二章一話「銃使いの少女と付添の少年」(3)
「ようやく終わったな」
「全く……数多すぎだろ。何でこんなにいるんだ」
刀弥の呟きに呼応するように、褐色の髪をした少年がそんな愚痴をこぼす。
戦闘が終わったこともあってよく観察してみると、彼は黒いシャツと深緑色の上着とズボンという服装をしていた。
「まあ、確かにかなりの数だったな」
周辺を見渡しながら刀弥は彼の言葉に同調する。
彼らの周囲、そこにはいくつものモンスターの死体が転がっていた。全て彼らが倒したモンスターたちだ。
「……ってそうだ。ありがとう。本当、助かった」
そこで刀弥たちが助けてくれたことに思い至ったのか、少年が実色の瞳を刀弥たちに向けお礼を述べてきた。
「割と余裕そうな気はしたんだけどな」
その言葉と共に刀弥は、もう一人の少女のほうへと顔を向ける。
「ああ、シェナは別格だから……」
少女はシェナと言うらしい。彼女は新橋色のミニスカートと白の半袖シャツと青色の薄地の上着という動きやすそうな服装をしていた。拳銃は左右の腰にあるホルスターに収まっている。
シェナと呼ばれた少女は戦いが終わってすぐに少年の傍まで歩み寄ると、そこから先はずっと黙ったままだった。
撫子色の瞳は刀弥たちに向けられているが、視線を感じることはない。まるでここではない別のどこかを見ているかのようだ。
「俺は風野刀弥」
「私はリア・リンスレット。よろしくお願いします」
「アレン・ギリアス。彼女はシェナ・リンブルト。まあ、ちょっと変わってるけど悪い奴じゃないんで気を悪くしないでくれ」
刀弥とリアが名乗ると、少年アレンがそう名乗り返してくる。しかし、シェナという少女は自分の名前を告げるどころか今だ一言も発するそぶりも見せない。
「えっと……とりあえずさっきの戦闘では助かった。おかげで命拾いをした」
ともかく、先程助けてくれたことへのお礼を言ってみるが、やはり反応なし。
さすがにどうしたものかと、彼女を熟知しているはずの人物に助けを求める。
「……シェナ」
「何?」
刀弥の視線を受けて、アレンが溜息と共に彼女の名前を呼ぶと、それまで黙っていた彼女がすぐさま反応を返した。
「前にも言っただろ? 呼ばれたなら知らない人でも反応ぐらいはしろって」
「アレン、前と違うことを言ってる」
「あれは、怪しい勧誘だっただろう!? ああいうのは無視していいけど今回のは駄目なんだよ!!」
「……わがまま」
その一言に、アレンは『あー』という呟きと共に天井を仰ぐ。
それを見て、刀弥は思わず同情の念が湧いてしまった。今のやり取りで彼女がどのような人間か大体見当がついたからだ。
「……大変だな」
「……全くだよ」
もはや否定する気もないらしい。がっくりとうな垂れるアレン。
「シェナ。挨拶しろ」
「シェナ。よろしく」
アレンに言われ、シェナは抑揚のない声で挨拶をしてきた。
刀弥たち存在なんてどうでもいいという態度に思わず内心苦笑しつつも、ともかく刀弥たちも返事をする。
「よろしく」
「よろしくね」
「悪い。本当に……」
申し訳なさそうな顔で、アレンが謝罪をしてきた。恐らく、何度も繰り返されてるのだろう。どこか手慣れている感があった。
「私たちは気にしてないから。ね、刀弥」
「ああ」
むしろ、刀弥はアレンに対して哀れみの気持ちすら湧いていた。
「アレン。がんばって」
そんなアレンを、その原因が肩に手を置いて励ます。
――原因が言っても、励ましにならないだろうに……
そんな刀弥の思いをアレンも持っていたようだ。手が置かれた肩が徐々に大きく震えだしていく。
「…………お・ま・え・が・い・う・な!!」
どうやら怒りが頂点に達したようだ。刀弥たちがいるにも関わらず、アレンの怒気を含んだ大声が洞窟中に反響した。
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「そういえば、アレンさんたちの目的地はどこなんですか?」
