八章一話「王都を目指して」(4)
「……さすがに長い間見続けてくると飽きてくるな」
どれほど長い時間が経過しただろうか。
太陽が赤くなるまで景色を眺め続けていた刀弥はうんざいとした表情でそんな愚痴をこぼした。
現在、甲板にリアやレリッサ、ヴィアンの姿はない。彼女達はひとしきり眺め終えた後、食堂に軽食を取りに行ったのだ――ちなみに食堂は船長達のいた司令室後方のドアから向かうことができる――。
無論、刀弥も本当にここで景色ばかりを見ていた訳ではない。少し前までは風と日光を浴びながらゆったり本を読んで時間を潰したりもしていた。
ただその本もあっという間に全て読み終えてしまい、手持ち無沙汰となってしまう。 訓練でもやろうかと思ったが、去り際にレリッサから飛行中の甲板では派手な訓練は駄目だと忠告されている。結局、素振りとストレッチという軽い運動で我慢することにした。
当然、その間も景色を見続けることになる。そして訓練もひとしきり終わると最終的には最初の景色を眺める以外の選択肢がない。
こうして現在に至るのであった。
「……そろそろ俺も食堂の方に行くか」
少しすれば夕食の時間の時間だし、それまで待つのも悪くない。
そう思い景色に背を向ける刀弥。と、その時だ。
船内に警報が響き渡った。
「なんだ?」
警報の音に驚き周囲をあちこち見渡す刀弥。すると、視界の端に小さな黒い影が動き回っている事に気が付く。
その影を注視してみると影の正体は飛空船のようだ。方向は船体前方。向かい合う形となっているせいか相手の速度が速いように感じた。
「あれに対する警報なのか?」
距離的にはまだ遠い。けれども、影はどんどんと大きくなっていきこちらに近づいてきている。このままだと正面衝突コースだ。
ここで飛空船が対応にでた。船体を傾け右へと避ける軌道をとったのだ。不意の挙動だったせいもあり刀弥は思わずバランスを崩してしまう。
しかし、ここで相手側も予想側の行動にでた。なんと避けようとするこちらへと向かってその軌道を変えてきたのだ。ここにきてようやく刀弥は向こうの意図を察知する。
「レグイレムの妨害か」
王都へ連絡した後、刀弥達が王都へ向かう可能性は十分に考えられる。何しろ彼らが最も早く王都へと迎えるからだ――他の基地から増員を要請するにしても人選や調整、書類、装備の準備等で余分な行動が増えるため――。
ならば送る手段として考えるのは最も速い飛空船による空輸だ。いつ通るかは把握しきれていなかっただろうが最短ルートはわかっているのだ。後はそこを見張っているだけでいい。
一方、飛空船は追いかけてくる敵飛空船を迎撃する事に決めたようだ。船体正面と側面部から砲台らしき丸いレンズ状の物体が顔を覗かせた。
直後、そのレンズから赤の光線が次々と敵飛空船へと向けて放たれた。
その攻撃を敵飛空船は船体を滑らせ回避していく。
踊るように軽やかなに光線の雨を潜り抜けて敵飛空船。だが、反撃の射撃を撃ってくる気配が全く見られない。変わらずこちらの飛空船へと向けて船体を進ませるだけだ。
射撃をせずに近づくだけ。そうなると考えられる妨害方法はただ一つとなる。
「船体をぶつける特攻か」
――――――――――――****―――――――――――
刀弥が思いついた敵の妨害方法は司令室の面々も気付いていた。
「特攻とは思い切った方法をとったな」
相手の選択した手法にバージンは感心するしかない。
あまりにも力技だが単純でそれ故に用意が簡単な方法だ。なにせ飛空船を一隻手段を問わずに手に入れるだけでいい。後は可能ならでいいので破壊の規模を上げるための手段――爆破なら爆破のための装置とその燃料といったもの――を船内に施せばより一層の結果を生み出すことができるだろう。
「船長。敵飛空船、さらに距離を詰めてきました」
「慌てるな。まだ距離に余裕はある。攻撃を継続、連撃をもって敵飛空船を追い詰めろ!!」
「「「了解!!」」」
ずっしりとした声で命令を告げるバージン。それに兵達は声を合わせて応じた。
そうして飛空船は射撃を続ける。ただし、闇雲に撃っているわけではない。
現在、この飛空船はいくつかの砲台を敵を追い込めるために使い、残りの砲台で誘導した敵を狙い撃つという方法で攻撃を敢行していた。
