二章一話「銃使いの少女と付添の少年」(4)
「……そろそろ野営の準備をするか」
しばらく歩いた後、刀弥が腕時計を見てそんな提案を他の三人にしてきた。
四人がいるのは洞窟内のため、町のように天井の光量で時間の流れを把握することができない。そのため、腕時計で時間を確認しなければならない。
ただ、刀弥の腕時計は基準時間での時間しかわからない。そのため、その時間経過から今が夜なのかを判断する必要があるのが難点だ。
ちなみにリアの腕時計は、基準時間と設定した時間の両方がわかるタイプ。ただし、刀弥のと違って日付までは知ることはできない。
「刀弥の時計は、基準時間しかわからないのか」
刀弥の腕時計を見て、アレンがそんな感想を漏らした。
「ああ、小さな町で買った奴だったしな。何せ、いきなりこっちの世界に来たからな……」
それほど日が経っていないはずなのに、リアと出会ったのが随分昔のことように感じられる。
そう思えるほど濃密な日々を刀弥は過ごしたという訳だ。自然と感慨深い思いが刀弥の内に溢れてくる。
「こっちの世界?」
彼の漏らした言葉にアレンが反応を示す。
「……ああ、言ってなかったな。俺は渡人なんだ」
そうして刀弥は、自分の身の上を二人に話すことにした。
その説明にアレンもシェナも驚愕の顔を浮かべる。
「なんて言えばいいのか……」
話を聞き終えた後、アレンは困惑した表情を浮かべて言葉を濁した。
「まあ、来てしまった以上はいろいろ楽しみながら生きるさ。とりあえず今は野営の準備だ」
話の中心であった刀弥がそう言うと、それを合図に皆が野営の準備を始める。
まずは夕食の準備のために食器や調理器具、食べ物。加えて暖と明かりのための魔具も取り出し、起動させる。
そうして食べ物を調理していく。
やがて、夕食が出来上がると、四人は暖の魔具を囲んでそれらを食べ始めるのであった。
その夕食の最中、意外にもシェナが刀弥に話しかけてくる。
「ねぇ」
「何だ?」
「刀弥の世界ってどんなところ?」
どうやら刀弥が渡人だと知って彼の世界に興味を持ったようだ。気のせいか彼女の瞳が一際輝いているように見える。
やはり未知の場所というのは皆、興味をもつものらしい。その気持ちは刀弥もわかるだけに特に何も言わない。
ともかく彼女に請われるまま、刀弥は自分の世界について話し始めるのだった。
内容は前回、ファルスの宿屋で話した内容と変わりはない。
けれども、話す相手が違うと興味を持つところが違うということもあって、詳細に話す部分は大きく異なってくる。
シェナの場合、特に食らいついたのは銃火器に関する話だった。
本人が使っていることもあって興味を持っているのだろうかとそんなことを頭の片隅で考えながら、刀弥は自分の知っている範囲で話していく。
ときたま、個人的な推測や感想も混ぜてみたが、意外と彼女に好評だったことに刀弥はほっとした。
「……と、まあ以上だ」
「ありがとう。面白かったわ」
説明を終えると、シェナがそうお礼の言葉を口にする。
この頃には既に四人とも食事を終えており、彼らの回りには食べ終えた食器だけが残っていた。
「満足してくれたなら、こっちとしても話した甲斐がある」
「悪いな。元の世界の話なんかさせて」
その礼に対して刀弥はそう応答を返すと、アレンがそんな風に謝ってくる。
帰れない元の世界を思い出させるようなことをさせてしまって、すまないと思っているのだろう。
「気にするな」
自分の世界への思いを思い出さないと言えば嘘になるが、それを彼らに言う必要はない。
とりあえず刀弥はその思いを払拭する意味もあって、新たな話題として先程から気になっていることについてアレンに聞いてみることにしたのだった。
「……ところでそれは何なんだ?」
訝しむ刀弥の視線はアレンの前に置かれたある物に向けられている。
持つためのグリップと銃身があることから銃に類する物であることは一目でわかった。だが、かなり大きい。
銃身は上下二つに割れており、さながらレールのように見えた。グリップは上部に取り付けられているようで、仮に持つとしたら逆手でそれ自体を引き上げる感じで持つことになるだろう。
だが、グリップの大きさから考えてもこれは片手持ち。片手でこれだけの大きさの物を持ち上げられるのか。それが刀弥には疑問だった。
「今、製作中の魔具の銃。高出力の雷と風を放出する力を持たせようと思ってるんだけど……」
どうやら、新しい魔具を作っている最中だったらしい。
始めて見るその作業に、自然と刀弥の視線は吸い込まれていく。
