七章三話「潜入」(5)
強大な扉が音を立てて左右へと割れていく。
その音によって僅かに振動する床。その音に刀弥達は内心怯んでしまう。
辺りを見回す。現在、彼等の見える範囲で敵の姿は見えないが近づいてくる足音はしっかりと聞こえている。
それが自分達をこの部屋へと追い込むためのものなのはわかっているのだが、今はここに入るしか選択肢がない。
恐らく待っているのは敵の兵器。ここから出そうとしなかった事から暴れるためにスペースが必要、あるいは味方や施設への被害を抑えようとしている事が伺える。どちらにしても強力な事は想像に難くない。
扉が開ききった。刀弥とリアはレリッサの方を見る。
「本当に相手の誘いに乗るのか?」
このまま相手の意図通りに動いたら危険ではないのか?
そんな疑念を持つ刀弥の問い。その問いにレリッサはこう答えた。
「私達の数じゃ強引な突破もできて後三、四回ぐらい。そうなったらあっという間にやられちゃうわ。でも、誘いに乗ってるうちは向こうはあの戦力をこちらには向けてこない。たぶん、他に向けたい相手がいるんでしょうね」
たぶんと言っている割には表情や声色にかなりの自信がみなぎっている。どうやらレリッサにはその相手に心当たりがあるらしい。
「心当たりがあるんですか?」
そんな考えをリアも抱いたのだろう。不思議そうな表情で彼女はレリッサに尋ねた。
「ええ、ちょっとね」
返ってきたのは肯定の返事。けれども、それ以上のことを彼女は言おうとはしない。
「……それで私達の今後の動きなんだけど……」
その代わり、彼女は新たな行動についての説明を始める。
「とりあえず私達のすべきことは時間稼ぎよ」
「先の相手がこちらに辿り着くまでですか?」
言いたいことは理解できる。戦力の乏しい刀弥達では強引な突破はそう多くできない。だが、その相手の方は少なくても刀弥達より戦力があるのだろう。
ならば、道はその者達に作ってもらい自分達はそれまで耐え忍ぶ。理屈としては妥当な作戦だった。
しかし、問題はその相手を本当に当てにしていいのかという事だ。本当にレリッサの考えている相手だという保証はない。レリッサはその相手のことを知っているから期待できるのだろうが、何も知らない刀弥達しては本当にそれで大丈夫なのか不安で仕方ない。
「そうよ」
刀弥の問いかけにレリッサが頷く。その返答に刀弥は少しばかり考え込む。
どの道、他に代案が出せる訳ではない。新手で多少向こうが混乱している部分が多少有利なった点だが、それも僅かな有利だ。
これは無謀に突っ込むよりもレリッサの期待に掛けたほうが分が良さそうだ。
「わかった」
そう判断し彼女の案に乗ることにした刀弥。彼がそう判断したことでリアもまた了解の相槌を返す。
「決まりね。じゃあ、入りましょ」
彼等の返答に感謝の微笑を浮かべるレリッサ。
そうして彼女が先頭という形で一同は室内へと入っていった。
室内は想定したよりも遥かに広かった。
明かりは点いていない。けれども、広大な空間なのは足音の反響ですぐにわかる。同時に何か巨大な存在が蠢いている事も……
本能的に身構える刀弥達。そうしてどこかに明かりを点けるスイッチか何かはないのかと探していると――
突然、室内に明かりが点いた。
いきなり明るくなったことで目が眩んでしまう刀弥達。反射的に目を細めてしまう。
真っ白にも近い視界。それでも見えるものはある。
感じていた通りの広い空間。天井より降り注ぐ数多くの明かり。そして、正面に存在する巨大な何か……
大まかに感じとれる輪郭は大きく形は丸っこくシンプルだ。気のせいでなければそれはウネウネと動いているようにも見える。
やがて、目が慣れ白くぼやけていた視界もはっきりとした輪郭を取り戻し始めた。それと同時に目の前の存在の正体もしっかりと認識できるようになる。
「!?」
「嘘!?」
「でかい!!?」
三人の目の前にいたもの。それは巨大なスライムだった。
体の色は透き通った水色でおかげで体の内部が一目でわかってしまう。体内にあるのは中央の青色の球体以外は全てが――恐らく性能試験の相手役であった――敵ゴーレムの残骸ばかり。
