二章一話「銃使いの少女と付添の少年」(1)
二章プロットが完成しましたので、これより二章の開幕です。
どうぞお楽しみください。
そこは暗い洞窟の中だった。
洞窟は狭く、光が入ってくるような穴もない。唯一の明かりは、天井を支える柱に取り付けられたランプ状の灯りだけ。
そんな暗闇と僅かな光の中で、動く影があった。
影の正体は少年だ。歳は一四歳ぐらい。服装は黒の上着の下に白のシャツ、そして黒いズボン。
青い瞳は虚空何もない空間を見つめ、そこに彼、風野刀弥は刀を振る。
振り下ろし、振り上げ、水平斬り、そして突き。様々な剣戟を虚空を相手に繰り出していく。その度に空を斬る音が洞窟内に響き渡る。
そんな動きを見せていた刀弥だったが、時間の経過と共にその動きに変化が見られてきた。
それまで腕の力だけで振っていたように見えた斬撃が、次第に体全体を使った斬撃へと変わっていったのだ。
体を捻っての回転斬り。その勢いを利用した溜めから繰り出される突き。身を前へと倒しながらの振り下ろし。逆に上へと飛び上がりながら振り上げ。そういった攻撃を、存在せぬ相手に幾度となく刻んでいく。
そうして一通りの攻撃を出し終えると、彼は刀をピタリと止めた。
風が通り抜け、刀弥の頬と刀を撫でて過ぎ去っていく。
やがて深呼吸と共に刀を鞘に収めると、刀弥は近くに置いておいた水筒を手に取り、それを口に含んだ。ひんやりとした水の冷たさが、喉を通り抜けていく。
そのまま彼は水を飲み続けていたが、やがて口を離し蓋を閉めると腕時計を確認する。
そして予定の時間が過ぎていることを確かめると、刀弥はある方向へと振り返った。
そこには一人の少女が、壁にもたれて眠っていた。
年齢は刀弥と同じくらいだろう。鮮やかな赤銅色の腰まで伸びた髪が印象的で、その顔立ちも端正だ。
衣服は赤い上着と白い服、そして赤を基調としたチェックのスカート。
そしてもう一つ印象的なのは、彼女の両腕に抱かれた碧の宝石のついた金色の杖だ。少女の肩ぐらいの長さを持つそれは、少女の呼吸と共に上へ下へと僅かに揺れていた。
そんな彼女、リア・リンスレットのもとへ刀弥は歩み寄る。理由は簡単、彼女を起こすためだ。
けれども、起こそうとして、ふと彼は彼女の顔を覗き込んでしまった。
安らかに寝ているが故に浮かべられる、無防備な寝顔。元々、綺麗な容貌だけについ見入ってしまうだけの魅力がそこにはある。
その魅力に刀弥は引き寄せられてしまう。けれども、刀弥はなんとかその誘惑を自力で振り払うことができた。
首を左右に大きく振って誘惑を断ち切ると、リアを起こすべく彼はその肩を掴んで強く揺する。
「リア。リア」
「……ん……」
何度か呼びかけていると、程なくしてリアが目を覚ました。
まだ、完全に覚醒していないのかうつろな瞳が辺りを彷徨うが、徐々にその焦点は刀弥へと固定されていく。
「……あ、刀弥。おはよう」
「おはよう、リア。それじゃあ、朝食にするか」
そうして二人は朝の挨拶を交わすと、朝食の用意を始めるのだった。
魔具であるスペーサーから食器や調理器具を出すと、早速二人は調理に取り掛かった。
こちらの素材や調理法を知らない刀弥は基本的にリアの調理を手伝う形だ。
もっとも調理と言っても実際に料理をするわけではなく、既に加工済みの食べ物を温め直したりして食べられる状態にするだけの話。刀弥の世界でいうチルド食品のようなものだ。手軽ということで、旅人たちの間では好まれているらしい。
そうこうしているうちに、朝食が出来上がった。
今日の朝食は、細かく刻んだ肉と穀物をスパイスで絡めたもののようだ。
口に運んでみると、スパイスの辛さと肉の柔らかさ、そして穀物の味が丁度良いバランスでとても美味しかった。
自然と刀弥は食べることに夢中になる。
そんな中で、リアがふと呟いた。
「ファルスを出て五日か」
「そうだな」
その言葉に、食べ物を飲み込んだ刀弥が反応する。
二人は現在リアフォーネという世界に向かうため、ここファルセンという世界にやってきていた。
ちょっとした予定外の事態でファルスという町で二日程過ごしてしまったが、それ以降は特にトラブルもなく概ね順調に歩みを進めている。
