八章一話「王都を目指して」(3)
そうして刀弥達はヒビストの街を巡った。
最初に昼食をとった後、街を見て回る事にした一同。
街を周る上でリアが最初に希望したのはこの世界の風景の写真や絵が売られている店だった。
レリッサの案内でとある店に言ってみるとそこには絵や写真だけでなく本等も売られていた。
リアが絵を物色している間、刀弥は本探しに興じることにする。
冒頭を軽く読んでは次の本へと移っていく刀弥。さすがに全てを読む訳にはいかないし、そもそもそんな時間もない。気に入った内容の本を探すというのはなかなかに大変なのである。
やがて、いくつか面白そうな本を見つけそれを購入すると丁度リアが気に入った絵を持ってやってきた。よく見ると手元には写真も持っている。
そうして絵を購入し写真の情報をオーシャルに収めるリア。絵はすぐにスペーサーの中へと仕舞いこんだ。
買い物に気を良くした後は観光地巡りだ。
ヒビストの目玉の一つは飛空船の発着場らしい。確かに初めてこの地に来た人は空飛ぶ船に興味を持つだろう。
案内された場所は一般用の飛空船が行き交う発着場を眺める事ができるポイント。実際そこには刀弥やレリッサ達以外にも幾人かの人の姿がある。
そんな周りの人達と同じように出入りする飛空船を眺めることにした刀弥。
行き来する飛空艇はシャープなデザインをしており外観重視である事が伺える。恐らく客の目を引くためだろう。派手な色から高級感のあるデザイン、果ては外観だけ軍艦風のものまである。
刀弥の世界で言うところの電車や飛行機にあたる交通機関。ただ、見栄えの派手さではこちらの方が勝っているだろう。
そんな感想を抱きながら眺め続けているとやがて出発までもうすぐという時間となった。
すぐさま基地へと戻ると一同。入口から中に入ると来る時に見かけた飛空船が今すぐにでも飛び立とうという感じで機関を最大限に稼働させていた。どうやらあれで王都へと向かうらしい。
側面部のハッチが空いておりその傍に立つ兵がこちらに向けて手招きをしている。それを見て乗り物を運転していたロアンが乗り物の向きを飛空船のハッチへと向けそのまま飛空船の中へと乗り入れた。
乗り物が入ると同時に閉じ始めるハッチ。それと同時に中にいた兵達が乗り物の固定作業を始めだす。
彼等の作業を邪魔せぬため乗り物から降りた刀弥達。
「二人共。上へ行きましょ」
すると、レリッサがそんな刀弥達に声を掛け人差し指で上を指差した。
とりあえず彼女に促され階段を登ることにした二人。
上の階はさらに上への階段とドアがあるという小さな空間だった。階段の長さや位置からから考えると恐らくドアの先は甲板だろう。
レリッサ達はそのまま上への階段を登っている。そのため、刀弥達も彼女達を追ってさらに階段を登った。
階段を登り終えてドアを開けると広い空間の部屋へと辿り着く。
室内には様々な席があった。地図と思われるものを映している席、連絡を取り合っている席、リストにチェックをいれている席からメーターらしきものが表示されている席まである。席に座っている者達は皆忙しそうに各々の仕事に没頭していた。
レリッサ達は室内の中央、一番高いところにある席――間違いなくこの飛空船の艦長が座る席――へと向かっている。
彼等に追いつくべく足早にそこへと向かう刀弥とリア。
辿り着くとロアン達が刀弥に艦長を紹介した。
「刀弥、リア。この人がこの飛空船の船長、バージン・ノリアスだ。バージン船長。この二人が今回王都へと同行する協力者です」
ロアンの紹介を受け艦長が一礼をする。
「はじめまして。私がこの飛空船を管理するバージンだ。よろしく頼む」
「いえ、こちらこそ」
「よろしくお願いします」
バージンの挨拶に会釈を返す二人。その直後、準備が終わったようだ。
「船長。全出航前の確認項目終了致しました。いつでも発進できます」
船員の一人がそうバージンの報告してきた。
「よろしい」
その報告にバージンは力強く答えると何かの操作をする。すると、近くのスピーカーから音が漏れ始めた。どうやら船内のスピーカーと繋いだようだ。
「諸君。これより本船はヒビスト基地を出発し王都へと全速力で急行する。今回の任務は時間との勝負である。総員、気を抜くことなくしっかり励んでくれたまえ。なお、今回は本船にはロアン君の部隊とは別に客人が二人乗り込んでいる。彼等はこの世界に来たのは初めてだということだ。故に諸君、彼等二人に飛空船の旅がこれほど危険なものなのかという思い出だけは残さないでくれ給えよ」
その締めくくりと同時に船内に小さな苦笑が響き渡る。けれどもそれも短い間、すぐに静かになったかと思うと途端にバージンが叫び声をあげた。
「機関稼働!!」
「機関稼働します!!」
「各部に異常はありません!!
