七章三話「潜入」(8)
「な!?」
スライムの核が真っ二つに断たれた時、そうアルドルは驚愕の声を上げていた。
体を動かしていた核を失っていたためだろう。先程まで動いていたスライムの体が溶けるように崩れていく。
それを見て呆然とするアルドル。しばらくしてようやく彼は意識を今に戻した。
そうした状態で見たのはほっとした様子で互いに近づきあう刀弥達。
「くっ」
そんな彼等を見てアルドルは歯噛みするが。しかし感情は爆発させない。今は冷静さが必要な場面だからだ。
だが、考えを巡らせる時間はなかった。すぐに新たな事態に直面することになったからだ。
「大変です!! 侵入者。包囲網を突破しました。まっすぐターゲットに向かっています」
「なんだと!?」
その報告に驚く最高責任者。見ると確かに侵入者達のマーカーがターゲットのいる第二演習場へと迷わず進軍しているのが見えた。
「何故だ。何故、奴らの位置がわかったのだ」
ハッキングして不正にマップ情報を手に入れた可能性はない。何故なら侵入者の出現を確認したと同時に地図情報は司令室以外アクセス不能状態に変更したからだ。けれども、にも関わらず侵入者達は最短経路で第二演習場に向かっている。
こうなってくると連中は魔術か魔具で位置を確認しているとしか考えられない。
とにかく侵入者の進撃を阻まうと最高責任者が口を開く。
「ええい、とにかく進行方向を遮って時間を稼がせろ!! そうすれば追いぬかれた連中も追いつく。所詮、相手は二十人そこらの集団だ。数ではこちらが優っているのだからそれを活かせば勝てる」
レグイレム側の目標は脱出の阻止。これまではそのためにターゲット側の排除を優先していたが、今度は逆に侵入者側を先に排除を優先することに決めたのだ。
だが、その決定は遅かったと言わざるを得ない。
「第三部隊と第四ゴーレム部隊壊滅。進行阻止に失敗しました」
「なに!?」
既に侵入者達は最後の壁を突破。後は邪魔されることなくターゲットの元に辿り着こうとしていたのだった。
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「おい、馬鹿。迎えに来たぞ」
扉が開いたと同時にその男はレリッサにそう告げてきた。声に反応した刀弥は男を見て誰だと思い男の視線の先、つまりレリッサの方を見る。
するとそこには不機嫌な顔を浮かべたレリッサの姿があった。
「ちょっと、ロアン!! なんで私がドジッたこと前提なの!?」
「それはあなたのこれまでの行いのせいよ」
どうやら知り合いらしい。
男の言葉に文句を返すレリッサだがすかさず新たに現れた女性――よく見るとヴィアン――がそれに反論を返した。
「うぐっ……」
反論を返されたレリッサは図星なのか何も言い返せない。悔しげに呻くだけだ。
「えっと……ヴィアンさんですよね?」
その間にリアが確認の問いをヴィアンと思わしき女性に投げかけたのだった。
「ええ、そうよ」
彼女の問いに肯定を返すヴィアン。答えがあっていた事でリアがほっとした表情を浮かべる。
「……これがレリッサの『心当たり』か?」
一方、刀弥はレリッサの方に確認の問いを投げる。
「ええ、そうよ。ここにいるのは今回の任務のために派遣された部隊よ」
「一人じゃなかったんですね。てっきり一人で来たと思ってました」
「ふふふ、ごめんね~」
そう謝る割には悪びれた様子がない。
こりゃ、反省していないな。そう思いながら半目でレリッサを見つめる刀弥。
と、会話に焦れたのかレリッサにロアンと呼ばれていた男が口を挟んできた。
「おい。そろそろここから立ち去りたいのだが……構わないか?」
「あ、ああ」
声は平静を装おうしているが、若干苛立ちの色が感じられる。
それをレリッサも感じ取ったのかやれやれといった顔でこう応じた。
「そうね。こんな所さっさとおさらばしましょ。必要な情報も手に入れてわけだし」