町も既に二つほど通過し、野宿もこれで三回目だ。
見張りは前日しっかり寝れていたこともあって、特に問題もなくこなせていた。今日は後半の見張りで、見張りがてら剣の稽古までしていたくらいだ。
「しかし、五日も経つと、さすがにこの狭くて暗い光景にも飽きてくるな」
そんなことを言いながら、刀弥は周囲を見渡す。
岩の天井と壁と地面。元は坑道だったのを拡張したものだ。
最初こそ全く違う生活様式のために物珍しかったが、さすがに日が経つと珍しさが消えて、ただの狭苦しい道にしか見えなくなった。
「まあ、旅なんてそんなものだよ」
「だから、新しい刺激を求めてどんどんいろんなところに向かうってことか?」
それに対して、リアは苦笑を返すだけだった。
「旅に飽きちゃった?」
「それとこれとは話が別だ」
その質問に首を横に振る。
「今の光景は見飽きたけど、だからって旅に飽きたとは思ってない。まだ二つ目の世界しか見てないしな」
「そうだね」
それに同意して、リアは食事を口に運ぶ。
「リアフォーネという世界も期待していいのか?」
「うん。たぶん刀弥なら喜ぶと思うよ」
その返答は自信に満ちている。そこまで断言するとなると、期待してもいいのかもしれない。
「なら、期待して待つとするか」
「どうぞ、どうぞ。私は、刀弥が目を見開くのを楽しみにしているから」
そんな会話をしていると、自然と両者に笑みが零れ始める。
そんな笑い声の中、刀弥は今の生活をとても楽しいと感じていた。
この世界に来てある程度、日数が経ち刀弥もこちらの生活にも慣れてきた。むしろ、やっていけると自信がついているくらいだ。
ファルスを出てからの道中、ときどきモンスターたちが姿を現しては二人に襲いかかってきているが、それもリアの魔術と刀弥の剣術で見事に撃退していってる。
無論、上には上がいるだろう。ファルスでのロックスネークなどがいい例だ。そのため、気は抜けない。しかし、自分の剣術が通じないのではという不安は消えていた。
――大丈夫だ。俺の剣はこの世界でやっていける。
この時、刀弥は心の中でそう思っていた。
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その後、二人は朝食を終え、後片付けを済ませるとすぐさま出発した。
二人の行く先には、代わり映えのない洞窟の光景が続いている。
ときたま、地図などを見て自分たちの現在位置を確認しているので道に迷っているという可能性は低い。
しかし、この光景を見ていると本当に終わりが来るのだろうかという不安が脳裏をよぎてしまう。
洞窟に迷いこむ物語を読んでことがあるが、彼らもそんな気持ちだったのだろうかとそんなことを刀弥は考えてしまった。
リアのほうを見てみると、彼女はただ淡々と足を進めている。
これが慣れた者の姿なのかと、そんな感想を抱きながら刀弥は彼女の後に付いて行く。
「そういえばさ。刀弥って何人家族だったの?」
そんなとき、リアがいきなりそんな話題を振ってきた。
「何だいきなり?」
突然、話が振られたことに驚いた刀弥は答えを返すよりも先に疑問を返してしまった。
「あ、いや、その……歩いてばかりで暇だったから」
「……なるほどな」
どうやら、ただ淡々と歩くことに飽きたらしい。ただそれは刀弥も同じだったので、丁度良かったと言える。折角なので彼女の話に付き合うことにした。
「俺のところは父さんと母さん、そして妹の四人家族だな」
「そうなんだ。妹さんはどんな人なの?」
「名前は紋乃。性格は基本的に真面目だけど、ときたまお茶目なことをやらかすところがあるな。俺と同じように風野流の剣術を学んでいたけど、技に頼る癖があったな」
そんな話をしながら刀弥は少し目を閉じ、最近のことを思い浮かべる。
剣道場での試合、素振りに熱中していたところを後ろから襲ったこと、一緒に買い物に出掛けたこと。
あの時は、まさか今生の別れになるとは刀弥も思っていなかった。今更ながら、刀弥は一日一日の大切さを痛感するのだった。
――あいつ。ちゃんと剣術の訓練しているんだろうか?
