七章三話「潜入」(1)
「いつまで降りるんだ?」
降り始めてからそれなりに時間が経った頃、ふと刀弥はそんな疑問を抱いた。
とにかく前を見ても下へ下へとひたすら坂道が続いているだけだなのだ。底は未だ見えず見えるとしたら黒い暗闇だけ。
「随分と深くに作ってるのね」
そんな彼の疑問にレリッサが相槌を返してきた。
彼女はまた監視装置を見つけるとそこへ感知されないように近づき工作を施していく。
「深くに作ればその分、地上側からは感知しづらいのは確かだけど……その分作るのが大変なのよね~」
確かに彼女の言う通り、必要な工事量が多くなるので時間もお金も掛かることになる。私有の森の中というだけでも十分な機密性が確保されているのだ。わざわざさらに深度の深いところに施設を建造する意味はそうないはずである。
「そこまで機密しないといけない理由がある。そういう事なのかな?」
普通に考えたらそういう事になる。だが、その疑問の核である『理由』がわからなければ深くに施設を作った疑問を解いたことにはならない。
「一体、この施設で何をやってるんだかね」
皮肉を漏らして苦笑するレリッサ。そうしてから彼女は未だ暗闇しか見えない下り坂の先を見やった。
そうして監視装置に工作を施しながら降りて行くこと数刻……。
ようやく一同は下り坂の底に辿り着いた。
「ふぅ、着いた~」
呆れと安堵の混じったため息を吐きながら平面の床へと視線を向けるレリッサ。
平面な床はそれ程長く続いておらず少し視線を進めると先には口を閉じた大きな扉が見えてくる。
「たぶん、あの先からは施設の内側になるわ」
ふと、レリッサがそんな事を告げてきた。
唐突とも言える語りかけに眉をひそめる刀弥だったが、彼女の話はまだ終わっていない。
「普通に考えたら戦力では相手の方が圧倒的に有利。つまり、見つかってしまえば命はほぼないと思うべきね。この先は一回のミスが命取りになるわ。どうする? 入ってしまえば後戻りできない以上、引き返すなら今のうちよ」
苦笑とも言える頬を緩めた表情でそんな言葉を言ってきた彼女だが、要はつまり『この先は本当に危険だから帰ってもいいのよ』という心遣いだ。だったら、返事は決まってる。
「別に流されて付いてきた訳じゃないんだ。いらない忠告だ」
「だね。選んだ上でこの場所にいる。だから、そんな心配はいりません。覚悟は最初からできてます」
瞳に強い意志を乗せ二人はレリッサにそう返事を返した。
この返事にレリッサは右手を額に乗せはぁとため息を吐いた。
「ああ、やっぱりそう返しますか。なんとなくそんな返事だろうなとは思っていたけどね~」
大仰に首を振るレリッサ。けれども、すぐに彼女は表情を崩して刀弥達を見やる。
「了解、もう聞かないわ。ここから先は私もあなた達も一蓮托生。お互いベストを尽くしましょう」
笑みを浮かべて告げてくるレリッサ。それに対し刀弥達もまた笑みで返した。
「それじゃあ、開けるわ」
そう言って扉の傍にある入力端末の傍へと歩み寄り何やら工作を施し始めるレリッサ。
まもなくして扉が開いた。
開いたといっても扉が動いたの人一人程の距離。恐らく侵入を内側に悟らせないためにレリッサがそう設定したのだろう。
その隙間にまずレリッサが入った。続いてリア、そして刀弥。
扉の先は広い空間だった。
天井から降り注ぐライトの光。その下を行き交うクレーンやアーム。さらにその下にはいくつもの輸送車が並んでいる。ただ残念なのはいずれも平均的な輸送車ばかりでルード達が乗っていたという巨大な輸送車がどこにも見当たらないという事だ。
「ルード達が乗っていたっていう大きな輸送車が見当たらないな」
「奥かしら? まだ先はあるみたいでし」
確かにレリッサの言う通り入口へと続く扉以外にもいくつかの扉を確認することはできる。けれども、どこにあるのかわからない以上、一つ一つ確認していく事を想定しなければいけない。
だったら、もう少し賢い方法をとった方がいいだろう。
「それでレリッサはどこを目指すんだ?」
「権限の高い端末。とはいえ人通りの多そうな場所は避けたいから、その辺は臨機応変ね」
だったら、自分達もそれを利用しようと刀弥は判断する。そういった端末なら過去のログを参照できるかもしれないからだ。
「じゃあ、とりあえずそれを優先だな」
「そうね」
幸い、この場所に刀弥達以外の人影はない。
故に今の内にとばかりに刀弥達は移動を開始した。
向かうのはいくつかの扉のうちに真ん中に当たる扉。レリッサ曰く『私の経験では中央一番中枢に向かう傾向がある』との事だ。
地図らしいものも見えないのでとりあえずその判断に従うことにした刀弥とリアの二人。
扉の向こうはこれまた先程同じように広大は通路だった。
作りは先の下り坂と同様で違うとすれば奥がT字路であるくらいだろう。
「次は?」