追い込むための砲台は絶え間ない弾幕を持って敵飛空船を追い掛けるように放ち続ける。
敵飛空船はそれらから逃れるために一番遠い方へと逃げるしかない。だが、逃げ続けていたらこちらへに辿り着くことは叶わなくなる。そのため、時折隙を見ては弾幕の隙間に入り込む形で船体を切り返していた。
結果として敵飛空船は単純に見て大きく右へ左へと動きまわる形となっている――無論、左右に行く軌道や高度、角度は毎回かなり違うが――。
そんな動かされた敵飛空船の動きを先回りするようにして放つのが残った砲台の役割だ。
だが、敵飛空船もさるもの。そのタイミングを読んだかのように切り返し光線を避けていく。
最初は特攻という事で無人かと思っていた敵飛空船だがこんな動き自動操縦ではまずできない――できたらラクロマの技術者が驚き慄くだろう――。敵飛空船は間違いなく有人だ。
「度胸のあるのか、はたまた逆らえれなかったか」
いずれにしてもこちらとしては落とさなければならない相手である。ならば、遠慮する必要はない。有人であることを前提とした上でバージンは戦術を組み直す。
「敵飛空船は有人のようだ。フェイクを混ぜ揺さぶりを掛けるんだ」
その指示に返事を返す兵達。直後、攻撃がそのパターンを変えた。
今までのパターンに遅延や速射を取り入れたのだ。
本来、撃つべきタイミングで撃たずワンテンポ遅れて撃つ。本来よりも速いタイミングで撃ち、相手が慌てて動いた瞬間に新たな攻撃を放つ。そうやって相手に混乱を与えていったのだ。
相手はそれでもどうにか避けていくが、攻撃を読み切るまでには至らなかったらしい。
先程と比べ被弾する回数が増えていき、大きな着弾も受けるようになっていった。今も側面に光線を受けて爆散。表面装甲が剥げ落ち破片となって地上へと落下していく。
だがしかし、まだ敵飛空船の表面装甲を少し剥がしただけに過ぎず、当然敵飛空船が止まることはない。そのため、飛空船はさらに攻撃を苛烈にしていくのであった。
既に敵飛空船の姿がはっきりと見える距離となっている。形状からどうやら敵は一般の輸送船を奪ったようだ。輸送船であれば武装の類は一切積まれておらず反撃を心配する必要はない。
だが、逆にいえば向こうは操縦に専念できるという事だ。気を抜くことはできない。
「攻撃の頻度怠るな!! 本船は左下方へと方向転換。急げ!!」
その叫びに操縦担当の兵が飛空船を指示された方向へと向ける。
ゆっくりと下降を始める飛空船。当然、敵飛空船もそんな飛空船の後を追い掛けようと方向を変える。
結果として二隻の構図は飛空船の右後方を敵飛空船が追い掛けるという形となった。
落ちるように空を掛けながら後方へと光線を放つ飛空船。それらを潜り抜けながら敵飛空船は近づいてくる。
攻撃は確実に敵飛行船の装甲を削っているが破壊までには至らない。己の身を削りながら敵飛行船は確実に飛行船に迫っていく。
そうして両者の距離が一隻分程の距離まで縮まった時だった。敵飛空船側がさらに速度を上げてきたのだ。
船体、動力、推進機関。全ての限界を超えての挙動。当然、船体が軋みボロボロだった装甲がさらに崩れ落ちていく事となった。
しかし、敵飛空船にとっては構わないことだ。どの道、この船は潰れる。ならば、船の寿命など気にする必要はない。
速度を上げ一気に距離を詰めようとする敵飛空船。その時だ。飛空船がその向きを後方へと変え始めた。
前進するための機関を一時停止。そうしてから飛空船は旋回を開始する。
進むための力を失った飛空船は自由落下で進行方向へ進みつつも敵飛空船方向へとターン。結果として最小の速度で旋回を完了させたのだった。
そしてその飛空船の船首真下の船底には一際大きなレンズがある。レンズは光をまとっておりそれはつまり、この船の主砲が発射準備完了であることを意味していた。
「目標補足!!」
「主砲、撃てーーー!!!」
短いやり取りの後に放たれる主砲。距離の縮まっている現在、敵飛空船に反応して避けるという芸当は不可能である。
当然、主砲の光は敵飛空船に直撃。船橋を含んだ船上部を見事に飲み込んだのであった。