七章三話「潜入」(2)
その後、レリッサの先導で移動を始めた刀弥達。目的地はこの施設の最高責任者の部屋だ。
まさか先の話の後にいきなり本丸へ侵入するとは思ってなかった刀弥はレリッサからこの話を聞いて驚いてしまう。だが、時間を掛ける訳にはいかない以上、可能な限り確実に情報が得られ、かつ侵入しやすい場所にいかなければならないのも事実だ。故に彼はレリッサの案を受け入れることにした。
監視装置は森の時と同じようにレリッサが処理を施し人は可能な限り隠れたり回り道でやり過ごす。目的地へと向かう道は一つではない。最短経路にさえ拘らなければ道はいくらでも存在するのだ。
そうして辿り着いた部屋の扉前。掛かっていた扉のロックはレリッサが解除し刀弥達は室内へと入り込んだ。
室内は広く家具や美術品もかなり趣向を凝らしたものが置かれていた。備わっている機器もシャープに洗礼されたデザインのものが備え付けられているという有り様だ。
「うわ。さすが最高責任者の部屋だな」
部屋に入った瞬間、そんな感想を刀弥は漏らしてしまった。レリッサはというと室内のものには脇目もふらず機器の元へと向かう。
そうして先程の小さな機器を接続し機器を作動させるレリッサ。その間に刀弥達は室内をもう少し詳しく見て回る。
壁には絵画が飾られておりそのうちの一つは自画像のようだ。背景がこの室内と一致したので刀弥はそう判断した。と、するとこの人物がこの部屋の主である可能性が高い。
よく見ると絵画の額縁には日付が彫られている。時間を確認するとどうやら数年前の日付のようだ。なら、この絵の人物が今の最高責任者でまず間違いないだろう。
「ドラインの情報を見つけたわよ」
と、レリッサがそんな知らせを刀弥達に告げてくる。
急いでレリッサの所まで戻る二人。そうしてディスプレイを覗き込むとそこにはとある計画の情報が載せられていた。いくつも表示されるいろいろな情報。その中にドラインの情報がある。
それによるとドラインはウイルスの苗床に改造すると書いてあった。しかもその目的は――
「ラクロマ王都に被害を与えるため……だと」
驚く刀弥。彼は急いで計画の全容について把握しようと別のディスプレイに目を向けた。
それによるとどうやらレグイレムは何かの情報を得るために王城に侵入したいらしい。だが、当然そこは最もガードの固い場所。侵入が容易にできるはずがない。
そこで彼等はまず王都に襲撃を掛けることにしたのだ。王都の民に大規模な被害を短時間で与えることで王城に待機する兵達を可能な限り誘き寄せ、そして警備の兵が減ったのを見計らって侵入を敢行する。簡単にいえばそんな計画だ。
短時間で多大な被害を与えれば国側も被害を早急に抑えるために迅速に兵を出す必要がある。それはつまり王城内で保有している兵を出撃させるしかないという事だ。
近くに軍基地は存在するようだが、当然ながら王城より近いという事はない。手をこまねいていれば民の不安と混乱が増す上に自己保身に走ったととられかねない。王城側に選択肢はあまりないと言っていいだろう。
「嫌なところを突いてくるわね~」
一通り眺めた後にレリッサが苦笑交じりにそんな感想を漏らす。
確かに彼女にしてみればしたくなくてもせざるを得ない流れなのでそう言いたくもなるだろう。
「ラクロマで動いていたのはこの準備のためかな?」
「十中八九そうでしょうね」
そう言いながらも機器の操作を続けるレリッサ。
「ドラインの改造場所はここね」
どうやらドラインの改造がされている場所の記録を参照しようとしているようだ。
そうしてディスプレイに新たに表示される内容。それはその部屋のここ最近の利用記録だった。
「ふむふむ……どうやら到着してすぐに改造に着手したみたいね」
記録に表示されているのは改造工程とそれらの開始と終了時間。時間を見るとどうやら日を跨いで改造は続けられていたらしい。さらに読み進めると改造は一昨日の晩、つまり森へと入る前日には終わっており、その後積み込み作業が行われたと書いてある。
「積み込みって事は……ドラインをもう運びだしちゃうってこと?」
「いつ出発かわからないか?」
