二章一話「銃使いの少女と付添の少年」(2)
しばらく二人で洞窟の中を進んでいるときだった。
「音?」
刀弥の言葉通り、二人の向かう先から音が聞こえてきたのだ。
何かが撃たれる音、ぶつかる音、咆哮、爆発、それらの音が混じり合い二人のところまで響いてくる。まず間違いなく戦闘音だ。
そのことを確信した二人は互いに顔を見合わせると頷きあい、急ぎ音のほうへと駆けていくのであった。
そうして、二人はその現場へと辿り着く。
そこは二人が通ってきた洞窟よりも、少しだけ広い空間だった。
天井は岩ではなく金属製の人工物、そしてその天井を支える柱もまた同じく金属製の人工物だった。おかげで落石の心配がない。
恐らくここは、崩落の際の緊急避難所も兼ねた休憩用の空間だったのだろう。
その証拠に、休憩用の椅子と思わしき瓦礫がいくつも転がっていた。
何故、瓦礫なのか。その答えは簡単だ。モンスターたちが破壊したからだ。
刀弥たちの目に映ったもの、それはモンスターの群れだった。圧倒的と言える程の数の大群が二人の目の前に広がっていたのだ。
その多さに二人は息を呑む。
大群のモンスターたちは皆、ある一点を見ていた。
そこに視線を動かしてみると、なんとそこにはモンスターの大群相手に奮戦する二人の人間の姿があったのだ。
年齢は刀弥たちよりも少し上だろうか。一人は桜色のポニーテールの髪をした少女、もう一人は褐色の髪をした少年だ。
使っている武器は銃のようで少女は左右の両手に銀色を基調とした、少年は両手で赤を基調とした拳銃を握っていた。
少女のほうはそれを踊るように振り回し、近づいてくるモンスターたちに銃弾の雨を浴びせている。
放たれたのは透明色の弾丸。大気が揺らぎ、塵が僅かに避けていく。恐らく、風を圧縮して弾として放つ力を持った魔具なのだろう。
透明色の弾丸は定められた目標に向かって飛翔すると、モンスターたちの体を貫き倒していく。
銃弾を受け倒れていくモンスター。それでも稀に少女の傍に到達するモンスターもいたが、それらも拳銃の銃身を使った打撃やゼロ距離射撃によって瞬く間に打ち倒されていった。
よく見ると背後からの襲撃にもしっかり反応しており、まるでどこにも死角がないかのようだ。
かなりの手練だ。彼女のその動きから刀弥はそう判断した。
一方、少年のほうは両手でしっかりと拳銃を構え、確実に相手を狙い撃っていた。
銃口から飛び出すのは赤く揺らめく弾丸。真っ直ぐ目標に向かって飛んでいくそれは、着弾と同時に爆発。こちらは炎を圧縮した弾丸のようだ。着弾すれば爆発する点はリアのフレイムボールに近い。
彼の動きは少女ほど華麗ではないが、それでもしっかりとした動作で確実にモンスターたちを倒している。
どうやら、状況的には彼女たちが追い詰められているという訳でもないらしい。
鮮やかな手並みで戦っていることから、恐らくかなりの場数を踏んできているのだろう。
とはいえ、刀弥たちもこのまま黙って眺め続けるつもりもない。相手はかなりの数だ。万が一の可能性もあり得る。
リアのほうを見ると、彼女も同じ結論だったようだ。
アイコンタクトでそのことを確認し合うと、迷わず二人はその身を目前の戦場へと飛び込ませていくのであった。
――――――――――――****―――――――――――
突然の助けに最初、少年は驚くが、それに構わず刀弥は戦場を駆け抜ける。
そして手近なモンスターに接近すると、彼は鞘から刀を抜き放ちそのモンスターに斬りかかった。
斬られたモンスターは、雄叫びを上げて平伏していく。
倒れたモンスターの鳴き声によってそれまで二人組のほうを襲っていたモンスターたちは新たな獲物の到来を知った。
新たに現れた餌に対し、彼らは己の欲望を満たすため、争うようにして新たな獲物へと一斉に群がるのだった。
刀弥は巧みな位置取りで一斉に襲われるのを避けると、一番手近にいたモンスターに向けて刀を振り下ろす。
体をまるごと斬られたモンスターが前のめりに倒れ、群れの中に飲まれていく。
突然、現れた障害物に先頭集団が足を乱し、結果、刀弥との間に距離が生まれた。
その時だ。別の方向から回りこんでいたモンスターが刀弥へと迫ってきた。
迫るモンスターは刀弥を押し潰そうとまっすぐ刀弥へ飛び掛かる。