「これと戦えって事か」
「こんなものまで作ってるなんてね~」
苦笑する刀弥と呆れるレリッサ。と、スライムが刀弥達の方へと向けて動き出した。ようやく新たな獲物の存在に気が付いたらしい。
動き出した敵に反射に意識を研ぎ澄ませる三人。それと同時にスライムが己の体を触手状に伸ばし襲いかかってきた。
飛んでくる触手の数は九つ。それらを全員が散り散りになって回避する。
刀弥は触手を飛び込むように潜って避けるとそのまま一気にスライムに近づいた。
軽い試すような一撃。入れた直後、すぐに彼はスライムから距離を取る。
来られた部分は少しの間入った刃の分だけ切断の傷跡を見せていたが、時期に元通りに繋がった。
「やっぱりか」
予想していた展開だけにそれ程ショックはないが、それでも困った事態であることには変わりない。
先程の斬撃。スライムが全く意に介していないところを見ると全くダメージになっていないようだ。痛覚がないというのもあるのだろうが、向こうにしてみればただ体が裂けたというだけで損傷したという状態ではないのだろう。
ならば、という事で今度は体の一部を削りとってみる。浅くスプーンで掬うような剣線。それでスライムの体の一部を切り離してみる。
切り離されたスライムの一部は動く様子を見せなかった。だが、本体がすぐに体の一部を伸ばしその部位と繋がると再び活動。そうして元の体へと合流する。
「繋がってないと動かわないわけだ」
「そんな凶悪な能力。極少数しかいないわよ」
「それにそういうのって増え過ぎたら自分達の餌がなくなるのをわかってるから仲間を見つけたら融合して個体数を調整するしね」
「それとスライムを倒すなら体中央にある球体を傷つけるのが一番よ。あそこに脳や内臓器官が集まってるから」
刀弥の呟き返答するレリッサとリア。
この返答に思わず『いるのかよ!!』と心の中で叫んでしまう刀弥だったが、ともかく今は与えられた情報でスライムを倒すのが先決だ。
「つまり、あそこに攻撃を届かせればいいのか」
ならば、話は簡単だ。すぐさま刀弥はそれを実行に移した。
横薙ぎの斬波。それをスライムに撃ち放ったのだ。
斬撃状の力が空気を伝ってスライムへと飛んで行く。
そうして斬撃の力がスライムの体内へと入り込んだ。けれども、斬撃が進んだのは僅かな距離のみ。すぐに体内の抵抗に負けて無へと消えてしまう。
意外にも進まなかったその結果に愕然とする刀弥。そこにスライムの触手が襲いかかってきた。
すぐさま意識を戻し最初の触手をかい潜ると前方へと滑るように跳躍。左右のステップで次々と伸びてくる触手を回避すると全ての触手を刀で切断した。
切り離された己の一部を回収しようとスライムが移動を開始する。
さすがにこの巨体を止める術は刀弥にはない。仕方なく彼は左へと移動しスライムの進路上から退避した。
そこへ――
「これなら……どう!!」
リアの雷の鉄槌が降り落ちる。
頭上より穿った雷。けれども、スライムは先程と変わらずまるで何事もないかのように移動を続けていた。
「うそ!? 雷が効いてない!?」
刀弥にはよくわからないが、どうやら通常スライムには雷が有効らしい。その決まりが破られ驚くリアを尻目にスライムは己の体を回収。ポーンというような感じで跳ねてリアへとその巨体を飛ばしたのだった。
「ほえ!?」
先程の驚きとスライムの思わぬ行動にリアは硬直してしまい動けない。
迫る巨体。既にリアはその影に入っている。
「ぼうっとしない!!」
そんな彼女をレリッサが救い出した。
横からリアを抱え上げ一気にその場から逃げる。おかげでリアはスライムののしかかりの危機から逃れることができた。
「すみません」
「礼はいいから。ともかくこいつをどうにかしないと」
降ろされながら礼を言うリアにスライムを注視しながら応えるレリッサ。
現状、スライムに有効打を与えられず、向こうを与えられるという一方的な状況だ。だが、助かるためにはどうにかするしかない。
持ちうる手段を脳内でいくつもシュミレートしつつスライムとの距離を計る刀弥。
こうして生存を賭けた戦いが幕を開けたのだった。