七章一話「追跡の結果」(2)
翌日、宿屋で体を休めた二人は早速ルード達の行方を追うべく情報収集を開始した。
まず最初に向かったのは出入口。そこで輸送車の出入り情報を手に入れようと思ったためだ。
「巨大な積み荷を積んだ大きな輸送車? ……ああ、入っていったよ」
見張りの人間からあっさりと情報をもらった二人。予定通りの展開に頬が緩んでしまう。
けれども、そこから先はそうもいかなかった。
どういう訳か情報がバラバラなのだ。ある出口から出て行くのを見たという人もいれば別の出口から出て行ったという人、さらには街内の工場に入っていくのを見たという人までいるのだ。
あまりにも食い違う情報に二人は眉を潜める。
「……全くどうなってんだ?」
「どうしてこんな事になってるんだろう」
休憩も兼ねて手近な店に腰を下ろした二人。考えるのは食い違う情報が生まれた原因だ。
「とりあえず考えられる可能性の一つは見間違えかな?」
「似たような輸送車を見間違えたって事か……それならまだ安心できるんだが」
ありえる話ではある。この可能性なら単純に偶然が起こしたミスや勘違いなのでややこしい事にはならない。問題なのは……
「だけど、もし誰かの工作だったら……」
「向こうは追いかけられている事に気が付いているって事……になるよね」
はあとアンニュイな溜息を吐くリア。そう問題なのはこちらの方なのだ。
これを行うということは向こうは刀弥達の事に気が付いているという事である。もし、そうなら他にも何らかの対策を打ってきてもおかしくはない。
「でも、悪い話って訳でもないよね。だって、これさえどうにかできれば事態が進展する可能性もあるんだから」
「そうだな」
リアの言う通りではある。
ここで追跡の妨害をやってきた以上、ここ先へは来ては困るということだ。ならば、この妨害を対処することができれば追跡に何らかの変化がでてくる可能性は十分に高い。
「それでどうする?」
とはいえ、こちらとて可能性の一つだ。これを警戒しすぎて結局、原因が前者だったと場合、その分だけ距離を開けられてしまう。足が変わり速度にかなり差がついた以上、あまり距離を離したくはないのが刀弥達の本音ではあった。
「とりあえずはもう少し情報を集めよう。で、ある程度集まったら今度は本命の情報がどれかを選別してみる」
どのみち追いかけるにしてもルード達がどこに向かっているのかを絞り込む必要がある上に手元にある情報以外にも集め逃した情報があるかもしれない。
結局のところ、情報の収集と選別をやらねばならない事なのだ。
「了解。でも、それだけでいいの?」
「いいんじゃないか。あっちに関しては来るとは限らないし」
そっちは完全に向こう待ちである以上、常に警戒する以外にする事はない。要はいつもよりも気をつけるだけしかできないのだ。
「了解」
刀弥の応答に元気よく返事を返すリア。と、そこへ――
「――ご注文よろしいでしょうか?」
まるでタイミングを見計らったかのように店員がやってきた。
場を読んだ見事なタイミングに二人は内心感心してしまう。
「それじゃあ――」
そうして注文をする二人。程なくして注文したものがやってきた。
刀弥が頼んだのはリップルという果実のジュース。色は若苗色で口に含んでみるとすっきりとした甘さが口に広がるジュースだった。一方リアの方はメブルという葉を蒸したお茶。橙色のお茶でちょっとした苦味のある飲み物である。
それ以外にはいろんな実を入れたクッキーが皿で置かれており、二人は飲み物を飲みつつそれを口の中に放り込んでいったのであった。
クッキーは口の中でサクサクと砕け後味を残して溶けていく。
その感触を口の中で楽しみつつ流すようにそれぞれの飲み物を含むと、飲み物の味がクッキーの後味を消しまたクッキーの味を一から楽しめるようになるのだ。
クッキーはいろんな味があるのでいろんなクッキーを楽しむためにも後味は残らない方がいい。
そうやってクッキーに舌鼓を打ちつつ二人は休憩の時間を過ごしたのだった。
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休憩が終わった後、二人はすぐさま情報収集を再開する。
今回は情報の見落としをなくすためあまり人通りの少ないところでも聞いてみるつもりだ。
早速向かったのは倉庫街。無人の建物が無機質にひしめく様はまるで自分達を逃がさないようとり囲んでいるかのようである。
倉庫にもいろいろな大きさや形があり、小さなものからド派手なものまで様々である。
「一応、輸送車が入りそうな大きさのものもあるな」
「そうだね」
左右の倉庫を見渡しながらそんな会話をする二人。大きな倉庫であればルード達が乗っていたという輸送車も入れそうなのがある。ひょっとしたらここにも目撃情報があるかもしれない。
そんな事を思っていた時、ふと一際目を引く倉庫があることに気が付いた。
その倉庫は大きさもさることながら随分と装飾の施された倉庫だった。屋根の付近に何かの模様がデカデカと備え付けられている。
「すいません。あの倉庫は何ですか?」
その倉庫が気になって刀弥はたまたま近くを通りかかった男にその事を尋ねてみた。
男は刀弥の指差す方向を見るとああと声を漏らす。
「あれはルブゼラさんところの倉庫だよ」
「ルブゼラ?」
「ルブゼラ・セブロン。苗字からわかるとおりこの街のトップさ。あの家紋がある所は全部彼が保有しているんだよ」
「へー」
関心の声をあげながら刀弥は再度その倉庫へ視線を向ける。
「どんな人何ですか?」
そんな彼等の話に割り込むリア。どうやら会話を聞いて興味をもってしまったようだ。
「そうだな~……ルブゼラさんに限らず街のトップに立つ人達は大体皆そうなんだけど、大体表裏が激しい人ばかりだな。優しい笑みの裏で姑息な事を考えているというのか」
「あ~、なるほど」
なんとなくわかる。互いに潰し合うような世界で生き残っている街のトップだ。皆ずる賢くしたたかな連中ばかりなのであろう。
「まあ、それでも身内っと言うか敵対さえしなければ約束や契約は守ってくれる人ではあるな。他所のところじゃ権力にものを言わせて契約を破るような街のトップもいるみたいだし」
しかし、その話の後に『ただな……』という言葉が続く。
「敵対すると遠慮がないというか手を抜かないというか……とにかく敵に対しては徹底的に厳しい人でな。外の街にちょっとした情報を漏らしたってだけでそいつとそいつと付き合いのよかった連中が身ぐるみ全て剥がされて街の外へ放り出されたっていう話もあるくらいだ」
「うわあ……」
瞬間、リアが驚きと恐れの混じった声を漏らした。
「まあ、それでも敵対さえしなければ抗議や申し出は聞いてくれるし場合によっては了承してくれる事もあるからまだマシな方だけどな」
確かに敵対する理由がない人達とっては問題の面はどうでもいい事だろう。
そうして話は終わったと判断したのか男がじゃあなと言って去っていこうとする。
「あ、それともう一つ」
そんな男に刀弥は輸送車の事を尋ねてみた。
「ふ~ん。大きな輸送車ね~。悪いがここらじゃ最近見てないな」
「そうですか」
それで話は終わった。別れの挨拶を告げると男がその場から去っていく。そんな彼を刀弥達は礼を述べて見送った。
「ここには来ていないみたいだな」
「らしいね」
顔を見合わせそんな言葉を交わし合う刀弥とリア。
「それじゃあ、次の場所へ行ってみるか」
それにリアが頷きを返し、二人は倉庫街を後にするのだった。