対し刀弥は横へと体をずらしモンスターの攻撃線上から逃れると、刀の刃をその線上に置く。
その結果、襲いかかってきたモンスターは自身の速度によって刀に裂かれ、そのまま崩れ落ちていった。
崩れ落ちていく相手に見向きもせず、そのまま刀弥は別のモンスターに斬りかかる。
相手が倒れたその直後、刀弥の背後から触手が伸びてきた。
直前に気付いた刀弥は身を低くすることでこれを回避。そうして振り返ると同時に触手を斬り裂いた。
そのまま回転の勢いを止めずに回ると、その勢いを利用して捕らえようとしてきたモンスターに向かって斬りかかった。
回転の勢いの乗った斬撃を受けて相手が斬り裂かれる。
刀弥が相手を倒したその時、別の方向から回りこんできた集団が刀弥に向かって迫ってきた。
さすがに、これだけの数を同時に相手をするのは難しい。
故に、そう判断した刀弥は後ろへと飛んで彼らから離れようとする。
そんな彼の後をモンスターたちが追いかけようとした――その瞬間だった。
刀弥を追いかけようとしたその集団が、炎の砲撃に飲み込まれた。
業火がうねり、灼熱の炎が飲み込んだモンスターたちを跡形もなく焼き尽くしていく。
やがて砲撃が収まると一帯に少しの間、静寂が訪れた。
砲撃の撃ちこまれた場所は未だに業火が姿を残しているが、最初の頃と比べるといくらかその規模は弱くなっている。そんな中、砲撃の主が姿を見せた。
炎の砲撃の主はリアだった。使ったのは『フレイムブラスト』という魔術。
刀弥が下がったのは、彼女の砲撃に自身が巻き込まれないようにするためだ。
撃ち終えた彼女は既に新たな魔術式を組んでおり、それを丁度今、発動させる。
『アースランス』
地面より大地の槍が多数生み出され、モンスターたちを足元より貫いていく。
何とかアースランスを避けたり、範囲から逃れたモンスターたちはリアへの危険度を高め、彼女へと殺到していく。
けれども、彼らの進行を刀弥が妨害した。
彼はリアへと向かうモンスターたちの死角から接近すると、急所に刃を入れ次々と倒していったのだ。
リアに気を取られていた彼らは迎え撃つこともできず、ただ彼の刃の餌食となっていく。だが、それだけでは終わらない。
なんと刀弥によって倒されたモンスターたちが今度は障害物となって進行するモンスターたちの足を止める効果を発揮したのだ。
死体の障害物によってモンスターたちは思うように進めなくなる。
加えて刀弥自身も死体を壁や視界を遮る障害物として積極的に利用して攻めてきており、状況はモンスターたちにとって不利になる一方だ。
そうして時間を与えてしまったモンスターたちは、リアの新たな魔術を受けることになってしまったのだった。
『フレイムボール』
生み出されたいくつもの炎の球が、あちこちへと飛んでいく。
大半の火球が何かしらのモンスターにヒット。爆発を起こし彼らを倒していく。
そんな中を刀弥が駆け巡る。
彼は爆発で生まれた死角を利用し、モンスターに近づいていくと首や腹に一閃を見舞っていく。
だがその最中、刀弥の第六感が危険信号を告げてきた。
急ぎ危険を感じるほうへと顔を向けると、そこにはトカゲの姿をしたモンスターが大きく息を吸い込む様子が見えた。その視線はまっすぐ刀弥を見ている。
――まさか、遠距離攻撃か!?
直後、予想通りの攻撃が飛んできた。
トカゲのモンスターが口から火球を吐き出したのだ。
予感に従い体を動かし、火球から逃れる刀弥。
だが、トカゲの攻撃はそれで終わらない。
当たらなかったとみるや、トカゲのモンスターは次々と火球を放ってきたのだ。
刀弥の周りの大地が火球を受けて爆ぜる。そんな中を刀弥は生きるために避け続けていた。
以前、ミミズの姿をしたモンスターが消化液を飛ばしてきたことがある。けれども、あのときの攻撃はそれほど飛距離を持っていなかった。
しかし、今回はかなり離れた距離から放たれている。ここまで距離が空いてしまっていては縮地でも一気に距離を詰めるのは難しい。
けれども、相手の放つ火球が止む気配はなく、中々近づけるだけの隙を見つけられない。
幸いなのは他のモンスターたちが火球に巻き込まれることを恐れてか、刀弥に近づこうとしない点だ。
そのため、刀弥は火球の対処にだけ集中することができだ。
かといって、このままではジリ貧になるのは確実だ。
――どうする?