「船長!! 機関。発進可能領域まで上昇しました!!」
「管制塔からは?」
「クリア。発信可能だという事です」
「よろしい」
その答えにバージンは笑みを浮かべる。一方刀弥達はというと彼等の会話の間にレリッサ達の先導で船長席の背後にある席へと案内されていた。
「浮遊後、船首を上げろ。これより我が船は発進する」
それを合図に船体が揺れ直後、体が浮遊感を感じ取った。その時には目前の景色が空と地面の二色から空一色へと変わっている。
体が後ろに軽く抑えつけられる感覚。そのおかげで刀弥達は飛空船が前へと進んでいるのを理解した。
やがて、適度に上昇したのか船首が水平へと戻る。
眼前の窓に映るのは空。そして――
「床面モニターを起動」
「了解。床面モニターを起動します」
床に広がるのは大地の映像。かなり上昇しているのか下の大地の映像はゆっくりと後ろへと流れている。
そんな映像に驚く刀弥達。まさかこんな機能まであるとは思わなかったのだ。
「お気に召しましたかな?」
そこへバージンが声を掛けてくる。声に反応して刀弥はバージンの方を見る。
「はい。まさか、床もモニターになっているとは思いもしませんでした」
「そうですか」
その言葉に刀弥が素直な感想を返すとバージンは満足気な笑み浮かべた。
「ロアン君。このペースだと王都『ラクロマーシュ』に辿り着くのは夕方頃になる予定だ」
「そうですか」
それを聞いて何やら考え込むロアン。恐らく相手がいつ仕掛けてくるを思案しているのだろう。
「本船は既に安定飛行に移っている。もう席を立っても大丈夫だ」
「それじゃあ、二人共甲板へ行きましょうか」
一方、バージンの新たな言葉に反応を返したのはレリッサ。彼女はそう言いながら立ち上がると二人が立ったのを見計らって階段の方へと歩き始めた。
そんなレリッサの後ろ姿を見る形で刀弥達は彼女の後に付いて行く。
階段を降り既に開いているドアの向こうへと踏み出す二人。すると、そこには絶景が広がっていた。
視界いっぱいに広がる青い空と白い雲。眼下には広大な大地がどこまで広がっておりその果てで地平線を描いている。
圧倒的な光景によって一瞬訪れる静寂の空間。そんな彼等の元にいつしか風を切る音が届き始めた。だが、最早彼等にとってはその音すらも光景の一部でしかない。
広大な空の中で眺める世界という名の景色。
そんな景色に二人はしばしの間、呆然と見惚れてしまっていた。
「お~い。起きてる?」
先に行っていたはずレリッサの声が聞こえてきたのは見惚れてから少し時間が経過してからだ。その声でようやく二人は我に返る。
「あ、ああ」
頬を赤くしながらどうにかそれだけ答える刀弥。リアの方を見てみると彼女もまた刀弥と同じように顔を赤くしていた。
「んふぅ、この景色に見惚れてたんでしょ。なにせ、外に出た瞬間固まっていたからね。私しっかり見てたわよ~」
先に外に出ていたのだから当然である。レリッサの指摘のさらに顔を赤くして硬直する二人。
「? 何をやってるの? あなた達」
そんな二人の硬直はヴィアンが甲板に来るまで続いたのであった。