八章一話「王都を目指して」(6)
飛んでくる砲撃をロアンは右の拳で破壊する。
砲弾は光をまき散らして消失。散る光の向こうではゴーレムが新たな砲撃を放つためのチャージに入っている。
敵が使う砲は両手で構えるもので実体の弾ではなく大出力なエネルギーを生成圧縮して放つタイプのものだ。砲身部にエネルギーを溜め圧縮するために次弾発射までに時間が掛かる。
その時間を利用して左の拳に力を溜めるロアン。そうして左の拳が十分に力を溜め終えた時、ゴーレムの方も砲撃のチャージを終えた。
すぐさま砲撃を放つゴーレム。それをロアンは左の拳で打ち砕く。
振り抜いた腕が反対の腕である以外。先程と全く同じ光景。既にこの光景は幾度も繰り返されている。
背後に船橋があるが故に動けないロアンとそれを承知しているからこそその位置に居続けるゴーレム。
恐らく敵の狙いはこちらの消耗。だが、思考能力が予測される通りならその案だけに留まるはずがない。必ずそれ以外の手段も考えているはずだ。
故にロアンは警戒を怠ることなくこの状況を突破する方法を思案していた。
現在、敵の砲撃は徐々に左へと流れている。その度にロアンが位置を調整して迎撃しているが、これがゴーレム側の欠陥だとはロアンは一片たりとも考えていない。間違いなく何かしらの狙いに基づく行動のはずだ。
と、その時、方向の向きが右上へと大きく向きを変えた。
今、ロアンが構えている拳は左。右腕と比べると手間が掛かる側だ。
タイミングが意図的であることを確信しつつロアンは右上へと飛び上がる。それと同時に敵の砲撃が放たれた。
軸を合わせていては間に合わない。加えて体が空中にあるせいでしっかりと拳を振り抜く事もできない。
時間もない、破壊する威力もない。故にロアンは砲撃の破砕を諦めて逸らすことにした。横から殴るのであれば軸を合わせる必要もなく威力も小さくなってもできるはず。
ただ、問題はタイミングだ。軸を合わせていれば高さと横を調整するだけで済むが今回はそれにタイミングの調整も必要となる。
ミスをすれば自身の右腕が砲弾に飲まれる上に船橋も破壊。そんな思考がイメージとなって頭に浮かぶがむしろそれが集中力を上げる要因ともなる。そういう状態で彼は砲撃を見据えた。
近づいてくる砲弾。光が集まり輝きを放つそれとの距離をロアンはしっかりと測る。
左の拳は既にいつでも放てる状態だ。後はタイミングを待つだけとなる。
そしてそのタイミングが来た。即応の反応で左拳に繰り出すロアン。
拳が狙ったポイントに向かって動き出し、そのポイントに向けて砲弾が飛んでいく。
そうして砲弾がそのポイントに辿り着いた時、ロアンの左拳もそのポイントに辿り着いた。
左腕に衝撃。それと同時に砲弾が右へと逸れていく。
狙いが上手くいったことにとりあえず内心で安堵するロアン。と、その時だ。ふと、彼は視界の下、流れていくそれの存在に気が付いた。
流れていく物の正体は砲。先程、ゴーレムが船首へと向けて放ち、たった今ロアンが逸らした砲弾を放った元凶だ。
それが視界の下方から中央、つまり後ろへと飛んでいくのが見える。
何故、そんな光景が見えるのかと一瞬思ったロアンだが、直後『では武器を失ったゴーレムは一体、どうやってこちらに攻撃してくるつもりなのか』という疑問に行き着き、そして敵の狙いを悟った。
現在、ロアンは攻撃直後でなおかつ空中にいる。すぐに着地することや構えに入れる状態ではない。対し相手も砲撃直後で次弾を放つにはチャージする必要がある……次の攻撃が砲撃ならばであるが。