僅かな希望を込めて刀弥はレリッサに尋ねてみるが、嫌な予想が当たったようでレリッサは刀弥の問いに首を横に振って答えた。
「昨日の夜ね。ひょっとしたらあなたが見た明かりがそれだったのかも」
その言葉に刀弥はその時の事を思い返す。言われてみれば過ぎていった明かりは間隔がかなり開いていたかもしれない。
思わぬ行き違いに悔しい思いに駆られる刀弥。だが、彼はそんな事を考えている場合じゃないと己を叱咤するとすぐに心を落ち着かせ次の問いに入った。
「ルードの方は?」
「ドラインと一緒。どうやら混乱する様を見学する気満々のようね」
その言葉と同時にある映像のディスプレイが刀弥達の前に表示される。
それは巨大な輸送車へと乗り込むルートの映像だった。他にも幾人かが乗り込み、やがて全員が乗り終わると輸送車は刀弥達が入り込んだ出入口から出発していく。映像には巨大な荷台も映っている。あの中に改造したドラインが入っているのだろう。そうして輸送車はそのまま映像から姿を消したのだった。
「……とりあえずどっちも目的は達成したわけね」
「そうだな」
レリッサは自分達の国を探っていた連中の目的を、刀弥達はルードとドラインの新たな行き先を知ることができた。ならば、ここにはもう用はない。残っても見つかって危険に晒されるリスクが増すだけだ。
レリッサがディスプレイを閉じたら部屋から出ていき入った出入口へと向かう。誰が言うでもなくわかりきった流れだ。
しかしそれ故にディスプレイを閉じたようとした時、室内に警報が鳴り響いたのには驚かざるを得なかった。
「え!? ちょ、なんで?」
辺りを見回しながら焦るレリッサ。無理もない。何の前触れも切っ掛けもなく突然警報がなったのだ。当人としては様々な疑問が頭の中で行き交っているはずだ。
「理由は後だ。ともかく出口へ向かおう」
けれども、理由が今わかったところで今の危機から脱出することができるわけではない。なら、その理由を考えるのは後回しだ。
そうしてすぐさま部屋を後にし通路に飛び出す三人。無論、ルートは最短ルートだ。
囲われる前に包囲網を力尽く突破する。今のプランである。
まだ警報が鳴り響いてからそれ程時間が経っていない。ならば、相手はまだ態勢を整えきれていないはずだ。
警報の音で数秒静止、その後状況を把握し、対応を検討して兵に連絡。恐らくこれが基本的な流れ。ならば、その間に距離を稼げるだけ稼ぐ。
そう思考し行動する三人。だがしかし、相手の対応をそんな彼等の予想を大きく上回っていた。
突如、彼等の進路上に大量のゴーレムが姿を表しのだ。手に持っているのは普通の人間では持ち上げることもできないような大型の砲やガトリング。
「そんな!? 対応が早過ぎる」
相手の短時間での対応にレリッサが驚愕する。
数に加えて強力な装備。さすがに強引に突破するのは難しい。
「くっ……こっちよ」
仕方なくレリッサは刀弥達は別の道へと連れて行く事にした。
手前に見えた左への通路。遠回りだがそこからでも出入口へと向かうことはできるのだ。最もこの凌ぎがその場凌ぎでしかないという事は本人もわかっている。
正面からやってきたゴーレムだけが戦力ではないだろう。少なくても自分が指令する立場なら他のルートからもゴーレム達を進行させるはずだ。
ようやくレリッサは相手の手が見えた。簡単な話、警報がなったら警報のポイントにゴーレム達をそれぞれ別々のルートで進行させるよう設定が組まれているのだ。
人は唐突な事態に即座に対応できない。だが、仕掛けで動くゴーレムなどの機械類は即座に動ける。そうやってゴーレム達が動き時間を稼いでいる間に人は事態を把握し対応する。そういう対応手段をこの施設はとっているのだ。
時間を掛ければ掛けるほどこちらが不利。けれども、短時間で事態を打開できるような戦力でもない。
こういう事態を避けるため見つからないようにしていたのに……一体、何をミスったのか。ついそんな自問自答をしてしまうレリッサ。
と、眼前の曲がり角から足音が聞こえてきた。そのため、少し前の通路へと戻ることにする。
そうやって始まった時間制限付きの逃走劇。その中でレリッサは『彼等が早くこちらに状況に気が付いてくれればいいんだけど……』とそんな事を考えていたのだった。