」
戦いで疲れて軽くお腹も空いている事だろう。そう考えたバージンは食堂に連絡をして彼等のために軽食の用意を指示したのであった。
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「遠方から監視していた仲間から報告があった。飛空船の妨害には失敗したようだが遅延することはできたようだ」
「よかった~。それなら僕も人形を貸したかいがあるってもんだよ」
ラクロマを担当するレグイレムの幹部の報告に満足気なを笑みを返すルード。
ここはとある場所に造られたレグイレムの隠れ家の一室だった。隠れ家には窓はなく仄かな明かりが暗い隠れ家の内部様相を不気味に照らしだしている。
室内にはオルドラや他のレグイレムの面々の姿もあった。皆、幹部の報告に耳を傾けており現在室内は静寂に満ちている。
そんな中でルードが喋りだしたのだから当然のその言葉は全員の耳に行き渡る事となった。
「だが、貸してくれるなら飛行ができるタイプのほうがよかったのだが……」
そしてその言葉に意見を呈したのがオルドラである。そんな彼の意見に反論するルード。
「ははは、だって、そっちだってけちったじゃん。そんなところに飛行ができるタイプなんてもったいないじゃないか」
確かにオルドラの言う通り飛行ができるタイプなら離れたところで撃墜されても追いついて乗り込める分、今回の作戦に適していただろう。しかし、今回の作戦は失敗しても仕方なしむしろ成功すれば上々くらいの思いつきの妨害作戦だ。
時期に王都への作戦が始まる以上、妨害にあまり戦力を回したくなかったというのが本音なのである。
そんな作戦だ。ルードとしては『そっちだってけちってるんだから、僕だってけちってもいいよね?』というのが偽りのない意見なのである。
作戦の仕様上、ゴーレムは使い捨てが前提だ。ルードの飛行できるタイプのゴーレムの保有数はかなりの数――普通の感覚であるなら数体譲ってもいいと思うくらいには――があるが、だからといって使い捨てのために使われるとなるとなんというか気が乗らない。故に彼は飛行できるタイプではなく通常のゴーレムを彼等に与える事にしたのだった――通常のゴーレムなら使い捨てにされても構わないと思ったから。なお、数は飛行できないタイプの方が遥かに多い――。
「だがな……」
「まあまあ、終わったことなんだからグチグチ言わない。それに今回の作戦じゃちゃんと出すから。元々これを楽しみにしてたんだし」
そうルードにしてみれば今回の作戦こそが本番であり一番楽しみしていた事だ。無論、自分も思いっきり楽しむつもりなので今回はド派手に参加するつもりである。
「……はあ……計画の開始時刻はこのままいくつもりか?」
ルードの反応にオルドラは呆れの嘆息を吐き問い詰めることは諦めた。そうしてから彼は幹部に計画の修正はないか尋ねる。
「このままだ。折角遅れてくれるんだ。それを活かさない手はない」
「了解した。ドラインの方もそれに間に合うよう調整しておこう」
そう言うとオルドラは背を向けその場を後にした。恐らくドラインの調整をすぐに始めるつもりなのだろう。
「お前達も今のうちに準備を整えておけよ。武装のチェック、補給。直前になって足りませんじゃどうしようもないからな」
その言葉に皆が笑いながら返事を返す。
そんな返事を聞きながらルードは今回の作戦の流れについて思い出していた。
作戦の第一段階としてはドラインを積んだ輸送用飛空船が限界高度ギリギリから王都中心へ降下を掛け、その後にドラインを投下する手筈となっている。ドラインが暴れ始めればそれを契機に王都内に侵入していた仲間達が行動開始。彼等の役割は王都内の被害拡大とドラインの迎撃部隊の妨害だ。
そうやって王都の被害が拡大し王城から兵が出撃すれば作戦第二段階の開始である。
第二段階はまず王城に襲撃を掛けることから始まる。無論、兵を出したと言っても場所が場所だ。それだけでそう安々と侵入を許してくれるはずがない。
しかし、そうなる事はレグイレム側も承知の上、そうしてそういう形なったらルード達本命の出番だ。一気に王城へと侵入する。
「……ふふふ。考えただけでもワクワクするね」
笑いを押し殺して一人呟くルード。
作戦が始まればどんな事態が、どんな展開が待っているだろうか。
予定通りに進むのか、はたまた想定外要素がきっかけで予定外の事態に直面するのか。どちらに転んでもルードとしては楽しめる。
加えて久々の大規模な戦いだ。戦場が広く相手の戦力もなかなかとなれば全力とはいかずとも久方ぶりにいつもよりも多くの戦力を投入する事ができる。久しぶりにある程度の戦力を展開できる相手と戦えるというのはルードとって嬉しい出来事だった。
「炎に包まれる王都。その中で蠢く思惑。そうしてそれらを傍観する僕……いやはや、実にいい絵だね」
周囲、レグイレムの面々は作戦に向けての最終打ち合わせや武装の点検、積み込み等を行っている。
出入口側でも人の出入りが激しくなっており、部屋の向こうの通路でもいくつもの人の声が響いてきていた。
騒がしくなる隠れ家。けれども、ルードはそれらを気にも留めない。
まるで静かな部屋の中にいるようにそれらに意識を向けることなく彼は通路に出る。
多くの人が行き交う通路。にも関わらず彼は誰ともぶつかる事なく通路を進んでいた。
「開幕までもう少し。今はこの待ち時間を楽しむことにするか」
誰に言うでもなくそんな事を呟くルード。
そうして彼は通路の先へと消えていったのだった。
一話終了
これにて一話は終了です。
次回からは二話となります。