ふと、そんな心配が脳裏に浮かぶ。
父親と母親に関しては大丈夫だろう。父親は見た目通りそうそう揺らぐことはないし、母親もああ見えて結構しっかりしている。
ただ、紋乃は明るそうに見えて繊細なところがある。あそこで別れなければと、悔やんでいるとしたら尚更だ。
「……刀弥?」
話の途中で考え込んだせいだろう。物思いにふける彼を不審に思い、リアが呼びかけてきた。
「……悪い。ちょっと家族のことを考えてた」
「……家族のこと心配?」
その問いに刀弥は少しの間、悩むそぶりを見せたが、しばらくして首肯を返す。
「そうだな。いきなりこっちの世界に来たから、きっと向こうは大騒ぎだろうしな。紋乃とは直前まで一緒にいたから、自分のことを責めてないかっていう心配もある。まあ、気にしたって仕方ないんだけどな」
肩をすくめる刀弥。
それを聞いて、リアの表情がすまないという顔になった。
「……ごめん。私が家族の話なんてしたから」
「気にするな。それよりリアの家族はどうなんだ?」
暗くならないよう、できるだけ明るく努めて刀弥は尋ねる。
こちらの意図を察したのだろう。リアもまた、それに応えるように明るい声で彼の問いに答えた。
「私のところはお婆様にお父様、お母様、お姉様にお兄様。それと弟と妹で八人家族だね」
「結構多いんだな」
刀弥の感覚からすれば、八人というのは大家族といえる。
「そうかな? あ、後はメイドたちも私にとっては家族かな」
「……確かリアの家って魔術師の家系だって言ってたな? 実は結構有名な家系なのか?」
すらりとリアの口から出てきた意外な単語。その単語を聞いて刀弥は思わずそんな問いかけを投げかけてしまった。
「え、えーと……実を言えば……そうかな。御免、隠してて」
刀弥の問いかけにリアは肯定を返すと、そう言って詫びてくる。
「いや、別に責めてる訳じゃないから謝らなくていい」
そんなリアに刀弥はすかさずフォローを入れた。
「別にリアの家が有名なところだろうが、俺は構わないしな。むしろ、俺の態度がリアの気に触ってないか、そっちのほうが心配だ」
軽口を入れ雰囲気を和らげようとする刀弥。
すると、それを聞いてリアの顔がほころぶ。どうやら上手くいったらしい。
「なら、今まで通りでお願い。私もそのほうが気楽だし……」
「わかった。それじゃあ、これまで通りで……」
刀弥がそう言うと、その途端、リアは安堵の表情を浮かべる。
恐らく無意識なのだろう。だが、それだけ気にしていたということだ。
そんな彼女を見て、刀弥は思わず微笑を浮かべてしまうのであった。
「……ちょっとぉ、刀弥、何で笑うの?」
そんな彼を見て、リアがむくれだす。
「いや、なんでもない気にするな」
「その顔で言われても説得力ないよ。一体何で笑ったの?」
微笑のまま誤魔化そうとする刀弥にリアがそれを指摘する。
「それは……内緒だ」
人差し指を口の前に置いて刀弥がそう告げると、彼はそのまま彼女を追い抜いて駆け出した。
「あ、こら待て~」
彼を追いかけるために走りだすリア。
「断る」
そうしてリアと刀弥の追いかけっこが始まった。
二人共全力で走っているという訳ではない。余力はしっかり残しているし、そもそも本気で追いかけっこをしているつもりもない。ただ単純に互いにふざけあっているだけだ。
ふざけあって笑い合って、嬉しさを分かち合う。
そんなやり取りを刀弥は心の底から楽しんでいた。
「……楽しいな」
「え?」
足を緩めながら、刀弥がそんな感想をポツリと漏らす。
「楽しいなって言ったんだ。こんな風に話したり、笑ったりしてるのが……」
「……そうだね」
「ファルスを出るとき、リアが言っていたことの意味が少しわかった」
『私? 楽しいよ。一人より誰かと一緒のほうがいろんなことを言い合えるしね』
それが彼女の告げた内容だった。
一人だけでは、思いや感想を己の内だけで完結してしまう。しかし、誰かと一緒にいるなら、互いの思いや感想を交換し共有することができる。
それは新しい発見を生み、同時に新たな喜びも与えることになる。結果、一人のとき以上の喜びや楽しさをもたらすことになるということだ。
「確かに一人じゃ、こんな風に楽しむことなんて出来ないだろうな」
「うん。だから、私も刀弥と一緒に旅ができて良かったと思ってるよ」
ニッコリと笑みを見せる彼女を見て、刀弥の頬も自然と緩む。
「ほら、行こ」
先を急かすリア。刀弥は、それを早歩きで追いかけるのであった。
08/17
文章表現修正。
10/09
内容を一部変更。