銃の近辺には別の魔具らしき物がいくつか置かれていた。どうやら計測器のような役割を持っているようだ。その証拠に彼の傍の何もない空間に様々な情報が浮かび上がっている。
それらに目を通しながら、アレンは銃の内部を弄ったり部品を交換したりなどして制作を続けていた。
魔具はマナを動力として使った装置ではあるが、その構造は多岐に渡っている。
大半は、術式回路と呼ばれる魔術式を回路のように事前に組んだものを組み込むのだが、中にはそれに科学文明の技術を混合させたものまである。
結果、多少の出力調整ができたり、複数の効果の並列化、プロセス化を自動制御にすることで扱いやすさの向上させるなど魔具の利便性を向上させることに繋がった。
アレンが製作している銃がどういう構造のものかは魔具に関する知識を全く持たない刀弥にはわからない。だが、かなり高度な知識と技術が必要なのだけはなんとなくわかった。
けれど、一つだけ気になることがある。
「だけど、それ。持てるのか?」
大きさから考えても、片手で持つには結構重たいような気がする。こんな物を本当に持てるのか、それが気になったのだ。
だが、刀弥の問いにアレンはこう答える。
「ある程度軽くしているとはいえ、俺じゃあ無理だな」
「じゃあ、それを使うのは……」
自然と刀弥の目がシェナのほうへと向かう。
彼に見つめられたシェナは、何事かとばかりに首を斜めに傾げた。
「そういうこと。こう見えても俺より力はあるからな」
気のせいか、その口調に嘆きの色が混じっているように刀弥には感じられた。
だが、次の言葉にはその色はもう混じっていない。
「まあ、おかげで多少の無茶な魔具でも作れるからな。その辺は感謝しないとな」
「じゃあ、明日は私の大好物の……」
「調子に乗るな」
シェナの頭を軽く殴るアレン。痛くなどないはずだが、それでも彼女は痛がる表情をみせた。
そんなやり取りを刀弥とリアは笑みを浮かべ仲良く眺めていたのであった。
――――――――――――****―――――――――――
そうして四人は就寝の準備に入る。
見張りは四人ということで、二人ずつの交代。前半は刀弥とリアが、後半はシェナとアレンが担当することになった。
魔具が照らす明かりの中、刀弥とリアが並んで座っている。明かりの向こう側ではシェナとアレンが寄り添いあうように――シェナから一方的にだが――眠りについていた。
「楽しかったね」
「そうだな」
今日の出来事の感想をリアが呟き、それに刀弥が同意する。
「アレンもシェナもどっちも凄かったな」
「そうだね。アレンさんが魔具作れるってのも凄かったけど、シェナさんも凄かったね。クルクル回りながら撃って相手をほとんど寄せ付けてなかったし」
そのときの様子を目に浮かべたのか、リアの顔がうっとりとしていた。
「私たちも、がんばらないとね~」
「……そうだな」
刀弥の返事が微妙に遅かったが、そのことにリアは気が付かない。
「私の場合、まずは新しい魔術の取得かな? 刀弥は?」
「俺の場合、遠距離の対応だろうな。今日のようなことにならないようにしないとな」
遠距離攻撃を持たない刀弥の場合、考えられる手段といえば相手の攻撃を避けながら近づくということになる。
しかしながら圧倒的な弾幕を相手にした場合、進むどころか回避することすら至難の業だ。
堅実なのは障害物に隠れながら少しずつ進むことだが、ならば障害物がない場所でその状況に陥ったとき、どうするのかと言われると思いつかない。
そもそも刀弥の世界では既に銃が優秀な武器として認知されており、今や剣や刀は基本的に美術品としてしか価値のないのが実情だ。
――それは……剣では銃に勝てないということの証明ではないのか?
一瞬よぎる、そんな思考。思わずそんなことはないと否定しようとするが、それを否定しきれない自分がいることに刀弥は気付く。
「刀弥? どうしたの?」
様子がおかしい事に気が付いたのだろう。リアが刀弥の顔を覗き込もうと近寄ってきた。
「何でもない。ちょっと、どうやって対抗しようか考えてただけだ」
弱腰な考えを悟られたくなかった刀弥は、とっさにそんな嘘をついてしまう。
「そっか」
どうやらリアは刀弥の嘘を信じたようで、そう言って彼女は元の場所へと戻っていった。
それを見送った後刀弥は明かりへと目を移し、それからその向こう側を注視する。
あどけない顔で眠る銃使いの少女を……
一話終了
これで二章一話が終了です。
次は二話です。
どうぞお楽しみに……
08/17
文章表現の修正
10/30
文末などを修正