アレンの怒りのボルテージが下がったのを見計らって、すかさずリアがそんなことを訊ねた。
「イメース。氷の像の祭りがあるって聞いて……」
けれど、それに答えたのは意外にもシェナだった。どうやら目的地は彼女の希望っだったらしい。
「リア、イメースってどこにあるんだ?」
「確か……ラーマスの先だったかな」
思い出す仕草をしながらリアが応じる。
前に地図を見せてもらったとき、確かファルスからラーマスまでの道は一本しかなかったと記憶している。シェナたちの目的地がラーマスの先ということは、ラーマスまでは同じ道を行くことになる。
「ラーマスが目的地? てことはリアフォーネに行くんだ」
「はい。そうだ。折角ですし、良かったらラーマスまでご一緒しませんか?」
リアからの提案に、アレンはシェナのほうへと顔を向ける。
「どうする? シェナ」
「アレンに任せる」
どうでも良さそうな声でシェナが返事をする。ただ、その表情は若干膨れているように刀弥には見えた。
「それじゃあ、せっかくだから一緒に行こうか。よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしく」
「……よろしく」
そうして四人は挨拶を交わした。シェナの声がやや不機嫌なのは気のせいにしておく。
「とりあえず、先へ進むか。いつまでもこんな所に居たいとも思わないしな」
「……それは言えてる」
周囲のモンスターの死体を見てアレンが頷く。普通に考えて、こんな場所に長い間居たいと思う人などまずいないだろう。
「まあね」
リアも同意し、ともかくこの場所から離れようということになり四人はその場を急いで去っていくのであった。
――――――――――――****―――――――――――
「ところで、どうしてあれだけのモンスターの数と戦うことになったんだ?」
先へと歩みを進めている途中、刀弥はふと気になっていたことを訊いてみることにした。
あれだけの数のモンスターと戦うことなんて、滅多なことではないはずだ。実際、これまで刀弥たちもモンスターと何度か戦ってるが、一度にあれだけの数のモンスターと戦ったという記憶はない。
もしも原因がわかってるのなら、一応、回避方法を知りたいと思ったのだ。
「さっきのところで休んでたら、壁が崩落してね。そこからぞろぞろと……どうやらモンスターが掘ってた道と繋がったみたいで……」
「ああ、なるほど」
それなら避けようがない。
けれども、アレンのその発言からふと気になることを思い出す。
「だけど、それならその穴。塞いだほうがよかったんじゃないのか?」
少なくても、先程の戦闘で穴を埋めた記憶はない。ならば、穴は空いたままのはずだ。放っておけば、またそこから別のモンスターが出てくるかもしれない。そうなれば、ここを通る人たちや町の人たちに被害が及ぶ可能性もある。
しかし、刀弥の懸念に何かを思い出したのか、アレンが疲れた顔を浮かべてこう返してきた。
「……それなら二人が来る前に爆破して塞いだ。あのままだったらどんどん来るんじゃないかと思って……」
「……大変だったみたいだな」
アレンの表情から、事情を察した刀弥がそう声を掛ける。
「ああ、あのモンスターの群れを突破して、その繋がった通路に爆破用の魔具を仕掛けないといけなかったからな。通路からモンスターが現れないか冷々したよ」
「そんな物。いつも持ち歩いているのか?」
彼が言っているのは爆破用の魔具だ。普通に考えたら、そうそう必要になる状況などなく持ち歩く必要などのない代物のはずだ。
しかし、その理由はすぐに判明した。
「まあ、研究用に自分で作ってる物をな……」
特に自慢する様子でもなく、アレンは淡々とそう告げる。
けれど、彼のその告白に刀弥とリアは目を丸くした。
「魔具を作れるのか?」
「すごいじゃない」
そう言って、二人とも感心の目でアレンを見つめる。
その視線に対して、アレンは両手を上げて謙遜の言葉を返した。
