七章一話「追跡の結果」(6)
その後、宿屋は騒がしくなった。
なにせ、一室――正確には二部屋――で死者六名の騒ぎだ。当然、宿屋内の住人が集まり街の治安維持の人がやってきた。
治安維持の人間は状況や女の証言から刀弥達の証言――即ち寝ていたら突然、その死ンだ六名が襲ってきた――を信じたようで慰めの言葉を掛けてくると、その後はいくつかの質疑応答の後刀弥達を事情聴取から解放した。
解放された刀弥とリアの二人は早速、一緒に戦ってくれた女を連れてリアの部屋へと戻った。
部屋の被害は刀弥の布団が斬り裂かれたり、イスが倒れたといった程度の被害だけだ。戦闘の大半が近接戦闘だったのが不幸中の幸いだった。
「それであんたは誰なんだ?」
部屋に入ると早速とばかりに相手の名を尋ねる刀弥。これに女は微笑を浮かべた。
「あら、こういう時は自分から名乗らないと『風野刀弥』」
「…………」
名乗った覚えもないのに名前を呼ばれた事で刀弥は相手に対する警戒を強める。
先程までは忘れていたがこの女性、ゴロツキとの争いの後で見かけた人物だ。どうやらあれ以前から刀弥達二人はマークされていたらしい。
「あ、そういえばお礼がまだだしたね。危ないところを助けていただきありがとうございました」
と、そこでお礼を忘れていたリアが彼女へと向けて礼の言葉を述べる。そんな彼女に合わせて刀弥もまた軽く頭を下げた。
「いいのよ。気にしないで『リア・リンスレット』。私にも理由があったから助けたんだし」
やはり、というべきか彼女はリアの名前も知っていた。と、いう事は彼女は何らかの理由で刀弥達の事を調べていたという事になる。
「そう警戒しないで別に敵だから調べてた訳じゃないわよ。むしろ、その逆。あなた達に協力しにきたの」
どんどんと刀弥の警戒が増しているのに気が付いたのだろう。柔らかな声でそう話しかけてくる女。
「私の名前はレリッサ・メアル。一の世界『ラクロマ』の軍に所属している者よ」
そうしてから彼女は自らの名を名乗った。
彼女の言葉に目を見開くリア。
「知ってるのか?」
その理由の分からない刀弥としては彼女のその理由を聞くしかない。
「無限世界の始まり。つまり、最初に繋がった世界の片方がそこなの。ちなみにもう片方は二の世界って呼ばれてるんだよ」
「なるほどな」
国の名前がでなかったと言うことはその世界そのもので一つの国を形成している事が推測できる。
とりあえず相手の正体はわかった。けれども、そんな所の人物が何故協力してくるのか、それがわからない。
「それでどうして俺達に協力するんだ?」
なので、刀弥はその疑問を直接ぶつけてみることにした。
そんな彼にレリッサと名乗った女はこう返してくる。
「少し前からね。私の世界で不審な動きをする連中がいたのよ。それで少し調べてみたらここの連中がいろいろと行き来している事がわかって探りを入れにきたって訳」
「それが俺達とどう関係が?」
向こうの事情。それを聞いても刀弥には自身との接点がわからない。どう考えても自分達がその件に関わっているとは思えないのだ。
けれども、そんな彼の心情を見透かしたのかメリッサが口の端を歪める。
「私が調べている連中はレグイレムっていう組織なの。あなた達が探している二人組。その片割れはレグイレムの研究者よ」
「!?」
いきなり告げられた事実。その事実に刀弥は目を見開いた。
ルードと共にいた男。あいつがレグイレムの構成員だというのだ。レグイレムとは少しばかり関わったことがあるだけにその事実は刀弥にとって驚きものである。
隣を見てみるとリアもまた同じように驚愕の表情に包まれていた。
そんな二人の反応にレリッサは気を良くする。
「名前はオルドラ・ラスコット。元はとある国の研究所の研究員だったみたいだけど、研究を危険視されて追放。それからレグイレムに入ることになったみたいね」
スラスラと語られる男のプロフィール。その情報量に刀弥達はただ驚くしかない。
これが国家組織の力。膨大な資金と大量の人数。それらを駆使すれば刀弥達では手にするどころか耳にすることもできないような物や情報を入手することだってできる。
