八章一話「王都を目指して」(1)
さて、八章の開始です。どうぞお楽しみください。
天上には空と雲が広がっていた。
青と白。流れる二つの色が形作る光景。そんな天上の真下、大地は自然豊かな色が広がっていた。
草原や木々が生み出す緑色。豊穣な恵みを生み出す大地の茶色。そして透き通った水が反射する空の景色。それらが大地の色を作り上げていた。
そんな大地の中に異色の色を生み出している場所がある。その場所は色の大半が灰色であった。中には栗色や白色などそれ以外の色も混じっているが基本的には灰色の物が多い。
道、建物といった人の手によって加工されたもの、それが灰色の正体だ。
そんな場所を多くの肌色が行き交っている。無論、それは人のことである。
ここは一の世界ラクロマ。無現世界の中で最初にゲートによって繋がれた世界だと多くの人びとに言われている世界であった。見える灰色の場所はヒビストと呼ばれる四つ目のゲートが誕生した場所に建てられた街である。
そんなヒビストのゲートから乗り物が現れた。そのうちの一台には五人の人間が乗っている。
運転手はセミロングの青髪の女性。その隣には銃器の魔具を腰に乗せて座る金髪の男性の姿がある。後席の右端にいるのは紫紺色のショートヘアの女性。そしてその隣には黒髪の少年と赤銅色のロングヘアの少女が座っていた。
「ここがラクロマか」
周囲を見回しながらそんな感想を漏らす黒髪の少年、風野刀弥。
「そうよ。正確にはヒビストと呼ばれている街だけど」
そんな彼の感想に紫紺色のショートヘアの女性――レリッサ・メアル――が反応を返した。
「綺麗なところですね。建物も進んだ文明って雰囲気がでてるのに空や森とも調和がとれてる感じですし」
そんな二人の会話に赤銅色のロングヘアの少女――リア・リンスレット――も混ざってくる。好奇心に満ちた瞳。その瞳を見てレリッサは質問攻めで疲れる自分の姿を予測する。
「そ、そうね。私達の世界って結構長い歴史があるみたいで確か、二、三回くらい絶滅した歴史があるのよ」
少しその事にげんなりしながらも律儀に応じるレリッサ。と、そんな彼女の応答に金髪の男性、ロアン・ブレスグがツッコミ入れた。
「馬鹿野郎。それじゃあ人類がいなくなっちまってるだろうが」
「……滅亡と繁栄を繰り返した。学校でもそう教えられたはずなんだけど……」
ロアンの言葉に紫紺色のショートヘアの女性、ヴィアン・リリンスも続く。二人がかりのツッコミに気まずそうな表情を浮かべるレリッサ。
刀弥はそんな彼女に苦笑しつつ助け舟を出すことにしたのだった。
「それでここから近くの基地に向かうんだっけか」
「そうよ」
彼の問いに答えたのはヴィアン。
現在、刀弥達はレグイレムの計画を王都に伝えるため急いでいるところだった。
レグイレムの狙いは王都の襲撃を囮とし、その間に王城に侵入を図るという計画。故に相手の狙いを挫くためにはできるだけ早い王都への報告が必須である。
そのため刀弥達はゲートでラクロマに渡った後、近隣の基地へと向かう予定をたてていた。
「ゲートがここにあるからな。基地は目と鼻の先だ」
そう言って視線を向けるロアン。刀弥がその先を見ると確かに街並みから少し離れた所に広大な施設の影が見えた。
広大な施設と言っても建物は数棟程の数しか見えがないが地面とは違う人工的な大地が広大に広がっている。よく見ると何か影がチラホラと動いてたり止まってたりするのが見えた。
「この街の名前をとってヒビスト基地と呼ばれている基地だ。あそこで報告をする。ヴィアン」
ロアンが名前を呼びそれを合図にヴィアンが乗り物を動かし始める。動き出した乗り物はロアンが指し示した施設へと向かってゆっくりとした速度で走り始めた。
広い道を進む乗り物。その左右にはヒビストの街並みが広がっている。
住居や店、露店が並ぶ通り。その前を多くの人々が行き交っていた。
日常を象徴するそんな光景。王都の方もまたこのような日常が流れているのは間違いない。
だが、そんな日常をレグイレムの連中は壊そうとしている。
