七章三話「潜入」(3)
「こちら第五第六第七部隊。出入口への配置完了致しました」
はっきりとした声で淡々と通信の相手へと告げる部隊長。
ここは刀弥達が施設へと侵入した出入口。今やその通路は大人数の部隊員達によって埋め尽くされていた。
圧縮した風弾を放つ銃型の魔具に全身を覆った黒ずくめのプロテクター。特にプロテクターは頭部も顔がわからないくらいに覆われており傍目には全く同じ姿の人間が綺麗に整列しているという異様な光景に見えるだろう。
彼等の作戦は簡単だ。ターゲットを即時投入させた大量のゴーレム達によって回り道へと誘導しその時間ロスを使って出入口を封鎖する。
地上へと通じる道はこれ一つだけ。ここさえ閉じてしまえばターゲットは袋の鼠だ。後は残る戦力で囲い追い込み。その戦力を持って殲滅する。
相手が能力がどれだけ高かろうが少人数である以上、この物量を覆すことはまず不可能。つまり、ターゲットが死ぬのは最早時間の問題でしかないという事だ。
ゴーレム達にやられるか、それとも人の手によってやられるか。
内心でどちらになるか総合する部隊長。と、そんな時だ。
「……? 扉が……」
開いた。それも輸送車やゴーレムなどを入れるための大型の方がだ。
連絡では外の巡回は緊急シフトで巡回していると聞いており、増援として中へ入ってくるという話は聞いていない。
無意識に扉へと振り返り持っていた武器を構える。それを見て他の部隊員達も同様の行動をとる。
一拍、二拍……
警戒による緊張で最高潮に達した心臓の鼓動。それが時間の経過を告げる。
だが、いくら待てども出入口から何の反応もない。
そうして幾度かの地上の風が彼等に届いた頃、ようやく彼等は誰も降りてこない事に疑問を得た。
大型の扉にはセンサーが付いておりどちらにも何の存在もない状態がある程度続くと自動的に閉まる仕組みになっている。つまり、扉が開き続けていると言うことは扉の向こうに誰かがいるという事だ。
けれども、その誰かはこちらへ降りてこようとしない。
誘われている? 一瞬、そう考える部隊長。あの扉の向こうにいるのが今囲い込もうとしている連中の仲間なら有り得る話だ。もしそうなら当然、行けば何らかの罠が待ち構えているだろう。
しかし、だからといってこのまま座して待ったとしても状況が変わらない。ターゲットがここまで辿り着く可能性もある。できればそれまでに安全かどうか確かめておきたいのが彼としての本音だった。
部隊長は部下の一人に視線を送る。若干背が向こうより高い故の見下ろすような視線。それだけで部下は彼の意図を汲み取った。
部下は何人かを引き連れ出入口へと上がっていく。当然ながら警戒は怠っていない。足取りは慎重だ。
それを下から見上げる部隊長。まもなくして部下達は出入口に到着した。
ゆっくりと部下達が進んでいき、やがて死角へと至り見えなくなる。こうなると目にはもう頼れない。
意識を耳へと集中させる。僅かな物音でも聞き逃さない。そんな気持ちで耳をすましてみるが、残念ながら音は何一つ聞こえなかった。
やがて、部下達が死角から姿を現す。消えた時と同じ姿。物音もなかった事から何事もなかったという楽観が頭に浮かび上がる。
「どうだー!!」
声を張り上げて上にいる部下に状況を尋ねる部隊長。それに対し上の部下は手を横に振って答えた。
それを『特におかしなものはなかった』という意味に解釈した部隊長は部下に下へ降りてくるよう手振りを示す。
隊長の手振りを見て頷き一つで帰ってくる部下達。急ぐわけでもいゆっくりというわけでもない足取りで彼等は坂道を降りていく。
一方、隊長と共に下で身構えていた部下達も上からの異常なしの報告で構えを解き気を楽にしていた。皆、互いに『脅かしやがって』『こんな面倒なタイミングで』と扉が突然開いた事への愚痴を漏らし合っている。
そんな事をしている間に部下達が戻ってきた。だが、何か妙だ。降りてきた部下を一目見て部隊長は何か違和感を感じとった。
具体的には何かわからない。だが、見た目で何かおかしなところがあるのだ。
何がおかしいんだ。必死に考える部隊長。この違和感を見逃すのはかなりまずい。そんな警告が頭の中で鳴り響いているのだ。