「私は私の国でレグイレムが何を企んでいるのかを知りたい。あなた達はもう独りの方、ルード・ネリマオットと彼らが捕まえたドラインの行方を追っている。互いの目的は案外似たようなものだと思わない?」
「……それで何をしたいんだ?」
協力するという申し出。それは同時に協力して欲しいという頼み事に他ならない。協力するとは言っているが居場所のわからないルード達をどうやって見つけるのか、そして見つけた後どうするのか。その話を聞かなければ判断のしようがない。
「敵の拠点を見つけて一緒に潜入する。つまり、そういう事よ」
「どうやって見つける気なんだ?」
刀弥としては一番それが知りたいのだ。拠点を潜入しようとしてもそれがどこにあるかわからなければ潜入のしようがない。
そんな彼の疑問に彼女は肩をすくめて答えた。
「実はそのためにあなた達を監視してたんだけど……向こうもそこは警戒していたみたいなの」
「それじゃあ、駄目じゃないか」
嘆息する刀弥。けれども、レリッサの方はというと困ったという様子は見られない。
「まあ、そういう時のために次善の策は考えてるわ。それでいきましょ」
「大丈夫なんだろうな?」
少し心配になってしまう。出来る限り早くルード達の居場所を把握したい。それが現状、刀弥の偽りなしの本心なのだ。
「心配しないで。これ以外にもいろいろ考えてるんだから」
そんな彼の心が顔に出ていたのか、レリッサがそんな事を言ってくる。
「こっちだって大事な用件なんだから、手を抜くなんてことは絶対にしないしするつもりもないわ。だからその点は信用して」
そうしてレリッサは刀弥に瞳を向けてきた。
真摯な赤色の瞳。揺れることも逸らすこともないその目は真っ直ぐ刀弥へと向けられている。
「…………」
チラリとリアの方を見る刀弥。
彼女はという言うと軽い調子で首肯を返してくる。
それで決心がついた。
「……わかった。協力する」
「うんうん。そうでなくっちゃあ」
彼の返答にレリッサは満面の笑み。そうしてから彼女はいきなり刀弥の肩を掴み肩を組んできた。
「ちょっ!?」
突然のスキンシップに戸惑う刀弥。リアもまた彼女の行動に少しばかり唖然としていた。
「……よく見ると可愛い顔をしてるわね」
けれども、そんな彼等の困惑などお構いなしにレリッサは刀弥の顔を覗きこむ。
「ねえ、あなた女装に興味は――」
「ない!!」
問い掛けを遮るように大きな声で叫び返す刀弥。その途端、レリッサは目を見開き慌てると刀弥に向かって静かにするようジェスチャーを示してきた。
「駄目じゃない。もう夜も遅いのよ」
「誰のせいだよ!!」
今度は音量を抑えて怒り返す。
そんな彼の反応にレリッサは苦笑を漏らすのだった。
「いい反応ね~。楽しくなってきちゃった」
「俺は眠くなってきぞ」
なにせ、夜中に起こされたのだ。正直言って全然寝足りない。
「そうね。こんな時間に起こされたわけだし……とりあえず今日はここまでにしましょうか。詳しい話は明日っという事で」
「……それでいい」
寝たいのが刀弥の本音である以上、是非もない。投げやりな態度で返事を返す。
「って事で私も部屋に戻るわね。それじゃあ」
そう言って部屋を後にするレリッサ。
ふと、刀弥達が部屋から顔を出してみると彼女がリアの隣の部屋に入っていくのが見えた。つまり、そういう事だ。
「襲撃が来るのを知ってたんだね」
「それでわざわざ隣に泊まるとはご苦労な事だな」
待ち構えるなら別に部屋などとらなくてもよかっただろうにと思ってしまう刀弥達。
と、眠気がさらに増してきた。
「悪い。俺もそろそろ寝る事にする」
「わかった。おやすみ~。また襲われないように気をつけてね」
「そっちもな」
そうしてリアも部屋を去り刀弥はベッドに再び倒れ込む。
ここでようやく刀弥は布団が斬り裂かれてなくなっている事を思い出したのだが、億劫だったのでそのまま眠ることにした。
落ちていく意識。こうして捜索一日目は幕を閉じたのであった。
一話終了
これで一話目は終了です。次回からは二話となります。