八章一話「王都を目指して」(2)
基地の中では兵士達が忙しそうに通路を行き交っていた。
抱えられた荷物を運ぶ者、誰かを探している者、どこかを行き来しているのか同じ顔が行ったり来たりを繰り返しているのも見る。
そんな通路の間を刀弥とリアはヴィアンやロアン、レリッサに連れられて進んでいた。
時折、兵士達はロアン達に気付くと急ぎ敬礼の構えを見せてくる。そんな彼等に応じて敬礼を返すロアン達。
そうして挨拶が終わると次に兵士達は彼等に連れられた刀弥達に興味を持つ。恐らく彼等としてはどういった人達なのか、どうしてここにいるのかが気になるのだろう。
そんな視線がむず痒くて落ち着かない刀弥。リアの方は平気なのか視線を動かすこともなく三人の後に付いて行っている。と、丁度その時、ロアン達があるドアの前で止まった。それに合わせて刀弥達も彼らの後ろで静止する。
背後を振り返り全員がいるのを確認するロアン。そうしてから彼はドアをノックした。
「入ってくれ」
ノックの直後に返ってくる返事。その返事を聞いてロアンがドアを開け一同は中へと入っていく。
中に入ってみるとそこは会議室か何かのようだ。広い部屋の中に長いテーブルといくつもの椅子。そんな部屋のテーブルの奥の方、そこに三人の男が座っていた。さらに言えば彼等の背後、浮いた巨大なディスプレイの中にも男が一人映しだされている。
長いテーブルのうち短い方でも三席を余裕を持って設けられるほどの広さがある。その場所に男達は腰を下ろしていた。
室内に入った刀弥達は適当な席に座る。そうして彼等が席につき終えるとヴィアンが刀弥達に席に座る男達の紹介を始めた。
「刀弥。リア。こちら画面に映っているのはラクロマの全軍を統括しているベリドア・アトラス将軍よ。椅子の座っているのはここの基地の司令官を務めていらっしゃるグリウス・アトラ司令。彼の右隣にいるのははオルドリア・ゼネブス副司令。左隣はオルドリア・ゼネブス司令補佐よ。ベリドア将軍、グリウス司令。こちらは今回の任務に協力してくれた風野刀弥とリア・リンスレットです」
そう言って今度は刀弥達の紹介を始めるヴィアン。
そんな彼女の説明を受けて男達は刀弥達の方へとその視線の向きを変えた。
「はじめまして。風野刀弥君。リア。リンスレット君。私はラクロマの全軍を統括しているベリドア・アトラスという者だ。よろしく」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
威厳を纏ったその声に若干怯みながらもそう返事を返す刀弥達。その後、グリウス達からも簡単な挨拶受け、そうして話は協力に対する礼へと移った。
「どうやら今回の任務では彼等が随分と世話になったようだな。彼等に代わり私から礼を言わせてもらおう」
そう言って深々と頭を下げるベリドア。そんな彼の対応に刀弥とリアは驚き戸惑ってしまった。
「い、いえ俺達も彼等のおかげで目的を達成する事ができたという面もありますし……」
「そ、そうそうお互いにメリットがあったというか対等な協力関係だったというか……と、とにかくお礼を言われるような事じゃないです」
どもりながらもどうにかそう応える二人。そんな二人を見てレリッサがほくそ笑むがもちろん二人に――ヴィアンに叩かれるまでを含めて――気付く余裕なはない。
「まあ、そう言わずに素直に受け取ってくれたまえ」
ベリドア達からはそんな彼等のやり取りがしっかり見えていたのだが、彼等をあえて何も言わない。そのまま彼等は話の締めくくりに入った。
「……さて、それではロアン。報告を聞かせてもらおうか」
「は!!」
そうして続くのは彼等にとっての本題。ベリドアに促されロアンがこれまで得てきた情報を目前の上司達に報告していく。
「なるほど……それがレグイレムの狙いか」
「はい。故に近隣に基地から増援を要請し事前に対策をとるのが適切だと思われます」
ロアンが言っているのはレグイレムの作戦に対する対抗案だ。
敵の狙いは王都側の兵を足らなくする事で王城にいる警備を減らそうとしている。ならば、王都側の警備を増員しそれだけでドラインに対抗できるようにすれば王城側から兵を出す必要はなくなるという訳だ。
敵の計画を事前に知ることができたからこその対抗案。その提案にベリドアはすぐさま頷く。
「そうだな。すぐに周辺基地より増援を要請しよう……だが、敵とて愚かではないだろう。情報が漏れたことを知っているに違いない」
「……つまり、増援が来る前に仕掛けてくるという事ですか?」
この問い掛けを行ったのはグリウスだ。彼の問いにベリドアは肯定を返す。
「無論、敵とて準備があるだろう。だが、準備が我々の備えよりも早く済むのであればまず間違いなく集結前に仕掛けてくる……少なくとも私ならそうする」
反論はなかった。誰もが彼の推測に納得の意を示す。
「……とりあえず増援の要請は出しておく。ロアン君達もただちに飛空船で王都へ帰還してくれたまえ」
「「「は!!」」」
画面越しに下される命令。
その命令にロアン、ヴィアン、レリッサが敬礼で答えた。
「……君達はどうするかね?」
そうしてからベリドア達は刀弥達に視線を移す。
「もちろん付いていきます」
淀むことなくはっきりと返答を告げたのは刀弥だった。それにリアも軽く頷くことで同意を示す。
刀弥達がここまで追いかけてきたのはドラインを連れて行ったルード達の目的を知るためだ。その用途が王都の襲撃だと知った以上、当然彼等としてもその企みを止めたいと思っている。
「……わかった。だったら君達もロアン君と共に王都に来るがいい。通信は以上だ」
刀弥達の返答に了承を返したベリアド。そうして彼はそう告げ終えると同時に通信を切った。
宙に映しだされていたディスプレイが消え去り後はこの場にいる者達だけが残される。
「飛空船はつい先程到達したばかりだ。物資の積み込みや点検等を考えると出発できるのは昼を少し過ぎた頃になるだろう」
そう告げてくるグリウス。
現在は昼少し前。つまり。そこそこの時間待つ必要があるという事だ。
「とりあえず君達は休んでいたまえ。なんなら、ヒビストの街を見に行くのもいいかもしれないな」
「いいわね。それ」
時間が空くという事でそんな提案をしてくるグリウス。その提案にレリッサが賛同してきた。
「どうせなら街を巡るついでに向こうで昼食もとっちゃいましょう。向こうならここの食堂と違っていろいろと美味しいものがあるし……」
「要は自分がここで食いたくないって事じゃないか」
「そこは置いときましょう、ロアン。向こうにいく事自体は私もいい案だと思うし」
レリッサの案にロアンとヴィアンがそれぞれそんな意見を交わし合うが当人は気にせず刀弥達に自分の提案を押し続ける。
「ね、そうしましょ」
「じゃあ、そうしよかった。刀弥」
「まあ……そうだな」
刀弥達としても反対する理由はない。正直言えばこの世界に興味はあるし腹が減り始めているのも事実だ。
「と、言うわけで私達はヒビストの街の方へ行ってきます」
「行く前に部下の連中にも声を掛けておくか」
「じゃあ、入口で集合という事にしましょう」
そうしてそんな話を交わしながら部屋を後にするレリッサ、ロアン、ヴィアンの三人。刀弥達はそんな彼等の後を付いて行くことしかできない。
やがて、謙遜が小さくなっていき最後には静粛となった会議室。そんな会議室でグリウス達三人はやれやれといった感じの苦笑を浮かべていたのであった。