歩きながら左右どちらに行くのかを尋ねる刀弥。
「ん~。そうね~」
そんな刀弥の問いにレリッサは左右に首を振り迷う素振りを見せた。
やがて、T字路に差し掛かる。
覗いてみると左は真っ直ぐの通路の後に行き止まりになっており扉が五つ∪の字状に配置されている。反対側はL字の曲がり角で先は見えない。
「まだ奥へ行くのか?」
「そうね~。中枢に向かうのは奥だと思うけど……」
そう言いつつも左の通路の先にある扉を眺めているレリッサ。
彼女は少しばかり考え込んでいたが、やがてその姿勢を解くと二人にこう告げてきた。
「……一旦どこか適当な所に入って中がどんなものなのか確かめましょうか」
そう言って彼女が視線を投げるのは一番奥正面に見える扉。
「あそこに入ってみましょう」
言うが早いかレリッサは真っ直ぐその扉へと向かっていった。そんな彼女の後を刀弥達は大人しく付いて行く。
扉を開かせ中を覗いてみると、そこは今は使われていないのか明かりの点いていない部屋だった。広さとしてはそこそこ。奥には様々な機器が並んでおりそのすぐ奥には窓らしきものが見える。
「計測室ってところかしら」
部屋をぐるりと見回してからそう呟くレリッサ。その言葉に刀弥は内心で同意する。
確かにそう言われうとそれらしい部屋だ。窓の向こうに見えるのは何もない広い部屋。恐らくそこでいろいろなものを試験しこの部屋で計測するのだ。
「動力は……きているようね」
レリッサの見つめる先、そこには何かが光っている。どうやらそれで動力がきているかを知ることができるらしい。
「…………」
動力が来ているということで何やら考え込むレリッサ。
一体何を考えているのか。刀弥にはその答えがすぐにわかった。
「機器を動かしたら向こうに気付かれるという可能性はないのか?」
わかったが故に刀弥は己の疑問を口にする。
レリッサが考えている事。それは機器の中に保存されている情報の閲覧だ。
この施設が何なのか、それを確かめるために適当な内容のものを見ようとしているのだろう。だが、刀弥の世界の場合、こういった機器は電源が入ったかどうか別の機器が監視することができるようになっている。
自分の世界にできてこの世界でできないという事はないだろう。そのため、刀弥はその確認をしたかったのだ。
「まあ、十中八九わかるようにしてるでしょうね」
レリッサが返してきたのは肯定の返事。ならば、機器を操作するというのはリスクの高い行為だった。
けれども、レリッサは笑みを浮かべ先の話の続きを始める。
「でもね。私がそれを想定していないと思った? 当然、備えはあるわよ」
それと同時にレリッサは機器の差込口に何かを刺し込み機器を作動させた。空中にディスプレイが表示され、そこを中心に様々な表示が展開されていく。
そうして表示が一旦落ち着くと機器を操作し始めるレリッサ。特に何か特別な事をしている様子がない事からどうやら差し込んだそれが誤魔化すための何かをしているのだろう。
画面に映るのは画像や動画、文章といったもの。内容を見るに試験結果や実験のデータのようだ。多くは武器類だが、稀に生物のデータや動画が表示されている。
「どうやらここは兵器開発施設みたいね。生産設備もあるみたいだけど主たる内容はやっぱり新兵器の研究や試験っと……」
情報を眺めながらそう呟くレリッサ。その判断は刀弥も同様だった。
しかし、そうなると……
「ここにドラインを運んできたってことはドラインを兵器として利用するってことか?」
兵器開発施設という事はそういう事になる。
そのまま用いるだけとは思えないのでドライン自体に何かしらの改造か強化を施すのだろう。
「ドラインの事、何かわからないか?」
「ん~…………駄目ね。どうやらこの機器じゃこの室内で行った試験や実験の情報しか閲覧できないみたい。他の部屋の情報が見たいならその部屋に行くか上位権限を持つ機器でアクセスするしかないみたいね」
つまり、この部屋ではドラインがどうなっているのかわからないと言う事だ。
「ルード達の現在位置も無理か?」
「監視装置の情報から割り出す手を使うのが常套手段だけど、それもやっぱりここじゃ無理。たぶん、そっち系は監視室にでもいくか階級の高い人物の部屋じゃないと駄目でしょうね」
「さすがにそれはリスクが高いね」
「何にしてもこの部屋じゃ知りたいことを知ることはできないって事は判明したわ。出て他の部屋に行きましょう。施設内の地図も手に入れたし」
いつの間にやらディスプレイにはこの施設のマップ情報が表示されていた。レリッサはそれを閉じると機器のスイッチを切り差し込んでいたものを引き抜く。
「それじゃあ、行きましょう。場所は……こっちよ」
そうして引き抜いたものを自身の端末に繋ぎマップ情報を表示させるレリッサ。こうして刀弥達はレリッサに案内されてその部屋を後にしたのだった。