七章二話「探索」(1)
「……そうか。失敗したか」
「申し訳ございません」
とある部屋の中でその会話は行われていた。
部屋は豪華絢爛で床には赤いカーペットが敷き詰められ置かれている家具も装飾が散りばめられているものばかり。
そんな眩い室内には二人の男の姿がある。
一人はルブゼラ。もう一人は黒ずくめの男だった。
「幸い、部下の判断で捕縛された者は始末され当人も自決しましたので、情報が漏れる恐れはありませんが結果的にこちらを探っていた者達が手を組む事になってしまいました」
「まあ、そこは標的が固まり追跡しやすくなったと考えるとしよう」
そうしてからルブゼラは『問題は……』と言葉を続ける。
「今の手札では連中を始末するのが心伴いという事か」
「残念ながら仰る通りです」
彼が漏らした言葉に黒ずくめの男は無念そうに同意を示した。
この黒ずくめの男達はルブゼラが個人的に保有している『裏の戦力』だ。情報収集、自身の護衛、潜入、暗殺、工作などこれまで多岐に渡る任務で活躍してもらっている。
戦闘の実力も申し分なく大半の事なら彼等の手で事足りるのであるが、残念ながら今回の標的はそう簡単にはいかなかった。
「いかが致します?」
「そうだな……」
どのような手を打つのがベストか思案するルブゼラ。
下手な戦力は逆に相手に情報を与えるだけの可能性がある。よって愚策を行うのはできるだけ避けたいところであった。
と、そんな時だ。
「お邪魔するよ~」
呑気な
声が室内に響いたかと思うと、いつの間にか開いていた扉から一人の少年が入ってきた。
「……君は確かルードと言ったかな?」
「うん。それで合ってるよ~」
確認の問いに笑顔で応じる少年、ルード。
そんな彼の態度がルブゼラには不気味に映った。
「一体、何の用だね?」
用件を急かしたのもそのせいだ。できればこの少年には長くここに居てもらいたくない。そんな思いが口を動かしたのだ。
「いや、暇になったからちょっと街にでも行こうかと思って、で街に来たんならこっちに挨拶したほうがいいかなって事で来たんだけど。どうやらお困り事のご様子だね」
ルブゼラの内心など気付いていないのか、ルードはゆったりとした口調で答えてくる。
そんな返答に僅かながら苛立ちを感じながらもルブゼラは丁寧に応じた。
「こちらを探っている者達に刺客を送り込んだのだが……残念ながら失敗し手を組ませるという事態に発展してしまいまして」
「なるほどね~」
この返答にルードが少し考える素振りを見せる。
やがて、微笑を漏らし僅かに頷くと彼は次のような提案をしてきた。
「それじゃあ、僕の人形を貸してあげようか?」
一瞬、『人形?』と内心で言葉を反芻しながら疑問を得たルブゼラだったが、すぐに彼が多様かつ多数のゴーレムを保有し操る人物であることを思い出す。
「……具体的にはどういった物を御貸しいただけるのかな?」
すぐさま真剣な表情に戻るルブゼラ。ここからは取引の時間だと彼は悟ったのだ。
相手が提示してきた商品はゴーレムの貸与。これに対し恐らく何らかの見返りか条件を向こうは要求してくるはずだ。
事前に得ているルードの情報を思い出しながら相手の出方を伺うルブゼラ。
そんな相手の態度にルードの表情が楽しげに歪んだ。
「とりあえず一般的なのを二十体。組み合わせはそちらに任せるよ」
「ほう。二十体ですか」
強さはともかくその数だけでも十分な戦力だ。普通の相手であるならその物量だけで倒せてしまう。
「しかし、相手が相手ですからね~」
けれども、ルブゼラはあえて不安げな声でそう返した。相手に譲歩を引き出すためだ。
見返りを聞いていないため少々危険だが、このタイミングを逃すと戦力の交渉は難しくなってしまう。
確実に相手を始末したいルブゼラとしてはもう少し戦力が欲しいのが本音だった。
「まあ、そうだね~」
そんな彼の返答にルードは一応の同意を示し少し考えこむ。
「……よし!! じゃあ、三十体!!」
「な!? あ、ありがとうございます」
一気に十体増えた。ルブゼラとしては五体、ケチって一体単位の交渉が来るのではと待ち構えていたが太っ腹にも数を大幅に増やしてきた。
ならば、ここで戦力は満足すべきだろう。これで駄目なら相手が悪いだけだ。その場合はアルドルに報告して彼の方で対処してもらうしかない。
と、なると後考えるべきはルードの要求だ。
そうして相手の言葉を待つルブゼラ。
けれど、待てどルードの方から何かを言ってくる様子はない。
「あの……」
さすがに不審に思ったルブゼラはルードに声を掛けてみる事にした。
「ん? 何?」
彼の問いにルードは『まだ何か用があるのか』という態度で応じてくる。
「……それで、その人形を御貸しいただく代わりに何かご要求とかはないのでしょうか?」
なんとなくこのまま黙っていれば借りるだけで終わるだけの雰囲気だったが、さすがにそれは街の支配者の対応として相応しくないと思い思い切って要求尋ねてみることにしたルブゼラ。
そんな彼の質問にルードは笑みを浮かべてこう答えた。
「そうだね~。それじゃあ、舞台を眺められる特等席を希望しようかな」
「……特等席ですか」
つまりは襲撃の一部始終を見たいという事だ。
少しばかり思案する。
借りられた戦力と予想される相手側の行動。そこから考えられる好都合なポイント候補を導き出し最適位置を決定。そうしてからそこをしっかりと眺められる所がどこなのかを考え――
「……わかりました。ご用意致しましょう」
そうしてルブゼラはその結論に至った。
「へ~。できるんだ」
「はい。脚本の方もなかなかのものをご用意致します」
大体の計画は既に形になり始めている。後は各所を詰めていくだけだ。この状態なら明日にでも実行に移せるだろう。
「うん。それじゃあ頼むね~」
「お任せあれ」
ルブゼラの返答にご満悦のルード。
その反応にルブゼラも機嫌を良くする。
「人形はここで出す?」
「いえ、格納庫の方でお願いします」
さすがにここで三十体も並ばれると広い部屋といえど手狭になる。
「じゃあ、早速格納庫へ行こうか」
「はい。ではご案内致します……そっちは連中を監視を続けてくれ」
ルブゼラの指示に頷く黒ずくめの男。次の瞬間、その姿は消えていた。
「へ~」
ルードが口笛を吹いて感心する。
「では、ついてきてください」
そんな彼をルブゼラは先頭に立って格納庫へと導いていった。
「あ、そうそう」
その道中。ルードがふと声を掛けてくる。
「僕はね。面白いことが好きなんだ」
「……はあ?」
いきなり話を始めたルード。その行動に意図を計りかねているルブゼラは戸惑うしかない。
「内容や結果がどうであれ面白かったのなら僕としては満足なんだ。だから、あまり結果に拘らなくてもいいよ~」
「…………」
顔をしかめてしまうルブゼラ。ここに来てようやく彼はルードの意図を理解した。
彼が襲撃を眺めたいのは襲撃の成功を見るためではない。その襲撃の内容がどうなっていくのかを見たいからだ。
彼は結果を求めてはいない。ただ、面白いと思うことが起こるのではないかと期待してゴーレムを貸し与えてきたのだ。
「さてさて、何が起こるやら……」
後ろから聴こえるそんな呟き。その言葉に呆れつつルブゼラはルードを先導していくのだった。