彼女の返事にヴィアンが頷く。
「わかったわ。ロアン。それじゃあ引き上げましょ」
「わかった……おい!! 引くぞ!!」
入口の方を向いて叫ぶロアン。見るとそこには一七名そこらの集団が横二列で向こう側を向いて身構えていた。列は前の隊員達の体の間に後ろの隊員の体があるという並び方だ。
ロアンの指示に身構えていた一人が頷く。すると、それを合図に集団は隊列を変えた。
二列の並びから先頭側を鋭角状にした五列の隊列へと。
人数配分は左から五、三、一、三、五。中央の一人は一番先頭に立っておりその少し左右後方に三人列の先頭が立っている。五人列の先頭はさらにその三人列先頭のそれぞれ斜め後方だ。
その隊列の中央列後ろ側に刀弥達は入ることになる。
「よし、行くぞ!!」
正面左右から守られた形。そうした形で一同は撤退を開始したのだった。
当然、彼等の撤退を阻止しようと敵兵やゴーレム達が現れ攻撃を始めるのだが、その攻撃を一番前の隊員達が魔具を使って防御し次列の隊員達が銃で迎撃する。
完璧な連携で妨害者達を寄せ付けないロアン率いる部隊。当然、ロアン本人も強い。隊員達を軽々と飛び越え前方にいるゴーレム集団に飛び込むと投げては殴り蹴っては払いと敵部隊の中で大暴れをしていた。
彼の武器は手甲と脚甲。どうやら格闘を得意とするらしい。
そんな感じで妨害を突破しながら突き進む一同。気が付けば彼等は入ってきた入口の傍まで来ていた。
だが無論、そんな彼等をどうぞお帰りくださいと簡単に通す敵ではない。入口の前には残された戦力のほとんどがかき集められている。
かなり削られたとはいえロアン達の部隊よりも多くの数がいる敵。しかし、ロアン達の部隊は立ち止まる様子も見せないままその敵集団へと突っ込んでいった。
始まる射撃の応酬。それを防ぎ逸らしながら一団は敵集団へと向かって突っ込んでいく。
そして彼らが敵集団に接触する直前、敵集団の先頭が爆発に飲まれた。
爆発を生んだのはヴィアン。彼女はいつの間にか手に持っていた爆破の魔具を敵集団の先頭に投げつけていたのだ。
突然の爆発に怯む敵達。そこにロアン達の一団が突っ込んだ。
突進の勢いと防御の魔具の硬さ、その上、爆発よって陣形が乱れ姿勢が不安定になっているところでの突撃だ。敵集団の先頭は呆気なく瓦解し押しのけられていく。
その後も次々と爆破の魔具を投げ続けるヴィアン。心なしかその顔は楽しげであると刀弥の目には映った。
投げつけられた魔具の爆発によって怯み混乱し襲うに襲えない状況に陥っている敵集団。
ロアン達の集団をそんな集団を突き破りついに入口へと辿り着いた。
「反転!!」
ロアンの指示が下るとそれと同時に背後、敵達の姿がある方へと向きをクルリと変える隊員達。後は射撃で牽制を入れつつ後退するだけだ。
敵集団は後を追おうにも射撃の牽制のせいで思うように進めず追いかけられない。
そうして一同は坂を上がり出入口まで辿り着くとすぐさまヴィアンが敵集団に向けて先程とは形状の違う魔具をいくつか投げつける。
投げられた魔具は一定時間後に煙を噴出。瞬く間に敵達の視界を塞いでいく。
「こっち」
ヴィアンの声に導かれて走りだす刀弥達。一方敵達は迂闊に追いかけられない。煙幕に飛び込んでも煙から飛び出した瞬間にその影を狙われるのがわかっているからだ。大人しく煙が晴れるのを待つしかない。
だが、当然といえば当然だが煙が晴れた時、侵入者の一団の姿は消えていた。
念のため確認してみるが、当たり前のように外の監視装置には彼等の脱出の痕跡は残っていない。
少し思案した後、敵集団の中で一番階級が高い部隊員が諦めた表情で現状を司令室に報告する。
見失ったという報告を聞いて施設の最高責任者は外の監視装置で彼らの行方を追えと命じるがあいにくと侵入時に処置を施されており、監視装置には何の痕跡も残されていない。
その事を部下から聞いた時、最高責任者は悔しげに机を強く叩いたのだった。