「そんな凄いわけじゃない。個人の趣味レベルだし、とても自慢できるほど……」
「私たちが使ってる銃もアレンが作ったの。他にもいろいろあるわ。例えば……」
ところが、そんな彼の言葉に被せるようにシェナが代わりにアレンの作った物を説明しようと口を開いた。
これにはアレンも驚き、慌てて彼女に駆け寄ってその口を塞ごうとする。
「シェナ。お願いだから余計なこと喋らないでくれ」
「何で? 二人ともアレンのことを褒めてる。私は事実を言ってるだけ。何を困ることがあるの?」
不思議そうな顔でシェナは首を傾げる。
「それは……」
返答に窮するアレン。
そこにリアが助け舟を出した。もっとも、それが助け舟と呼べるのかは刀弥にしてみれば怪しいところであったが……
「アレンさんはシェナさんに自慢されるのが恥ずかしいって言ってるんだと思いますよ」
「……そうなの?」
視線をリアからアレンに戻しシェナが訊く。
何とも言えない顔で、アレンはシェナから目を逸らす。その反応がリアの言う通りだということを証明していた。
「リア」
「えっと……ごめんなさい。アレンさん」
刀弥が相棒の名前を呼ぶと、さすがに知り合ったばかりの相手にやり過ぎたと自覚していたようですぐにリアがアレンに謝った。
「その……やりすぎちゃったみたいで……」
「えっと、まぁ……」
アレンも返す言葉が思いつかず、曖昧に答えるだけだ。
「まあ、それにしても個人レベルとはいえ、魔具を作れるのは凄いと思うけどな」
アレンを助ける意味もあって、刀弥は先程の話題をもう一度掘り起こす。
「そんなことないない。俺の世界じゃ割と皆やってるしな……なぁ、シェナ」
「そうね。でも、私が満足できる銃を作ってくれたのは……」
「……わかったから、それ以上はいい」
うんざりした様子でシェナを止めるアレン。
どうもシェナはアレンのことになると、彼を持ち上げようとするところがあるようだ。
「私のところは魔術の発祥の世界ってこともあって、魔術の勉強とかする子が多かったな」
アレンの話を聞いて触発されたのか、リアが自分の世界の様子を思い出すように話し始めた。
「魔術の発祥……ってことはマグルカ?」
「やっぱり、わかっちゃいますか」
「そりゃあ、有名だし……」
どうやらリアの世界は、かなり有名な世界らしい。
その後もアレンとリアは随分と楽しそうに話をしていた。それぞれの世界の特徴や歴史で二人は盛り上がっている。
その辺のことを知らない刀弥は、ただその様子を眺めることしかできない。
とはいえ、つまらないということはない。知らないことを知るのは好きだし、今回は世界の話ということで興味を惹かれる話題でもある。特に世界の特徴や大まかな歴史は思いの外おもしろかった。
そんな話に耳を傾けながら何気なくシェナのほうを覗いてみると、彼女はどこか面白くなさそうな面持ちでアレンとリアの会話を見つめていた。
やがて、我慢の限界に達したのかシェナはアレンに近づき彼の袖を引いた。
「どうしたんだ?」
袖を引かれたアレンは話を中断してシェナのほうへと振り向く。
「……別に何もないわ」
ご機嫌斜めであることを隠そうとせず、ツンケンな態度で彼女はそう告げる。しかし、その返事にアレンは少しイラッとしたようだ。
彼は顔をしかめ、シェナに詰問する。
「だったら、何で呼んだんだ?」
「なんとなく、そうしたかったから……」
変化のない声色での返答。
ある種、我儘とも言えるその内容にますますアレンは苛立っていく。
「お前なぁ……」
「まあ、落ち着け」
「そうそう」
声を荒げるアレンを止めるために、刀弥とリアが二人の間に割って入ることにした。
「私は気にしてませんから……」
「だけどなぁ……」
横目でシェナを睨むアレン。睨まれたシェナは眉を吊り上げながら知らん顔をする。
そのやり取りにリアは苦笑するしかなかった。
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文末などの修正