彼等の計画が始まれば王都は火に包まれ人々は逃げ惑うことになるだろう。建物も破壊され生活する場所を失った人々だってでてくるはずだ。
けれども、彼等にしてみればそれはついでである。そうついでで人々は被害を受けるのだ。
自然と拳を強く握りしめてしまう刀弥。知らぬ内に基地を見据えていた視線は睨むように鋭くなっていた。
と――
「こらこら、ここで怖い顔は禁止」
そんな彼に気付いたレリッサがそんな言葉を投げかけてきた。
「今は向こうの動きの備えて英気を養う時よ。怒ってたら心が休まらないじゃない」
「お~。馬鹿もたまにはいいことを言うな」
彼女の言葉にロアンもまたを彼女をおちょくりながら賛同する。
その言葉に馬鹿って言うなとレリッサが反論するがロアンは無視。そのまま彼女を無視して先の話を続ける。
「そこの馬鹿の言う通りだ。ここで怒っていたって疲れるだけだ。だったら今は万全にの状態で相手と戦えるよう体調を整えるのが先決だ。どうしても怒りを収まらないって言うなら後でぶつけるんだからと思って心の内にでも貯めておけ」
でも、冷静さは忘れるなよと笑いながら言葉を送るロアン。そんな彼等のアドバイズもあってか刀弥の内にあった怒りは少しばかり和らいでいった。
やがて、乗り物は街の外へと出る。人工物の代わりに視界に広がるのは青々とした草原の色。遠くの方には草食動物らしい生き物が草を食べている光景が見える。
そんな光景を眺めながら周囲を見回す刀弥。それから再び基地の方へと視線を戻そうとした時だ。
突如、何かが太陽との間を通過し刀弥達の周囲に影を作った。
影に反応して刀弥は頭上を見上げる。すると、そこには巨大な空飛ぶ船の姿があった。
帆やプロペラといったものは見えないので外観からではどうやって飛んでいるのかはわからない。大きさも刀弥の知っている一般的な船よりもかなり大きい。
船には所々に穴が空いており恐らく戦闘時にはそこに攻撃用の兵器が置かれるのだろう。明らかに戦闘も考慮にいられた船だった。
「あれは?」
驚きと興奮を胸の内に抑え込みながら問い掛ける刀弥。そんな彼の内心をなんとなく察していたロアン達は苦笑を浮かべながら彼の質問に答えた。
「飛空船だな。俺達の世界じゃ珍しくないものだぜ」
「一般用のは大きな街同士を繋ぐ交通インフラとして活用されてるわ。軍用の方は兵や兵器の運送と保守そして指令所としての機能が主な役割ね」
要は刀弥達の世界でいうところの空母に近い役どころらしい。
なるほどなと相槌を打ちながら刀弥は飛空船を見送る。
どうやら飛行船の目的地もまたヒビスト基地らしい。徐々に減速しながら地上へと降下していく飛空船。やがて、飛空船は静止し基地へと着地した。
刀弥達の乗り物が基地に辿り着いたのは丁度、そんな時だ。
見張りの兵士にロアンが用件を告げ通してもらった時、飛空船はタラップを降ろしているところだった。
乗り物が基地の方へと進んでいく。一方、飛空船の方はと言うと側面部のハッチが開き中に積まれた物が外へと運びだされようとしていた。
そんなやり取りを刀弥は眺めている。どうやら飛空船は基地に補給物資か何かを運びにきたようだ。大型ゴーレムや運び出すための乗り物等で大きな積み荷は運んでいき小さな荷物は兵士達が自力で持っていくか乗り物に積んでいく。そんな光景が幾度も繰り返されていた。
そうこうしているうちに乗り物が建物の前に辿り着く。静止した反動でようやく辿り着いたことに気づいた刀弥。
そうして五人は乗り物から降りた。
「お前らは待機だ。俺達が戻ってくるまで自由時間とする」
そう告げて歩き出すロアン。一方の部下達は自由時間と聞いて大喜びだ。
「来て。あなた達に会わせたい人がいるの」
それに続いて歩き出すヴィアン。歩き出す直前、彼女はそんな事を刀弥達に言ってくる。
一体、誰に会わせたいのだろう。
疑問から互いに顔を見合わせるがそれで答えがわかるわけではない。
結局、刀弥達はその答えを得るため大人しくヴィアン達の後に付いて行くことにしたのだった。