そんなことを思案していたせいだろう。突然、刀弥は足を取られた。
「!?」
慌てて足元に目をやる。
すると、そこにはモンスターの肉片を踏んで滑った自分の足があった。
「しまっ……」
目をトカゲのモンスターのほうに戻してみると、丁度トカゲのモンスターは刀弥に向けて火球を吐き出そうとしているところだった。
足を滑らせた刀弥に、この攻撃を逃れる術はない。
反射的に彼は刀を前に出した。
もちろん、この程度の防御でダメージを軽減できるはずもない。だが、それでも僅かでも生き残れる可能性があるならやるべきだと、そんな思考が頭の中にはあった。
それが生きることを諦めなかった者の答えだった。
そしてトカゲのモンスターの火球が吐き出されようとした――その直前。
一発の透明色の弾丸が、トカゲのモンスターの頭部を貫いた。
貫かれたトカゲのモンスターは火球を吐き出すことなく倒れ、刀弥は無事難を逃れる。
攻撃が飛んできた方向へと見ると、そこには桜色の髪をした少女の姿があった。
彼女は少しの間刀弥のほうを見ていたが、近寄ってくるモンスターの気配に気が付くとそちらのほうへと視線を移してしまう。
戦い始める少女を刀弥はしばらくの間、眺めていた。だが、刀弥を食らおうと接近してくるモンスターの影に気が付き迷わず彼女から視線を外す。
口を開き飛び掛ってくるそれを後ろへと飛んで逃れると、即座に前へと切り返しその顔面に縦の一閃を与える刀弥。
他のモンスターに気を配りながら、彼はそのついでに少女のほうへ視線を向けた。
少女は相変わらず踊るような身のこなしでモンスターたちを倒していた。その動きにつられて、桜色のポニーテールが右へ左へと揺れる。
遠くから攻撃しようとしてくるモンスターたちにもしっかり対応しており、発見しだいすぐさま撃ち抜いている。
遠距離の攻撃手段を持たない刀弥には、不可能な対応だ。
そんな感想を頭の隅に思いながら彼は突然、身を仰け反らせた。
仰け反った直後、モンスターの爪が刀弥の目の前を通り過ぎていく。それを確かめると、すかさず彼は襲ってきたモンスターの首を斬り飛ばした。
改めて彼女へと視線を戻すと彼女は自分の回りだけでなく、もう一人の少年の方もしっかり見ているのがわかった。
少年が対応しきれない状況に陥りかけると、すぐさま援護の射撃を放って度々彼を助けてるのがその証拠だ。
広い視野と巧みな動き、そして攻撃範囲に優れる銃という武器。それが彼女の強みなのだろう。
「刀弥」
そんな考えにふけって戦っていると丁度そこへ、リアがやってきた。
「ごめん。援護が間に合わなくて」
「気にするな」
さっきの、足をとられたときのことを言っているのだろう。
だが、それも仕方ない。
魔術式を構築する必要のある魔術では、すぐさま助けに入るというのは中々難しいことのはずだ。だから、あの時援護できなかったことをリアが悔いる必要はないのだ。
「でも……」
「なら、次の町のご飯はリアの奢ってもらうってことで手を打とう」
とはいえ、リアのせいではないと言ったところで、彼女は自分を責めるだろう。
戦いの最中に気持ちを沈めては、状況的にマイナスにしかならない。
ならば、あえて形だけの罰を与えることで彼女の罪悪感を取り払うのが正解のはずだ。
事実、彼女はそれを聞いて少しだけ表情を晴れやかにする。
「うん。刀弥がそれでいいなら」
「ああ」
そうして二人は辺りを見渡す。
いつの間にやら二人の周囲をモンスターたちが取り囲んでいた。
「一気に行くぞ。俺が壁になる」
「わかった」
その了承と同時に、リアが魔術式の構築に入る。今度のはかなり長い。
嫌な予感を感じたのか、モンスターたちがリアに襲いかかろうと一斉に動き出す。
そんな彼らの前に刀弥は立ち塞がった。
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頭上を頭部へと修正。
一部表現の修正。
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文章表現の修正
10/15
文章表現の修正
11/12
瞬歩を縮地に変更