七章一話「追跡の結果」(3)
いくつものアームが動き回っている。
周囲は金属の壁や床、天井で覆われており唯一の大きな出口も完全に閉鎖中。
そこは広い室内だった。室内の中央にはドラインが拘束された状態で固定されている。
ドラインは動き出す気配がない。それは拘束されているという理由もあるのだが、それとは別に薬によって体を動かすことができない状態にあることも原因だった。
そんなドラインにアームの群々は次々と処置を施していく。
注射をうち何らかの薬をドラインの体内に打ち込むと今度は口を広げさせ死亡した赤い生き物達を吸い込み取り除いていく。
そうした後で口の中に機械や様々なアームが侵入していく。
体内を切りそこに機械を押し込んだり機械から伸びたケーブルを神経部分と挿して繋げたり……
そんな作業をルードはとある室内から見下ろしていたのだった。
「へ~」
「面白いか?」
声を漏らして眺めている彼に研究者が尋ねる。
「うん。あれを見ているといろいろ想像しちゃうでしょ? どんなものができるのかって……それが楽しくてしかたがないんだよね~」
「……完成体の話はしていると聞いていたが」
「…………おお!! そういえばそうだった」
呆れた研究者の問い。その問いを聞いてから数秒後……ようやくルードはその事を思い出したのか手をポンと叩いて驚いてみせた。
「お前という奴は……」
この反応に研究者は呆れた声を漏らす。
「いやはや、聞いたのが随分前だったからすっかり記憶の中に埋もれてたよ」
「思い出したのならドラインがどういう風に改造されるかわかったのだろう」
そうして研究者が言葉を続けようとした時だ。
「ドラインの体内にウイルスを培養する装置を組み込み、彼等を運び育てる苗床とすること。それが今目の前で行っている事です」
突然、新たな男が室内に入ってきた。男の後ろには年配の男性の姿もある。
「君がルード・ネリマオットか」
「そうだよ。はじめまして」
朗らかに笑みを浮かべて挨拶をするルード。そうしてから彼は今一度男の姿を観察し始めた。
男の役職を示すかのように主張する白衣。胸元の赤いタイが目に止まる。髪の色は金髪で青い瞳は全てを見透かすかのように透き通っていた。
「はじめまして。私はアルドル・オルソレット。この計画の責任者だ。後ろにいる彼は我々の協力者であるルブゼラ・セブロン氏だ」
「はじめまして。私はこの近くで街の運営をしておりますルブゼラ・セブロンです。以後お見知りおきを」
「よろしく~」
そうして挨拶を交わし終えると、アルドルと名乗った男は研究者の方に顔を向ける。
「いやはや、わざわざすまなかったね。オルドラ。そちらも忙しかったろうに」
「用事のついでだ。気にする必要はない」
そんな会話を交わす二人。だが、アルドルの瞳には明らかに蔑みの色があった。
それに気付いていないのかはたまた気づかない振りをしているのかはわからないが、オルドラと呼ばれた研究者はそのまま話を続ける。
「それで……順調なのか?」
「……ああ、既に改造は残り半分を切った。時期に完了する」
視線の先、今もまだ改造を続けられているドラインを見つめながら答えるアルドル。と、ここでルードが不思議そうな顔を見せた。
「オルドラ? ……ああ、それが君の名前だったのか」
「……聞かれなかったから名乗らなかっただけだ。どうやら不便ではなかったようだしな」
「まあね」
オルドラと呼ばれた研究者の言葉にあっさりと肯定を返すルード。そんな彼の反応にアルドルは驚くがオルドラは驚きも怒りもしない。
「全く……どこででもそんな調子だな。貴様は」
「あははは。そんなに褒めなくてもいいじゃないか」
その言葉にオルドラは褒めていないと答えて部屋を後にしようとする。
「おや? どうしたの?」
「寝る。改造を終わったら起こしてくれ。それを連れて来いと命じられているのでね」
「わかった。終わったら起こしに行くね~」
ルードがそう答えるとオルドラは返事もせずにそのまま部屋を立ち去ったのだった。
「相変わらず陰気くさい男だな」
「でも、面白い人だよ」
鼻で笑うアルドルにルードがそう返す。
実際、ルードは彼のことを気に入っていた。淡白な面もあるが、こちらのからかいに一々反応するのでルードとしてはそこが面白いと感じているのだ。 他人の頼まれたことでも真面目にこなす辺りも珍しくてポイントが高い。
「――それで……例の件はどう致しますか?」
と、そんな思考を抱いていた時、ふとルブゼラがそんな内容の問いをアルドルに投げかけていた。
「……ふむ。脅威度は低いが面倒だな。早急に対処しろ」
一瞬、答える直前アルドルがルード達の方へ視線を向けた事にルードは気付いている。
その目はしっかりと恨みがましい瞳をしていた。
「何かあったの?」
そんな目をした理由が気になってルードはアルドルに尋ねる。
「お前達を追いかけている奴らがいるという報告があった。そいつらに関する対応だ」
一体、誰だろうとルードは首を傾げるが、少しして一人だけ心当たりがあることを思い出した。
「……ああ。彼か」
誰にも聞こえない小さな声で呟く。
思い出したのはドラインを捕獲した場で再会した少年。その姿は以前と余り変わりなかったが発していた雰囲気だけは違っていたことは覚えている。恐らくいろいろな経験を積んだのだろう。
再会した時の会話を思い出してみれば、なるほど、追いかけてきても不思議ではない。
「それとは別に我々のことを嗅ぎまわっている者もいる。それ程脅威とは思えないが、大事な時期だ。とりあえずこちらで対応しておく。それでいいな?」
「うん。いいよ」
笑顔で頷くとそれを合図にアルドルはルブゼラの方へと視線を向ける。
この視線にルブゼラは軽く頷くとすぐさまその場から立ち去っていった。
「彼に任せるの?」
「彼の街だ。だったら、管理者である彼に任せたほうがいろいろと手っ取り早い」
事も無げに答えるアルドルにルードはなるほどねと呟く。
「それに……万が一ここの場所を悟られたとしてもだ。ここには我々レグイレムが開発、改良を施したゴーレムと武装兵たちがいる。たった数人でどうこうできるようなものではないんだよ」
そうしてアルドルもまた部屋を後にしようとするのだった。
「あれ? 君も戻っちゃうの?」
「これでも忙しい身なのでね。今回は挨拶のためにきただけだ。まあ、ゆっくりと改造の様子を見学していてくれ」
そう言い残してアルドルは去っていく。
残されたルードルは彼の言う通りドラインの改造を眺めていた――訳ではなく、周囲に視線を動かしまわる。
瞳に映るのは壁や床、天井だけのはず。けれども……
「……ふむふむ、なるほど。確かに厳重だね」
彼にはその先よりも遥かに遠く離れているはずの事が知覚できていた。
拠点の周囲には様々な監視装置や巡回しているゴーレム。格納庫で待機している戦闘用ゴーレムは火気に充実したものや機動力重視など様々な種類がおりその数も多い。
多種多様な武装を扱いゴーレム達に命令を送る人間は数も練度も高くしっかりと下された命令を忠実にこなしている。
これならアルドルの言う通り一般的な戦力なら撃退できるだろう。そう判断を下すルード。けれども――
「でも、悪いけどこの程度なら僕ならどうにかできちゃうかな」
誰もいない室内で思わず漏れてしまった独り言。その声には余裕の色が浮かんでいたのであった。