そうして部下が部隊長の目前まで迫った時、ようやく彼は違和感の正体に気が付いたのだ。背が相手の方が高いのだ。
見送った時は間違いなく自分のほうが若干高かった。しかし、今目の前にいる相手は目線が自分の頭辺りの位置にあった。
「!? 貴様!! 何者――」
反射的に武器を構えようとする部隊長。けれども、彼の言葉は偽物の部下の拳によって遮られてしまった。腹の大きな一発を受け崩れ落ちてしまう。
部隊長が倒れたことで気楽ムードだった周囲が一気に緊張に包まれた。部隊長に同じように彼等もまた武器を構え直そうとする。
そこへ頭上から何かがいくつも降り注いできた。
反射的に彼等は落ちてきたものを確認しようとする。
それは黒く丸い物だった。それは地面に落ちると同時に数度バウンド。それから軽く転がりそして止まる。
一瞬、訪れる静止の瞬間。だが、それは丸い物がいきなり開き展開したことで破られた。
直後、閃光と音が通路を駆け抜ける。眩しさと耳鳴りで苦しむ彼等。中にはその衝撃で気を失ったものまでいる始末だ。
だが、彼等とて鍛えられた者達。多くはなんとか意識を保つことには成功した。が、それでも満足に体を動かすことなどできない状態だ。
そんな彼等に偽物仲間達は容赦なく攻撃を加えていった。武装は使っていない。彼等は蹴りや魔具の硬い部分を使って打撃を加えていったのだ。
留めの一撃を受け次々と部隊員達は気を失っていく。いつの間にやら坂上からは見慣れぬ影がいくつも降りてきていた。
やがて、部隊員達は一人残らず動けない状態となる。
それを見回す偽物と新たな者達。
「――それで、ここにいる連中は無力化したのかしら?」
そう尋ねたのは新たに来た方。その主は女性で刀弥達がここにいればすぐに誰か気付いたただろう。
「ああ、加えて周囲に新たな敵影はない。だから、そう警戒する必要はないぞ。ヴィアン」
敵から装備を奪い変装していた仲間は新たにやってきた女性ヴィアンにそう告げると武器を構え先へと行こうとする。
「さあ、早く行くぞ。彼等の動きが急に慌ただしくなったということはレリッサの馬鹿がドジッたという事だ。我々は任務としてそれをフォローしなければならない」
「全く……あの子ったら……」
呆れ顔で嘆息するヴィアン。そうしてから彼女は目前にある大きな扉を見る。
「急ぎましょ。出入口を封鎖していた部隊から連絡がない事はすぐ向こうにばれるわ」
そうなれば相手はレリッサ達への救助が来たのだと判断し、合流させないように動こうとするだろう。故にその前に何としてでも合流したい。
「わかっている。でなければここにきた意味がない」
ヴィアンの言葉に先程の仲間、この部隊の指揮官であるロアン・ブレスグがそう答える。
彼が扉の方を見ると既に部下が扉を開ける準備に入っていた。
「第一目標はレリッサ達と合流しての脱出。他の情報はそのついでだろ?」
「わかってるならいいわ」
ヴィアンはこの部隊の副官だ。部隊の指揮官であるロアンを補佐し時と場合によっては間違った判断を実行しようとする彼を止める。それがヴィアンの役回りだ。
レリッサは刀弥達に自分だけが来たような言い回しをしていたが、実際の所はそれは嘘である。
本当は本任務のためにレリッサ、ヴィアン、ロアンを始めとした総勢二十名がこのイロンドの世界にきていたのだ。
セブロンにはレリッサとヴィアンが残り他の部隊員は周囲の街で待機。
そうしてレグイレムのメンバーの出入りを確認しつつ彼らの拠点を探すというのが彼らの行っていた拠点探しの手法だった。
刀弥達の存在を知ったのはその最中だ。周囲の街で待機していた仲間からルード達を追っているという連絡がやってきてロアンやレリッサと相談の結果、様子を見てから彼等に協力を頼もうという話となった。その結果が現在のこれだ。
全員が扉前に揃いそれを見て部下が扉を開ける。こうなってしまえば後は中に入ってレリッサを探すだけだ。
扉の向こうには唖然とした表情を浮かべる敵達。どうやら自分達の事はまだ把握されていないらしい。
即座に銃撃を打ち込む部隊員達。
こうして刀弥達の知らない新たな戦いの火蓋が切って落とされたのだった。