砲を捨て無手となったゴーレム。そんなゴーレムの元へ飛翔してくる物があった。短剣だ。それを受け取りゴーレムはすぐさま投げ放ってくる。
真っ直ぐ綺麗な軌道で飛んでくる短剣。飛んできた方向から投じたのがレリッサ達が戦っているゴーレムの一体だという事はすぐにロアンにもわかったが、それがわかったところで状況が良くなるわけではない。彼はすぐに対応に出る。
逸らすために放った左拳は振り抜いたままだ。勢いはついておりそれ故にロアンの体は竜巻のように軽い回転状態となっている。右拳は左を振り抜いた直後には次弾のためのために入っているが、体勢が整っていないこの状況では十分な威力も発揮でない。
それでもロアンは右拳を前方上へと放つ。何もない空間を穿つことになるが、それは承知の上でだ。と、その瞬間、ロアンの落下が加速した。
体の向きは最初と比べると回転によって右方向を向いておりロアンの視点で見ると後方下へと落ちる感じだ――ゴーレム視点だと右下方向へと加速している――。斬波の応用で力の反転による壁を作りそれで己を押したのだ。
移動距離は僅かだが、それでもロアンの体は短剣の軌道から外れる事に成功する。だが、相手のゴーレムは投じた瞬間に既に次の行動に移っていた。
なんと、ロアンを素通りして船橋に飛び移ろうとしていたのだ。
無手で船員と戦うつもりかと思ったロアンだが、ある可能性が頭に浮かび上がる。もしその通りならゴーレムを船橋に入らせる訳にはいかない。
そう判断するとロアンは着地と同時に船橋側へと旋回。壁を垂直に駆け上がりゴーレムを追いかけ始めた。
ゴーレムはさらに船橋の奥へと入り込もうと身を屈め始めている。中に入ってしまえば手遅れだ。
「間に合え」
その言葉と同時にロアンが壁を強く蹴りつける。
一気に加速する体。眼前ではゴーレムが窓際を蹴り今、飛び立った。
その足をロアンの右手が掴む。
引かれる身を窓際に掛けた左手と足と体重で堪えるロアン。予想通りなら時間はもう余り残されていないはずだ。
ゴーレムの失速を感じた瞬間、彼は後ろ、窓の外へと身を飛ばしながら反時計回りに回転。
結果、当然ながら掴まれたゴーレムも引かれて回りその勢いを用いてロアンはゴーレムを窓の外へと投げ飛ばした。
宙を漂うこととなったゴーレム。投げた方向は前方左側。空気抵抗を受けて失速を始めたゴーレムは後方へと流れ――
直後、爆発。爆炎を撒き散らしながら眼下へと落ちていったのだった。
直接は見えなかったが、爆発の光を確認して安堵の息を吐くロアン。それは船橋の面々も同様だ。
「ふぅ、君のお陰で助かったよ。感謝するロアン君」
「いえ、ご無事でよかったです」
正直、危ない所だった。自爆装置を積んでいる可能性が高いとは踏んでいたのが功を奏した形だ。
「船はどうですか?」
「今のところは問題ありません」
機器を操作しながら兵の一人が答える。どうやら各部の状態をチェックしていたらしい。
「予想外の乗り込みに慌てたが、その後の君達の対応のおかげでどうにか踏みとどまる事ができたな」
敵飛空船を撃墜した時はそれで終わったと思ってしまったため、急な出現に硬直してしまった。反応があれ以上遅れていたら間違いなくロアンや船橋の面々はゴーレムの砲撃に飲まれてしまっていたことだろう。
「そうですね」
バージンの言葉に同意を返すロアン。
ともかくゴーレムを全滅させることができれば今度こそ事態は解決だ。
ロアンは割れた窓の外へと身を乗り出して他の戦場の様子を確かめる。
「他の様子はどうかね?」
「…………どうやら他のところも決着が着いたようですね」
問いに手をかざし下方を見下ろしながら答えるロアン。
その口調が結果を物語っていたのだった。